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海内工業インタビュー

Makerと町工場の距離は近づいているのか?——精密板金/海内工業の試み

海内工業は神奈川県の精密板金の会社だ。ものづくり系のニュースに敏感な人にはおなじみかもしれない。「BRANCH」、「LUNAR DREAM CAPSULE PROJECT」、「ドラえもん 四次元ポケットプロジェクト」、「すごい天秤」と、数多くのプロジェクトに参画している。これまで具体的に「板金加工されたもの」として意識して見ることはなかったのだが(さすがに板金という言葉は知っていたが)、知人が持っていた海内工業製の名刺入れを実際に見たとき、その美しさにうっとりしてしまった。昔ながらの技術の追求を続けながら、一方で、板金を新しいタイプの設計者に知ってほしいとさまざまな活動を行っている。一度じっくり話をお聞きしたいと思っていた海内工業。今回、社長の海内美和さん、湊研太郎さんにお話を伺うことができた(撮影:加藤甫)。

「BRANCHと町工場展」

ものづくりの現場が本格的に注目され始めた2012年、オープンしたばかりの渋谷ヒカリエで「BRANCHと町工場展」というデザインプロジェクトの展示があった(BRANCH は町工場とデザインをつなぐプロジェクトとして前川曜氏が立ち上げたもの)。覚えている人も多いだろう。筆者が初めて海内工業の存在を知ったのがこのニュースだった。町工場とデザインをつなぐというコンセプトで、切削、板金、金型加工など、普段目にすることがない技術のサンプルが展示されていた。芸術作品ではないのできれいというのも変なのだが、それらのサンプルの見事なこと。ワクワクしたことを覚えている。

「BRANCHと町工場展」では精密板金部品のサンプルや加工道具、プロセスを展示。(出典:海内工業) 「BRANCHと町工場展」では精密板金部品のサンプルや加工道具、プロセスを展示。(出典:海内工業)

まず、このBRANCHの試みについて海内工業が関わった背景をお聞きした。
話は、それまで金融の世界にいた海内社長がこの業界に入ってきたことから始まる。2008年、リーマンショックを契機に「何ができるかは分からなかったが、ひとまず父を助けに入った」という。工場は幼い頃に手伝いにきた記憶のままだったが、投資家向けのファンドアナリストの見習いだった海内さんにとって、すべてにおいてカルチャーショックだった。

海内それまでストラテジーを評価する側の人間であって、ストラテジーを考える人間ではなかったんです。客観と主観という、考え方をまるきり変える必要があった。意気揚々と入ったものの、いったい何ができるのか、何からすればいいんだってことで、逆に途方に暮れたというのが2008年の11月です。

当時はいまのポジションではなく、いち社員。愚直に図面を持って客先対応から始めた。それから2年くらいは膨れゆく赤字、モチベーションが下がって不良品が続発するという悪循環が続く。浮上するには時間がかかったという。転機は2011年。海内さんは入社して3年目に取締役になった。いままでのやり方の大事なところは残しつつも、大転換していかないとまずいということにようやく気がついたタイミングでもあった。

海内町工場であっても取締役になるということは中途半端な気持ちじゃだめだなと、一度そこでドライブがかかったんですね。そこから発想を変えて、まず海内工業を知らなかった人たちに知ってもらおうと、技術の見せ方ということを考えたり、Makerムーブメントの人たちと組んだり、動き出したという経緯があります。 

海内工業社長 海内美和さん 海内工業社長 海内美和さん

町工場とSeeds、2つの世界が交わった先

実は、海内さんはSEEDS(前身のTEDxSeedsから始まり、現在はSEEDSになっている)のコミュニティディレクターを務めたこともある。金融の世界から町工場に入るとき、ちょうどTEDxSeedsを立ち上げようとしていた大学の友人から声をかけられ参画したのが始まりだったという。製造業以外で最先端で起きていることを取り入れ、本業を変えていきたいと強く思ったという。

本業とは別のネットワークにかかわること自体は、いま多くの人がやっていると思う。最近はハッカソンやハッカソンをベースにしたコミュニティ形成も多い。こうした場に積極的に出ている人も多いだろう。このとき、場を切り分けておくことも1つの方法だし、つながれる部分で本業でもつながっていこうというのも1つの方法だ。海内さんは後者。徐々にSEEDSのネットワークを町工場に持っていくことを始める。これが「変わらない町工場とすごいスピードで変わっていくSEEDS」という2つの世界を見ていた海内さんが、これからの会社の行き先を考えたときに出した答えだったのだろう。

由紀精密の大坪正人社長との出会いも、SEEDSの知り合いの方のつながりだったという。考えていること、問題意識の方向性が近かった。そこからBRANCHの展示につながっていった。

BRANCHでは、渋谷ヒカリエでの先の展示のほか、コマや名刺入れ、C面のサンプル、角Rのサンプル(設計補助ツール)など、協力企業の技術を駆使した製品をリリースしている(協力企業は、由紀精密、海内工業、JMC、ミヨシ、西村金属など)。海内工業が製作に関わったものでは、たとえば写真のような製品がある。 

名刺入れ「FLIP」。3つの円状の凸は接点やスポット溶接の位置合わせに使う「だぼ」。これをデザイン要素、そして機能的に使っている。 名刺入れ「FLIP」。3つの円状の凸は接点やスポット溶接の位置合わせに使う「だぼ」。これをデザイン要素、そして機能的に使っている。

そして、これは精密な加工技術の組み合わせでプリミティブなものを作ろうという試みの逸品。ピンホールカメラとして、実際に撮影もできる。

「RED BRICK PINHOLE CAMERA」(デザイン:BRANCH 旋盤加工:由紀精密 板金加工:海内工業 鋳造加工:JMC 鍍金加工:黒坂鍍金) 「RED BRICK PINHOLE CAMERA」(デザイン:BRANCH 旋盤加工:由紀精密 板金加工:海内工業 鋳造加工:JMC 鍍金加工:黒坂鍍金)
海内工業は「RED BRICK PINHOLE CAMERA」のレンズ機構部分を製作。 海内工業は「RED BRICK PINHOLE CAMERA」のレンズ機構部分を製作。

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