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名古屋発「MAKERS OASIS」は創造力と熱意が結集した、ものづくりフェスだった

製造業の集積地として名高い愛知県で、地元企業が中心となったMaker系展示イベントが開催された。主催したのは地元、名古屋市のテレビ局。Makerムーブメントに衝撃を受けたテレビマンの呼びかけに集まったのは、地元の大手企業や中小企業で活躍するMakerや、大学でものづくりを学ぶ学生たち。2日間の会期中は東京からのゲストもイベントに花を添えた。

愛知県ならではの作品が集まったイベントの様子と、そこに集まった人たちを取材した。(クレジットのない写真の提供:名古屋テレビ)

名古屋のど真ん中で開催されたMakerイベント

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会場には約50組のブースが出展。入場無料で、たまたま近くを通りかかった人がブースの前に足を止めて、作品を楽しむ様子も見られた。 会場には約50組のブースが出展。入場無料で、たまたま近くを通りかかった人がブースの前に足を止めて、作品を楽しむ様子も見られた。

2025年2月4日からの3日間、愛知県名古屋市では初となる大型のテック系カンファレンスイベント「TechGALA」が開催された。名古屋市中心街の栄地区と鶴舞地区にある複数の会場で、モビリティや素材、ライフサイエンスなどをテーマにしたトークセッションやピッチイベントが催され、主催者側の発表によれば約5000人が足を運んだ。

「MAKERS OASIS」はTechGALAの関連イベントの一環として、栄地区にある複合施設「オアシス21」内の野外スペースで催された。企画は地元のテレビ局である名古屋テレビ(通称:メ〜テレ)。企業や大学など50組のブースが出展し、自由な発想で生み出された作品が展示されていた。

NHKの人気番組「魔改造の夜」に登場した作品を展示したSズキのブース。当日は魔改造した電動マッサージ器のカタログも無料配布。多くの来場者を喜ばせていた。 NHKの人気番組「魔改造の夜」に登場した作品を展示したSズキのブース。当日は魔改造した電動マッサージ器のカタログも無料配布。多くの来場者を喜ばせていた。
名古屋文理大学のブースでは心拍数センサーを装着してお互いに驚かし合うことで、どちらがより驚いたかを測るデバイスが展示されていた。 名古屋文理大学のブースでは心拍数センサーを装着してお互いに驚かし合うことで、どちらがより驚いたかを測るデバイスが展示されていた。
会場を視察した愛知県の大村秀章知事。被っているのは碧南市の瓦メーカー「鬼福」が制作した鬼瓦ヘルメット。重さは約3㎏もあるのに衝撃には弱く、実用性はなしというヘルメットは地元企業が中心となって毎年開催する「くだらないものグランプリ」のために制作された作品。 会場を視察した愛知県の大村秀章知事。被っているのは碧南市の瓦メーカー「鬼福」が制作した鬼瓦ヘルメット。重さは約3㎏もあるのに衝撃には弱く、実用性はなしというヘルメットは地元企業が中心となって毎年開催する「くだらないものグランプリ」のために制作された作品。
展示会の企画や内装などを手がける「博展」は、3Dプリンターを活用した作品を多数出展。写真は3Dプリンターで造形した型を使い、石川県の和紙職人と制作した紙すきのランプシェード。有志社員の社内部活動として取り組んだ作品とは思えない仕上がりだった。 展示会の企画や内装などを手がける「博展」は、3Dプリンターを活用した作品を多数出展。写真は3Dプリンターで造形した型を使い、石川県の和紙職人と制作した紙すきのランプシェード。有志社員の社内部活動として取り組んだ作品とは思えない仕上がりだった。

また、ステージでは技術力の低い人限定ロボコンでおなじみのへボコンや、ギャル電によるLEDワークショップ、2023年にオライリー・ジャパンから刊行された書籍「雑に作る」の著者である石川大樹さん、ギャル電きょうこさん、藤原麻里菜さんによるトークセッションも開催。

へボコンやギャル電のワークショップ、藤原麻里菜さんなど、東京からのゲストもイベントに花を添えた。 へボコンやギャル電のワークショップ、藤原麻里菜さんなど、東京からのゲストもイベントに花を添えた。

