家庭用溶接機で初めてのバチバチ溶接体験 オリジナル鉄下駄を制作してお祝いしたい!
fabcrossは2013年にオープンした、ものづくり特化型のメディアです。その10周年となれば何か笑いが起きて楽しいものを作ってお祝いしたい! そんな中、ある日のfabcross定例会議の話題から生まれたのが鉄下駄というアイデアでした。
お祝いに鉄下駄!? と思いますが、昔のスポコンアニメでは主人公が履いて鍛錬をすると、なんと強靭な足腰になるというのが定番のストーリーです。fabcrossもさらに20年、30年頑張ってもらいたい! ということで、鉄下駄を作ってプレゼントする事にしました。
鉄の溶接は素人でもできるの!?
鉄の溶接には資格や特殊な設備が必要だと思っていました。溶接について調べてみると、神奈川県の鎌倉に溶接の技術レッスンが受けられる施設があると分かり行ってみることにしました。
鎌倉駅から市役所通りを10分程歩いた閑静な住宅街に、突然カフェのようなオシャレな建物が現れました。ここが今回お世話になるFe★NEEDS(フェニーズ) 鎌倉店です。
店長の浅田圭介さんに溶接についての不安をぶつけてみたところ、店舗で使用する小型溶接機は、100Vと家庭用電源で手軽に扱えるため、資格などは不要でコツさえつかめば自分で小物や大きい家具まで作れるとのことでした。そして、この小型溶接機を開発・販売している会社こそがFe★NEEDSの親会社であるSUZUKID(スター電器製造)さんでした。
「SUZUKIDは主に小規模の事業者、DIYユーザー向けにお手頃な溶接機を販売しています。溶接に触れてもらう機会を増やすため、また自社プロダクトを使ってもらうためこの施設を立ち上げました」(浅田さん)
鉄製家具は買うと高額になるものも多く、また自宅にピッタリの家具が見つかりにくいという難点があり、DIYの延長で施設を利用される方も多くいるそうです。初心者でもできるのか不安に感じていましたが安心しました。
アイデアを形に! まずは鉄を切り出す
一言で鉄と言っても、鉄板、網目状に加工されたエキスパンドと呼ばれるもの、中が空洞になっている鉄パイプと呼ばれるもの、さらに外側を丸や四角などに加工したもの、さまざまな太さの鉄の棒、L字に加工されたL型アングルなど、いろいろな形状のものがあります。
「鉄は重く硬いので、厚い鉄板だけでは加工するのも日常的に使うのも重くて大変なんですよ。ここある棚はL型アングルを使っています。鉄板は薄く軽いのですがL型になっているので高強度です。また、エキスパンドは質感がとても良いので装飾的に使ったりもします。鉄パイプは、中が空洞になっている分軽いのですが、外側が鉄で囲まれているので強度は十分あります」(浅田さん)
ひととおり鉄の特性を伺ったところで、アイデアの設計図を見せたところ、浅田さんは全く動じることなく「面白いですね」の一言。安心しました。どうやら同じ世界の方のようです。
アイデアの設計図を参考に使用素材について相談したところ、足を乗せる部分はしっかりとした鉄板を使い、歯の部分は四角いパイプを使用した方が軽量で強度も十分に出せるとのことでした。
重い鉄下駄を作っているのに、履きやすさを考えている浅田さんを尊敬しつつ、「企画的には重い方が面白いんだよなぁ」と私はそっと心の中でつぶやきました。
5mmの厚さの鉄板に下駄の足を乗せる部分を下書きします。通常下駄は長方形ですが、お祝いということで「10」の文字を形取ってみました。
鉄の切断にはメタルバンドソーとプラズマ切断機という2種類の切断機を使用します。メタルバンドソーは刃を回転させて鉄を切断します。厚みのある平鋼や棒、鉄パイプなどの長物の切断に適しているので、鉄下駄の歯の部分(角パイプ)を切り出すのに使用しました。ノコギリの歯で垂直に切断するので、断面は直線で綺麗ですが、最後にバリが残るため、この部分は後からディスクグラインダーで研削します。
一方、プラズマ切断機は、電気の熱で鉄を溶かした状態にエアーを吹き付けて切断します。堅い鉄を切断するので力が必要に感じますが、ほとんど力は必要ありません。しかし、切る時の手応えが無く手のブレがストレートに反映されてしまう感じがしました。
火花が飛ばないように、鉄の箱を下に敷いて鉄板をカットしていきます。写真ではきれいに真っ直ぐ切れているように見えますが、実際は波打っています。切断していた時は「失敗したなぁ」と思いましたが、出来上がりはとても味のある下駄になったので、あまりここでクヨクヨする必要はなかったと後々思いました。
