新しいものづくりがわかるメディア

RSS


本物のパンが照明に生まれ変わる「PAMPSHADE」が誕生するまで

スイッチを押すと、フランスパンや食パンが光る。「PAMPSHADE(パンプシェード)」は、その名の通りパン(PAN)とランプシェード(LAMPSHADE)を組み合わせた照明機器だ。

材料に使用されているパンは食品サンプルで使うような樹脂製ではなく、小麦粉や酵母などから作られた本物のパン。制作工程は明かりの濃淡が美しく映えるよう中身を限界までくり抜くところから始まる。その後、特殊な樹脂を1週間かけて塗り重ねて防腐加工し、電子基板とLED、電源を取り付けている。

クッペ型のPAMPSHADEは置くたびに電源のON/OFFが切り替わる クッペ型のPAMPSHADEは置くたびに電源のON/OFFが切り替わる
バゲット型のPAMPSHADEはスイッチを長押しすることで調光も可能。 バゲット型のPAMPSHADEはスイッチを長押しすることで調光も可能。

そのユニークな見た目がSNSなどで広がり、現在では月200本ペースで制作し、日本だけでなく海外でも販売している。

この唯一無二のPAMPSHADEを考案したのは神戸在住のアーティスト森田優希子さんだ。大学生時代にパンが光る照明というコンセプトを考案し、10年をかけて一人で試行錯誤を重ねながら製品化に成功した。

光るパンというユニークな作品は、どのように誕生したのか。(写真提供:森田優希子さん)

売れ残ったとしても、パンの価値は全く失われない

森田さんはパン好きの母親の影響で、大量生産される大手メーカーのパンではなく、町のパン職人が作ったパンを食べて育った。

PAMPSHADEを開発した森田優希子さん。兵庫県神戸市を拠点に活動している。 PAMPSHADEを開発した森田優希子さん。兵庫県神戸市を拠点に活動している。

大学は京都市立芸術大学の美術学部美術科版画専攻に進学、アルバイト先に選んだのは町のパン屋さんだった。そこで森田さんはパン作りの奥深い世界に魅了される。といっても、魅了されたのはパンを作ることでも、パンの味でもなく、日々店頭に並ぶパンそのものだった。森田さんは店頭に並ぶ同じパンのなかにも一つ一つ微妙な個性や違いがあることに強い関心を抱いた。

「繰り返しが生む心地良さが好きで、大学で版画専攻を選んだのも何枚も複製でき、同じ版から刷った絵でも微妙な濃淡やインクの乗り方が異なるという、連続しているようで一つ一つ違う個性を持っている点に魅力を感じたからです」

森田さんは日々職人が作るパンにも版画と同じような連続性と個性の重なりを見いだした。日々作られ、そこにあるということに価値があると見いだした森田さんにとって、売れ残りのパンが廃棄されるということは「もったいない」という感情以上に、森田さんの美意識に相反することだった。

「パンで作品というと突飛な印象を持たれがちですが、私は版画と同じ魅力をパンに感じました。それは有機的な個性や連続性といった、食べ物にとどまらない価値です」

「食べられなくても、価値が残るパンとはなにか」を、森田さんは模索するようになった。

試行錯誤を繰り返しながらの開発——「光源」と「保存加工」

それから森田さんはアルバイト先で廃棄処分されるパンを引き取り、毎日自宅で試作を重ねる日々が始まる。パン屋の店主は「けったいな(変わった)ことやるなぁ」と言いながらも、森田さんに協力を惜しまなかった。

森田さんは大学を卒業後、京都に留まり一般企業に就職する。平日は会社員として働きながら、休日やプライベートの時間は実験にいそしんだ。パンを薄くそぎ、顕微鏡でのぞいたらどんな表情があるかを調べたり、版画の素材として使えるか試したりもした。

ある日、パンの内部を極限までくり抜き、外側の硬い皮だけになったパンに日光が当たり、パンの中に光が透過して白く光っているように見えた。
「その瞬間、『これかもしれない!』って思って、パンを照明として使うアイデアに行き着きました」
しかし、今のような形になるまでには5年以上の月日を要することになるとは、当時の森田さんは知る由もなかった。

