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アナログ技術の継承で感動を再現——「大人の科学マガジン トイ・レコードメーカー」ができるまで

スマートフォンがあればどんな音楽も気軽に聴ける時代に、アナログレコードが話題だという。昔を知る世代には懐かしのメディアとして、デジタルサウンドの世代には新しいアートとして。同時に、レコード文化を支えたアナログ技術にも注目が集まっている。日本最大級のレコードプレスメーカーである東洋化成と、自分でレコード盤を作れる「トイ・レコードメーカー」をリリースした学研プラスを取材した。

アナログレコードに注がれる熱い視線

東洋化成は、1959年に創業されたアナログレコード製造会社だ。今でこそ主力業務は印刷事業に譲っているが、カッティング、メッキ、プレスといったアナログレコードの製造技術を継承しながらレコードの生産を続けている。

CDの登場以降、アナログレコードは記録メディアの主役の座を奪われ、マニアの世界へと埋没していった。しかし2000年代に入り、デジタルの音楽に物足りなさを感じるアーティストやファンの間で新たな注目を浴びるようになった。この動きを加速したのが2008年にアメリカで開催された「レコード・ストア・デイ」。独立系レコードショップとアーティストをつなぐイベントで、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、デヴィッド・ボウイといった世界の大物ミュージシャンが賛同した。以来、毎年4月の第3土曜日に世界23カ国で同時開催され、今やアナログレコードの世界的イベントとして定着している。

日本でも「レコード・ストア・デイ・ジャパン」が開催されており、2019年はイベントに合わせて90点を超えるタイトルのアナログレコードが限定リリースされた。2020年は新型コロナウイルスの影響で6月の第3土曜日、6月20日に開催予定。アンバサダーに銀杏 BOYZ の峯田和伸氏を迎え、参加を表明した290のレコードショップで入手できる100の国内限定盤タイトルがリリースされる。

守り続けたレコード製造の技術

そもそもアナログレコードはどうやって作られるのか? 工程を紹介しよう。

最初の作業はカッティング。音源をカッティングマシンにかけ、サファイア製の針でラッカー盤と呼ばれる軟らかい樹脂コーティングのディスクに溝を刻み込む。こうしてカッティングが施されたラッカー盤を銀やニッケルなどで何回かメッキして、「スタンパー」と呼ばれる凸型の金属ディスクを作る。スタンパーは、いわば金型だ。最終的に、これをプレス機で塩ビ(ポリ塩化ビニール)のペレットにプレスしてレコード盤は完成する。

カッティング、メッキ、プレスなどはアナログ技術の最たるものだ。職人技が光る匠の世界。技術の継承が鍵となるが、多くのレコード製造会社が消えていく中、東洋化成では今もレコード事業を継続している。

カッティングマシン。東洋化成の末広工場(横浜市鶴見区)にあるもの。 カッティングマシン。東洋化成の末広工場(横浜市鶴見区)にあるもの。
同じく東洋化成の末広工場にあるプレス機。 同じく東洋化成の末広工場にあるプレス機。

発売前から予約殺到の『大人の科学マガジン トイ・レコードメーカー 』

2020年3月26日、学研プラスは「大人の科学マガジン」の新しいアイテムとして「トイ・レコードメーカー」を全国の書店、レコードショップなどで発売した。カッティングマシンとレコードプレーヤーの2つの機能を備えており、好きな音楽や自分の歌声をカッティング技術によって録音し、オリジナルのレコード盤が作れるだけでなく、再生も可能だ。

2019年12月にAmazon限定版を含めた予約販売をネットで開始したところ、予定数量はたちまち完売。リリース後は、書店のみならず、前述の東洋化成が持つ販売ルートでレコードショップにも置かれている。売れ行き好調につき、すでに増産も視野に入れているという。

トイ・レコードメーカーの発売はブームを背景としてはいるが、単なる便乗商品ではない。もともと大人の科学は、創刊商品『エジソン式コップ蓄音機』をはじめ、異なる方式とデザインで、約20年の間に6アイテムの蓄音機をリリースしている。ガジェットとはいえ、アナログで音を作り、再生する技術は継承されている。

7アイテム目となるトイ・レコードメーカーはどんな特徴を持つのだろうか?

