足が不自由な人が自分の足でこぐ車いす「COGY」に見る、人と道具の関係
「足こぎ車いす」という、よくよく考えると矛盾にも思える、足でこいで移動する車いす「COGY(コギー)」が静かに広がっている。足の不自由な人が乗るはずの車いすをなぜ足で駆動するのか、どのような仕組みで動かない足でこげるのか。製品の成り立ちや原理、製品化の道のりを、COGYの開発、製造、販売をしているTESSの鈴木堅之(すずき けんじ)社長に聞いた。電動車いすのような移動のためのモビリティとは異なる視点で作られたCOGYとユーザーの声から、「便利にする」「楽にする」だけではない、道具と人の関係が見えてくる。(撮影協力:ダイシャリン和光店)
足が不自由な人が乗るのに足でこぐ車いす
車いすは、車輪を手で回すか、モーターなどを使って電動で回すかするもので、いずれにしても何らかの理由で足が不自由な人が乗るもの、というのが一般的な認識だろう。そのイメージを覆すのが、足でこぐ車いす「COGY」だ。
鮮やかなイエローとレッドの2種類があり、ピカピカの塗装がスポーツカーのようでカッコイイ。シートの下から1本のシャフトが前に伸びていて、その先に自転車のようなペダルが付いている。手元のハンドルとブレーキにより、片手で向きを変えたり停止したりできる。見たところ、モーターのような動力となる機器はなく、完全にメカニカルなプロダクトである。
「自分も最初に見たときは、本当に足が不自由な人がこげるのかと半信半疑だった」と話すのは、COGYを世に送り出したTESSの代表取締役・鈴木堅之氏だ。
足が不自由な人が乗るはずの車いすを、モーターなどのサポートもなく、どうして足でこげるのか。
COGYの原型との出会い
現在COGYを製造、販売しているのは、鈴木氏が2008年11月に設立したTESSという会社だ。鈴木氏は医療または介護畑の人かと思いきや、元は山形で小学校の教員をしていたそうだ。
「障害があり車いすに乗っている児童のいるクラスを受け持っていました。その子は運動会や遠足といった楽しい行事への参加が難しい。そこで、何らかの形でそういった行事に“自分の力で”関われる手段はないかと探していたところでした」
そんなとき、たまたま見ていたテレビで流れたのが、東北大学の教授が研究中だという足こぎ車いすを紹介するニュースだった。
「そのときはまだ今のCOGYのようなものではなく、一般的な折り畳みの車いすを改造してペダルを取り付けただけのものでした。でも、足が不自由な方がそれに乗ったら、スーッと動き出したんです」
自分のクラスの子に使わせてみたい──興味を持った鈴木氏はさっそく東北大学にコンタクトを取り、足こぎ車いすの発明者である半田康延教授の研究室を訪ねた。
そこでニュースで見た改造車いすをじかに見せてもらった鈴木氏は、最初「これで動くわけがないだろう」と思ったそうだ。「車いすにペダルを取り付けただけですからね。当時はまだ研究機でしたから、車いす自体が非常に重たかったですし」と鈴木氏は振り返る。
ニューロモジュレーション──不自由な足でこげる理由
実は、COGYをこげる可能性があるのは、片方の足が少しでも動かせる人に限られる。
片方の動かせる足でペダルを踏むと、もう片方の動かない足がクランクによって体に引きつけられる。その動きが人の脊髄にある「原始的歩行中枢」を刺激し、反射によって動かない方の足がペダルを踏む形で前に出る。それを連続させることでペダルをこげるようになる──というのが、半田教授による説明だ。
このように、特定の神経学的部位を刺激することで、神経活動を調整することを「ニューロモジュレーション」という。日本語に訳すと「神経調節」だ。
半信半疑だった鈴木氏も、足が不自由な人が車いすをこぐ動画を半田教授から見せてもらいながら説明を受け、納得したそうだ。そして後日、足がまひしていてリハビリ中の人が実際に車いすをこぐのを目の当たりにして、足こぎ車いすの可能性を確信した。
「人の体の機能を改善できるのは薬や手術だけではなく、別の面白い道があるのかもしれないというお話でした。それが本当なら、いろいろな方に希望を持ってもらえる製品にできるのではないか。とにかく、こんな素晴らしいものを大学院の研究室にだけ置いておくのはもったいないと思ったのです」
足こぎ車いす製品化までの道のり
