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町工場とスタートアップの溝は埋まるか——Garage Sumidaが目指す次世代町工場のあり方

日本ベンチャーキャピタル協会の調査によれば、2012年から2017年にかけて日本国内のスタートアップの資金調達額は4倍以上※1に拡大している。平均資金調達額も3億円を超え、初期投資が高額になりがちなハードウェアスタートアップにも明るい兆しが見え始めている。
しかし、いくら資金を投じても適切な開発/製造パートナーがいないことには製品化はできない。デジタルファブリケーションやメイカースペースの影響で1点モノの試作品や作品のハードルは大きく下がったが、2桁、3桁以上の量産や長期にわたる安定的な生産への道筋は依然としてMakerやスタートアップには厳しいままだ。

2018年に建て替えたGarage Sumida。1階には浜野製作所の工場があり、2階に会員向けの個室と共用スペースがある。 2018年に建て替えたGarage Sumida。1階には浜野製作所の工場があり、2階に会員向けの個室と共用スペースがある。

ハードウェアスタートアップ界隈に身を置く人であれば、「浜野製作所」という社名を一度ならずとも聞いたことがあるだろう。本業は板金加工や装置開発を企業から受託する「町工場」だが、近年では電動モビリティのWHILL、パーソナルロボットのオリィ研究所、風力発電機のチャレナジーなどの製品化を支援するなど、ハードウェアスタートアップの強力なパートナーとして知られる企業だ。2016年からは子会社にベンチャーキャピタル(VC)を持つ起業支援のリバネスと協業し、創業支援施設Garage Sumidaの運営を通じてスタートアップを技術面から支えている。

町工場から見たスタートアップの「死の谷」とは何か、どうすれば乗り越えられるのか。過去には寝食を共にするなど、スタートアップの苦労を熟知する代表取締役CEOの浜野慶一氏に伺った。

町工場の危機意識から始まったGarage Sumida

浜野製作所 代表取締役CEO 浜野慶一氏 浜野製作所 代表取締役CEO 浜野慶一氏

2014年にGarage Sumidaをオープンした際にはスタートアップ向けのメイカースペースとして立ち上げたわけでは無かったと浜野氏は当時を振り返った。

2010年頃から特許切れによって安価な3Dプリンターが登場し、数万円で買えるモデルが家電量販店にまで並ぶようになった。「こんなものが出てきたら、自分たちの商売が奪われてしまうのではないか」という危機感を覚える町工場の経営者たちの声を聞いた浜野氏は、現状を嘆くのではなく、3Dプリンターにしかできない加工技術や導入するメリットは何か正しく把握した上で、既存の加工技術との共存方法を模索する必要があると考えた。

加えて、同業者が次々と廃業に追い込まれている現状も憂いていた。後継者不足や収益面の問題から日本国内の町工場は減少の一途をたどっている。現に浜野製作所がある東京・墨田区も町工場の数は最盛期の5分の1にまで減っている。
「自分たちには先人たちから受け継いだものを、次の世代に引き継いでいく責任があると思った」(浜野氏)
町工場の減少を食い止める努力をしていく必要があったと同時に、多様化する社会のなかで新しい市場を生み出すチャンスがあった。Garage Sumidaを立ち上げた背景には強い危機意識と、可能性に対する大きな期待があったと浜野氏は語る。

オリィ研究所が開発するロボット「OriHime」 (出典元:オリィ研究所のプレスリリース) オリィ研究所が開発するロボット「OriHime」 (出典元:オリィ研究所のプレスリリース

「3Dプリンターを使って町工場に何ができるかを試す実験室のような形で立ち上げました。でも、そこに最初に来たのがオリィ研究所の吉藤君(代表の吉藤健太朗氏)だった」

当時、吉藤氏は入院や身体に障害があって移動できない人のために、コミュニケーション支援ロボットを開発しようとしていた。創業直後で開発に必要なリソースが十分になく、量産化の相談ができるパートナーを探していた吉藤氏を浜野氏はGarage Sumidaに迎え入れた。