前例のないものを作るということは、答えのない作業を突き詰めることだ。あらゆることを試し、自分自身で最適解を見いだす必要がある。
パンを照明として使うに当たって、直面した課題は2つ。「光源」と「保存加工」だ。パンの内部が光るよう明かりとなる機能を内部に取り付け、かつ照明器具として腐らせずに使用できるようにするにはどうしたらいいのか——森田さんは、この2つの課題に取り組んだ。

多くの作り手がそうするように、森田さんもホームセンターなど、可能性がありそうな材料が集まる小売店に足を運んだ。光源はLEDキャンドルなどをバラし、パンの中に入れたりした。たまたま趣味でやっていた電子工作で得た知識を生かし、基板にLEDと抵抗を乗せて、はんだ付けした。現在のモデルの原型となる光源は作れるようになった。

保存加工も思いつく限りの塗料を試した。その当時を振り返って、森田さんは失敗の連続だったと苦笑する。
「腐ったり、カビが生えたり、虫が付いたり、焦げたり、溶けてどろどろになったり、真っ白になったりして、ありとあらゆることが起きました」

現在の加工方法に行き着くまでには、失敗の連続だったという。

パーソナルな作品から、誰かが使うプロダクトへ

森田さんは未完成ながらもコンセプトを検証すべく、ハンドメイドの作品の展示販売イベントやメディアアート作品の展示イベントに出展。そこで作品を見た通りすがりの人からの反応やアドバイスを基にブラッシュアップを重ねた。電子工作はそうした人からのアドバイスも参考にした。

森田さんにとって転機となったのは、イベントで作品を見た人から「これ、買いたい」と言われたことだった。

「正直言って『こんなの、まだ売り物にならない!』って思ったんですけど、そこで欲しいと言ってくれる人のためにも、ちゃんと製品として成立させないといけないなと思うようになったんです」

その当時、展示していた作品は、何の加工もしていないパンの中身をくり抜き、自らはんだ付けしたLEDを入れただけのものだった。いわば参考出展のような形だったにも関わらず、森田さんのアイデアを評価する人は一定数いた。

パーソナルな作品ではなく、プロダクトとして使えるようにしたいという気持ちが、森田さんの中に芽生え始める。森田さんの中で個人の作品だったPAMPSHADEに、製品という価値観が加わる。

寝ても覚めてもパン

初期のPAMPSHADE。電源にはボタン電池を使用していた。まだ表面加工も開発段階で、ツヤが残っている。 初期のPAMPSHADE。電源にはボタン電池を使用していた。まだ表面加工も開発段階で、ツヤが残っている。

製品化ということも頭の中にはあったが、ビジネスとしてではなく、パンを照明にするというアイデアをいかに具現化するかという過程での試行錯誤を楽しんでいたと森田さんは当時を振り返る。
「仕事中にふと乾燥させる工程について考えてみたり、今度の土日はアレを試してみようとか考えたりして、平日の夜や土日は実験と制作に没頭していました」

制作と並行して、作品の展示も積極的に参加した。そのかいもあって、新しい商品を売りたい百貨店のバイヤーやイベントの主催者から声がかかるようになった。
「そこで初めて販売に必要な安全性を証明する認証の手続きや証明書が必要だと知り、自分で調べたり周りに相談したり、無料相談できるところに問い合わせたりして、製品化に必要な課題を一つ一つクリアしました。とにかく突き進んで、壁にぶち当たったら、そのときに考えて乗り越える、その繰り返しでした」

森田さん自ら一つずつはんだ付けをしていた頃のPAMPSHADE内部の基板の変遷。 森田さん自ら一つずつはんだ付けをしていた頃のPAMPSHADE内部の基板の変遷。

課題となっていた保存加工も化学メーカーに問い合わせ、サンプルを取り寄せて実験を繰り返した。
「Webサイトから問い合わせても全く返事が来なかったこともありましたが、実験的なことや新しい活用方法にアンテナを張っている企業が反応してくれました。サンプルをもらって試してみて、メーカーの営業さんと『もっと、こういうことができる素材ってありませんかね…』『無いですねぇ…』っていうやり取りをずっと繰り返してました(笑)」