Maker系展示イベントの和やかな雰囲気と、Maker Faire Tokyoなどでおなじみのイベントが融合するユニークな内容で来場者を楽しませた。

会社という枠組みを超えて活躍する、愛知県の会社員Makerたち

左から小林竜太さん、福原康平さん、パスコンパスさん(撮影:筆者) 左から小林竜太さん、福原康平さん、パスコンパスさん(撮影:筆者)

MAKERS OASISには大手企業で活躍するエンジニアも多数出展した。NHKの人気番組「魔改造の夜」に出演した企業内サークルや、日本各地のMaker系展示イベントの常連組が、ユニークな作品をブースに並べ、来場者を楽しませていた。

普段の活動について話を聞くと、単に趣味として技術を楽しむだけでなく、社内外に多様な波及効果をもたらしているようだ。今回は愛知県のメーカーに勤める3名のエンジニアに話を聞き、彼らがどのようにMakerとしての活動を続けているのか、さらにMAKERS OASISに参加した経緯も含めて紹介したい。

まず、某大手メーカーに勤めるパスコンパスさん(@pscmps)は、大学ロボコンのような活動を社会人でも続けたいという思いから、入社1年目で「メカトロ同好部エルチカ」という社内サークルを立ち上げた。初めは新入社員だけでスタートしたものの、今ではメカやソフト、デザインを専門とする人が集い、実働メンバーは約10名ほど。「社内向けにロボコンを開催していて、ブロックプログラミングを使ってお子さんや未経験の方でも気軽に参加できるようにしています。お子さんが一緒にプログラムして参加するケースもあって、毎年続いています」と、誰もが楽しめる環境づくりを大切にしている。社内だけでなく日本各地の展示イベントに参加するなど外部への発信にも意欲的だ。直近でも実行委員会を立ち上げ、「つくろがや!」というものづくり展示イベントにも関わっている。

パスコンパスさんのメカトロ同好部エルチカによるロボットアーム付きのクローラー。ゲーム用のコントローラーで操作でき、大人から子どもまで楽しめる作りになっている(撮影:筆者) パスコンパスさんのメカトロ同好部エルチカによるロボットアーム付きのクローラー。ゲーム用のコントローラーで操作でき、大人から子どもまで楽しめる作りになっている(撮影:筆者)

一方、デンソーでエンジニアとして勤務する福原康平さんは社内サークル「DMC(DEES Maker Collegeの略。DEESはデンソー技術会を指す)」の出身。社内にあるファブ施設を拠点に活動する同サークルは、本社のある愛知県刈谷市に勤務する社員を中心に150人ほど所属しているという。Discordなどオンラインツールを活用しながら、部署を超えた交流の場が生まれていることも大きな特徴だ。

福原さんは個人で開発し、サークル活動を通じて試作した作品「Uzurium(ウズリウム)」を使って、ハードウェア開発を学ぶワークショップを人事部と共同で実施。「自分たちで作った回路設計用のデバイスを学生に送って、オンラインワークショップで『実際に設計してみる』体験をしてもらっています。アンケートの結果もすごく良くて、『入社試験に応募したい』って言ってくれる学生さんが多いんですよ」と、個人やサークルで生まれたプロダクトが、採用活動にまでつながっている点が興味深い。

福原さんが開発したUzurium。筒の中で渦を生み出すガジェットは、デンソーの採用活動にも貢献しているという。 福原さんが開発したUzurium。筒の中で渦を生み出すガジェットは、デンソーの採用活動にも貢献しているという。

そしてfabcrossのライターとしても活躍する小林竜太さんもMAKERS OASISに参加。某大手自動車メーカーのエンジニアとして働く小林さんは、「MONO Creator's Lab」というサークルから出展していた。

実はこのサークルは、後述するメ〜テレ企画による特別番組「メイキンクエスト(2017年放送)」がきっかけで誕生した社内サークル。メンバーは5~6人ほどで、イベントのたびにプロジェクト単位で集まるスタイルをとっている。「社外のイベントなら仕事に関係ない作品も出せるので、個人作品を持っていったり、社内の仲間と一緒に展示したり。その後の懇親会でほかの企業のエンジニアとも知り合えるし、いつもいい刺激を受けてます」とのことで、外部イベントは技術的刺激だけでなく新たな人脈づくりの場にもなっている。