社内にある機械の利用だけでなく、職人からのアドバイスやパートナーの紹介に加え、Garage Sumida近くにあった浜野氏のマンションまで住居として借りられることになった吉藤氏は2015年7月に分身ロボット「OriHime」を完成させた。その後、吉藤氏がさまざまなメディアから取材を受ける際に、浜野製作所の支援に対する感謝を欠かさなかったことから、スタートアップ支援としてのGarage Sumidaが広く世に知れ渡ることになった。

試作と量産の間にある深い溝

浜野製作所の工場内部。Garage Sumidaのほかに3つの工場が稼働している。 浜野製作所の工場内部。Garage Sumidaのほかに3つの工場が稼働している。

スタートアップが量産化に苦しむ背景の一つには、最終目標から逆算した試作開発という視点が欠けていることが大きいと浜野氏は指摘する。

「試作で作っているものと、量産するものがイコールになっていないというのが、初期段階のスタートアップがつまずく大きな要因になっています」

とあるスタートアップから数十個の生産の相談を受けた浜野氏は、仕様書に普段量産では使わない素材の指定があることに気づいた。その素材はスタートアップのメンバー自身が要件を基に必要な素材をWebで検索し、数点のみ製造した試作品に採用したものだった。しかし、その素材は数台程度の製造であれば試作品製造会社を経由して材料メーカーから少量を調達できるが、2桁以上の生産をする場合には数十トン単位とまとまった量でしか取り寄せることができないため、とてもスタートアップが少量生産に使える素材ではなかった。

「試作でしか使えないような流通性、市場性に乏しい素材を使っていると量産で問題になる。そういったミスを解消するためには、製造パートナー側が最終的にどれぐらいの量を見込んでいるのか、今作りたいものは何のためにあるのか、そういったことを理解しておく必要があります」

浜野製作所のように試作から量産へのイメージを持っている企業であれば、こうしたトラブルは回避できうるだろう。しかし1点モノの試作に特化した町工場の場合には、量産を意識することは無い。提示された予算と納期、図面に合わせたものを納めるのが常だ。そのため製品化に向けた試作品作りではなく、その場限りの試作品になってしまい、最終的なゴールに到達できないまま資金が底をつくケースになることも少なくない。

こうした死の谷にスタートアップが陥らないためには、なるべく初期段階から量産までのイメージが描けるパートナーに相談することが重要だと浜野氏は指摘する。

直接的な儲けのためにやるわけじゃない

工場側にとって手のかかるスタートアップとの案件は敬遠されることが多かった。しかし、近年ではスタートアップとの取引も対応する工場が国内に増えつつある。また町工場自身が、下請け体質からの脱却を目指して新たな事業に乗り出すケースも少なくない。

しかし、いずれの道も早期に成功するのは至難の業であり、一定の成果を出すまでには相当の時間と労力を要する。浜野製作所も創業時はプレス金型の町工場だったが、時代の変化に合わせて主力事業を金型/板金加工と変化させていった。Garage Sumidaも時代の変化に対応するための取り組みの一つではあるが、浜野製作所を支えるほどの利益を生む事業ではないようにも見える。

しかし浜野氏によればGarage Sumidaでスタートアップの開発をサポートしたことがきっかけとなって、さまざまな業界での製品開発の知見が蓄積され、装置開発や設計など事業領域を拡げることに成功できたという。

自分たちの得意領域を研ぎ澄ませた上で、付加価値が付けられる領域がどこかを見極めること、それが町工場の生存戦略だと浜野氏は考える。浜野製作所も自分たちの技術が評価される顧客層や業界を探し、求められる技術と知識を動員することで新しい市場を開拓してきたという。

