スイッチサイエンス年間売上ランキングベスト100に見る 2024年電子部品ヒット商品のトレンド
2024年、電子部品の売上動向はどう推移したのだろうか? 年末恒例「スイッチサイエンス年間売上ランキング」から2024年のトレンド商品を探ってみたい。
ランキングは、Webショップで扱っている個々の商品の最新希望小売価格に出荷数をかけたデータを基に順位付けした(集計期間は2023年11月~2024年10月)。スイッチサイエンスで仕入れやイベント出展などを担当する安井良允氏とネットショップ店長の牧井佑樹氏のお二人にインタビュー。ランキング表を見ながら2024年の傾向について語ってもらった。
「Raspberry Pi 5」 が絶好調
——ベスト10の中に「Raspberry Pi」 の関連商品が5つもランクインしました。
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安井氏
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2024年の特徴は、まず「Raspberry Pi 5」だったなと思います。1位に「Raspberry Pi 5 / 8GB」 、8位に「Raspberry Pi 5/4GB」。アクセサリー類も、70位に「Raspberry Pi 5用アクティブクーラー」、73位に「Raspberry Pi 5用公式ケース Red/White」がランクインするなど、好調でした。
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牧井氏
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Pi 5が登場したから、Pi 4が売れなくなったということもありませんでした。3位は「Raspberry Pi 4 Model B/4GB」、4位は「Raspberry Pi 4 Model B/8GB」、20位に「Raspberry Pi 4 Model B/2GB」。Pi 4全体の出荷数を見ると2023年よりも多い。4と5を足せば、Raspberry Pi全体で約2倍以上の出荷数を記録しました。
Pi 5は、登場した2023年2月から春先にかけて供給が不安定だったのですが、夏以降改善されてからは順調に出荷数を伸ばしました。
ただ傾向としては、Pi 5は個人が「試しに使ってみたい」といった買い方が多く、それに比してPi 4はまとめ買いが多い。たぶん量産とかに使われているのかなと思います。
——Raspberry Piビギナーは、Pi 4とPi 5、どちらから入る人が多かったのでしょうか?
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牧井氏
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出荷数はPi 5の方が多いですが、スターターキットを見ると、19位に「Raspberry Pi 4スターターキット(4GB RAM版)」、52位に「Raspberry Pi 5 スターターキット(8GB RAM版)」となっています。その点ではビギナーはPi 4からだったのかな。もっとも後者は発売が8月と後半だったせいもあるので、明確には言えません。
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安井氏
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注目は25位の「Raspberry Pi AI Kit」です。「Raspberry Pi M.2 HAT+」にM.2フォーマットの「Hailo 8L AI」アクセラレーターをバンドルした商品です。Pi 5上で優れた推論性能(最大13TOPS*)を発揮させることができます。
また、我々もびっくりしたのですが、早々に後継品も出てきて、HailoモジュールとM.2 HAT+が一体化した「AI HAT+」が出てきました。性能そのままのモデルと上位モデル(最大26TOPS)の2種類。今後はこちらにシフトしていくと考えられます。
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牧井氏
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10位に「Raspberry Pi Zero 2 W」がいます。去年は54位だったので大躍進です。大変人気があり、供給が追いつかない状況が何回かありました。
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安井氏
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Raspberry Pi 4もPi 5も、高級な部類に入ってきてます。「ちょっとLinuxが動いてくれればいい。Pi 4やPi 5である必要はない」そういったユーザーが Pi Zero 2Wを買っている感じかと。特にPi 5と比べると放熱が少なくファンが不要。安価で動かすRaspberry Piの王道として、定番化しつつあるように思います。
一方で、2023年に発売された「Pico」は、後継の「Pico 2」が9月に発売されたものの、85位と奮いません。両方を合わせても2023年より伸びていない。Raspberry Pi Zero 2Wとの比較で言えば、ワイヤレス機能が付いていないからかと思います。やはり何か作ろうと思ったら、ネットにはつなぎたいでしょうから。
「M5Stack」はやはり「Basic」が強い
——2位は「M5Stack Basic V2.7」でした。
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安井氏
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「CoreS3」や「AtomS3」など、新しい世代のものも出てきましたが、やはり上位は、2位に「Basic」、5位に「Core2 v1.1」、6位の「StickC Plus2」。
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牧井氏
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24位に「M5Stamp S3」がいますが、2023年の38位からランクアップしています。StickC Plus2が6位に入っていることも合わせ、小型化に人気が集まった感じがします。
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安井氏
