スマートウォッチ「Eco-Drive Riiiver」、今後も市民に親しまれるために
シチズン時計は2019年3月にスマートウォッチ「Eco-Drive Riiiver(エコ・ドライブ リィイバー)」を発表。新製品の基盤となる、IoT(モノのインターネット)プラットフォーム「Riiiver」もベンチャー企業のヴェルトと共に開発した。今、IoTブームであり、スマートウォッチもすでに市場にあふれている。そんな中、シチズンがスマートウォッチを発表した理由とは?
シチズン時計(以下、シチズン)は1918年創業の老舗国産時計メーカーで、2018年で創業100周年を迎えた。2019年3月に、スマートウォッチ「Eco-Drive Riiiver」を発表した。新製品はIoTプラットフォーム「Riiiver」と連携する腕時計だ。時計とRiiiverがつながることで、ユーザーの生活や好みに合ったデバイスやサービスと連携させることができる。国内では2019年秋に販売開始予定だ。
時計市場ではすでに、スマートウォッチは数多く存在している。なぜいまのタイミングなのか、その背景に「過去100年、当社は時計そのものに目を向けてきた。101年目からの100年間、これからは時計のユーザーに目を向けていきたい」という考えがあると、同社 営業統括本部 オープンイノベーション推進室 室長の大石正樹氏は説明する。
「ユーザーの生活に密着したものを提供する」と考えた際、今日のユーザーの生活の変化は非常に目まぐるしく、従来、同社が取り組んできた時計開発では限界がある。そこで、着目したのが、オープンなIoTプラットフォームだった。
シチズンは2019年1月、ウェアラブル機器やサービスの開発を手掛けるベンチャー企業のヴェルトとの資本業務提携を発表し約3億円を出資、スマートウォッチ市場への参入も表明した。ヴェルトは以前から、光の色で通知するタイプのスマートウォッチ「VELDT LUXTURE」等を開発していた。同社は2012年に創業以来、ソフトウェアや時計本体を開発してきたものの、時計製造工場は所持していない。シチズンは大手時計メーカーとして長年培ってきた時計設計/製造の経験と組織力で、ヴェルトはIoT製品の数々を開発してきた知見でシチズンを支援し、まさにお互いの強みを発揮しあえる関係であるという。
両社で開発するIoTプラットフォームであるRiiiverの利用先は今回のような時計に限定しないという。オープンなプラットフォームとし、Riiiverを活用したい企業に対してSDKを提供する。現在、すでにパートナー企業候補いくつかと話を進めている段階だ。
アナログ板面と、光発電エコ・ドライブへの強いこだわり
スマートウォッチ市場はスマートフォンを開発するメーカーの参入が多いことから、スマホの“腕時計型”サブディスプレイといった立ち位置のものが目立つ。その場合、時計はあくまでそこに付属する機能の1つである。一方、Eco-Drive Riiiverはアナログ板であり、腕時計本体にIoTプラットフォームとの連携機能を持たせたもので、あくまで基本は時計である。多数の機能を時計側に詰め込みたくなってしまいそうだが、Eco-Drive Riiiverの時計本体に設定できる機能は、あえて最大3つに限定している。
Eco-Drive Riiiverは黒を基調としたデザインになっているが、ソフトウェア開発者が使うテキストエディターの配色(プログラミングにおいては、テキストエディター使用時に黒背景で白の字を打つ開発者が多い)をイメージしているということだ。スマートフォン向けの無償アプリ「Eco-Drive Riiiver アプリ」を用いて時計の操作設定ができる他、ユーザー自身もデバイスやサービスと連携するアプリ(つまりユーザーエクスペリエンス)を自由かつ簡単に作れ、Eco-Drive Riiiverで一般公開も可能なことから、「ユーザー一人ひとりがソフトウェア開発者のような存在になる」という意味が込められているということだ。
Eco-Drive Riiiverには短針と長針の区別がなく長さが同じで、色の違いで区別することも特徴だ。さまざまな用途を考慮して、あえて従来の短針と長針の概念をなくしたという。「針の動き方」は、正転だけでなく逆転も設定でき、手旗信号のようにそれぞれの針が別の方向に動くように設定することも可能だ。
Eco-Drive Riiiverアプリの歩数計と時計の実機
「時計内の光量計や活動量計、インターネット上にある情報などと連携して、例えば目標の歩数を稼いだら近所のカフェの方向を時計が教える、自分の移動した場所の光量を地図上に表示する、スポーツの試合の勝ち負けを表示するなど、さまざまなアプリが作れる」(大石氏)。
スポーツの勝ち負けを時計で知らせるとしたら、例えば、あらかじめ対戦チームを針に割り当てておいて、インターネット上の情報を基に、「赤い針が動けば、○○チームが勝ち」などの表示にするなどが考えられる。
このように、針の動きで生活のさまざまなデータを表現することになるが故に、担当デザイナーの苦心もあったという。「いろいろな使い方を想定すると、つい目盛り(インジケーター)を増やしたくなる。だが、増やしすぎてしまうと読めなくなってしまう(笑)。最終的に目盛りは最小限になった」と、同社の時計開発本部 時計開発部 コネクテッド開発課の松王大輔氏はいう。
こんなに通信して、すぐに電池は切れないのか?