会社員としての生活と並行して研究開発と制作にいそしむようになり、展示や販売の機会を得るようになった。この頃になると、森田さんはPAMPSHADEをライフワークとして本腰を入れて取り組みたいという気持ちが少しずつ大きくなっていった。

くり抜いたパンの中身は無駄にしない。ラスクやクルトン、フレンチトーストにして消費している。今後は販売も予定しているという。

会社員の仕事は自分が辞めても誰かが引き継げる。でも、パンを照明にするというアイデアは自分がやらなければ、このまま世の中に残らず埋もれていってしまうかもしれない。販売の実績もでき、パンの照明というコンセプトが受け入れられているという手応えもあった。

技術的なハードルも乗り越えつつあり、制作数も増えてきた今、本腰を入れて取り組めば仕事として成立するのではないか。そう考えた森田さんは2015年に7年勤めた会社を退職し、翌年に故郷であり、現在の拠点となる神戸で「モリタ製パン所」という屋号でPAMPSHADEのブランドを立ち上げ、アーティストとしての仕事に専念する。

完成度を高めるためのクラウドファンディング

試行錯誤の末、森田さんが「これならいける」という樹脂素材を見つけ、加工方法が確立したのは2016年のこと。その頃にはWebでの直販に加え、森田さんの作品に共感して、PAMPSHADEを取り扱うセレクトショップやインテリアショップも増えつつあった。

一定量のPAMPSHADEを安定的に製造・販売しつづけるためには、製品としての完成度を高める必要がある。それにはまとまった資金が必要だ。加えて、今まで以上に多くの人に認知されないことには、作品作りは継続できない。

そこで森田さんはPAMPSHADEのリニューアルを決意。市販のパーツを取り寄せて、手作業で作っていたLED基板はイベントを通じて知り合った電子部品メーカーに製造を委託した。回路や基板も設計から見直し、電池ボックスの金型製造も依頼することに決めた。

「市販品を買って組み合わせているうちは、その市販品以上の品質は出せない。満足がいくレベルにするためにも、オリジナルの光源を作るべき」と森田さんは判断した。

PAMPSHADEの裏側。使用するたびに裏面の電池ボックスを見て興ざめしないようにという思いから、底面に接地するたびに電源が切り替わる機能を追加した。 PAMPSHADEの裏側。使用するたびに裏面の電池ボックスを見て興ざめしないようにという思いから、底面に接地するたびに電源が切り替わる機能を追加した。

開発費は自己資金に加えてクラウドファンディングで支援を募った。その結果、目標額を超える120万円が集まる。かくして、森田さんは自分が納得のいくレベルまで品質を高めたPAMPSHADEを完成させた。それは廃棄されるパンをなんとかしたいと思った学生時代から10年後のことだった。

フランス人も驚いたPAMPSHADE

海外での展示会の様子。PAMPSHADEではパンの本場でも驚きを持って受け入れられた。 海外での展示会の様子。PAMPSHADEではパンの本場でも驚きを持って受け入れられた。

クラウドファンディング以降は海外の展示会にも半年に1回のペースで参加した。海外での販売にあたってはJETROに相談し、規格やライセンスの取得などの道筋を整えていった。

パンを照明にするという斬新なアイデアは、数々の製品を扱ってきたJETROの担当者も舌を巻いたという。
「JETROだけではないのですが、最初に話を持ち込むと、だいたい『え〜?』という反応なんですね(笑)。でも、法律やモラルに反するものでもないので『まぁ、できなくはないですけどね…』と返されて、なんとも気まずい思いをしたことが何度もありました」

パッケージのデザインにもこだわりが伺える パッケージのデザインにもこだわりが伺える

そんな森田さんの作品に強い関心を示したのは新し物好きの男性や、先入観を持たずに接する女性だったという。やがて販売実績が出るようになると、当初は及び腰だった人も親身になって森田さんをサポートするようになり、海外での販売先は欧米やアジアなど13カ国まで広がった。
森田さんにとって最も印象的だったのは、パンの本場であるフランスでの反応だった。

