雪の少ない埼玉県で、北海道の農家さんとIoT積雪計を作った
ほとんど雪の降らない埼玉では、わずかな積雪で大騒ぎ。ところが、雪国では冬にはたくさんの雪が降るのが日常です。雪を相手にすることが、冬の日常なのです。今回、ほとんど雪を体験したことのない筆者は、北海道 十勝地区の農家さんと知り合い、雪国の暮らしについていろいろ伺いました。その中で、「雪に先手を打つ」ことの大切さを知り、IoT積雪計を作るプロジェクトをスタートさせました。
積雪が分かるとどう便利になるのか?
筆者は2021年の夏ごろ北海道帯広市の畑作農家 大崎真裕さんと知り合って以来、農業IoTに関する情報交換しています。大崎さんは、経営する大崎農場でジャガイモやナガイモ、小麦を生産する傍ら、ITを農業に活用するための研究を続けています。研究の成果をまとめた著書も技術書典で2022年に発表されました。
筆者と大崎さんは、SORACOMのユーザーグループが主催する農業IoT関連のイベントが縁で知り合い、農家の方が実際に使えるIoTの仕組みをつくるために勉強や意見交換をこれまで続けてきました。
意見交換の中で生まれたアイデアが、北海道の地域特性である冬季の積雪をIoTで可視化することです。後述しますが、積雪は雪国の方々には大変切実な問題です。そこで、2022年の夏から2023年3月にかけて、積雪を調べる仕組みをIoTで作れないか試行錯誤しました。と言っても、筆者の自宅があるのは関東平野でも積雪の少ない(無い、と言ってもいい)エリアなので、大崎さんに意見を伺いながら開発していくことにしました。
雪に先手を取るために(暮らし/農作業)
筆者の住んでいるエリアではほとんど雪が降りません。まったく雪を見ない冬もあるほどです。雪国の人の大変さは知っていても、それは実感とは異なります。そこで、大崎さんと何度か北海道でお会いして話を聞き、また雪を体験しました。
雪国の人が積雪量をスマートフォンなどで見られると便利なのはどういうシーンか? 大崎さんに伺うと「積雪量が分かれば、夜のうちの除雪を計画的にできる」という答えが返ってきました。降雪量が多い日には夜のうちに一度除雪し、翌日の除雪作業を軽減することがあるそうです。夜に起きて除雪……初めて知る実情に、衝撃を受けました。
大崎さんによれば「冬には冬の農作業タスクがある」とのこと。冬の農作業タスクの多くは直接的な農作業ではなく、事務作業や後片付け、次のシーズンの準備などです。タスクは日々変わっていき、適切にこなさなければなりません。夜間の積雪量を自宅で知ることができれば、夜間に除雪することが可能になり、翌日の準備がしやすくなるとのことでした。
また、2月になると苗を育成するためのビニールハウスを準備します。積雪量が分かれば、雪に対して先手を打って、ビニールハウスを雪から守ることができるかもしれません。
夜間の積雪量を知ることで、翌日の段取りを変えやすくなるのは何も農家に限ったことではありません。一般のご家庭でも同じことが言えそうです。家を出発する時刻、家の除雪の予定などを早めに変更することで、雪に対して先手を打てるようになります。
■ 積雪計の仕組みと機器の構成(1号機)
IoT簡易積雪計の機器構成
今回は、試作機を2回作成しています。ここでは便宜的に最初の試作機を1号機と呼び、その機器構成を図1に示します。
マイコンボードは、何度か筆者の農業IoT作例にも登場している、Seeedの「Wio LTE」を使用します。拡張性が高く、IoT用のSIMカードを使用した通信が簡単にできるという特長があります。
農業IoTを自作する際の課題として、「通信環境をどのように整えるか」があります。大崎農場は30ha(平地)あります。IoT機器をどこに置くかにもよりますが、広い農園で使用することを考えると、IoTのプラットフォームと直接通信できるマイコンボードは頼りになる存在です。
また、今回は通信サービスにソラコムのサービス群を使用しています。Seeedとソラコムは相互にWio LTEの作例を多く公開しており、LTE-M通信を使用して屋外IoTを構築する上で非常に参考になりました。
