家電の電源まで切れちゃう! リアルでスマートなハサミ
日常生活に不可欠な文房具。デザインにこだわりがあるもの、機能性を重視したものなど種類はさまざまです。ところがこの先デジタル化が進んでいくと、利用頻度が減っていく文房具も増えていくでしょう。特にペーパーレスの影響を受けているペンは、利用頻度が大きく減ったという人もいるのでは?
そんな中でも、ハサミは変わらず利用する機会が多いのではないかと思います。荷物の梱包を解いたり、髪を切ったり。そんなハサミをデジタル化してみたら、より面白い進化を遂げる可能性があるのではないでしょうか。
ハサミの可能性を広げたい
ハサミは、モノを2つの刃ではさんで「切る」道具です。人は先入観から、ハサミが切るのは目に見える物理的なモノとしか捉えていないでしょう。しかし、もし目に見えないモノがハサミで切れたら、まるで魔法のようで楽しくありませんか?
例えば家電の電源。テレビや照明の操作では「電源を切る」という表現を使いますよね。きっと、皆さんはリモコンや本体のスイッチで電源を切っているでしょうが、これをハサミで切ってみようではありませんか。物理的なモノだけではなく、目に見えない家電の通信も切れる、スマートハサミを製作します。
ハサミに組み込む構成を考えよう
ほとんどの家電に備わっているリモコンは、赤外線通信をしています。近年では、その通信を探知して利便性を上げるスマートリモコンをよく見かけます。スマートリモコンを利用すると、家電のリモコンを1台に集約して、スマートフォンから自在に操作できるようになります。この原理はとても簡単で、家電のリモコンの赤外線信号を記憶し、リモコンの代わりに同じ信号を送信しているだけです。
この仕組みは、マイコンでも簡単に作れます。例えば、M5Stackと専用のIR UNIT、たったこれだけの構成でできてしまいます。
しかし、ハサミにこの構成を組み込むためには、より小型のデバイスを選定しなければなりません。そこで、M5Stackシリーズの中でも超小型のATOM Liteを使用することにしました。
ATOM Liteの中央部はボタンになっています。ハサミで切る動作と連動して赤外線信号を送信したいので、このボタンをうまく活用しましょう。ATOM Liteを柄の部分に仕込むことで、刃が閉じた時にボタンがオンになるようにします。これでリミットスイッチやタクトスイッチを用意する必要がなくなり、部品点数の削減につながります。
準備するもの
- M5Stack ATOM Lite ×1 (1287円)
- M5Stack ATOM TailBAT ×1 (946円)
- M5Stack IR UNIT ×1 (528円)
- 3Dプリント部品(ハサミの刃×2、指穴×2、キャップ×1) ×1(400円)
- ボルト ×4 (120 円)
- 組ネジ ×1(180円)
※価格は参考
合計金額は3461円でした。3Dプリント部品は、500g3025円のFlashForge社フィラメントを使用しており、各部品の使用フィラメント量から換算しています。詳細は下表の通りです。
スマートハサミを組み立てよう
ハサミの刃を柄の四本指穴部品にはめ込み、ボルトで締結します。
ATOM LiteとATOM TailBATを組み付け、挿入します。
挿入したAtom Liteが落ちてこないよう、端にキャップを付けます。
ハサミの刃を柄の親指穴部品にはめ込み、ボルトで締結します。
親指穴部品の突起に、IR UNITをはめ込みます。
2つの刃を重ね合わせ、中央をボルトで 締め付けます。
IR UNITとATOM Liteを配線でつなぎます。見栄えが良くなるよう、側面のガイド部に配線を入れてうまく隠しましょう。
これで組み立て完了です。やや指穴部が大きく感じますが、普通のハサミに近い見栄えに仕上がりましたね。滑らかに可動します。
赤外線を受信しよう
製作したスマートハサミで、照明器具の電源が切れるようにしてみましょう。
スマートリモコンでは、始めに赤外線リモコンの学習が必要不可欠です。それに倣って、このスマートハサミにも照明のリモコンを学習させてみます。Arduinoで赤外線信号を扱う「Arduino-IRremote」というライブラリを使用しました。
https://github.com/Arduino-IRremote/Arduino-IRremote/releases
まずはサンプルコードにある「IRrecvDumpV2」(赤外線を受信してシリアルモニターに表示するプログラム)を使用します。ただし1箇所だけ、Arduino指定ピンをATOM Liteのピン番号に変更する必要があります。9行目のrecvPinを32に変更しましょう。
プログラムを書き込んだら、指定ポートのシリアルモニターを起動します。そして、ハサミに取り付けたIR UNITの前で学習させたいリモコン(今回は照明器具のリモコン)の電源ボタンを押してみましょう。情報が表示されます。
これが電源を操作する信号の中身です。この信号をそのまま送信すれば、電源が切れます。EncodingがUNKNOWNとなっていますが、家電が登録メーカー製なら、ここにSONYやNECなどと表示されます。その場合は、そのメーカーとフォーマットのCodeを送信するだけで良いのですが、UNKNOWNではそれができないため 、rawdataを使用します。送信用に値をコピーし保存しておきましょう。
赤外線を送信しよう
では、ハサミで切る動作をした際に、電源オフの信号が送信されるプログラムを作りましょう。ロジックはとてもシンプルです。切る動作をすると、ATOM Liteのボタンがオンになるので、そうしたら赤外線信号を送信しましょう。
赤外線はirsend.sendRaw(data buf, length, hertz)関数で送信します。第1引数のdataに受信時のrawdataを指定します。第2引数はrawDataの配列の数、3 番目の引数は38固定でOKです。定数宣言しておきましょう。
このプログラムでは、ついでにATOM LiteのLEDの色も変更しています。全文はGitHubでご確認ください。
https://github.com/CH1H160/SmartScissors
ハサミで照明の電源を切ってみよう
では、早速やってみましょう。照明の方向に向けてハサミを動かします。すると、見事に電源が切れ、照明が消えました。ちなみに、大抵のリモコンは電源オンとオフを兼ねていますから、もう一度やると電源が入り、点灯します。IR UNITが側面に付いているので、まさに家電と自分の間の通信をハサミで切っているような動作になりますね。
赤外線信号の登録数を増やせば、1つのスマートハサミで他の家電も並行して扱えるようになります。IR UNITには指向性がありますから、家電同士の方向が異なっていて 、ハサミの方向を正確に定めれば、複数の赤外線を同時に送信しても、操作したい家電以外が反応することはないと思います。
普通のハサミとしても使ってみよう
なんとこのスマートハサミ、ちゃんと紙も切れるのです。もちろん、普通のハサミと比べると切れ味は劣りますが、コピー紙程度を切るのには十分です。
赤外線信号の送信には、多少強く押し込む必要があるので、紙を切る作業では、誤送信にはならないはずです。気になる場合はハサミそのものの電源を切るのも良いでしょう。
しかもこのハサミ、金属ではなく3Dプリントした樹脂(PLA)部品なので、指をはさんでも皮膚が切れることはありません。安全ですね。
普通のハサミの「紙を切る」機能と「家電の通信を切る」機能、2つを備えたスマートハサミが見事完成しました。もちろん今まで通り、普通のリモコンを使用しても良いですし、スマートハサミで紙を切ったついでに、家電の操作をするのも趣があって良いでしょう。
デジタル化が進み 、今までよりできることが増えることで、どんどん物事の選択肢が広がっていきます。いろんな選択ができることは 、きっとより豊かな生活につながっていくはずです。