もともと足こぎ車いすは、1990年代後半に科学技術庁が実施した地域結集型研究開発プログラムに採択された事業の一環として研究が進められてきたものだった。足こぎ車いすの事業化に向けて設立された会社に鈴木氏は一度入社し、営業として足こぎ車いすの販路開拓、普及に努めていた。しかし、2008年、その会社は収益化の見通しが立たないことから清算されることが決まった。
そこで鈴木氏は起業を決断する。半田教授と東北大学の許可を取り付け、ライセンスを譲り受ける形でTESSを設立したのだった。
この時点で製品の核となる部分、すなわち「原始的歩行中枢の反射が起こす仕組み」の設計はできていた。ただ、まだ研究機であったため、見た目がいかつくて近寄り難く、誰も使おうとしない代物だったという。
製品化への第一歩として取り組んだのは、デザインと機能面を使いやすいものに変えていくことだった。病院や車いすユーザーのいる家庭にヒアリングをして、障害を持つ人やその家族などに、既存の福祉用具でどこが不便に感じるかといった調査をした。加えて、介護保険でレンタルできるようにしたり、自治体から補助金が出るようにしたりといった、ユーザーの負担を抑えるための各種制度に対応できるように、仕様決めをした。
しかし最終的には、福祉用具の専門家や実際にモビリティを作っているメーカーの協力を得なければ大学の研究機からは抜け出せない、そう判断した鈴木氏は、パートナーとなってもらえる会社を探した。
「車いすメーカーから福祉用具メーカー、自転車メーカー、ものづくりで有名な町工場の社長さんまで、力を貸してもらえそうな先は全て当たりました。発明者の半田先生にも協力していただいて、二人で手分けをして、電話をしたり直接訪問したりしたのですが、くまなく断られました」
しかし1社だけ、あえてリストに載せていない会社が残っていた。その会社は千葉県にあるOXエンジニアリング。パラリンピックの競技用車いすも製作する世界トップクラスの車いすメーカーだ。鈴木氏も半田教授も、「外部との連携は絶対しない」「社長が職人気質で頑固」という同社の評判を聞いていたため、リストから外していたのだ。しかし他の企業に全て断られた以上、望みはここしかない。
つてを頼りにアポイントを取り、話だけは聞いてもらえることになった。鈴木氏はOXエンジニアリングを訪れ、依頼内容と仕様の説明をしたが、社長(当時)には終始目を合わせてもらえず、聞いているのか了承してくれるのかも全く分からないまま、その日は帰途に就いた。
訪問から2週間。これは無理か……と諦めかけていたが、どういう結論が出たのか一応確認しようと鈴木氏は電話をかけた。すると「図面は書いてある」とのこと。「何を2週間も待たせているのか、本当にやる気はあるのか」──そんなことを言われながらも、どうにかOXエンジニアリングから設計と受注生産の承諾を取り付けた。
2009年3月に試作第1号が完成。このときはCOGYではなくProfhand(プロファンド)という名前で、同年7月の販売開始にこぎ着けた。その後、OXエンジニアリングから助言をもらいながら量産のための工場を探し、現在は台湾の工場で生産している。
ニューロモジュレーションを起こすためのサイズ設計
COGYは現在、SS・M・Lの3種類のサイズが用意されており、体格に合わせて大きさを選べるようになっている。
筆者は当初、「ニューロモジュレーションを起こすためには、シートとペダルの距離や足を前に出すときの角度、体の前後傾などのジオメトリーが重要なのではないか」と考えていた。ゆえに、シートの下から前方に伸びているシャフトの長さや角度が、乗る人の体に合わせて調節できるのだろうとも想像していた。しかし鈴木氏に聞くと、そのような調節をする箇所はなく、SS・M・Lのサイズごとに長さも角度も固定しているのだという。
大学での研究でも、最初は歩行反射を引き出すのに最適な距離や角度のポイントがあると考えて、それを突き止めようとしていた。いろいろなタイプの患者に実際に乗ってもらい、「この角度だとこげる」「この角度ではこげない」というふうに少しずつ角度や長さをずらしてデータを取りながら、最適なポイントを探した。
「でも、データを取っていくと、ピンポイントではなくある程度の幅があることが分かってきました。人間の体にはファジーなところがあって、多少余裕があったり窮屈だったりする方が、自分で調整して動くようになるようです」