プラズマ切断機では、エアーで吹き飛ばされた溶けた鉄が鉄板の裏面に付いてしまうので、かさぶたのように張り付いた鉄をペンチで取り除き、最後はディスクグラインダーで研削します。
これでようやく素材の準備が整いました。
切断機を使ってロゴを掘る
「溶接を行う前に『fabcross』の文字を下駄に彫ってみませんか? そうするとオリジナル感がさらに増すと思いますよ」。そう浅田さんに誘われて、プラズマ切断機を使って文字の表現にチャレンジしてみました。
石筆で下書きしてはいるのですが、前の章で書いた通り、プラズマ切断機は切る時の手応えが無く、手のブレがそのまま伝わってしまうので緊張すればするほど、力が入ってしまい文字が波打つ結果に……。
また上手に切り込みを入れるためには、一定方向にエアーを当てる必要があり、何度も鉄の板を回転させて少しずつ切っていく必要がありとても根気がいる作業でした。何度か浅田さんに「上手ですよ」という魔法の言葉をかけてもらいながら最後まで行いました。
いよいよメインイベントの溶接作業
素材の加工が終わり、溶接していきます。溶接では強い光が出るので必ずマスクを着ける必要があります。よくテレビなどでは鉄のマスクを使っている所を見ることがありますが、お借りしたマスクはプラスチック素材で長時間頭にかぶっていても気にならない位の重量です。マスクには自動遮光機能がついており、溶接の光を感知すると液晶フィルターが暗くなり、溶接している箇所を見やすくしてくれます。
溶接前に、鼻緒を入れる部分にドリルで穴を開けます。
下駄の歯に使う鉄パイプを下駄の台部分に強力磁石で固定し、溶接機のトーチを溶接したい部分に近づけてスイッチを押します。
溶接したいものを設置する作業台は鉄でできていて、あらかじめ通電するようにアースコードを繋げておきます。トーチ先端からワイヤーが出てきた瞬間に「アーク放電」が起こり、鉄が放電の高温で溶けて溶接される仕組みです。「バチーッ!」と大きな音とすさまじい光が放たれ、最初は恐怖で身がすくみました。しかし、溶接用のマスクをすると音も光の強さも半減しますし、きれいな火花が見え恐怖も徐々に薄れていきました。
だんだん慣れてくると、「バチーッ!」「バチーッ!」「バチーッ!」と連続でポンポン溶接ができる様になります。想像よりも簡単に溶接できました。
想像した以上に立派な鉄下駄ができたので、早速履いて歩いてみたい! そんな思いがあふれて、ビニール紐をお借りして鼻緒を作成し、履いてみることに。
おぉぉおおおお。思った以上に歩けます! そして、鉄の下駄なのに軽い。しかも音がカランコロンカランコロンとなって涼しげ。思った以上の仕上がりになりました。
鼻緒は手に入らなかったので、生地とロープを購入して自作してみました。紅白でとても縁起が良さそうな鼻緒にしました。
果たして、10年間の重みはこの鉄下駄と同じなのか……笑ってもらえるのか。うーん。渡すのが待ち遠しいですね。
10周年の重みやいかに? 立ち上げメンバーが履いてみた
ここからは、平間さんから鉄下駄を受け取った編集担当が、fabcross編集部に受け渡したときの様子をお届けします。
12月某日、fabcross10周年記念の座談会でクリスマス感の漂うプレゼントを開封したのは、fabcross立ち上げメンバーでもある北平編集と越智編集。袋を開けた時にはその異物感に驚いたようですが、制作意図を伝えると笑顔で受け取ってくれました。
履いてみるとまずは「冷たい!」との感想。冬の寒さのなか、素足で鉄に触れたことで、思いがけぬ冷涼感があったようです。紅白の鼻緒に指を通し歩いてもらうと、カコンカコンと音を立てながら、軽快に歩みを進めていきました。
鉄下駄としての実験は大成功! なのにどこか憂げな表情の越智編集に「『10周年』の重みはどうですか?」と聞いてみると、「こんなに軽くはなかったよ……」と苦渋と喜びが折り重なった答えが返ってきました。
筋トレには向かなさそうですが、この軽さや歩きやすさも技術のたまもの。思いがけず、新しいものづくりを応援するメディアfabcrossを象徴した、現代的な鉄下駄が完成していたのかもしれませんね。
まとめ
鉄下駄制作に協力いただきました、Fe★NEEDS鎌倉店の浅田さんありがとうございました。Fe★NEEDSでは、1時間5000円〜で溶接機械などを貸し出しています。溶接をしてみたい! 棚や椅子などを自作してみたいという方は、浅田さんが相談に乗ってくれるので自分だけの特別な家具や小物を作ることが可能です。興味のある方は、ぜひFe★NEEDS鎌倉店にお問い合わせください。
※Fe★NEEDS鎌倉店は2023年12月〜2024年1月末まで改装のためお休みです。