日本初の専門店「遊舎工房」に学ぶ、自作キーボードの豊かすぎる世界
近ごろ「自作キーボード」という言葉を耳にする機会が増えました。Maker FaireやTwitterのタイムラインを通じて、筆者も興味をそそられていながら、どのように関わり始めるべきか分からずにいました。そんな折、秋葉原に自作キーボードの専門店がオープンしました。どんな人が、何の目的で、キーボードを作っているのでしょうか? 日本初の専門店「遊舎工房」に訪れ、自作キーボードの世界を覗いてきました。(撮影:越智岳人)
どこを見てもキーボード、キーボード、キーボード!
遊舎工房が店舗を構えるのはJR秋葉原駅から徒歩10分ほどの場所。かわいらしい看板が目印の店舗に足を踏み入れると、これまで見たことのない数のキーボードが迎えてくれました。
多彩という言葉では足りないくらい、バリエーション豊かなキーボードが並んでいます。ボードの形状、キーの配置、カラーリング、押し心地……。それぞれ個性を爆発させているキーボードたちを目にすると、「色味の薄い長方形」という昔ながらのイメージは吹き飛んでいきました。
形の違いにも理由があり、上の写真のような左右分離型の自作キーボードは、エンジニアや物書きなど常にキーを打っているような方たちが多く使っているとのこと。肩こりや腱鞘炎などの切実な問題を和らげるため、胸を開いた姿勢で満足に使えるものを求めて自作キーボードにたどり着くそうです。イラストや漫画を描く方にとっては、ペンタブレットの邪魔にならずに使うことができる形状も人気なんだとか。
さらに、ここからが自作の真骨頂なのでしょう、キーボードを構成する部品が一個単位で販売されています。
まるで駄菓子屋のように瓶に入って並べられているカラフルな集まりは、ひとつひとつがキーの押し込みを検知する「キースイッチ」。それを覆って指を受け止める「キーキャップ」は色と形ごとに小分けされ、衣装ダンスほどの大きさの棚を埋め尽くしています。ばら売りの品も並び、全てに目を通すだけでも小一時間はかかってしまいそう。
いやはや、量販店でキーボードを買うのとはまったく異なる世界が広がっていますね。品ぞろえに圧倒されている最中もひっきりなしにお客さんが訪れ、中には外国からの観光客の方もいらっしゃいました。自作キーボードの人気は確かなようです。
きっかけは「作ってみたい」という好奇心
お店の中を眺めているだけで自作キーボードの世界に引きこまれてしまいましたが、遊舎工房のように自作キーボードだけを専門に扱う実店舗は世界的にもかなり珍しいようです。前職ではDTP関連の仕事をしていたという代表の倉内誠さんに、他に類を見ない店舗を開くまでの経緯を伺ってみました。
——自作キーボードに関心を持ったきっかけを教えてください。
「最初は純粋な電子工作的な興味から『作ってみたい』と思いました。もともと電子工作でものを光らせることが好きだったので、キーボードが自作できるということを知って、まずは光るキーボードを作ってみたんです」
「年に2回ほどある自作キーボードのイベントやTwitterで知り合いが増えていき、2017年12月に自分で基板から設計したキーボードの共同購入者をTwitterで募集したところ、3日間で150人が集まりました。
それまでも一部で盛り上がっている印象はありましたが、多くの人に知られるようになったきっかけは同年冬のコミックマーケットだと思います。自作キーボードの同人誌を頒布しているブースが盛況で、行列ができるほどの人気だったんです。そこで多くの人が自作キーボードに関心を持っていることに気付きました」
個人製作のキーボード販売やコミックマーケットでの盛り上がりに手応えを得た倉内さん。年が明けた2018年1月にECサイトをオープンし、キットや部品を販売するようになります。
——ECサイトではレーザーカッターやUVプリンターを用いた加工サービスも行っていたのですよね。
「アクリルのプレートで電子部品を挟むタイプの自作キーボードが多いのですが、多くの方はアクリルの切り出しを海外の業者に発注していました。『キーボードを好きな形にするために必要なアクリルの加工を国内で安くできれば』と思い、レーザーカッターを使った加工サービスを自宅で始めました。キーキャップへの印刷をするために、UVプリンターや昇華型プリンターなども導入しています」
