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「VRデバイスのスタンダードを作りたい」グローブでXR市場に挑む学生起業家・迫田大翔氏が語るVRハードウェアの未来

VRから始まった仮想空間を利用する技術は、AR(拡張現実)、MR(複合現実)、SR(代替現実)など枝分かれしながら進化し、XR(クロスリアリティ)の時代を迎えた。同時に仮想空間を構築するハードウェアにも注目が集まる。そんな中、国際見本市「CES 2023」で日本のスタートアップDiver-Xが開発したVRグローブがイノベーションアワードを受賞した。CEOの迫田大翔氏は現役の大学生。若き才能が開発したVRデバイスにはどんなストーリーがあったのか? (撮影:加藤 甫)

ライバルは既存のスティック型コントローラー

——Diver-Xの主力商品は、コンシューマー向けのグローブ型VRコントローラー「ContactGlove」だ。製品には、迫田氏の熱い思いが込められている。

迫田:一般にVRグローブの用途は主に2つです。1つは手の動きをキャプチャーしてVRの中の事象をコントロールすること。バーチャルYouTuberや映画の3Dアバターを制御するなどの用途ですね。もう1つは、ContactGloveのような触覚フィードバック機能でVR内のコンテンツのクオリティを上げること。製造業の作業シミュレーションに使う場合などです。私が起業した時には、すでに競合他社が3~4社ありました。どちらもハイエンドな使い方で、同じような製品で他社と戦うのは難しい。そこで、VRゲームなどで使えるコンシューマー向けグローブの開発に着手しました。

現実の世界でも積極的に何かの作用を及ぼす役目は手が担っています。グローブ型にすれば、コントローラーを握っている必要がないので手がフリーになります。一番自然なインターフェースです。

ライバルは既存のスティック型コントローラーですね。HMD(ヘッドマウントディスプレイ)をかぶってグローブをつけてVR体験する世界をスタンダードにしたいと思っています。

VRグローブによって、一番自然なインターフェース「手」が使えるようになる。 VRグローブによって、一番自然なインターフェース「手」が使えるようになる。

高機能/低価格を両立した独自開発の技術

——コンシューマー向けとなれば、価格を抑える必要がある。とはいえ、そのために機能を落としたのでは既存のコントローラーに勝てない。高機能のまま手頃な価格にするにはどうしたらいいのか?

キーとなるテクノロジーが2つあった。指先につけて状態をトラックする「抵抗膜式曲げセンサー」と触覚を作る「触覚フィードバックモジュール」である。

迫田:抵抗膜式曲げセンサーのサプライヤーは世界に2社しかなく、価格がこなれてこない。VRグローブが一般的に高い理由の1つもここにありました。我々はこれを産総研(産業技術総合研究所)と共同で独自開発し、価格を下げることに成功しました。

触覚フィードバックの方式としては、一般的には、振動モーターを使ったタイプか、「マイクロ流体アクチュエーター」を使ったタイプの2つに分かれます。前者は昔からあるこなれた技術で、安価で小型化には寄与しますが、肝心の触覚がリアルではない。後者は、ポンプにつなげたチューブから空気圧もしくは水圧をかけ、指の腹を押して触覚を作る技術で、かなりリアル。しかし、外部に圧力機関が必要で、高価で大型化するデメリットがあります。

触覚フィードバックの理想形としては、①圧力がフィードバックできて②振動を持った波の性質があり、③かつシンプルな構造、の3つが必要です。いろいろと試した揚げ句、第3の方式に行き着きました。それが形状記憶合金を使った独自開発のモジュールです。我々が採用している形状記憶合金は、その合金に電流を流すことで収縮します。その収縮を指に巻きつけたフィルム等を用いて圧力に変換します。比較的ストロークの大きな素材を採用しているので、触覚フィードバックにおいて十分に大きな感覚を発生させることができます。また、外部のポンプ等が必要なく、アクチュエーター本体と電流だけで圧力を発生させられるので、構造もシンプルです。

——理想的な素材だが、1つだけ問題があった。電圧をかけるときに発生する熱である。

迫田:熱で収縮するメカニズムなので、安全に制御する必要があります。熱を直接指に伝えないような配置にしたり、安全機能を組み込んだりと、かなり工夫しています。今のところ、安全性に問題はありませんが、今後も改良していくつもりです。