シチズンの光発電エコ・ドライブは光で発電する技術で、定期的な電池交換が不要だ。太陽光だけではなく、室内のわずかな光も拾って電気へ変換できる。フル充電していれば、半年程度は暗闇の中に置いておいても駆動可能だ。「光発電エコ・ドライブで商品化するためには、発電技術だけでなく、消費電力に省エネ化も重要になってくる。技術選定においても消費電力の優先順位が一番であることが多い」(松王氏)。
Eco-Drive Riiiverも光発電エコ・ドライブを搭載している。今回はIoT機器として無線通信するということで、「電池がすぐに切れてしまう」など電池消費量について、本当に問題ならないのかという問いにも「問題はない」と松王氏は回答する。「時計から通信する回数は最小限にしている。アプリ(アイデア)によって必要なときだけ通信するもの、常時通信を待機するものがあり、電力の消費しやすさはそれぞれであるものの、いずれにしても生活上の問題はない程度。アプリをしょっちゅう使っていても、毎日1日中、押し入れに閉じこもって生活でもしない限りは大丈夫。充電量は時計の板上で常に確認できる」(松王氏)。
シチズンにおいて、無線機能を搭載した時計としてはすでに「Eco-Drive Bluetooth」が存在しているが、こちらについても、もちろん電池消費の問題はないという。なお、Eco-Drive BluetoothとEco-Drive Riiiverの違いは、前者はスマホからの通知(プッシュ通知など)を受信するのみだったが、後者は双方向で通信をするところにある。「Eco-Drive Bluetoothはスマホ側から流れてくる多くの情報のうち、自分が必要なものだけをフィルターして使う。一方、Eco-Drive Riiiverは『自分が欲しいときに、欲しい情報だけを取りに行く』という点が大きく違う」(松王氏)。
はやっているからではなく、自然と行き着いた先がそこ
現在、メーカー各社によるIoT機器開発のブームの最中といっても過言ではない状況だ。そのような中、「わが社もすぐに取り組まなければ、時代に置いていかれる」と、「IoTを使って、何かやりましょう」という具合に模索が始まってしまうという話も聞こえてくる。しかしシチズンのRiiiverについていえば、そうではなく、これからの時計のあるべき姿(本質)の模索から始まって、行き着いた先がたまたまIoTだったという。
ロボットを学んだ後に、時計の世界へ——松王氏
松王氏は中学生の頃からITやPCに興味があり、大学ではロボット/制御工学を専攻した。同氏が就職活動をしていた当時は、「ウェアラブル」という言葉が出始めた時期。自分もそこにぜひ携わりたいと考えて、時計メーカーであるシチズンに応募した。2005年にシチズンに入社し、新規開発を行う部署に配属された。名前の通り、「これからの時計」を作る部門だ。そんな松王氏は、今日まで「通信する時計」開発一筋のキャリアとなった。
同氏は、電話(フィーチャーフォン)の着信やメール受信を通知できるBluetooth時計「アイバート」(2006年発売)の開発担当だ。今でいうスマートウォッチのはしりのような存在であり、液晶ディスプレイも備えていた。「当時は『変な時計を作っているヤツがいる』と周囲から思われていたと思う」と松王氏は言う。アイバートは液晶画面のデジタル表示だった。しかしふと、松王氏は「これは、時計とはいえないのではないか……」と疑問を持った。やはり「時計と言えばアナログだ」と考えを改めたという。その考えが、アナログ板のEco-Drive Riiiverにもつながっている。その針の動きも、まさにロボットの手足の制御さながらだ。