2日目のトークセッションに登壇した小林竜太さん。手前にはfabcrossでも記事化された球体型の多脚ロボットがある。 2日目のトークセッションに登壇した小林竜太さん。手前にはfabcrossでも記事化された球体型の多脚ロボットがある。

そんな3人が、メ〜テレ主催のMAKERS OASISというイベントに参加したのは、地元愛知のものづくりコミュニティにさらなる広がりを感じたからだという。「平日でも5000人ほどが来場する予定と聞いて、こんなにも幅広い層が集まるなら、普段の展示とはまた違った形で作品を見てもらえるんじゃないかと思ったんです」(パスコンパスさん)。

また会場が冬季限定の野外スケートリンク併設というユニークな空間だったことも、イベント自体を“とがった試み”として魅力的に感じた理由の一つだ。「MAKERS OASIS向けにワークショップが開かれていたり、他ではあまり見かけないユニークな作品が並んでいたりと、見どころがたくさんありました。寒さはありましたが、ほかの出展者ともたくさん交流できて、とても楽しかったですね」と福原さんは振り返る。小林さんも「ふらっと来た人から『何これ!』っていうリアクションをもらうのがすごく新鮮でした」と、普段の展示イベントとは違う客層とのふれあいを楽しんでいる様子だった。

こうした活動を通じて、3人はいずれも「異なる部署の人と知り合う」「社外から新しいアイデアを得る」といったメリットを実感している。エンジニアたちが趣味の延長線上で始めた部活やサークルは、社内研修や採用活動へと広がり、企業同士のコラボレーションにもつながりやすい。愛知県内にはモビリティ分野をはじめ大きな試作物を運び出しやすい環境があり、東京や他地域に比べて「走る」「乗れる」作品が集まりやすいと小林さんは指摘する。

「東京と比べると、こっち(愛知県)で作るモノは大きくなる傾向がありますね。車移動が基本で、郊外に行けば本格的な工房が充実しているのも影響していると思います」(小林さん)

3人とも口をそろえて強調するのは、「楽しさや好奇心を軸にする」ことの大切さだ。それこそがものづくりを継続させる原動力であり、結果的には企業の本業に貢献するアイデアをも生む。いずれの企業でも、若手を中心に“Maker活動”を推進しながら、社内外の垣根を越えたオープンイノベーションを模索している。MAKERS OASISへの参加は、その一歩をさらに広げ、地域コミュニティや次世代教育にも波及する新たな契機となっているようだ。

名古屋でMakerにスポットライトを当て続けるテレビマン

MAKERS OASISを企画したのはメ~テレの営業企画部門でプロデューサーを務める伊藤理さんだ。伊藤さんはかつて番組制作部門に籍を置きながらも、あるきっかけからMakerムーブメントに強く引かれるようになったという。

MAKERS OASISの仕掛け人、名古屋テレビの伊藤理さん MAKERS OASISの仕掛け人、名古屋テレビの伊藤理さん

転機は2013年、ノートパソコンを買いに行った家電量販店で3Dプリンターを見つけたことに始まる。「思い描いた立体がそのまま形になるなんて夢の道具だ」と直感し、30万円弱もする3Dプリンターを衝動買い。後日、「箱から出すな、返品するから」と大反対する妻を説得して使い始めると、仕事で使う撮影機材のジョイントやパーツなどを自作しながら、その可能性にのめり込んでいった。

そんな折、クリス・アンダーソンの書籍「MAKERS」を読み、まさにこれから時代が変わるのではないかと確信。「番組制作の現場で何かできないか」と動き出した結果、2017年にはメ〜テレ55周年記念番組として「メイキンクエスト」という大規模ハッカソンを企画、実現するに至った。そこでは、レーザーカッターや3Dプリンターに加え、最新の素材を無償で提供してくれる企業を20社ほど集め、料理番組のように「好きに使っていいですよ」という環境を作り上げた。「ヤマハさんがボーカロイドのSDKを出してくれたり、グンゼさんが通電性の布を提供してくれたり、まさにラピッドプロトタイピングの素材と機械の宝庫を用意したんです」(伊藤さん)