*抵抗膜式曲げセンサー/曲げた角度によって出力抵抗値が変位する曲げセンサー。
*マイクロ流体アクチュエーター/水や空気などの流体を微細な単位で利用してものを動かす装置。

VRグローブ用に独自開発した、指先に装着する触覚フィードバックモジュール。 VRグローブ用に独自開発した、指先に装着する触覚フィードバックモジュール。

目指したVRの世界

——独自開発の新技術により、高機能で入手しやすい価格となった迫田氏のVRグローブだが、その原点は中学生の時に見たアニメにあった。

迫田:中3の時に日本のVRを題材にした「ソードアート・オンライン」というアニメを見ました。アニメの中で、VRに没入するため、「フルダイブ」という架空の技術が出てきます。「人間の脳に直接電極などをつないで、五感情報を完全にコンピューターで再現する」というものです。それに憧れて「HalfDive」という名で「寝ながらVRの中で自分の体を操れる」デバイスを高校生の時に作りました。

——高校生でVRデバイスを作る。事もなげに話す迫田氏だが、これには背景がある。高1でロボコン部に入り、ものづくりの技術を磨いた。高2で脳波デバイスの研究をテーマに未踏ジュニアに応募し、採用された。資金やアドバイスを経て、クラウドファンディングによるHalfDiveの製作、販売を目指した。

迫田:VRって「現実と違う世界を作る」ところに価値があると思います。その点では「HMDをつけて、スティックを握って自分の体を動かす」というのは、仮想空間での体験が現実の物理法則にとらわれてしまっている。そこを変えないと本当の意味でのVRって実現できないんじゃないか、と思って「寝ながらほとんど体を動かすことなく、VRの中で活動できるデバイス」というコンセプトが生まれました。

——大学1年でDiver-Xを起業し、HalfDiveの量産を目指したが、残念ながら叶わず、会社としてはピボットせざるを得なかった。

迫田:なんとかコンセプトを変えずに今の会社で実現できる形のVRデバイスを作ろうということになり、VRグローブの開発にシフトして今に至っています。

*未踏ジュニア/独創的なアイデアや卓越した技術を持つ17歳以下の小中高生、高専生を支援するプログラム

「アニメに刺激を受け、VRデバイスの開発に着手しました」と語る迫田氏。 「アニメに刺激を受け、VRデバイスの開発に着手しました」と語る迫田氏。

VRグローブの可能性

——触覚フィードバック機能のついたコンシューマー向けVRグローブは、VRの世界に何をもたらすだろうか?

迫田:これまでのゲームデザインって映像とか音がメインでしたが、そこに触覚が加わり、クリエイターは新しい表現が可能になります。例えば魔法を使ったときにその波動を感じるとか、新しい生物の触り心地が体感できるとか。触覚を生かした新しいゲームが、今後、登場するのではないでしょうか?

——若き経営者として、コンシューマー向けだけでなく法人向け事業もすでに展開している。

迫田:高機能で安価なので、多くの人に試せるメリットを生かして、法人のソリューション事業にも取り組んでいます。細かい指先の動きを必要とする工場での作業トレーニングとか、触り心地がポイントとなる商品の圧力計測だとか。いろいろなところから引き合いが来ており、業務提携を進めています。

Diver-XのContactGloveには、さまざまな可能性がありそうだ。 Diver-XのContactGloveには、さまざまな可能性がありそうだ。

——最後に迫田氏は今後へ向けてものづくりへの思いを語ってくれた。

迫田:今まで、「アイデアを思いついたら、世の中に製品としてそれを出し、実際に世の中が良くなっていく」という流れを体験しながら開発を進めてきました。研究機関ではなく、会社としてやっている理由はそこですね。HalfDive量産への思いも捨てていません。近い将来、再チャレンジしたいと思っています。

——インタビューを終え、「忙しい中ですが、大学は卒業したいですね」と最後に学生の顔を見せながら迫田氏は笑った。

優れた才能を持ち、将来の大活躍が予見される若者のことを中国の伝説上の動物になぞらえて「麒麟児(きりんじ)」という。迫田氏を見ていると、そんな言葉を思い起こさせる。業界を疾走する氏の向かう先には、VRの新たな地平が広がっていることだろう。

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