「アイバートでやっていたことは、今思えば時期尚早だったかもしれないと思う(笑)」(松王氏)。IoTがバズワードともいわれる今、時代が松王氏に追い付いてきたといえる。
ウェアラブル機器の営業、そして「面白いモノが好き」——大石氏
大石氏もまた、IoTの技術や製品との関わりは十数年になる。「私の所属するオープンイノベーション推進室というのは、Riiiverのように新しいものを外部の企業と協業して生み出すための部署。私自身は、それ以前の十数年、シチズングループのシチズンファインデバイスに在籍し、ウェアラブル機器の営業に携わっていた」(大石氏)。
大石氏は、私生活ではiPhoneなどのガジェットを愛する「面白いモノ好き」だ。手元にあるEco-Drive Riiiverも、すでにたくさん遊び倒しているそうだ。「日頃から結構使いまくっているが、電池が切れたりすることはない」(大石氏)。出張中やオフの外出中など、大石氏の行動記録と共に、自身が浴びた光の量がRiiiverにロギングされ、マッピングされている。
Eco-Drive Riiiverを初披露した「SXSW 2019」(米国テキサス州で、2019年3月に開催)に参加するため、大石氏らがアメリカに渡った際は、光量が少なく記録されていた。当時はずっと曇天であったのと、長く会場にいたこともあるのだろう。SXSWでのお披露目の前には、大石氏はホテルのロビーのイスに座って、自分のスマホでRiiiverアプリと手元の素材画像で、実演用のアプリを作っていたという。
そんな大石氏は、「もちろん生活に便利なアプリを作ってもいいと思うのですが、何の役にも立たないけれど、ちょっと笑えるようなアプリが生まれることも、個人的には非常に期待している」と話す。
集まるべき人が集まり、満を持して
大石氏や松王氏など、集まるべくして人が集まり、Riiiverが誕生することになった。RiiiverのようなIoTのプロジェクトに取り組んだことで、シチズン社内のエンジニアの役割が大きく変わったというよりは、プロジェクトに関わる人や組織に大きな変化があったという。「縦も横も関係なく、組織の壁を飛び越えて必要な人たちが集まるプロジェクトになった」と大石氏は話す。「私の部署の中には、時計開発の経験は一切ないけれどIoTの世界に長けたプロだという人もいて、さまざまな専門家の間に入って橋渡しをする」(大石氏)。過去のシチズンではなかった役割だ。
「時計に組み込むソフトウェアはもちろんずっと開発してきたが、今回のようにクラウドにつなぐとなると過去の経験から得たものとは違う知識が必要」と松王氏は言う。今回はパートナー企業であるヴェルトと共に作り上げているが、これまでとは開発文化もスピード感も大きく違い最初は戸惑いもあったという。数カ月程度で柔軟に素早くスクラッチでシステムを作り上げるソフトウェア開発の文化と、設計開発に半年から1年をかけ、本出図をして金型を製作し、量産ラインを立ち上げるために何度もテストして、というメーカーとでは時間の流れが大きく違う。そこで、大石氏の言う「橋渡しをする人たち」の力が大いに生きてくるのだ。
シチズンは約100年前、懐中時計の設計/製造から始まり、時計の本質や精度を追い求めてきた。今、シチズンの時計は、従来のような機械だけではなく、電気やソフトウェア制御の要素が増え、インターネットにつながるスマートウォッチにまで進化した。組織の形も変化した。しかし、「市民(Citizen)に親しまれる時計を作る」という昔からの本質は今も変わっていない。