韓国スタートアップ事情インタビュー
年々ユニコーン企業を増やす韓国、ソウル市周辺のスタートアップ事情
中国を中心にアジア圏のユニコーン企業が存在感を示し始めている。米CB insightが公開している世界のユニコーン企業リストThe Global Unicorn Club(2019年1月時点)によると、ユニコーン企業数で目まぐるしく伸びる世界2位の中国(99社)と4位のインド(19社)に続いて5位に韓国(9社)となっている。
韓国は政府主導でベンチャー企業を育成支援するが、中小ベンチャー企業部の朴映宣長官によるブリーフィングでは、中小ベンチャー企業部は2019年度予算(10兆2664億ウォン)に比べ31%増となる13兆4895億ウォン(約1兆2111億円)の2020年度予算案を国会に提出する予定だと明らかにしている。過去最も大きく、今後の成長にも大いに関心が寄せられる。
編集部では、韓国を代表する企業であるサムスンの社内ベンチャー制度として、一部の株式をサムスンが持った形で従業員がスピンアウトできる「C-LAB」から生まれた「WELT」を紹介したばかりだが、JellyWareの崔 熙元氏のご厚意で、韓国の首都ソウル市を中心にスタートアップ4社に取材する機会を得たて実際の事情や状況を伺ってきた。
ファッショナブルなキャップに骨伝導の振動ユニットを導入
ZEROiは骨を振動させて音を聞かせる骨伝導技術が使われており、キャップの内側の両端に骨伝導の振動ユニットとマイクが内蔵されている。実際にキャップを装着してみたが、音はクリアに聴こえていた。耳よりも少し上の位置に振動ユニットが当たり、耳までの距離が離れている分、少し音が漏れているように感じるものの、個人的には気にならない。現在は次のバージョンのキャップを開発中とのこと。
オフィスは2017年6月にオープンした韓国最大のビジネスインキュベーション施設である「SEOUL STARTUP hub」に入居する。もともと病院だった建物を改装し、現在は約160社が入居中。年に一度の審査を通過した企業が1年契約で入居できるとのこと。
SEOJINFNI CEOのTaekyeong Oh氏は、もともとサムスンの中国市場で営業していた経験を生かし、電子部品に関する製造は中国の工場と取り引きする。スマートウェアラブルのZEROi以外にもファッショナブルなキャップを販売し、ソウル市近隣にある自社工場で製造する。資金調達の状況を伺ったところ、VC(ベンチャーキャピタル)からの巨額投資は受けておらず、韓国政府の助成金で会社をスタートした。将来的には、スマートウェアラブルを取り入れたトータルファッションカンパニーでIPO(新規株式公開)を目指しているという。
腹部脂肪データをAI分析するヘルスケアデバイス
次に腹部脂肪を定量的に測定するスキャナー「Bello」を開発、販売するOlive HealthcareのCEO Sung-Ho Hun氏と、最高戦略責任者のAndrew Son氏にお話を伺った。CEOのSung-Ho Hun氏は、ソウル国立大学で物理学の学士号と修士号を取得し、コロラド大学で博士号を取得したのち、LG電子で関節リウマチの早期診断用の医療用画像装置を開発。医療の劇的な変化に対応するべく2016年3月にOlive Healthcareを創業した。
Belloは自分の腹部脂肪を測定するのを支援するヘルスケアデバイスだ。腹部の脂肪は病気になる可能性が高いリスク因子を構成し、正常なBMI(ボディマス指数)の人に対して過脂肪の人は死亡率が約2倍高いことを示すという。カリフォルニア大学から独占ライセンスされている技術を応用しながらDMW-NIRS(離散多波長近赤外分光法)を使用してHb(還元ヘモグロビン)、HbO2(酸化ヘモグロビン)、脂質および水分を高精度にスキャンする。
Belloでスキャンしたユーザーの生理学的な測定データはAI技術を使って医療診断し、パーソナライズされたデータサービスを提供する。韓国だけでなく、世界の医療機器市場で最大のシェアを占める米国もターゲットにしている。フィットネスチェーンや保険会社、診療所等のB2BとAmazon、Best Buy 等のB2Cプラットフォームの両方で展開する。
数年前までは米国での起業も考えていたが、韓国政府はバイオヘルスケアを将来的に成長する分野と選択し、さまざまな支援や開発政策を実施しているため、起業するには韓国が理想的な環境とのこと。将来的には、これまでのビッグデータ分析に基づいて新しいビジネスを開拓し、韓国と米国の両方の市場で悪性腫瘍を検出するための乳房イメージセンサーを販売したいという。
