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ペーパーアーティスト伊藤航インタビュー

数千の小さなパーツは全て手作り、設計図なしで大きなペーパークラフトを完成するプロセスとは?

電子基板を題材にした現在制作中の新作のパーツ総数は、なんとおよそ8000! 伊藤航さんはケント紙で作ったパーツを組み合わせて緻密で大きな造形物を作るペーパーアーティストだ。伊藤さんは設計図や綿密なイメージを描き起こすことなく作品を作る。なぜ、図面なしで制作できるのか。

[プロフィール]
伊藤航(いとう わたる)
ペーパークラフト・アーティスト。大学在学中の2007年に完成させた「海の上のお城」が国内外で高い評価を受け、2009年に平山郁夫賞、2011年に三菱地所賞と日本ペイント賞を受賞。2011年、東京芸術大学卒業。以後、建物や工業製品を題材にした緻密な立体作品を発表し続けている。埼玉県在住。

寝かせたロケットを縦に置いたら、未来都市が見えた

2007年、伊藤さんは自宅の6畳間で処女作となる「海の上のお城」を完成させた。伊藤さんによると、この「お城」は実はロケットから生まれたという。

 「海の上のお城」(240×180cm)。おとぎ話の世界にも、未来都市のようにも見える。2019年6月現在、アンデルセン公園子ども美術館(千葉県船橋市)に展示されている。  「海の上のお城」(240×180cm)。おとぎ話の世界にも、未来都市のようにも見える。2019年6月現在、アンデルセン公園子ども美術館(千葉県船橋市)に展示されている。

「最初は、エンジンの造形を作っていました。横に寝かせたロケットのエンジンです。あるとき、それを縦に置いて、眺めてみました。すると、未来都市のようなイメージが思い浮かび、その後“お城のような街”を作りはじめてしまったんです。

伊藤さんは、当時を懐かしそうに振り返る。だが、そこからが戦いだった。イメージのゴールは、壮大なファンタジーの世界。しかし、伊藤の脳裏には漠然とした「お城と遊園地が融合したようなイメージ」しかなかったからだ。伊藤さんは結果的に畳1.5枚ほどにもなる大作を完成させた。作品を完成に導いたのは、伊藤さんの芸術的インスピレーションのなせる業だったのか。

取材で、構造物や工業製品の生々しさを手に入れる

「確かに、ひらめきには助けられました。でも、完成に至るには、取材が欠かせませんでした。例えば観覧車を作るときは、遊園地に足を運んで、観覧車の構造や大きさを観察しました。電車に対して観覧車はどのくらいの大きさか。もし真横にあったら、どのくらいのスケール感があるのか。そのような大きさの比較を意識しながら取材して、城に連なる建物を増殖させていきました」

伊藤さんは「見たいものをきっちり見て、納得したい」と語る。どういうことなのか。

「例えば『ここのボルトは本当に6本で足りているのか?』とか『ここがさびているということは、雨の日はここに水が垂れるんだな』などと想像しながら観察します。そのシステムや、ものが置かれている環境に納得したいんですね。構造物の生々しさに納得できると、制作中の作品としっかり向き合えるんです」

作品作りのトレンドは、取材時の視野の大小によっても変わる。

「観察対象を風景として捉えていた間は建造物や配管設備などに興味がいき、それをモチーフにして作品を作りました。今は、さらに小さな電子基板をモチーフにした作品群を作り続けています」

「Electric wave Ⅱ」(50×50×15cm、2013年制作) 「Electric wave Ⅱ」(50×50×15cm、2013年制作)
配管を巡らせたオブジェ(90×90×8cm、2015年制作)の一部。 配管を巡らせたオブジェ(90×90×8cm、2015年制作)の一部。
基板と配線をモチーフにした作品(20×20×6cm、2018年制作) 基板と配線をモチーフにした作品(20×20×6cm、2018年制作)

締め切りがないと、完成を意識できないのかも

制作開始から4年で「海の上のお城」は完成した。そのまま作り続けることもできたが、伊藤さんには「完成」とせざるを得ない理由があった。

「最大の理由は、大きさです。部屋から出せるサイズにとどめておかないと、発表できませんから(笑)。当時のアトリエは1階で、目の前が道路でした。1間(およそ180cm)の窓を外せば『海の上のお城』を外に運び出せたので、そのサイズの段階で完成とせざるを得ませんでした。

結局ぼくは締め切りがないと、終わり(完成)を意識できないのかもしれません。でも、この作品を世に出して、自分が作家として生きる動機が持てたことはうれしかった。この作品を契機に“10年がんばってみよう!”という気持ちになれましたから」

「よし!」と思いついた瞬間に作りたいものが変わる

「海の上のお城」もその後の作品制作の際も、伊藤さんは綿密な設計図の類を用意していない。これには、もちろん理由があった。

「極端に言うと“よし!”と思いついた瞬間に“やっぱりこっちがいいや”と別のものを作りたくなることが多いんです。あるいは、新しいアイデアが生まれると、はじめのプランと別のものを作りたくなります。ですから、決めてかかるのではなく、はじめのプランと目前の実物を比べながら、ひらめきや勢いに乗って締め切りに間に合わせるのが、ぼくのやり方なんです」

設計図は伊藤さんの頭の中で日々、更新されているのだ。

人間の手あかが残らない造形に仕上げたい

アトリエを訪れた某日、伊藤さんは実は「地獄のような」(本人談)日々の中にあった。翌月のグループ展に出展する作品のパーツ作りの真っ最中だったのだ。作業台には、直径10mm、高さ14~15mmほどの円柱がいくつも並んでいる。はたして、これは?

