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シリコンバレーを経て起業した韓国Naranが見据える「地に足の着いたIoT」

Naranは2009年に韓国で創業した若いハードウェアベンチャーだ。創業者のテレンス・T・パク氏は14歳で単身カナダに留学し、大学卒業後はGoogle、Microsoft等でエンジニアとして経験を積んだ。

同社がKickstarterとKibidangoでクラウドファンディング中の「MicroBot Sense」は、温度、湿度、騒音レベルなど7種類のデータを測定できるセンサーデバイスだ。近年韓国で社会問題になっている孤独死を解決するために考案されたが、子どもやペットの見守りなど、さまざまな用途を見込んでいる。クラウドファンディングでは目標額を早々に達成している。

MicroBot SenseのPV

シンプルかつ低コストにIoTを試せるという戦略で早期に黒字化

パク氏は1984年生まれ。14歳で親元を離れ、中学から大学までカナダで過ごす。大学卒業後にアメリカに移りGoogleにソフトウェアエンジニアとして就職。その後、Microsoftに移り、Windows 7の開発に従事していた。ここまで聞くと順風満帆にも思えるキャリアだが、テレンス氏は大きな失意を抱えて早々にアメリカを後にする。

「夢と期待を持ってアメリカに渡りましたが、2社とも非常に大きな企業の一介のエンジニアでしかなく、自分が思い描いていたものとは随分違っていました。一生懸けてやっていきたい仕事をしたいのでれば、その仕事を自分で生み出すしかないと思いました」(パク氏)

Naranのテレンス・T・パク氏(左)と、Naran製品の日本でのディストリビューションを手がけるきびだんごの松崎良太氏(右)。取材は松崎氏の通訳のもとで行った。 Naranのテレンス・T・パク氏(左)と、Naran製品の日本でのディストリビューションを手がけるきびだんごの松崎良太氏(右)。取材は松崎氏の通訳のもとで行った。

その後、外資系保険会社の日本支社で数カ月働き、韓国に帰国して自身の会社を2009年に創業した。パク氏によれば創業した当時はスタートアップもベンチャーキャピタル(VC)もほとんど韓国にはなく、全く盛り上がっていなかったという。

「創業から4年間はソフトウェアやシステムの受託開発をやっていました。2013年ごろになって、ようやく韓国でもVCによる投資が活発化し、スタートアップにも投資する機運が高まってきたのを感じて、現在のようなハードウェアとソフトウェアの両方をカバーする事業にスイッチしました」

約1年の開発期間を経て発表したMicroBot Pushはスマートフォンからの遠隔操作で物理的にボタンを押すというデバイスだ。非常にシンプルな機能でありながらIndiegogoで20カ国に出荷、一般発売後には欧米、韓国、日本など6カ国で販売し、これまでに2万5000台を出荷している。

Naranにとって最初のプロダクトとなった「MicroBot Push」。Indiegogoで約7万3000ドルの支援を受け製品化した。

決まった時間になったら電話機の留守番電話ボタンを押す、障害者にとって押しづらい位置にあるボタンを押す、自宅の外から空調のスイッチを押すといったように、シンプルであるからこそ利用者の工夫によって、さまざまな用途に活用できることがヒットの要因だとパク氏は分析する。特に法人向けでは韓国でも注目度の高いスマートオフィスの入門的な役割で導入されるケースが多いという。

「オフィスをゼロからスマート化するのは大変で、計画自体が絵に描いた餅になりやすい。そこでMicroBot Pushをいくつか導入して、オフィスがスマート化したらどうなるか経営層に理解してもらうために、担当者が最初に導入するケースが増えています」

こうして2016年に70万ドル、2017年には100万ドルの売り上げをMicroBot Pushだけで達成しているという。早期の黒字化の背景には、短期的な利益を重視する韓国のVCの存在がある。

「市場やユーザー数を重視するアメリカのVCと比べると、韓国のVCは1年でどれだけ利益を上げるかを重視していて、短期間で成果を上げることを求められます。大財閥のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)が中心なので、担当者もできるだけ早く成果をあげないといけないという雰囲気があります」