農地であっても、携帯電話が使えるエリアであれば、IoTに特化した通信サービス「SORACOM Air」を使用して、センサーで測定した地面との距離(積雪で変化します)をSORACOMのプラットフォームに送信します。その後、可視化システムの「SORCOM Lagoon(ラグーン)」で可視化します。
屋外に設置しますので、距離センサーとマイコンボードは別のケースに入れ、マイコンボードの保護には防水防塵性能の高いケースを使用します。
積雪の測定方法
積雪の測定方法について、その原理を図3にまとめました。測定の方法はとても簡単です。雪が降れば地面とセンサーとの距離が減少します。例えば2mの高さにセンサーがあり、雪が10cm積もるとセンサーと地面との距離は1.9mになります。元の距離との差を計算することで積雪量を知ることができるのです。この原理は、距離センサーの方式によらず同じです。
では、測定にはどのようなセンサーを使うのか? 距離センサーにはいくつかの方式がありますが、ここでは2つを紹介します。
- レーザー(や赤外線)を使用する方式……センサーが発射したレーザーの反射時間を測定して、距離を算出する。
- 超音波式……センサーが超音波を発射して、受信側のセンサーまで戻ってくるまでの時間を測定、計算して距離を算出する。
今回積雪計を作るに当たって、数年前に筆者が実施した超音波センサーの実験データを引用しつつ、センサーの仕様を検討しました。超音波センサーは使いやすく、1800mm程度の距離であれば、積雪計を作るための十分な性能を有しています。硬い物質の表面だけでなく、水面との距離を測定できることも実験で分かっています。
しかし、多くの超音波センサーは超音波を発射、受信する部分には防水性がありません。屋外に設置する積雪計に使用するのは難しそうです。
そこで、今回はまず屋外での使用へのハードルが低そうなレーザー式(ToFセンサー)を選定して実験、試作をすることにしました。ToFセンサーのメーカーの資料には「環境光にも強い」と記載されていました。しかし、その強さがどの程度なのか、具体的な記述はありません。実際に使用して、知見を得るのが最良と判断しました。
予期せぬ現象が発生する
まずは、ToFセンサーからのレスポンスについて、SORACOM Air(SIM)→Harvest(データ蓄積)→Lagoon(可視化)の順番でIoTプロセスを実行するためのコードを書き、室内での距離測定実験を実施しました。室内では、ToFセンサーを使用した測定に問題はありませんでした。そこで、実際に雪の降っている十勝地区に機材を送って積雪の測定実験を始めました。
ところが、屋外の積雪測定では問題が発生しました。日没までの時間帯は環境光のためなのか数値が乱れ、正確なデータをまったく得ることができませんでした。また、夜間でも時々原因の分からない数値の乱れがたびたび発生してしまい、実用に耐えうるとは言えない結果になってしまいました。
数値の乱れがどこから来るのか、検証するためにもう1つ試作機を作ってみましたが、やはり同じ結果になりました。原因不明のまま、いったんToFセンサーの使用を断念し、他の測定方式を試すことにしました。
冬が終わる前に何とか解決策を見つけたい。そう思いつつ、代替案を探しました。
■ 機器の構成(2号機)
防水仕様の超音波センサーを見つける
環境光の問題を解決するために、レーザーを使用するToFセンサーの代替品を探そうとも考えましたが、根本的な解決策にはなりそうにもありませんでした。むしろ簡単に解決できそうなのは、光学的な測定方法を諦めることです。そこで、かつて実験した超音波センサーに戻ることにしました。試行錯誤の結果、防水性能のある超音波距離センサーを探すことができました。新しく選定したセンサーは、超音波の送信部と受信部が1つになっていてかなり扱いやすく、コントロール用の基板もセンサーと切り離されているので、今回の問題解決に最適の製品でした。
図5が、超音波距離センサーに変更した機器構成図です。
センサーを変更するのに伴い、コードも変更しました。最初に使用していたセンサーはI2C方式でWio LTEと通信していましたが、超音波センサーはこの方式を使えないので、適した方式に書き替えました。
当然、センサー用のケースも超音波距離センサーに合わせて変更することになります。ただ、時間的な問題でこれは後回しとなりました。春が間近に迫っていました。
