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待ったなし。小学校でのプログラミング教育、今春スタート

未来への鍵「AI」を、子どもたちにどう教えるのか?

プログラミング教育元年となる2020年。4月に始まる授業に向けて、学校現場の準備は急ピッチで進む。授業の中には最先端テクノロジーに基づく未来を紹介する内容もある。未来社会を語る上で欠かせない重要なテクノロジーがAIだ。AIは、教育的見地からどう子どもたちに語られるのだろうか?

授業開始に向けた学校現場の状況

いよいよ小学校でのプログラミング教育が4月に導入される2020年となった。目前に迫った授業開始の状況に学校現場は緊張の毎日だろう。2020年1月9日には文科省から「市町村教育委員会における小学校プログラミング教育に関する取組状況等調査の結果について」という文書が発表された。

この文書によると、2018年11月の時点で約93%の教育委員会から、2020年3月までに各校1人以上の教員への実践的な研修、模擬授業などを実施済みまたは実施予定という回答を得たという。数字だけを見ると、間に合った印象だが、詳細を見ると都道府県間にバラツキがある。4月以降、「実施しながら実地で考える」という状況にはなりそうだ。

出典:「市町村教育委員会における小学校プログラミング教育に関する取組状況等調査の結果について」 出典:「市町村教育委員会における小学校プログラミング教育に関する取組状況等調査の結果について」

人材に関しては以上だが、それを支えるICT環境となると少々お寒い現状がある。文科省の調査によると、小学校におけるパソコンの台数は、生徒5~6人に1台だし、100Mbps以上でのインターネット接続率は約70%にとどまる。1年前(2019年3月時点)の調査なのだが、1年で大幅に改善されるとは考えづらい。

2019年11月、安倍首相は経済財政諮問会議で「パソコンが児童1人あたり1台となることが当然だということを、やはり国家意思として明確に示すことが重要」と語り、費用の補助は予算には盛りこまれたが……。ICT環境の整備無くして、プログラミング教育の充実はありえないだろう。

文科省、総務省、経済産業省の関係3省が連携し、教育/IT関連の企業の協力を得ながら、小学校でのプログラミング教育の実践/普及を図るポータルサイトに「未来の学びコンソーシアム」がある。ここには、関係省庁の方針に沿った形で、豊富な資料や実践例、最新の情報などが載っている。現場の教師はこのサイトを見ながら、自分の学校に合った授業案を作成することになる。4月以降もコンテンツ面ではこのサイトが、全体を引っ張っていく形になるはずだ。

間近に迫ったプログラミング教育の開始。活発な授業は行われるのだろうか? 間近に迫ったプログラミング教育の開始。活発な授業は行われるのだろうか?

未来を学ぶ授業とAI

未来の学びコンソーシアムサイトの中にある「小学校プログラミング教育必修化に向けて」と題するパンフレットの中で、プログラミング教育で大切にすべき視点として「楽しく学ぶ」「考え方を学ぶ」「常に最先端を意識する」の3つが語られている。最先端のテクノロジーに触れることは、重要事項のひとつでもある。Webサイトには未来へ向けたテクノロジーを紹介する「society5.0」といったビデオ教材などを使った具体的な授業の実践例も紹介されている。子どもたちに、今よりさらに便利な世の中を想像させ、コンピューターやITテクノロジーを駆使してそれをどう実現するか考えてもらう内容だ。

AIについて扱う授業例もある。音声画像認識や言語翻訳はもちろん、生活の中で代替可能な作業を機械にやらせるためには欠かせないテクノロジーだからだ。一般には「AIが人間の仕事を奪う」「AIが進むとやがてシンギュラリティー*を迎え、人間が機械に支配される」と警戒感を抱く人たちもいる。大人でも実態がいまひとつ分かりづらいAIを、プログラミングの授業の中で子どもたちにどう伝えればいいのだろうか?

