フォスター電機 vs fabcross「夢のイヤホン作製対決!」
皆さんはイヤホンやヘッドホンにこだわりがありますか?
私はそこまでこだわりが無いのですが、それでも用途ごとに計8個の既製品のイヤホンやヘッドホンを使っています。学生時代はオリジナルのイヤホンにしたいとイヤホンのハウジング部分をデコったり、オリジナルシールを貼ったり、イヤホンの線にアクリル絵の具で彩色したりもして使っていました。
大人になった今、既製品をそのまま使うのではなく、ユニークなイヤホンを作りたい! そして、音質を自分好みにカスタマイズして思いどおりのイヤホンを作りたい! そう思い調べてみたところ、「プロ愛用のヘッドホンを自作改造する、組み立てワークショップ」がクラウドファンディングで実施されていたことを知りました。このプロジェクトを進めたメーカーさんなら、この無謀なお願いを聞いてくれるのではないか!?
そこで、このクラウドファンディングを実施していたフォスター電機さんにコンタクトを取ってみました。後日、快く承諾のご連絡をいただき、オリジナルのイヤホンキットを提供いただけることに。さらに、東京 昭島にあるフォスター電機本社にお邪魔し、見学や聞き心地の評価をしていただけることになりました。
今回アテンドいただいたのは、学生時代から趣味でイヤホンを自作されている緒方勇輝さんと、木村明香里さん、宮路智也さんという入社1~3年目の3名。また、会社案内だけにとどまらず、一緒にオリジナルイヤホンを自作してもらえることになったのです!
そこで、フォスター電機対fabcross「夢のイヤホン作製対決!」を行うことにしました。
世界ブランドを支える確かな技術
フォスター電機の歴史は、1949年に東京 渋谷に信濃音響研究所を創立したところから始まります。なんと今年で創立75年を迎える、音響機器/部品の総合メーカーです。
フォスター電機は他社ブランドの製品を生産するODM/OEMを主力としているため、社名を聞いてピンとくる方は多くないかもしれません。しかし、「皆さんも何度かフォスター電機の製品から流れる音を耳にしたことがあるのでは?」と思うぐらい、自動車の車載スピーカーやTV用スピーカー、音響機器、ヘッドホンやヘッドセットなど多くの場所でフォスター電機の製品が使われています。
「実は、昔とある有名なスマートフォンに付属していたイヤホンもフォスター電機製なんですよ」と緒方さん。あまりの衝撃に、静かなオフィスで70dB(デシベル)位の大声を出してしまいました。
世界に認められたブランドの品質を、日本の企業が担っているということに感慨深いものを感じました。
良い音を生み出す秘訣は「地下水」にあり?
案内されたフォスター電機本社は、開放感のあるオフィスでした。天井が広く、壁や柱が最小限の数で作られているため、端から端が見通せます。社内で研究開発ができるように計測室や実験室、加工室も用意されており、全ての装置を1つ1つ見ていったら日が暮れてしまいそうでした。
その中で私が一番気になったのは、「振動板実験室」。「振動板」とは振動を通して音を発生させる部品のことで、世の中のほぼ全てのスピーカーに実装されています。「すでに実験され尽くした領域では?」と思っていましたが、現在でも環境配慮や、新素材を使った新しい工法の発見など、絶え間ない努力を続けていることに驚きました。
食い入るように見ている私に緒方さんが、昭島に本社がある理由を教えてくれました。「実は、元々創業は渋谷だったのですが、安定した品質で振動板を作るために、水温の安定した地下水を一年を通して大量に使える昭島に移転したんですよ」
「そういうことだったのか!」静かな実験室の廊下でまた、70dB位の大声を出してしまいました……。
イヤホンを組み立てる
フォスター電機の協力を得て、オリジナルのイヤホン組み立てキットを緒方さんに作製いただきました。非常に完成度が高くて、市販であったら購入したいと思いました。是非売って欲しい。
イヤホンはドライバーユニット、フロントハウジング、フロントメッシュ、イヤーピース、リアハウジングというシンプルな部品で出来ています。これを、はんだやボンドなどを使い接着していきます。
イヤホンの音質を左右するのは、ドライバーユニットとフロントハウジング、そしてリアハウジングだそうです。そこで今回は、ハウジング部分をオリジナルで作製してどのように音が変わるか試してみたいと思います。
プラスチック、金属、木製……こういった素材はよく見かけます。しかしせっかくオリジナルのイヤホンなのだから、一般的な素材はあえて使わず作りたい! 意表をついて食品を使おう! ハウジングに使えそうな食材はないか……その時ハッと気付いたのが……モナカの皮です。
まず食品を使ったほうがインパクトはあります。モナカの皮ならある程度強度があるし、もち米を使っているので腐りにくく、プレスして焼いているので小さい隙間があり、音に影響を与えるのではないか? と考えました。
モナカの皮イヤホンを自作
イヤホンのハウジングにモナカの皮を付けてみたところ、少し力をいれると崩壊してしまい、うまく取り付けられませんでした。そこで、モナカの皮をコーティングし、強度を増すことにしました。
完成したイヤホンを付けてみると……音の広がりはすごく感じる。大草原で聞いているような。ただ……響くような低音はないような……。
夢のイヤホン作製対決!