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安さも魅力だったかなとも思います。Core2などは円安で徐々に値段が高くなっていきましたから。2023年に出たCoreS3は12位(M5Stack CoreS3 ESP32S3 IoT開発キット)にはいますが、出荷台数は少なくないものの、もっと伸びていいかと。
BasicとCore2の大きな違いは、物理ボタンが表面にあるかないかです。何かするときに物理ボタンは分かりやすく、そこはBasicに軍配が上がりますね。
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牧井氏
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魅力的な新商品も出てきています。手回しダイヤルがユニークな26位の「M5Stack Dial ESP32S3 スマートロータリーノブ」、Linuxマシンの68位「M5Stack CoreMP135」、小指サイズの小型マイコン、86位の「M5Stack NanoC6」 とか。
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安井氏
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ランク外ですが、8月に出たM5Stackで飛ばすドローン「Stamp Fly」も集計後に品薄状態が解消されて、かなり出荷数を伸ばしています。2025年にはランクインするんじゃないかな。
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牧井氏
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2025年はこれらユニークな新商品が、どこまでBasicの牙城に迫れるか、楽しみです。
定番のマイコンボードも順調にランクイン
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安井氏
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11位に「Arduino Uno R3」。いまだに根強い人気ですね。ただ、17位に「Arduino Uno R4 WiFi」とか、43位に「Arduino Uno R4 Minima」とかR4の売り上げも伸びてきました。「はじめようキット」で比べても、27位に「Arduinoをはじめようキット」、78位に「Arduino Uno R4 Minimaをはじめようキット」。この違いは、R3の方が学校などで使われてるケースが多いから。「カリキュラムを変えるのは大変なので、このままでいこう」みたいなことではないかと思います。
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牧井氏
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14位は「micro:bit(マイクロビット) v2.2 」。31位にも「micro:bitをはじめようキット v2.2」が入っています。安定の順位ですね。学校とか教育施設とかでまとめ買いされている印象です。
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安井氏
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39位に「SPRESENSEメインボード[CXD5602PWBMAIN1]」 。ほぼ2023年と同じ位置にいます。機能を生かしたプロダクトが出てくればもっと伸びそうなんですが……。円安の関係で他の輸入系ボードが高くなっているので、SPRESENSEの値段がそうは高く見えなくなっています。
AI開発向けシングルボードコンピューターは次のフェーズへ
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牧井氏
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7位に「Jetson Orin Nano開発者キット」、9位に「Jetson AGX Orin 64GB開発者キット」。どちらも高額商品で完全にプロユースです。順位は2023年とあまり変わりなくて。そのあたりはAI開発という点で、Raspberry Pi AI Kit が出ても変わりはないですね。AIの性能はTOPS*で表されることが多いのですが、Raspberry Pi AI HAT+の13~26TOPSに対してJetson AGX Orinは275TOPS。性能が段違いですから、やはり層が違うということでしょう。
Jetsonでいうとモジュール単体の関連商品もランクインしています。28位の「Jetson Orin NXモジュール 16GB」 、76位の「Jetson Orin Nanoモジュール 8GB」。特に前者は2023年が131位ですから急激にジャンプアップしています。モジュールが売れ出したということは、開発段階が終わって、量産に使うフェーズに移行したことを表しているのではないかと思います。
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安井氏
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その傾向を後押ししているのが、50位の「reComputer J4012」と53位の「reComputer J1010」。どちらも中にJetsonが入ったエッジAIコンピューターなのですが、共に2023年はランク外。製造元のSeeedは、評価ボードとしても使えますが、量産にも使えますよ、カスタマイズもOKですよ、と言っています。両製品の順位は、量産に使われ出したことの表れだと思います。
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牧井氏
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ランキングを見ていると、こういうことが見て取れるので、面白いですね。
*TOPS……「テラオペーレーションズパーセコンド」(1秒間当たりに何回計算できるかを表す)の略。AIに関する数値的な性能(AIの演算パフォーマンス)比較の際によく使われる。数値が高いほど、AIの性能も高い。
用途によって変わるAIカメラの世界
——AIカメラは2024年はどうだったのでしょう?