ある人は、足は動かないけれども腰は動かせる。ある人は、脊髄損傷で首は動かせる。すると、動かせる部位を調整しながら足を動かそうとし、実際それでCOGYを動かせることが多いのだそうだ。
「COGYのシートの背もたれと座面の角度は、90度よりやや鋭角で前屈みの姿勢になっています。座面とペダルの距離も、脚が伸びきらないほどの絶妙な長さに収めていて、そこが、足こぎ車いすの不思議で面白いところです」
こうして、歩行反射を引き出すためのほど良い角度と距離が分かってきた。また、身長100cmの人から180cm以上の人までをカバーするのには、SS・M・Lの3つで十分ということで、今のサイズの仕様が決まっていった。
世界への展開を見据えた取り組み
COGYには1つ課題がある。この原始的歩行中枢を刺激するニューロモジュレーションやそれを使ったリハビリテーションは、現時点では研究段階であり、まだ理論として確立しているわけではないという点だ。
「『足が動く』という現象が先に起きているんですよね。今いろいろな方が一生懸命研究しているところで、理論付けはこれからなされていくのでしょう」
COGYはアメリカのFDA(食品医薬品局)の医療機器認証を取得しているが、その申請の際のエピソードが面白いので紹介したい。
「FDA認証取得までに何度も再申請をしました。最初に申請したときは、ものすごい厚さの資料が返送されてきたんです。何かと思って読んでみると、車いすにペダルを付けたものや、車いすを改造して三輪車のようにしたものなど、類似の製品の資料でした」
つまり、それら類似製品との違いを示せということだったらしい。
「さすが発明者が多くいるアメリカだなと思いましたが、示された類似製品はどれも単なるモビリティ、乗り物でした。COGYもモビリティには違いありませんが、同時にニューロモジュレーションを起こす装置でもあり、そこが違うという説明を加えて再申請しました」
再申請では、歩行反射を引き出すためにシャフトの長さや角度、シートとペダルの距離を計算のうえ設計しているということをつぶさに説明した。しかし結局、書面のやりとりでは理解されなかった。
「最後はFDAの事務局へ出向きました。足が不自由な方に来ていただいて、COGYと類似する代表的な製品をその場で乗り比べてもらい、『COGYだけがこげる』ということを実際に見てもらったんです」
これにより、FDAの評価は一転。「やはりCOGYは違うのだ」「これはすごい」と認められ、認証が下りた。理論として確立していないものをそう簡単に認めるわけにはいかないが、実際に目の当たりにした事実はきちんと認めるというFDAの姿勢を見て「アメリカはすごい」と鈴木氏は思ったが、同時にCOGYの価値を理解してもらうことの難しさを痛いほど感じた経験だった。
アメリカのFDAの他に、COGYはEUのCEマークや、ベトナムではJICAの支援を受け、「足こぎ車いす療法」として治療行為に使うことが保健省により認められている。現在、ベトナム国内6カ所の病院のリハビリ室にCOGYが置かれているそうだ。
翻って日本ではどうかというと、COGYは医療機器の認証を受けておらず、「福祉用具、車いす」の製品分類となっている。鈴木氏によると、そもそも承認申請をしていないそうだ。理由は、日本の医療機器認証の仕組み上、同じ用途の機器であっても「脳梗塞」「脊髄損傷」など症例ごとに承認申請しなければならず、そのコストが膨大になるためだ。
「ただ、それがかえって良かったかもしれません。医療機器になると取り扱える企業が限られますから。その点、車いすを販売する上で免許や資格は不要です。今後の展開を考えると、広く一般に扱えるものにしておいて良かったと思っています」
「自分の足でこげる」ことが自信や希望につながる
試行錯誤と改良を経て、足こぎ車いすを量産化し本格的に市場へ投入したのは2012年のこと。その後、2016年に「COGY」へと改称し、マーケティングにも力を入れた。当時、YouTubeにアップしたプロモーション動画は1週間で100万回以上再生され、世界中から「感動した」というコメントが多数寄せられた。
「『父に使わせたい』『入院中の同僚に教えてあげたい』というコメントが多くて、障害者や高齢者などCOGYを使うような方ご本人のコメントはありませんでした。こういう新しいツールが出ても、ご本人から『使いたい』とはなかなか言えないんですね。『ただでさえ迷惑かけているのに』とか『病院にあればいいなんて言うと、わがままな患者と思われるかも』という心理が働くのでしょう。でも、周りにこれだけ温かい気持ちの方々がいるのならCOGYは結構いけるんじゃないかと、コメントを見て感じました」