この超音波距離センサーを探し出し、使用できるようにするまでにかなりの時間を費やしてしまったため、もう時間がありません。まだ雪が残っているうちに、十勝地区にある大崎農園を再び訪れ、大急ぎで試験をしました。
■ 雪の中での試験 at 十勝
気がつけば3月になっていた
筆者が大崎さんを再び訪ねた頃には、東京ではもうすぐ桜が咲きそうな時季になっていました。十勝地区の大崎農場にはまだ雪がかなり残っていましたが、北海道もかなり温度が上がり冬の終わりが目前でした。訪問時に降雪は望めそうにありません。それでも残雪を使って積雪計のテストはできそうです。
試験場所は大崎農場の農機具格納庫の前をお借りしました。センサーのケースは完成しないままでしたが、柵を利用し、雪に向けてセンサーをおよそ1mの高さに設置しました。電源はモバイルバッテリーを使用して数日間の稼働を予定しました。
写真6が、実際のテスト風景です。「とにかく設置と試験を優先」。間に合わせのケースを使用し、超音波距離センサーはガムテープで固定しました。この日を逃したら積雪の測定は当分できないかもしれない。たとえ雪が降らなくても積雪を測定できるのか、実際に雪の上で積雪計を稼働させながらなんとか確認することができました。
2号機での実測
図6に、試験結果をSORACOM Harvestで可視化しました。このグラフは朝の6時から9時までのセンサーから雪面までの距離を可視化したものです。時々測定値にゼロが入りますが、雪面までの距離は測定できていることが分かります。
温度および湿度は、別のセンサーで測定しているのですが、距離の測定値に比べて値が小さいため、グラフ上ではほとんど変化がないように見えています。実際には順調に測定でき、有意な値を得ています。
残念ながら、このテストの時間中には雪は降りませんでした。しかし、次のシーズンに向けて確かな手応えを得た実験になりました。大崎さんと知り合うことがなければ積雪計は空想で終わっていただろうし、作ったとしても雪国の実情とはかけ離れたものになっていたことでしょう。出会いから始まったプロジェクトが、雪のあるうちに一区切りついたのは感慨深いことでした。
■ まとめ
次の降雪シーズンに向けて
「なぜIoT積雪計を作るのか?」。理由はいくつもありますが、プロジェクトを振り返ると、理由は2つに集約されます。
- 雪に対して先手を打つことで、少しでも楽にならないか、という思いのため
- 農家の方々に農業IoTを体験してほしい
大崎さんにお聞きするまでは、夜中の除雪については知りませんでした。夜中に除雪しなければ、翌朝動けなくなってしまう。雪国の人の苦労を思うとき、IoTで少しでも何かが変わっていくなら、これほど嬉しいことはありません。
また、大崎さんが持っている「農家の方々に農業IoTを体験してほしい」というビジョンにも、このプロジェクトは貢献できるのではないかと思っています。積雪の観測については気象業務法という法律があり、実際の観測や利用はこの法律の範囲内で行うことになりますが、プロジェクトに参加している農家さんが、学習目的で積雪計の数値を確認しつつ、地域の積雪について考えることは可能です。「農業IT(IoT)は便利だけど、難しそう」という方に体感していただくには一番良いかもしれません。
SORACOM Lagoonを使用すれば、測定データを簡単にスマートフォンで確認できます。測定データを数式で処理できるので積雪量や時間当たりの降雪量を算出し、アラートを出すことも可能です。これらの機能を使いながら、来シーズンはもっとリアルに積雪計のテストを進めていきたいと考えています。
謝辞
今回の企画は、北海道帯広市で大崎農場を営む大崎真裕さんとの出会いから始まりました。実験場所の提供だけでなく、十勝地区の農家さんの実情などを詳細に教えていただきました。実験に際しては、実務的なお手伝いもしていただきました。心から感謝申し上げます。
大崎農場ホームページ
Agrifeel-STORE (stores.jp)
大崎さんの著作の紹介
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