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安井氏
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「TIER IV」シリーズはAI用チップが載っていないカメラですが、「TIER IV C1 120 deg カメラ + GMSL2-USB3.0 変換キット」が38位に入っています。これは車載向けとか、本格的な自動認識に使うものです。他にTIER IVは74位に「TIER IV C1 85 deg カメラ + GMSL2-USB3.0 変換キット」が入っています。2023年は圧倒的に120度の画角が売れていたのですが、2024年は85度にもかなり需要が振り分けられました。「使ってみたら120度もいらなかった」といったところでしょう。
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牧井氏
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画像認識の際は、画角が広いといろいろなものが見えてしまうので、狭い方がいい場合があるんですよね。情報量が少ないので。
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安井氏
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80位にいる「Luxonis OAK-D-Pro-W-PoE 」ですが、ネットワークにつながって電源供給してくれます。画角、接続方法、その先のコンピューターの種類といったところで使われるAIカメラは変わってきます。
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牧井氏
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自動焦点か、固定焦点かも大きな違いです。Luxonisの製品を見ると、OAK-D-Pro-W-PoE は固定焦点ですが、88位に「Luxonis OAK-D Pro PoE(自動焦点版) 」、91位に「Luxonis OAK-D S2(自動焦点版) - OpenCV DepthAIカメラ」が来ています。
固定焦点と自動焦点の違いは、自分が動いて止まっているものを撮るのか、自分が止まって動いているものを撮るのか、の違いです。車とかドローンに載せるには固定焦点の方が合っています。
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安井氏
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AIカメラの市場はますます盛んになりそうです。ちょっと前までは性能も上がるけど値段も上がる、みたいな世界でしたが、今後、性能の良いものがそこそこの値段で登場してきそうです。
他社ボードを利用する「myCobot」の戦略
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牧井氏
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16位の「myCobot 280 Pi - ロボットアーム(2023年モデル)」 、18位の「myCobot 280 M5 - ロボットアーム(2023年モデル)」とmyCobotのシリーズも堅調でした。すっかり上位に定着しました。価格が10万を超えるので、そのせいもありますが、ロボットアームとしてはむしろ安価。個人でちょっと扱ってみたい、研究してみたいという向きには合っている。ただプロユースとしては機能や精度が物足りないかもしれない。
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安井氏
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57位に「myAGV 2023 Jetson Nano」、66位に「myAGV 2023 Pi」と拡張となるmyCobot専用搬送車が入っています。
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牧井氏
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myCobotのシリーズはM5StackやRaspberry Pi、AGVに関してはJetson Nanoを使っています。売れているマイコンボードを取り入れていますね。一から作るわけではないので、開発コストも下がるし、うまい戦略ですね。特にしっかりした筐体に入ったM5Stackは使い勝手が良いので少量生産の商品に寄与していますね。
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安井氏
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21位に「Triangulum - 3-qubit デスクトップ型NMR量子コンピュータ」。1台が高いので、売れれば即この位置に来ますが、時代を象徴する特徴的な商品ではあります。
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牧井氏
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30位の「ZED-F9P搭載GPS-RTKピッチ変換基板」、46位「Qwiic - ZED-F9P搭載 GPS-RTK-SMAモジュール」はGPS系のモジュール。弊社のオリジナル商品ですが、GPSへの需要も相まってこの位置に。
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安井氏
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33位の超音波風速計「ULSA M5B」は、通常とは仕入れタイミングが異なる当社マーケットプレイスに出品いただいている製品ですが、ユニークな商品です。風の動きによって生じる超音波の到達時間差を利用して風速と風向を計測する装置で、例えば気球やドローンに載せて、空気の流れを観測するといった使い方ができます。
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牧井氏
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ここでも入力装置としてM5Stackが使われていますね。やはり少量生産との相性の良さを感じます。
2025年にランクインしてきそうな新商品
——2025年へ向けて商品動向はどうなりそうでしょうか?
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牧井氏
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2024年は上半期よりも下半期の方に注目すべき新商品が多く出てきた年だったなと思ってます。夏以降に供給が安定したRaspberry Pi 5およびその関連製品が典型的ですね。この傾向は2025年も続くかと。定番商品に加えて、2024年後半に出てきた新商品が売り上げをけん引する可能性が高いと見てます。
Raspberry Pi AI Kit は「Raspberry Pi AI HAT+(13TOPS版)」(2024年10月末発売)とすでに後継機種が出て、2025年のランクインは確実。「Raspberry Pi Pico 2 W」も技適が取れたので一気に伸びてくると思います。
Jetsonは次のシリーズが発表されていますが、現行のOrinシリーズよりもっと高性能/高価格に寄ってしまいます。たぶん今のOrinを使う人たちとは層が違うと思います。その意味では引き続き、現行のOrinや、Orinを搭載したreComputerが売れるはずです。
AIチップが搭載されているAIカメラは、情報を画像ではなく推論したデータとしても出力できます。推論したデータのやり取りだけで完結できると、データ量的にもプライバシーの観点からも有利です。そこでランク外ですが、2025年の注目商品として「Raspberry Pi AI Camera - Sony IMX500搭載 12.3MP」を挙げておきたいですね。1万円台とAIカメラとしては価格も手頃です。ただ、まだ開発環境が整っていないので、それが整備されればゲームチェンジャーになり得る商品だと思います。
ラズパイ搭載IoTデバイスに——無線LAN対応の新型マイコンボード「Raspberry Pi Pico 2 W」|fabcross |
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安井氏
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2025年も、Raspberry Pi、M5Stack、Jetsonなどが上位に来る全体的傾向は大きくは変わらないでしょう。それでもAIとか自動認識の開発が主だった分野が量産のフェーズに入ってきたので、新しい商品も市場に投入されるはずです。そのあたりに期待したいですね。
<編集部まとめ>
以上、2024年のスイッチサイエンス売上ランキングベスト100を見ながら語ってもらった。Raspberry Pi 5が市場を引っ張った2024年だったが、本格的なAIの時代を迎え、2025年は新商品にも注目が集まる1年になりそうだ。果たして2025年はどんなランキングになるのだろうか? マーケットの動向を注視したい。