「フランス人はバゲットやクロワッサンを自分たちの象徴の一つだと捉えていて、PAMPSHADEを見て『私達の国で生まれたパンなのに、なぜフランス人が思い付かなかったんだろう』って、喜んでもらえたのが嬉しかったですね」

PAMPSHADEの制作プロセスをまとめたムービー。

現在は海外の購入者からもSNSを通じて、PAMPSHADEを自宅で使用している写真がシェアされるようになり、自分たちの国でも購入できるようにして欲しいというリクエストも来るようになった。森田さんは海外からでも購入できるよう、英語と日本語を並列表記している。また、国内外のショップリストを掲載している、森田さんのPAMPSHADEは新しい「Made In Japan」のプロダクトとして認知されるようになった。

パンで作ったから、パンで修理する

現在は4人の制作スタッフを採用し、月に200本程度の制作ができる体制になった「モリタ製パン所」。自分以外のメンバーが増えたことで、作品の制作手法にも新しいアイデアや技術が盛り込まれるようになった。

その最もユニークなエピソードが修理だ。森田さんが一人で制作していた頃は、パンの修理はパン以外の樹脂素材などで修繕していた時もあった。現在は材料となるパンを部位ごとに分解して保存。修繕が必要な部位と同じ部分のパンを使って修理するようになった。このアイデアを持ち込んだのは、スタッフの一人だという。

「実はPAMPSHADEを作る際も、乾燥の工程で割れたり欠けたりするのをパンで修繕しながら制作していたので、そこで培った技術を修理にも応用したんです」

修理用のパンは部位とサイズごとに分けて管理している。 修理用のパンは部位とサイズごとに分けて管理している。

もともとは廃棄されるパンに新しい価値を付与するために作られたものなので、制作の過程で破損しても修繕し、無駄にしないという強いこだわりがあった。ならば、修理に必要な素材もパンを使い、部位ごとに分解して管理し必要に応じて使えばいい。PAMPSHADEの原点となった「廃棄されるパンをなんとかしたい」という思いは、スタッフにも受け継がれ、製品をアップグレードし続ける原動力になっている。

大量生産ではなく、一つ一つ目が行き届くものづくりを続けたい

充電可能な電池を使った試作品。現在も年1回のペースで新作を開発し続けている。 充電可能な電池を使った試作品。現在も年1回のペースで新作を開発し続けている。

パンの加工技術の集積を生かし、森田さんはPAMPSHADE以外の作品作りも手掛けている。パン屋で使用する照明や看板にその店で作られたパンを加工して使うといった、店舗のディスプレイも手掛けるようになった。

「パン職人は自分のパンにプライドとこだわりがあります。クロワッサンならどこでも一緒というわけではなく、お店の数だけバリエーションがあり、同じ店で作られる中にも個性や、ちょっとした違いがある。そのこだわりを私が新しい形で価値提供できたら嬉しいなと思っています」

PAMPSHADEを使った店舗用ディスプレイの例 PAMPSHADEを使った店舗用ディスプレイの例

販売数は年々増え、材料も廃棄パンだけでは追いつかなくなり、現在はパン屋との協力体制のもと、PAMPSHADE用のパンを焼いてもらっているという。しかし、森田さんは一般的な照明器具のように工場で大量生産するつもりはないという。PAMPSHADEは大量生産される家電ではなく、一つ一つ違いのある作品であり、自分たちで作り続けたいという。販売も大手量販店に展開するのではなく、自分たちのコンセプトを理解してくれる店舗や企業を通じて販売したいと語る。

そこにはプライドとこだわりを持ってパンを毎日焼く職人へのリスペクトと、パンに新たな価値を吹き込む「PAMPSHADE作家」としての矜持が見えた。

森田さんの工房の様子。現在はスタッフと共に、月平均200本を制作。一本一本、丁寧に作られたPAMPSHADEは国内外のユーザーに届けられる。 森田さんの工房の様子。現在はスタッフと共に、月平均200本を制作。一本一本、丁寧に作られたPAMPSHADEは国内外のユーザーに届けられる。

関連情報

おすすめ記事

 

コメント

ニュース

編集部のおすすめ

連載・シリーズ

注目のキーワード

もっと見る