浜野製作所の工場内の様子。優れた技術を持つ工場は多いが、技術にさらに上積みできる付加価値を持たせることが必要だと浜野氏は語る。 浜野製作所の工場内の様子。優れた技術を持つ工場は多いが、技術にさらに上積みできる付加価値を持たせることが必要だと浜野氏は語る。

そうした戦略は町工場だけでなく、スタートアップにも必要だと言える。つまり優れたパートナーと組むことで、自分たちの得意領域で開発を進めながら、それ以外の領域はその筋のプロフェッショナルに頼り、最短のコースで製品化に向けてひた走る。スタートアップや町工場といったバックグラウンドに関係なく、それぞれが独立したプロフェッショナルとして、製品作りに邁進できる環境を早期に構築できるかが生死の分かれ道と言えよう。

ハードウェアスタートアップ大国になるために欠けているもの

それぞれが高い専門性を持つチームづくりに欠かせないのがコーディネーター的な存在だが、日本にはそういった存在が欠けていると浜野氏は指摘する。多くのスタートアップが集うシリコンバレーでは、VCがコーディネーター的な機能を果たしていて、スタートアップに適切なパートナーや工場をマッチングすることで製品化を支援している。

しかし、日本ではそういったことができる事業会社はVCも含めて非常に少ないのが課題だというのが浜野氏の考えだ。日本でも経済産業省が「スタートアップ・ファクトリー」というプロジェクトを立ち上げて、量産化を支援する事業者のネットワーク化をようやく始めたばかりだが、スタートアップへの支援が手厚い海外の先進国と比較すると、製造業の分野で起業しやすい環境だとは言い難い。

浜野製作所のようなスタートアップのパートナーとして頼れる町工場は今後増えていくのだろうか。新しい分野に進む町工場の事例への関心は高いが、景況感から大手企業の下請けのままで問題ないと考える経営者は多いと付け加えた上で、浜野氏は持続可能性をどれだけ構築できるかがポイントだと語った。

「どこで利益化するかというのは経営者にとって考えなくてはならないことですが、少なくとも短期的な利益だけを重視するのではなく、人材育成や採用、プロモーションといった観点も含めて、スタートアップとの仕事をやるんだという気概を経営者が持てるかどうかによりますね」

なるべく上流の段階から関わり、継続的にプロジェクトを進めていくことでスタートアップの製品やビジネスだけでなく、町工場のレベルも上がっていくと浜野氏は語る。 なるべく上流の段階から関わり、継続的にプロジェクトを進めていくことでスタートアップの製品やビジネスだけでなく、町工場のレベルも上がっていくと浜野氏は語る。

「一方でスタートアップとの案件も1回だけ作って終わりではなく、繰り返しアップデートできる状況を双方で作っていく必要があると思います。市場に一度出して終わりではなく、1号機からのフィードバックを基にバージョンアップさせていき、製造だけでなく企画や販売、法令面も含めて『何が起きたからこういう風にアップデートしていく』という流れをスタートアップと共に作っていきたい。
レビジョン管理※2を町工場側も担うことで生産/工程管理が確立され、加工技術だけではない強みが町工場に加わる。そうなれば、単なる下請けの町工場でもなく、加工だけをやっている工場でもない企業になれると思いますし、私達もそういった会社になれるように努力しているところです」

現在、浜野製作所はバイオ分野のベンチャーへの支援にも進出し、試験用の装置開発を手がける。また、業務提携しているリバネスの取りまとめのもと、開発/製造の課題解決を目指す町工場がGarage Sumidaのような拠点を新たに立ち上げ、「スーパーファクトリーグループ」という町工場グループが形成された。

Garage Sumidaで起きていることは一つの町工場だけではなく、スーパーファクトリーグループ構想という町工場ネットワークの中で多発的に起ころうとしている。

※1ベンチャーキャピタル最新動向レポート (2017年度) - 一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会

※2レビジョン管理…製品の修正、改訂記録を残し、管理すること。Rev-1,Rev-2といった表記をデータやファイルに記述して改変記録を残す。

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