フォスター電機の3名も各々に新しいイヤホンのアイデアを形にしてきたので、発表&試聴を行いました。
木村さんが作製した「水鉄砲イヤホン」。水を入れるため気密性が高いことと、耳に銃を突っ込むインパクトに度肝を抜かれます。仕事で疲れたあとに100円ショップに行って思いついたアイデアだそうです。両手でイヤーチップを押し当て、ドライバー前面の容積が密閉されることで低音もしっかり出ていました。心なしか、音の広がりも感じられます。
宮路さんが作製されたイヤホンは木製にこだわったもの。1つの木を彫刻して作り出したハウジングはぬくもりがあり、音の響きも市販と変わらない良い音でした。
普段からイヤホンを自作している緒方さん。しょうゆ差しのイヤホンを2つ持って来られたのですが、見た目の奇抜さから想像できないほど良い音がしました。しょうゆ差しの口の部分は少し長い筒状になっており、この筒(音導管)の長さや素材を変えることで音質を調整しているそうです。プラスチックと金属の2つ用意しており、パーツは同じでも材料が違うだけで全く音が異なることに驚きました。
最後に私もモナカイヤホンを共有したところ、70dB位の笑いがとれました。良い表情をいただけただけで満足です。
数値対決
耳だけで評価をしてしまうと個人の良し悪しに影響を受けるので、周波数測定機で測ってみることになりました。人形のロボットにシリコン製の耳が付いているダミーヘッドにイヤホンを差しこみ、特定の周波数と音圧の関係性を示す「周波数特性」を測ります。
周波数特性とは、イヤホンに電気信号を入力し、低域から高域まで音の周波数を変化させたときに、出力される音圧レベルがどのように変化するかをグラフ化したもの。お手本にさせていただいた緒方さんオリジナルのイヤホンのグラフと比較しながら、それぞれのイヤホンの音特性を確認していきましょう。
モナカのイヤホンを計測してみたところ、耳で聞いていたときに感じていた低音がほとんど出ていないという結果に。ハウジング部分が干渉して装着感が薄くなり、耳の挿入時にエア漏れが起き、密閉が不完全となり低音が出なかったようです。
水鉄砲イヤホン、木製ハウジングイヤホン、しょうゆ差しイヤホンをそれぞれ計測してみました。皆さんやはり音質は良いです。
最終評価
「やっぱりプロにも直接評価していただきたい!」そう緒方さんに相談したところ、フォスター電機の製品開発から販売までのスペシャリスト8名が真剣に採点をしてくれました。評価の基準は、「見た目のユニークさ」と、「音質」の2つです。
評価をしてくださっている皆さんは真面目なのですが、その状況が非常にシュールで……笑いをこらえながら見守りました。
「夢のイヤホン作製対決」第1位は……
総合評価1位は、木村さん作の「水鉄砲イヤホン」でした。
評価いただいたプロからは、「他で見たことがなくインパクトが強い」「夏祭りにあったらネタで買いそう」「手に持つ前提なので、ベストポジションで聴ける」「聞き疲れがしない音」「思っていたより低音が良い」などが評価として上がりました。
一方で、「日常使いは難しい」「両手がふさがるのはちょっと……」というコメントも。
木製イヤホン
宮路さんの作製された木製ハウジングのイヤホンは、木を彫り込んだ丁寧な作りだったため、「デザイン、音質、日常使い全てに申し分無い」「生木が触れる感じはgood」など全体的にバランス良く高評価でした。
一方で、「よくあるイヤホンと変わらない」「面白みがない分、最も使いやすい」というコメントもありました。
しょうゆ差しイヤホン
普段から自作イヤホンを作製している緒方さんは、「音導管」と呼ばれる耳とドライバーをつなぐ音導部分にこだわって作製されていました。
評価も、プラスチックと金属の2パターンで実施したところ、面白いなどのコメントではなく、「ボーカルがこもりがち。低音もぼわついている(プラスチック)」「ボーカルのこもりは改善したが、低音はぼわつく(金属)」「ステムの長さをもう少し短く」など、技術的なフィードバックが他の方より多かったです。
一方でやはり、総合1位の木村さんの「水鉄砲イヤホン」の影響でしょうか。「インパクトに欠ける」というコメントがありました。
平間的には、「緒方さんに対してだけ、少し審査が厳しいのでは……」と感じました。しかし、それも次世代を背負って立つ若手ホープに対する先輩の期待の裏返しなのでしょう。
モナカイヤホン
私が作製したモナカイヤホンは完全にネタだったのですが、「日本らしさがあり、海外の人にはウケるかも」「見た目もかわいらしい。カラーバリエーションがほしい」「コンセプトは良い」など真面目なコメントをいただきました。
一方では「装着感に難あり」「低音の音感ない」など品質に対するコメントも。また、「内側はUVコーティングをしなかったほうが、余計な音が反響せず良い音になったのではないか?」「装着感を良くするために、耳の形にフィットしたモナカを作ってみてはどうか?」など改良のアドバイスもいただきました。耳に届く音がより良くなるよう、改善できるポイントはたくさんありそうですね。
しかし、さすがに木村さんの作った水鉄砲イヤホンのような飛び抜けた面白い視点はなかった……。完全な敗北です。
思った以上に面白い「夢のイヤホン対決!」ができたので、改良を重ねてどこかでもう一度発表できたらと思います。無謀な企画に乗っていただきましたフォスター電機の皆様、ありがとうございました!
取材協力:フォスター電機