「制作途中の、コンデンサーを模したパーツです。およそ1分で1つを完成させる作業をマシーンのように繰り返して、計800個以上も仕上げなければなりません。シンプルですが、ぼくは同じ形の造形をたくさん、機械のようにきれいに作ることに注力しています。自分の気配を作品から遠ざけ、一見すると機械で作ったような作品に仕上げたいからです」

と語り、撮影用にコンデンサーを模したパーツ作りを再現してくれた伊藤さんの指先の動きに我々はまず息をのみ、続いて驚嘆の声を上げることさえ忘れてしまった。速い! 正確! きれい! そのうえ、流れるような動きのすべてに無駄がないのだ。

1)ボディーになるケント紙を切り出す。 1)ボディーになるケント紙を切り出す。
2)丁寧に丸めてのり付けし、ピンセットで形を整える。 2)丁寧に丸めてのり付けし、ピンセットで形を整える。
3)円柱のふちにようじでのりを塗った後、用意しておいた円形の紙を貼り、底面の形を整える。 3)円柱のふちにようじでのりを塗った後、用意しておいた円形の紙を貼り、底面の形を整える。
4)幅1mmほどのケント紙を2片切り出し、それぞれねじってこよりにしておく。 4)幅1mmほどのケント紙を2片切り出し、それぞれねじってこよりにしておく。
5)前の3)をひっくり返し、内側の2カ所にのりを塗る。 5)前の3)をひっくり返し、内側の2カ所にのりを塗る。
6)前の5)ののりをぬった部分に、4)の2本のこより[コンデンサーのリード線に相当]を貼る。 6)前の5)ののりをぬった部分に、4)の2本のこより[コンデンサーのリード線に相当]を貼る。
7)前の6)の底面に紙を貼り、底面の形を整える。 7)前の6)の底面に紙を貼り、底面の形を整える。
8)形状を確かめて、出来上がり。 8)形状を確かめて、出来上がり。

だが、われわれはやがて、あまりにも素朴すぎる疑問を抱いてしまった。

「伊藤さん、この作業は楽しいのですか?」

プロセスを楽しめるファン。ノルマで作るコンデンサー

「パーツを毎日作っていると、コツが分かり、やがてテンションも落ちます(笑)。でも、こういう作業は無心になれるんです。そうやって、無心で作り上げたパーツをレイヤー(作品の台)に配置して作品を完成させていく瞬間に、ぼくは作品を作る楽しみ、クリエイティビティを見出しています。今作っているなかで、一番作りがいがあるパーツは、ファンですね。工程も多いけど、出来上がりの形とそのプロセスを楽しめるからです。これだけでも売れるんじゃないか? などと妄想しながら、作っています」

作りがいがあるファン(左端)と、そのパーツ。プロペラの羽(右端)の形は実物に忠実に切り出している。次作では、これを250個ほど制作/配置する。 作りがいがあるファン(左端)と、そのパーツ。プロペラの羽(右端)の形は実物に忠実に切り出している。次作では、これを250個ほど制作/配置する。
次作に配置するパーツ(コンデンサー[4種類]、ICチップ[2種類]、センサー[1種類]、ファン[1種類]、抵抗[1種類]、ソケット[1種類])の一部。 次作に配置するパーツ(コンデンサー[4種類]、ICチップ[2種類]、センサー[1種類]、ファン[1種類]、抵抗[1種類]、ソケット[1種類])の一部。

「反対に、コンデンサーや抵抗作りはとてつもなく地味です。こういうのは、例えば「1日50個作る」と自分にノルマを課して、ひたすら作り続けるしかありません。次作の場合はパーツ作りが全体の8割。残りの2割がパーツの配置や配線などの作業になります」

制作道具。特にレアなものはない。 制作道具。特にレアなものはない。
紙片をつまみやすくするため、先端を上に曲げたピンセット。伊藤さんが改良した道具だ。 紙片をつまみやすくするため、先端を上に曲げたピンセット。伊藤さんが改良した道具だ。

ぎっしりと詰まった密度の濃いエネルギーにあふれた作品を

伊藤さんは、次の大作も考えている。

「2021~2022年に完成予定の作品を、今ちょうど構想中です。“『海の上のお城』から10年”という、『海の上のお城』の発表直後からずっと心にとどめてきた作品です。“密度の濃いエネルギーにあふれた作品”にしたいと日夜、考えているところです」

と、私たちのリクエストに応えて、伊藤さんはその作品イメージを惜しげもなく披露してくれた。
それが、下だ。

「『海の上のお城』から10年」の作品イメージ(一部)。 「『海の上のお城』から10年」の作品イメージ(一部)。

私たちは、再び息をのんだ。

「分からない……」

伊藤さんが「まったくぐちゃぐちゃで」と詫びるとおり。私たちには、これのどこが、完成イメージなのか、まったく見当が付かなかった。だが、これが伊藤さんの完成イメージなのだ。

伊藤さんの脳内設計図は、これをもとに日々更新されているのだ。

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