うちわ型ゲームデバイスを作って分かった、2人でものづくりをする楽しさ
皆さんは、知人や友人と一緒に作品を作ったことはありますか? 2人で作るのは、1人で自分のものを作るのとも、組織で製品を作るのとも違う、楽しい体験です。
筆者はこれまで農業分野のIoTの作例を多く制作してきましたが、今回のプロジェクトは農地の遠隔監視などではなく、IoTを応用したゲーム制作に友人と2人で取り組んだものです。仲間と何かを作ることは、これまでの作例づくりにはない楽しさ、喜びを筆者に与えてくれました。
制作したのは、ハッスルメーターといううちわ型ゲームデバイス。
使用者がうちわであおいだ回数をカウントし、その回数を競うゲームです。
こうすることであおぐことが楽しくなって涼しさは倍増。さらに、ただカウントするだけではなく記録はサーバーに送られ、ランキング化されます。
イベントでのデモ展示も行いましたが、お客様同士であおいでいただき、「楽しみながら涼しくなった」といった声をいただくなど、たいへん好評でした。
今回共同制作した友人は、以前から「そのうち何かやりたいね」と言い合っていたものの、これまで何も一緒にやってこなかった仲です。「そのうち」が現実になる過程をこの記事では紹介したいと思います。
暑い日がくれたアイデア
2024年は春の時点でもう暑すぎて、いつから夏が始まったのか分かりませんでした。それほどの記録的な暑さに見舞われました。クーラーをつけていても暑い仕事場で、うちわを手にして何十回とあおいでいた時、筆者はふと思いつきました。「このうちわを使って、何か面白いゲームができないだろうか? 」と。
単なる思いつきでしたが、これが「ハッスルメーター」開発の始まりとなりました。確かそれは、夏ではありませんでした。恐らく、4月ごろだったと思います。
ちょうど7月にはソラコムのイベント「SORACOM Discovery 2024」でプロトタイプ展示の企画があり、何かを作らねばと思っていたところでした。友人でクラウドエンジニアの大口聡さんにこのアイデアを話すと、彼もすぐに「うちわのデバイス」に賛同してくれました。こうして2人のプロジェクトがゆるやかに始まりました。
ジモティーズ! ~ご近所付き合いの延長線上で開発(5月)
筆者と大口さんはご近所どうしです。コロナ禍にSORACOM User Group主催の「もくもく会」でお会いしたのが始まりだったと思います。
出会いはオンラインでしたが、ものづくりには「ご近所さん」は重要なキーワードです。同じ場所でアイデアを寄せ合い、形にするコラボレーションには「場の共有」は大切です。
筆者のラボは大口さんから見ると本当にご近所で、たいへん好条件でした。しかし、これまでは地元でのコラボレーションはありませんでした。「そのうち何かやりたいね」。何度となく繰り返されたその言葉を今回は封印することにしました。最初は西川口の中華屋さんで話し合い。以降は筆者のラボで試行錯誤の作業を進めました。
仕様決めの打ち合わせでは、うちわ型デバイスを使ったゲームを作るために必要なことをお互いにあれこれと紙(カレンダーの裏側)に書いていきました。このメモは今も大切にラボに保管しています。
見直すと、使わなかったアイデアもありますし、何だったか思い出せないものもあります。しかし、これからハッスルメーターを開発するにあたっての大切なポイントや、作業分担をこのメモのおかげで押さえられました。大きな紙に書き留めていくのは非常に有効だと思わされました。
さて、考案したハッスルメーターのコンセプトは単純です。一定の時間(最終的には20秒)内にうちわであおいだ回数を競うだけ。でも、こうすることであおぐことが楽しくなって涼しさは倍増。もちろん、プレイヤーにあおがれた人もハッピー。
ただ、それだけでは面白くないので、BLE(Bluetooth Low Energy)で接続された親機を使って途中経過がリアルタイムに可視化/ランキング化される仕組みも取り入れました。最終的には親機をクラウドと接続して、ウェブ上でも可視化できる仕組みにしました。
開発のための役割分担も決まりました。ハッスルメーターは単純なゲームですが、ゲームコントローラーの開発や複雑なクラウド上でのIoTの取りまわしもあります。このため、得意分野をお互いに生かしあった体制(?)を作りました。
ハードの面……
- 筆者:所有する3Dプリンターを活用してうちわ型コントローラーを制作
- 大口さん:うちわ型コントローラーから送られてくるデータ(あおいだ数やゲームの開始/終了のシグナル)を受け取る「M5Stack Core2」を開発
通信・IoTに関して……
BLEは2人で開発。データハンドリングはソラコムのサービス(「SORACOM Air」、「SORACOM Beam」)を使用し、さらにMicrosoftのサーバレスサービスである「Azure Functions」と、ノーコードクラウドツールの「kintone」を使用。ランキングなどの可視化はkintoneで。IoTの部分は基本的に大口さんですが、筆者もkintoneなどの取りまわしに関してはお手伝いしました。
役割分担を決めている時に感じたことですが、これまで「そのうち何かやりたいね」と言いながら過ごした時間は、無駄なようでいて実はとても貴重な財産でした。あの時間があったからこそ、お互いを知り、2人で何ができるかを知れたのです。だから皆さんも、ご近所にものづくりのお友達がいたら「そのうち何かやりたいね」とぜひ言い続けてください。