シンギュラリティー:機械が自分以上の機械を作れるようになる時代の転換点を意味する「特異点」を指す概念。特異点を超えると限りなく有能な機械が作られ、「人間が機械に支配される」という事態が憂慮される。

AIは未来社会の構築に欠かせない。とはいえ、シンギュラリティーはやってくるのだろうか? AIは未来社会の構築に欠かせない。とはいえ、シンギュラリティーはやってくるのだろうか?

現在のAI技術

ここでAIの現状について俯瞰してみたい。

AIの研究者によれば、今AIは1950年代の第1次、1980年代の第2次に継いで第3次ブームの最中だという。過去2回のブームでは、人が教える答えをコンピューターが学ぶスタイルが基軸だった。第3次となる今回は、コンピューター自ら考え、答えを導く技術が開発された点が大きく異なる。ブレイクスルーと呼べるような大きな変革期を迎えている。

ブレイクスルーをもたらした要因は主に3つある。

1つは、スマートフォンの普及による巨大ネットワークからのビッグデータの取得。2つ目はより高速処理が可能なコンピューターの存在。3つ目は、機械学習/ディープラーニングと呼ばれる新しいアルゴリズムの開発。入力されたビッグデータを高速のコンピューターが機械学習/ディープラーニングで処理し、質の高い出力を可能にする。この3つの要因が重なり、コンピューターを巡る新しい環境が形作られ、AIにブレイクスルーをもたらした。画像認識、音声認識、自動翻訳などを可能にした技術的な背景はここにある。さらに近い将来、AIが医療/交通/物流などといった社会インフラを構築するのに欠かせない技術となることが予見されている。

ただ長年AIに携わってきた研究者の多くは、技術は飛躍的に進歩したものの、シンギュラリティー後の世界とはかなり隔たりがあり、数十年のレベルではとても到達しそうにないという。いまのところは負の側面に目を向けるより、社会を発展させる新しい技術として捉えることが望ましい、といったところか。

教育の現場でもこの見解に沿って、AIと接することが基軸となる。

AIは生活のあらゆるシーンでますます使われるようになる。 AIは生活のあらゆるシーンでますます使われるようになる。

子どもにAIを体験させる

「未来の学びコンソーシアム」で例示されているプログラミングの授業にはある種のパターンがある。子どもたちが、社会の現状を知り、自ら課題を見つける。見つけた課題をプログラミングによって解決し、最後に一連の成果を発表する。文科省の指針に沿い、アクティブラーニングの要素を入れながら授業を展開していく。

AIの授業も同様だ。

ビデオを教材に、AIを使った現在と近い将来を視覚的に見せ、AIが得意そうなこと、苦手そうなことなどについて話し合う。議論を深め、身近にある課題のうち、AIで解決できそうなものはないか、検討する。課題解決のため、AIを含むプログラミングを駆使してソフトウェアやマイコンなどを使ったハードウェアを作り、試行錯誤しながら実際に使ってみる。最後にその成果を発表する。AIという新しい技術に接し、体験するという意味では非常に実践的だ。

授業では実際にAIの要素を取り入れたプログラミングも体験するはずだ。 授業では実際にAIの要素を取り入れたプログラミングも体験するはずだ。

例示に見る具体的な取り組み

実際に子どもたちにAIを体験してもらう授業としてはどんなものが考えられるか?

プログラミングの授業で最も利用されそうなビジュアルプログラミング言語に「Scratch」がある。石原淳也氏は、スクラッチでAI体験ができる拡張機能「ML2Scratch」を開発。ML2Scratchは各地のワークショップなどで、使われている。
石原氏に話を聞いた。

ScratchでAI体験ができる拡張機能「ML2Scratch」の開発者・石原淳也氏。 ScratchでAI体験ができる拡張機能「ML2Scratch」の開発者・石原淳也氏。

——ML2Scratch開発の動機について教えてください。

石原:2017年にGoogleがTensorFlow*ベースで構築した「Teachable Machine」を発表しました。誰でも簡単に機械学習による画像認識を体験できるアプリです。使ってみると応用範囲も広く面白い。これをScratch上から使えるようにすれば、子どもたちも楽しめるのではないかと思い、作ったのがML2Scratchです。

——どんなことができるのでしょうか?