家の中で眠っていたレゴブロックでプログラミング教育
次に訪問したのは、2020年度にスタートする日本のプログラミング教育の必修化に合わせて日本の市場も狙うGoldrabbit CEOのYang Jung-sub氏。家にあるレゴブロックを再利用してロボットと組み合わせながらプログラミングして遊ぶおもちゃ「MAUNZI」を開発する。
MAUNZIは全12種類のキューブから3種類のロボットキット「コピー」、「ニック」、「ウィリー」のキャラクターを作ることができ、キューブの側面には、レゴブロックを取り付けられるようになっている。スマホアプリの専用プログラミングツール「MAUNZI LAB」を使い、組み立てたロボットキットを制御コードからリモートコントロールで動かして遊ぶこともでき、キューブの制御コードを実行する過程でプログラミング言語の構造を自然に理解して学習することができるという。
もともとはゲームで遊ぶために開発をスタートしてきたが、市場を分析していく中でプログラミング教育でも利用してもらえるように路線変更した。2017年7月に試作機を完成させてから何回かの改良を重ね、2018年から量産準備中とのこと。
韓国政府の助成金で試作機を開発し、量産の準備を始めるタイミングで政府の補助金とVCからの投資を得て自社工場をゼロから設置する。これまでの累計調達金額は約23億円で、自社工場を設置したのは、生産ラインの確保と製品の作り直しの時間とその間のエンジニアの待機時間を短縮することが目的だったという。今後は米国、ドバイ、スペインでも事業を展開して製品を販売する予定だ。
日常に定着したスマートウォッチのウォッチフェイスとオリジナルバンドを販売
最後に「MR.TIME」を開発するApposterのCEO Sunghyun Kyung氏にお話を伺うことができた。2016年、MR.TIME はApple WatchやWear OS by Googleのウォッチフェイスを自由にデザインできるアプリサービスを提供する。
「プログラミングができなくても、世界で一番簡単にウォッチフェイスが作れるアプリ」を目指し、韓国、米国、中国、日本、スペイン、インドでサービスを展開する。世界で50万人以上が利用し、ウォッチフェイスのデザインはブランドとコラボレーションしたものからユーザーがデザインしたものまで含めると40万種類以上だ。
腕時計はファッションとも密接に関係するため、ウォッチフェイスをデザインするアプリサービスの提供だけでなく、似合うウォッチバンドの製造と販売を開始する。韓国では腕時計を着ける文化が根付いていないが、日本の家電量販店に腕時計コーナーがあることに驚愕したという。
韓国国内では腕時計のバンドを製造する工場が少なく、あったとしても手作業で製造する工場だった。ゼロから工場を設立するしかないと、20年前に日本で腕時計バンドを作った経験のある、鞄のストラップを製造する工場と提携する。腕時計バンドを製造したときの記憶を頼りに、1年間研究して量産することができたという。
2020年には、日本市場でもApple Watchのバンドを中心に販売を開始する予定とのこと。将来的には、1日10万件以上のアクセスと年間売上600億ウォンを目標とし、世界的にスマートウォッチのユーザー数が250万人と成長する中でファッショナブルなウェアラブルブランドを作っていきたいとSunghyun Kyung氏は話す。壁掛けタイプのスマートウォッチの開発にも着手し、店舗のデジタルサイネージとしても利用できる機能等を検討しているという。
4社のスタートアップを取材して感じたことは、韓国政府がスタートアップを持続して成長させるために、予算を増やすだけでなく、実際に補助金や助成金等で手厚く支援していること。取材先の中で自社工場を持っている割合が多かったのも印象的だ。
2020年度の中小ベンチャー企業部の予算では、ファンド・オブ・ファンズ(複数の投資信託を対象とする投資信託)の出資予算を1兆ウォンに増額したり、市場での検証を乗り越えたスタートアップが更に成長するための「予備ユニコーン育成事業」に120億ウォンを新たに編成したりしたという。韓国経済を支えるユニコーン企業が続々と生まれてくるのではないかと今後も韓国のスタートアップ業界から目が離せない。