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製造業をオープンソースで自動化——工場の変革を目指す京都発AIスタートアップ「RUTILEA」

工場の自動化をオープンソースのソフトウェアで実現しようとするスタートアップが京都にある。矢野貴文氏が率いるRUTILEA(ルティリア)が開発する「SDTest」はAI/ディープラーニングを活用し、工場の自動化を支援するソフトウェアで、カメラを使った外観検査やロボットアームを使ったピッキングなどの機能を提供。2019年9月の公開から半年で500社がダウンロードしている。

SDTest(Software-Defined Test)は検査機器や装置に組み込むことで、電子部品における微細な表面の傷や印字ミスなど、高精度の外観検査を実施できる。ソフトウェアがオープンソースであることに加え、検査に必要なハードウェアも自社製造することで、これまで導入に1500万円程度かかった外観検査システムが300万円程度から導入できるのが最大の武器だ。
また、2020年3月にはピッキングを自動化する機能も公開。ソリューションの範囲を広げている。

コロナ禍でも数十件の商談が進行するなど、製造業で引く手あまたのRUTILEAは、なぜオープンソースの道を選んだのか。創業者で代表取締役社長の矢野氏を取材した。(撮影:逢坂憲吾)

オープンソースだからこそ、頂点を狙える

3Dプリントしたパーツを手に取る矢野氏。創業からわずか4年のスタートアップだが、約20人の社員と50人のアルバイトを擁している。 3Dプリントしたパーツを手に取る矢野氏。創業からわずか4年のスタートアップだが、約20人の社員と50人のアルバイトを擁している。

矢野氏はSDTestをオープンソースで公開した理由は、広く普及させるためだと話す。しかし、それは単純にソフトウェアをばら撒くという考え方とは異なる。

「世界標準になっているソフトウェアやライブラリの多くはオープンソースで公開されています。有償で販売したとしても、最終的にはオープンソースのソフトに飲み込まれてしまうのであれば、最初からオープンソースにしたほうがいいと思いました。外観検査は検査する対象や動作の環境によって、カスタマイズする要素が多く、汎用性の高いソフトを提供するのは難しい。オープンソースであればライセンスに従って改変できるので、個々の課題に見合ったソリューションがユーザー自身で開発できます」

現在の取引先は大企業が中心だが、ここでもオープンソースであることが優位に働いているという。

「実績のあるブランドであれば普及しやすいかもしれませんが、創業して間もない企業が作ったソフトウェアは信用面に欠けるのが事実。大企業には使用する製品を評価/検証する部門があるので、中身がわかるようにすれば製品をフェアに評価してもらえると思いました」

こうしたプログラムの「透明性」だけでなく、カスタマイズが容易であることも強みだと矢野氏は語る。

「競合製品は1つのアルゴリズムで何でも解決する立場を取ることが多いのですが、私たちは目的に応じてアルゴリズムを変更するという立場を取っています。例えば不良品率が少ない工程では不良品のサンプルを十分に集めることはできません。この場合は、異常検知に基づく方法が有効です。一方、異常検知法を用いるだけでなく、不良がある程度仮定できるケースであれば、複数のルールを基準として用いることで過検出率(偽陽性率)を下げることができます。このように案件の特徴を捉えた開発を行うことで精度を高めることができます。どんな状況にも適用でき、どのデータに対しても最適なアルゴリズムを作ることは現実的に不可能です」

ハードウェアの内製化で導入障壁を下げ、検査精度を向上させる

プログラムに対する透明性と柔軟性を武器にしながらも、ハードウェアでもユーザーの利便性を徹底的に追求している。その一つがハードウェアの内製化だ。

SDTestの開発と並行して、RUTILEAが力を入れているのがハードウェアの開発/製造だ。外観検査に必要な照明機器や治具などの部品を自ら設計し、3Dプリンターなどを活用してハードウェアを低コストで提供できる仕組みで内製化している。