パク氏はVCの期待に応えながらも、短期的な視点だけではイノベーションを起こすのは難しいと語る。

「短期間で成果を上げていることは保守的なVCに対しても有利に働いていますが、今の製品をより良くすることに時間をかけたいし、イノベーティブな製品も出していきたい。短期的な成果も重要だが、長期的な取組も同じぐらい重要です。会社はエンジニアが主体なので、新しいものが大好きだしイノベーションを起こしたいという気概も強いけど、経営者としてはVCの顔色もうかがわなくてはなりません」

一方で政府によるスタートアップ支援は活発で、法人税が比較的低い(アメリカは約35%、日本が約30%に対し、韓国は約25%)ことに加え、社会課題を解決する事業に対する支援が手厚いこともスタートアップにとって有利に働いている。MicroBot Senseも孤独死対策の助成事業に採択されたことで、政府からの支援を受けて開発を進めている。

「スタートアップの方向性と社会課題が合致すれば、スタートアップだけではリスクの高いプロジェクトや、長期間の研究開発を要するものにも取り組めます。政府による支援策の全てが役に立つわけではありませんが、中には非常に役立つものがありますね」

また、ハードウェアスタートアップにとってはなじみ深いクラウドファンディングについても、韓国国内のサービスがいくつか存在し、そこから多種多様なプロダクトが登場している。しかし、アーリーアダプター中心のクラウドファンディングで高い評価を受けても、一般消費者に対しては苦戦を強いられているスタートアップも多いそうで、こうした状況は日本や米国と変わらない印象だ。

限りあるリソースで、限りない可能性を追求する

Naranのスタッフ。約20名の社員のうち、エンジニアとデザイナーが半分を占める Naranのスタッフ。約20名の社員のうち、エンジニアとデザイナーが半分を占める

Naranのプロダクトの強みはシンプルな機能で、多種多様な用途が見込まれる点だとパク氏は考える。MicroBot Senseは孤独死対策を起点にした「見守り系デバイス」だが、法人用途ではあらゆる業種で活用できると見込んでいる。

「例えば、冷凍食品やチルド食品を輸送するトラックの中にデバイスを設置し、温度とGPS情報を記録しておくことで、適温で出発地から目的地まで運ばれているかを記録/監視することもできます。収集したデータは運転手のスマートフォン経由でクラウドに送信できるので、高額な投資をすることなく、既存の車をIoT化することができます」

中東の建設業者からはダンプカーの作業管理に使えないかという相談があったという。

「中東ではダンプカーの運転手は出稼ぎに来た労働者が中心なのですが、中にはダンプカーを運転するだけで土砂を乗せなければ、目的地で降ろしもしないケースが少なくないそうです」

これに対し、ダンプカーの荷台部分にMicroBot Senseを取り付け、運転手にスマートフォンを持たせれば、運転したルートだけでなくダンプカーの荷台の傾きを検知することで土砂を正しく輸送したかも確認できるという。

さまざまな業界でIoT化の推進が叫ばれているが、期待値が高すぎて計画が非現実的であったり、高額な設備投資がネックになっているケースも少なくない。NaranはIoTのスモールスタートを提供することで、IoT化することのメリットを正しく理解するきっかけを作りたいというビジョンを持っている。

最後に今後の目標について尋ねた。

「スタートアップは時間にもリソースにも限界があります。1つ目のプロダクトと2つ目のプロダクトは機能的に違うように見えますが、ボタンのオンとオフ、データのインプットとアウトプットという機能は案外似ていて、ハードウェアの先にあるアプリやクラウドサーバといった構成はほとんど一緒。1つ目のプロダクトでは1年かかった開発も、2つ目では4カ月に短縮することができました。いろいろな制約はあるけれど、これからも効率的にできる部分やビジネス面の可能性は追求しながら、面白いプロダクトを作っていきたいですね」

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