「また、自作キーボードでは好みに合わせて打鍵音や感触、心地よさなどをかなり自由に選択することができます。キースイッチを選んだり、バネを交換したり、潤滑材を塗ったりなどハマりだすとキリがありませんが、そうした部品を手に入れるためには、個人で海外から輸入する必要がありました。
加工用の機材で自宅が手狭になってきたこと、国内で自作キーボードの部品を気軽に買える環境を作りたいと思ったこと。そして、自作キットを通販しようとした際に『触ってみないと分からない』という反応があったことなどから、直接手に取ることができる実店舗を2019年1月にオープンしました」
「日本で自作キーボードの世界を広めていきたい」という思いから生まれた遊舎工房の実店舗。自作キーボードや部品の品そろえは、キースイッチだけでも50種類を軽く超えるほどの充実具合です。さらに倉内さんの自宅にあった全ての工作機械も移設され、その場ではんだ付けができる工作スペースも設けられました。
常に店舗に3人いるようにしているという遊舎工房のスタッフは、全員がキーボード製作をサポートできるスキルを持っています。文書や写真だけでは情報を伝えづらく、ネットで販売していたキットを完成できないユーザーもいたという経験が、店舗での手厚いサポートにつながっています。
初心者からマニアまで、遊舎工房の多彩な使い方
そうして開店した遊舎工房の店舗には、全くの初心者から自分でキットを開発するような玄人まで、多くの人が足を運びます。なかでも初心者に人気なのは、こちらの「meishiキット」。
名刺サイズの基板に、好みのキースイッチとキーキャップを4組選んで取り付けます。店舗で購入してそのまま工作スペースではんだ付けすれば、まったくの初心者でも2時間あれば完成させることができるのだとか。開店から2カ月で400セット以上を売り上げたベストセラー商品です。
熟練者の関わり方もさまざまです。自作のキットを委託販売したり、工作スペースで開発に取り組んだり。月額4320円(税込)で利用できる店内のレンタルボックスでは、自作キーボードに魅せられた人々による作品が販売されているのですが、驚くべきはそのバリエーション。
自作キーボード専門店に行き、マグロのお頭と遭遇するなんて想像していませんでした。他にもキーボード専用のカバン、小さなキーキャップ専用のデカールなど、キーボードに関わる多種多様なものに出会うことができます。
「基板を作ったり、かわいさやカッコよさを求めたり、自分の得意なジャンルで参加できる」(倉内さん)という懐の深さが、自作キーボードの大きな魅力なのだと感じられました。
触って、作って、使っていく。自作キーボードとの長い付き合いへ
現在の工作スペースでは、はんだごてなどのハンドツールのみ利用可能ですが、今後はレーザーカッターやUVプリンターなどの利用サービスも開始する予定とのこと。パーツをその場で作る、遊舎工房発の自作キーボードキットが生まれる日も、そう遠くはなさそうです。
見た目のバリエーションは伝えられても、使い心地や感触を伝えきれないのがもどかしいところ。少しでも興味を持った方は、ぜひ店舗に足を運んでみてください。
ただ作って満足するだけでは終わらず、その後の仕事や趣味で使うことができるのが自作キーボード。「趣味としても面白く、なおかつ実用的である」二面性に魅せられたという倉内さんの思いに触れることができるはずです。
取材協力:遊舎工房
所在地 | 東京都台東区上野3-6-10 ユニオンビル1F |
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営業時間 | 平日 13:00~19:00 土曜日、日曜日、祝日 10:00~19:00 休業日 月曜日、火曜日 |
URL | https://yushakobo.jp/ |
工作室の利用料金 | 2時間500円 最大料金:平日1000円、土日祝1500円 |