うちわ型コントローラーの開発~なるべくカッコよく(5月末~6月)
こうして、ハッスルメーターの開発はスタートしました。最初のハードルは、筆者が担当したうちわ型コントローラーの開発です。大口さんは筆者のラボに来てものんびりできる期間が続きました。筆者のことを催促せず、自分のペースで親機やIoTまわりのコンセプトをまとめていました。いつも余裕ある表情で見守ってくれた、心強い存在です。
6月半ばごろにはうちわ型コントローラーも基本設計が終わり、デバイス組み込み前のモックが完成しました。最初の段階ではこのモックを振ったりあおいだりして、うちわとしての使い心地を確認しました。
次に、内蔵するIoTデバイスと、仰いだ回数をカウントするセンサーの実装を検討しました。限られたスペースで使えるデバイスとして、筆者たちは当初から「M5Stack AtomS3」という小型デバイスに注目していました。小型でもカラーのLCDディスプレイがあり、画面にスイッチが内蔵されています。
M5Stack AtomS3をコントローラーに組み込んでみると、まさに最適でした。このデバイスと傾きセンサーを組み合わせ、うちわをあおぐ動きをリアルタイムで感知し、うちわ型コントローラーは完成。M5Stack AtomS3を使用するにあたって初めての点も多かったのですが、IoT技術の力でアイデアが少しずつ具体化していく過程は、筆者にとって非常に刺激的なものでした。
リアルタイムデータの課題(6月下旬から7月)
次のステップで、いよいよ2人の共同作業が始まります。筆者はうちわ型コントローラーの実装とコードの作成、大口さんは親機側の実装に取り組みました。
親機としてはM5Stack Core2が活躍しました。このデバイスを使って、うちわの動きをBLE通信で送信し、そのデータをリアルタイムで画面に表示する仕組みを作り上げました。また、ゲーム終了後にはSORACOMを通じてデータをクラウドに送信し、kintone上でランキングが表示されるようにも設計しました。
うちわ型コントローラーは何度かの試行錯誤を経て、だんだんゲーム機として仕上がってきました。
しかし、親機の実装に技術的な課題が発生しました。まず、BLE通信の安定性の問題。リアルタイムでデータをいつでも安定して送信できなければ、ゲームにはなりません。筆者たちは何度も試行錯誤を繰り返しました。特に大口さんは何度もコードを書き換えて改良を重ねていて、M5Stack Core2で使用する最適なライブラリの組み合わせを試すのにかなりの時間を要していました。
このころ、大口さんと私は暑さに参っていました。40度近い暑さの中ラボに来てもらうのが申し訳なくなって、大口さんの自宅までお迎えに行くこともあったくらいです。そんな中での作業。大口さんはお礼にと、大きなPCモニターをくれました。
作業で煮詰まりがちになっていた2人に、筆者の家族から夕食の差し入れがあったのもこのころです。機材と書籍で雑然とした机の上でしたが、おいしくいただきました。黙々と開発に取り組んでいた2人にとっては、うれしいひとときでした。
Azure Functionsを使用したIoTのプロセスや、kintoneにデータを送り込むコード、また、親機となるM5Stack M5Core2の印象的なGUIも大口さんの手によるものです。
一つ一つ問題を解決しながら、最終的には安定した通信環境を整えられました。このプロセスは苦労しましたが、達成感もひとしおでした。この時点で、筆者たちはプロジェクトが軌道に乗ってきたと感じていました。
このとき、イベント当日まであと1週間……。筆者はうちわの最終形の3D出力を。大口さんはSORACOM Discovery 2024に合わせた最終試験を。うちわ型コントローラーはパリ五輪に合わせ、フランス国旗と同じ色となりました。
展示会での成功
2024年7月17日、ついにハッスルメーターは完成し、SORACOM Discovery 2024でデモ展示ができました。ブースには多くの方が訪れ、ゲームを体験していただきました。当然、筆者と大口さんも会場でデモの行方を見守っていました。
ゲームの時間は20秒間。リアルタイムで表示されるゲームの進行状況は、多くの方に興味を持っていただけました。夏の暑い日に笑顔で楽しむお客様の姿を見た時、筆者と大口さんはこのプロジェクトが成功したと実感しました。
SORACOM Discovery 2024というイベントはわずか1日です。でも、その1日のために2人で真剣に取り組みました。そして最終的に多くの方に楽しんでもらえる形になったことは、筆者にとって非常に喜ばしい結果でした。
「いつか、何かやろうね」を現実にするために
モノをつくる。それは苦労も多いですが本当に楽しいことです。2人で、またグループでやれればその楽しさは何倍にもなります。とはいえ現実には立ちはだかるものが多く、なかなか実行には移せません。私たちも、このプロジェクトを手がけるまでの数年間、思いはあっても手を動かしてはいませんでした。
ただ、前述しましたが「いつか、何かやろうね」と思いつつ過ぎた時間は無駄ではなかったと思っています。その時間があったからこそ、機会を得た時に2人でできたのだと。
ハッスルメーターは、筆者たちにとって1つのゴールであり、また新たなスタートでもあります。この経験を通じて得た技術や知識をもとに、次のプロジェクトに挑んでいきたいと思っています。挑戦はこれで終わりではなく、これからも続いていくことでしょう。次はどんなアイデアが生まれるのか、自分自身でも楽しみにしています。