「完成品を仕入れると高額になりますが、モーターやICなど部品単位で調達し、自分たちで装置を作って提供すれば、自分たちの利益を守りつつユーザー企業の導入の障壁を下げることができるため、ユーザー企業の導入コストを抑制することができます」

装置の製作には炭素繊維強化素材で造形できる他社製のFFF方式3Dプリンターを採用しているが、数カ月以内には自社製3Dプリンターに切り替えるという。この素材は軽量で強度も高く、既に大手自動車メーカーでの実績もある。3Dプリンターを自社開発できれば、台数を大きく増やし生産量を拡大させることができる。

「これまで制御に対する開発を多くこなしてきたのだから、自分たちで(3Dプリンターを)作れるのではないかと思って始めたのですが、3カ月程度でそれなりに使えるものができています。自分たちがやりたいのは、弊社の設計した部品やアルゴリズムと3Dプリンターがあれば、ロボットが簡単に導入できること。価格もユーザーに導入しやすいものにすることで、継続して使われるようにしたい。今後、利用者が増えるにつれて、ソリューションとライブラリが増えるので、価値も高まっていくと考えます」

開発中の自社製3Dプリンターで製造した部品にモーターや基板などを取り付けたモジュール群。必要な部品は極力内製することで納期と信頼性を高める。「将来的には照明等を含めた部品の設計をユーザーに公開したいと考えている」と矢野氏 開発中の自社製3Dプリンターで製造した部品にモーターや基板などを取り付けたモジュール群。必要な部品は極力内製することで納期と信頼性を高める。「将来的には照明等を含めた部品の設計をユーザーに公開したいと考えている」と矢野氏

もっとも、矢野氏は外観検査だけでなく、オープンソースによる自動化が評価されて普及していくことを望んでいるという。それを実現するための研鑽にも余念がない。

「現在、機械学習のプログラムの多くはPythonで実装されていますが、Julia※であれば処理速度は30倍以上速くなる。2021年内にはJuliaベースのフレームワークを作り、自分たちのハードウェアの制御や機械学習ができる環境を提供する予定です」

※MITによって設計され、2012年に発表されたオープンソースのプログラム言語。

コンピューターの外に飛び出したかった

ロボットアームを活用したエンドミル試験機の見本。ロボットアーム自体は中国のDOBOT製を採用している。「既製品で良いものがあれば、きちんと評価した上で使う」と矢野氏は語るが、今後は協働ロボットの内製化も視野に入れている。 ロボットアームを活用したエンドミル試験機の見本。ロボットアーム自体は中国のDOBOT製を採用している。「既製品で良いものがあれば、きちんと評価した上で使う」と矢野氏は語るが、今後は協働ロボットの内製化も視野に入れている。

矢野氏は1990年生まれ。京都大学在学中の2014年に中古ブランド品の価格情報を提供する事業を立ち上げる。2年後に他社の傘下に入った後も、アプリ開発やデータ分析基盤の開発に携わっていた。

大学院を卒業するにあたって研究者としての道も視野に入れていたが、「もう一度スタートアップをやってみるのもいいかな」と思い、RUTILEAを2016年に創業した。

「20世紀前半にエンジンが時代を牽引し、後半はコンピューターの時代でした。21世紀は何かと考えたときに、ちょっとした推論をして、何かが自動化される時代が来ると思ったのです。エンジンも制御も、それまでのルールに基づく作業を自動化したことに過ぎないので、そこになにかプラスしたものが中心になるだろうと考えました」

AIと自動化とくればファクトリーオートメーションが候補に上がるのは、自然な流れだろう。その中でも外観検査や搬送に着目したのは、工場は人材不足で賃金が比較的高い仕事にも関わらず、自動化が進んでいない点にあった。

「自動化されない理由の多くはコストの問題です。ソフトウェアだけでも700万円以上することも珍しくないのため、費用対効果が低い。だからといって、高い人件費を払ってまで人間がやる仕事かといえば、人間が他にやるべき仕事はあるように思う。需要はあるのにコストがネックになっているのであれば勝機があると思いました」