鈴木氏のもとには、実際にCOGYを使った人からの手紙やメールがたくさん届く。その手紙には、「自分の力では移動できないと諦めていたけれど、諦めなくていいんだと思えるようになった」「立って歩くことはできないけれども、COGYでこれだけ動けるのだと分かり、少し希望が持てるようになった」という思いを綴る人が圧倒的に多い。
COGYに乗って散歩をした、花見に行った、海外旅行に行ったといって写真をメールで送ってくれる人もいる。中にはホノルルマラソンをCOGYで完走した人もいるそうだ。
「COGYはリハビリや機能回復のためのアイテムとして開発されましたが、使っている方たちは、乗っていると気持ちいい、自分で自分の体をコントロールできているのを確認できるのが嬉しいということで乗ってくれているのだと思います」
研究機の段階では、いかつくて見向きもされなかった足こぎ車いすが、使いやすさや気持ち良さに価値を見いだされ、2021年時点で累計6000台以上売れているという。
自転車の店でCOGYを販売する意図
先ほど、COGYは海外の各種認証を取得していると書いたが、販売ルートを確立できているかという意味では、現状はまだCOGYの工場がある台湾のみで、今後の課題は海外への販売網の開拓だ。
国内では新しい展開を始めている。シナネンサイクルが運営する自転車販売店「ダイシャリン」において、COGYの販売、メンテナンスを開始したのだ。ダイシャリンは東北、首都圏エリアを中心に36店舗を展開しており、2021年8月、まず7店舗(宮城2店、埼玉1店、東京3店、神奈川1店)で取り扱いを始めた。
シナネンサイクルの中西信昭社長と鈴木氏は、TESSを起業した頃から十数年来の知己であり、今回の提携に至った。これからCOGYを介護、リハビリ用品としてだけでなく、もっと一般に広めていきたい考えが一致した形だ。
「COGYは一目見ただけだと、車いすとは思わないですよね。新しい自転車かな? と思っても不思議ではないくらいです。COGYを店に並べていると、お客様から『実はうちの家族が歩けなくて……』と話しかけられるようになりました。従来の介護用品は『おすすめです!』と言って売るものではありませんでしたが、高齢化社会でいわゆる介護予備軍も増えていく中、私たちはCOGYを誰でもアクセスしやすい健康増進のためのモビリティとして、積極的に提案していきたいと考えています」(シナネンサイクル中西社長)
COGYでVRワールドを歩き回れる世界作りへ
再びCOGYという製品に焦点を当てると、今後の展開について「ハード面では、今はシンプルな仕様になっていますが、細かな点をもう少し使いやすく変更していく予定です」と鈴木氏は話す。
そして今後は、ソフト面にも力を入れていくという。例えば、COGYに乗ったことによる運動量や消費カロリー、健康状態の変化などをヘルスケアアプリと連動して見えるようにするといったことも、今考えているアイデアの1つだ。
「自転車をローラーに載せたりスマートトレーナーにつなげたりして、室内でトレーニングする方がいます。それと同じように、COGYを室内で固定してこげるようにしていきたい。さらに、VRと連携してWeb上の仮想空間をCOGYで歩き回れるような世界を実現できれば、例えば仮想空間上の商店街を歩き回りながら買い物を楽しんだり、遠距離でなかなか会いに行けない孫と一緒に仮想空間で散歩を楽しんだりといったこともできるようになります。そのような使い方の下地作りを、今、大学や地域の方たちと進めているところです」
社会の高齢化が進めば、病気やけがによる障害だけでなく、老いによって歩くことが困難になる人も増えていくだろう。近年、「プレフレイル」と呼ばれる、フレイル(老いにより心身が衰えた状態)の前段階の層へのケアが社会的にも注目される中、予防的に体を動かし、健康増進を図ることの重要性は一層高まっていく。
誰しも老いからは逃れられないことを考えると、自分の足でこいで動き回れるCOGYはもっと注目されていいはずだ。まだ歩けるのに車いすに乗るように言われても、普通は抵抗感があるだろう。でもCOGYなら、ゆっくりでも自分の足で歩き回れる新しいモビリティとして、楽しんで乗れるのではないだろうか。