「これまでの大人の科学での蓄音機は、“歴史的な実験を家庭で再現する”がテーマでした。録音に関していえば、声がメインだったんです。今回は、ホビーとしてのレコードにフォーカスし、音楽そのものが録音できる録再機を目指しました」

編集長として開発にあたった吉野敏弘氏は語る。

トイ・レコードメーカーのカッティングの様子を見つめる大人の科学マガジン編集長・吉野氏。 トイ・レコードメーカーのカッティングの様子を見つめる大人の科学マガジン編集長・吉野氏。

カッティング針の深淵

トイ・レコードメーカーの開発は、技術的にはカッティングが主になる。いかに音の振動を正確に針の先端に伝え、レコード盤に溝を刻むか? 原理は肉声を録音する場合と同じだ。肉声だと溝を作る音圧が弱い。音圧を高めるためにスピーカーに針を直付けすることにした。

試してはみたが、カッティングしてできたレコードから出る音は、イメージするものからはほど遠い。文献を見たり、昔の技術者を取材したりと研究を重ねた。つまるところ針先の形状が問題だった。

「再生用の針とカッティング用の針は、同じ針とはいえまったく違うものです。カッティングに最適の針を求めて、鋼材の種類を変え、針先の形状と角度を変え、ひたすら試す日々が続きました。最初はルーペで先端を見ていたのですが、理想の形状を追求するうちに、顕微鏡レベルでチェックしていかねばならなくなりました」

数カ月後、理想の先端形状を持つ試作の針ができた。

「その針を試作機にセットし、カッティングしたレコードの音を聞いたとき、感動が胸の奥から湧き起こるのを感じました。『この音だ!』と思ったんです。『この感動をお客さんに届けたい』と強く思いました」

試作されたカッティング針の数々。 試作されたカッティング針の数々。
量産前のトイ・レコードメーカーの試作機。 量産前のトイ・レコードメーカーの試作機。

立ちはだかる量産の壁

理想の針を何本か試作するだけなら、優れた研ぎ師が顕微鏡を見ながら研いでいけば可能だ。だが、工場で量産できなければ製品にならない。生産国の中国の工場からサンプルとして何度か送られてくる開発途中の針は、今ひとつ品質などの壁を乗り越えられなかった。針に着手して半年、プラスチック成型品をチェックする量産の最終段階に入っていた。

「中国に行き、カッティング針について直接工場側とそれまで以上に膝を突き合わせて話しました。その時点の針も悪くはなかったのですが、カッティングしたレコードの音を聞くと、試作時に感動を覚えた理想の針とは明らかな隔たりがありました。満足するものができたのは土壇場の土壇場。諦めないわれわれ日本側スタッフの姿を見て、工場側もプライドに火が付いたのか、一生懸命努力してくれました。やはりface to faceでこちらの熱意を伝えながら、直接やり取りできたのが大きいですね」

完成したカッティング針。先端の形状がポイント。 完成したカッティング針。先端の形状がポイント。
「中国での工場側とのやり取りは緊張の連続でした」と吉野氏は語る。 「中国での工場側とのやり取りは緊張の連続でした」と吉野氏は語る。

レコード盤の素材に思わぬ落とし穴

理想に近い量産用の針に取り組んでいるとき、別の問題も浮上した。

「レコード盤の素材についてもいろいろ研究しました。普通のレコードは塩ビでできているのですが、塩ビは硬くて針では削れない。反対に塩ビよりもカッティングしやすい軟らかい素材では、耐久性がなく音質も悪い。“軟らかくて硬い”という矛盾した特性が必要でした。日本でいろいろな材料を試し、ABS樹脂のプラスチックシートが最も要件を満たすことが分かったので、中国の工場でも同じ素材で作ってもらいました。ところが現地でチェックすると、理想の針を使ってカッティングしても求める音質が得られない。実は思わぬ落とし穴がありました」

日本と中国で同じ素材を使っているのに、違いがある。最初は厚さの問題かと思われたが、同じ厚さのものでも音質の差は埋まらない。

「同じABS樹脂だと思っていたのですが、いろいろ試しているうちに、わずかに含まれる添加剤の量に違いがあるらしいと気付きました。ただ、単純に添加剤の量を変えてもうまくいかず、配合の割合を変え、さらに材質もPS(ポリスチレン)樹脂に変えて、やっと日本で聞いた音が再現できるレコード盤ができました」

針の件といい、レコード盤の素材の件といい、解決できたのは中国での最終チェック段階だった。

「日本側の開発スタッフや中国工場の技術者をはじめ、ものづくりに懸ける多くの人たちの魂がこもった製品になったと思います。お届けしたかった感動をお客さんと共有できたら、それ以上うれしいことはありません」

アナログレコードの端に再生針を置けば、「ジジジジ」と溝に刻まれた独特のスクラッチノイズが聞こえてくるはずだ。わずか数秒の雑音の中に、デジタルサウンドにはない手作りの振動と、ものづくりに懸ける匠の魂が込められている。新たなレコードの文化が、継承されたアナログ技術によって、広がっていくことだろう。

「軟らかく、かつ硬い」素材でできたレコード盤。 「軟らかく、かつ硬い」素材でできたレコード盤。
「多くの人が協力してくれたおかげで製品化できました」と語る吉野氏。 「多くの人が協力してくれたおかげで製品化できました」と語る吉野氏。

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