とはいえ、製造業に人脈があるわけでもない、まして法人顧客を開拓し事業を軌道に乗せるのは至難の業だ。課題を解決できる技術があったとしても、ユーザーの課題に沿ったものでなければ製品として洗練したものにすることもできない。

そこで矢野氏は開発したSDTestをオープンソースで公開した。有償であれば、数百万円もするソフトウェアが無料で利用できるというインパクトもあり、2カ月で400件のダウンロードがあった。その後、協力会社から法人向けの展示会に招待される。そこで出会った商社の担当者がきっかけとなり、自動車業界へのアプローチが始まった。

「展示会に出すまでは商社は販売代理店としか見ることができていませんでしたが、実際には商社と組むことに大きなメリットがありました。外観検査の市場規模はさほど大きくないし、頻繁に更新や入れ替えがあるようなものでもない。そこで商社と販売網を築くことで全国の企業に接点を増やし、要望をくみながら開発に集中すればいいと考えました」

結果、現在では10社の商社が営業機能を担い、RUTILEAの社員は開発に集中する体制を実現できた。

RUTILEAのハードウェア群はシンプルかつ低コストに提供できる構成を徹底している印象を受けた。「モジュールで購入すると4万円もするものでも、モーターやケーブル、フレームだけ調達し、必要なパーツは3Dプリントして組み立てれば、価格は大幅に抑えられ、ユーザーにも還元できる」(矢野氏) RUTILEAのハードウェア群はシンプルかつ低コストに提供できる構成を徹底している印象を受けた。「モジュールで購入すると4万円もするものでも、モーターやケーブル、フレームだけ調達し、必要なパーツは3Dプリントして組み立てれば、価格は大幅に抑えられ、ユーザーにも還元できる」(矢野氏)

スタートアップにとって、自分たちの製品やサービスが市場に受け入れられるか(プロダクトマーケットフィット)を早期に検証し、ユーザーに欲しいと思わせる品質と最適な価格を早期に実現することは非常に重要だ。

商社も売れない商品には関心を示さないことを考慮すれば、彼らの気を引くサービスを早期に構築できたことが、スタートアップにとっての「死の谷」を乗り越えられた大きな要因だろう。

ヒットメーカーを支える集団になりたい

開発したネジの自動搬送ロボット。三次元カメラを使って穴の位置を推定し、ネジを自動で差し込む。(映像提供:RUTILEA)

現在は自動車業界向けの外観検査ソリューションを提供しているが、今後は外観検査よりも市場競争が激しい搬送分野に加え、農業、食品や医薬の領域にも進出したいと、矢野氏は将来の目標を語る。

「ハードウェアの開発面ではロボットアームにも興味があります。出力の大きな産業用ロボットアームは考えていませんが、バイオ工場用のロボットアームや自宅からオフィスで仕事ができるようなロボットアームは需要が見込めるので、開発してみたいですね」

必要なソフトウェアはオープンソースで公開し、動作させるためのハードウェアや部品は自社製造して販売することで、ユーザーにとって導入しやすいソリューションを提供しながら、自らも企業として成長し続けるという路線は継続していくという。

「日本の製造業が苦しくなると、ヒットメーカーが生まれなくなり、部品メーカーなどのサプライヤーにしわ寄せが来る。私たちはヒットメーカーを支える会社になりたいですね。私たちのソフトとハードを活用して研究開発コストを下げ、メーカーが今まで以上に挑戦できる環境を提供し、ヒット商品を生み出すきっかけになれたら良いと思います」

「ユーザーが喜ぶことが正しい選択」と語る矢野氏。ユーザーが喜ぶ性能と環境、価格設定が実現できなければ、どんな製品、サービスであれ普及しないと考えている。 「ユーザーが喜ぶことが正しい選択」と語る矢野氏。ユーザーが喜ぶ性能と環境、価格設定が実現できなければ、どんな製品、サービスであれ普及しないと考えている。

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