番組にはデンソーやトヨタ自動車をはじめ、愛知県の企業内エンジニアらがハッカソンに挑み、そこで生まれたプロトタイプがMaker Faire Tokyoへの出展につながった。

しかし、メイキンクエストは一回きりで幕を閉じることになる。特別番組としての企画だったが、マネタイズの見通しが不十分だったことが一因だ。伊藤さん自身もCS放送子会社や東京に拠点を置く営業部門への異動を経て、番組制作から離れた時期もあった。

「大きな予算をとって同様の企画を継続するのは当時の自分には難しかった」と伊藤さんは、当時の自分自身に経験が不足していたと反省する。しかし、その間に営業部門でスタートアップ支援や企業の課題解決に取り組む企画を立ち上げ、まったく別の視点で「ものづくりを応援する仕組みづくり」を模索することになる。

今回のMAKERS OASISは、まさにそうした試行錯誤の延長線上で生まれたプロジェクトだ。伊藤さんのこれまでの活動を知ったTech GALAを主催する自治体関係者が、伊藤さんにコラボレーション企画の提案を求めたのがきっかけだったという。

「SaaSなどのIT系スタートアップは増えていますが、ハードウェアを核としたスタートアップはまだ少ない。TechGALAでもハードウェアには余りスポットライトが当たっていないように感じていました。ここにMakerムーブメントの火を付ければ、大手自動車関連企業や中小企業の職人技と掛け合わせた新しい価値創造が起こるのではないか、と感じました」(伊藤さん)

そこで、TechGALAとはまったく別の客層が行き交う、新しいスタイルの“ものづくりイベント”を仕掛けてみることにしたのだ。

実際、今回のMAKERS OASISは先述したような地元企業勤務のエンジニアから学生サークル、さらには中部圏外の企業やクリエイターに至るまでユニークなMakerたちが交じり合う、多種多様なコミュニティの融合を生んだ。普段交わることのない層のMaker同士が交流する化学反応こそ、伊藤さんが目指すビジョンの一端でもある。会期中、行政トップや大手企業役員を実際に会場に案内したことで、「こんな面白い動きがあったのか」と興味を持ってもらえる手応えをつかんだ。

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会期中の夜は会場横のスケートリンクを出展者や来場者に開放。作品を自由に走らせて楽しむ様子も見られた。 会期中の夜は会場横のスケートリンクを出展者や来場者に開放。作品を自由に走らせて楽しむ様子も見られた。

しかし、まだすべての道が開けたわけではない。こうしたイベントを企業の枠組みの中で継続するには、持続可能な収益モデルが必要だという。伊藤さんは「テレビ局という特性上、スポンサー集めには慣れているけれど、それ以外はまだまだ経験が浅い。企業の広報や人事部と目的をすり合わせる作業を地道に積み重ねることが大事」と話す。一方で、成功の可能性は高いと確信している。「BtoBの企業は学生からの認知度向上に大手でも苦戦しますが、新卒採用で、『Maker活動を応援している会社なんだ』と学生にPRできるのは大きいようです。副業解禁でエンジニアたちが外部のスタートアップを支援する道筋も見えはじめました。そうやって本業の枠を越えた出会いから、新しいプロダクトや会社が次々に誕生する環境を整えたい」と、今後の道筋に期待を寄せる。

Makerムーブメントという言葉が登場したのは、もはや10年以上前のことだ。今ではそういった言葉を見聞きすることは、ほとんどないかもしれない。しかし、あれから10年間、自分たちのフィールドで「作りたいものを作る楽しさ」を突き詰めてきた人たちが集まって実現できたのがMAKERS OASISなのだろう。

そういった熱意を持った人たちがいれば、どの地域でも、どんな形でも自分たちのやりたいこと、やってきたことを社会に披露し、還元する機会は必ずやってくる——伊藤さんや取材に応じた出展者の方たちの言葉から、そんなメッセージを受け取ったような気がした。

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※記事初出時に「メイキンクエスト」の表記に不備がありました。訂正してお詫びします(編集部)

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