石原:パソコンなどのカメラで写真を撮って同じグループであることを学習させます。例えば、グー、チョキ、パーのそれぞれの手の形をさまざまな角度から撮影します。これで、グー、チョキ、パーという形を覚えさせます。その後、カメラにグーが映ると、コンピューターがグーと認識して、この認識結果を利用できるようになります。例えばグーを見せたらキャラクターを動かすというプログラムを簡単に作ることが可能になります。

ML2Scratchの画面。グーを見せるとScratchキャットが動く。 ML2Scratchの画面。グーを見せるとScratchキャットが動く。

TensorFlow:2015年にGoogleが開発した機械学習のためのライブラリ。

——ワークショップなどで使ったときの子どもたちの様子はどうでしたか?

石原:先日、「レゴマインドストームEV3」とML2Scratchを組み合わせたワークショップを行いました。何を作るかは参加者(子どもと保護者)に任せたのですが、カメラで障害物を検知して避けて動く車といった作品が生まれました。他のイベントの例ですが、ML2Scratchを使って、ビンと缶を見分けてそれぞれのふたが開く分別ゴミ箱とか、手話を認識するアプリなどを作ってくれた子どももいます。

子どもたちにML2Scratchを使って機械学習を体験してもらうワークショップ。 子どもたちにML2Scratchを使って機械学習を体験してもらうワークショップ。

——AIについてはどう子どもたちに伝えましたか?

石原:私はAIではなく「機械学習」という言葉を使っています。機械学習がAIの中身だと思うからです。ML2Scratchを使った画像認識の例で言えば、「これは緑色ですよ」といって何度も何度もコンピューターに写真を覚え込ませます。次は別の写真を見せて「これは紫色ですよ」といって覚えさせる。「そうやって機械に教えてるんですよ」って説明します。子どもたちだけでなく、大人にも同じ説明をします。大切なのは体験し、使ってもらうこと。「機械学習とは何か?」を説明するのにニューラルネットワークやディープラーニングといった中身の技術の説明から入るケースを見かけますが、それは技術者向けの説明であり、機械学習を利用するみんなが知る必要はないと思っています。自転車を乗りこなすために、自転車の構造を学ぶ必要はないのと同じです。大人も子どもも一度体験すれば、機械学習は難しいものではなく、可能性を秘めたとても便利なツールであることを感じてくれると思います。

また「AIが仕事を奪う」とか、「シンギュラリティーが起こって機械が人間を支配する」とかいった議論は、あまり意味があるように思えません。子どもに伝えるべきことは、「面白い道具だから一度使ってごらん」で最初は良いのではないでしょうか? その上で社会への影響、倫理的な問題を考えるきっかけとなれば良いと考えています。

ML2Scratchでパソコンのカメラで撮った自らの画像を読みこませる石原氏。 ML2Scratchでパソコンのカメラで撮った自らの画像を読みこませる石原氏。

教育の現場においても、教師も生徒もまずは機械学習に触れ、その上で社会への影響とか未来について考えればいいのでは、というのが石原氏の意見だ。「百聞は一見に如かず」というところだろうか。氏は現在、ML2Scratch などを使って子どもや一般の人が機械学習を学ぶための本を執筆中で2020年中には刊行の予定だという。楽しみだ。

AIを体験した子どもたちへの期待

授業でAIを体験した子どもたちは、AIが役に立つ技術であり、道具であることを知る。「AIを使えば自分がやりたいことができるかもしれない」。そう考えながら大人になれば「AIが人間の仕事を奪う」といった議論からは無縁でいられる。彼らが次世代のシステムやテクノロジーを主導して、新しい社会を作ってくれるはずだ。

子どもたちを見守る我々大人も、冷静な目でAIをとらえ、石原氏が言うように子どもたちと同じ目線で体験してみることが必要なのかもしれない。せめて学校でどんな授業を受けてきたのか、子どもたちから聞くようにしたい。学ぶ姿勢さえあれば、いくつになっても学べるのが人間なのだから。

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