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mui Labインタビュー

大量生産してばらまく情報デバイスは終わりにしよう——「mui Lab」が目指す新しい人とテクノロジーのあり方

「mui Lab」(ムイラボ)は、さまざまな面でユニークなスタートアップだ。
京都の老舗電子部品メーカーであるNISSHAの社内ベンチャーとして2017年に誕生。2018年に最初のプロダクトとなるスマートディスプレイ「mui」を発表した。

シンプルな木板に文字や絵が浮き上がるように表示されるシンプルなインターフェースは有りそうで無かったプロダクトだ。発表後にKickstarterで実施したクラウドファンディングでは11万米ドル(約1150万円)を調達し、CES 2019ではイノベーションアワードを受賞した。

コンシューマー向けの製品を開発するスタートアップとしては、これ以上ないスタートを切った。このまま老舗企業の社内ベンチャーとして、大々的にmuiを売っていくかと思いきや、2019年にNISSHAからMBO(経営陣が株式を買い取ること)で独立。2020年にKickstarterの支援者に製品を届けると、小売店やECサイトでの一般販売は展開せず、美術館や住宅メーカーとのコラボレーションに注力している。

大企業の中ではなく、なぜ独立することを決めたのか。モノを売らないハードウェアスタートアップは何を目指すのか。全ては「やりきるため」と意気込むmui LabのCEO大木和典氏と、CTO佐藤宗彦氏を取材した。(撮影:逢坂憲吾)

「エンジニア的にはバカなプロダクト」に対するこだわり

muiのサイズは585.8×78.5×26(mm)、重さ約850g。マイクとスピーカーを内蔵、Wi-Fiによる通信を採用する。単体での使用に加えて、スマートフォン用アプリを通じて家の外からmuiへメッセージを送ることができる。素材やタッチセンサー、ディスプレイシステムは特許を取得済み。写真は上から順に天気の表示、ナイトモード、照明操作時の画面(画像提供:mui Lab) muiのサイズは585.8×78.5×26(mm)、重さ約850g。マイクとスピーカーを内蔵、Wi-Fiによる通信を採用する。単体での使用に加えて、スマートフォン用アプリを通じて家の外からmuiへメッセージを送ることができる。素材やタッチセンサー、ディスプレイシステムは特許を取得済み。写真は上から順に天気の表示、ナイトモード、照明操作時の画面(画像提供:mui Lab)

muiはインターネット経由で取得した天気予報やカレンダー表示や、IoT家電の制御、ボイスレコーディングやメッセージ機能に対応したスマートデバイスだ。外装に木材を採用し、ディスプレイ部に表示される情報も単色でミニマムかつシンプルだ。液晶ディスプレイのタブレットと異なり、周囲のインテリアに溶け込むデザインが、muiの最大の特徴だと言えよう。

muiの製品化に当たって、大きなハードルとなったのは木材の加工と、ディスプレイの実装だ。

電子部品メーカーとしての製造に対する知見は豊富だが、木材は調達から加工、電子部品とのアセンブリに至るまで全くの未経験。安定的に木材を調達し、納得の行く品質で加工できる業者を探した。その結果、理想とする加工技術を持つ家具職人たちと出会った。

mui Lab CEOの大木和典氏 mui Lab CEOの大木和典氏

「家具業界は電子機器業界とは全く異なります。電子機器業界だと、コストと生産量をはじき出す際に原材料費や加工費、時間あたりの賃率や歩留まり率を計算しますが、向こうはそういう話を嫌がりますね。ロジックで詰める業界ではないので、相手の文化も尊重しながら交渉していました。基本的には職人中心の社会なので、進行が遅れると『二度と連絡するな』と怒られたこともあって、今お願いしている職人さんに行き着くまでに苦労しました」(大木氏)

こだわりは外装だけでなく、内部にもある。muiのディスプレイは一般的なディスプレイで使用する液晶パネルではなく、LEDを採用している。一つ一つのLEDを、表面実装機で実現できる最も狭い間隔で埋め込んでいるという。

LEDの間隔を極限まで狭めたたことで、QRコードの表示も可能。 LEDの間隔を極限まで狭めたたことで、QRコードの表示も可能。

「LEDを狭い間隔で実装することで1台あたりのLEDの数も増え、コストも上がります。普通の製品ならLEDが10個増えただけでも問題になるのに、muiには5000個以上のLEDが使われている。かと思えば、右半分は余白にこだわって、全く情報が表示されないようにしている。ものづくりを知る人から見れば、すごくばかばかしい設計なんです」

2019年の独立時にCTOとして参画した佐藤宗彦は、muiの設計は常識ではあり得ないと断言する。同じような情報デバイスを開発するのであれば、液晶パネルを選ぶだろう。しかし、木目の表面に美しい光を映し出す発光素子がたまたまLEDであり、その表現への強いこだわりと、実現する力こそが最大の武器だという。

mui Lab CTOの佐藤宗彦氏。MITメディアラボでリサーチャーとして研究に従事していた際に、NISSHAの米国駐在員だった大木氏と知り合う。その後、シリコンバレーの大手IT企業でスマートデバイスの開発に従事した後、2019年にmui Lab参画。 mui Lab CTOの佐藤宗彦氏。MITメディアラボでリサーチャーとして研究に従事していた際に、NISSHAの米国駐在員だった大木氏と知り合う。その後、シリコンバレーの大手IT企業でスマートデバイスの開発に従事した後、2019年にmui Lab参画。

「展示会に出すコンセプトモデルとして作るのであれば、あってもおかしくない仕様だけど、それを妥協せずに量産化までやりきる点がmui Labのユニークな点。技術者からすれば、電子機器としてはなじみのない木材を使うことにも抵抗感を覚えるかもしれない。でも、世にあふれる情報デバイスのさらに1つ上のステージを目指すのであれば、新しいことをやりきるしかありませんでした」(佐藤氏)

数十年経っても、価値があり続ける情報デバイス

佐藤氏が言う「情報デバイスのひとつ上のステージ」とは何か。毎年新モデルが出ることで分かるように、スマートフォンやIoTデバイスなどの情報機器は鮮度がメーカーにとっては命だ。新しいモデルが出れば、それまで市販されていたモデルの価値は下がる。電子部品メーカーとして、毎年刷新されるスマートフォン向けの部品をメーカーに納めてきた大木氏らは、そうしたもののサイクルと価値観とは異なるデバイスの開発を目指した。開発に込められたチームの思いを佐藤氏が代弁する。

「スマートフォンやスマートスピーカーは完璧に近づきつつあるパワフルな存在だと思われがちですが、壊れただけで価値がほとんどなくなってしまうような、生活の場で使われるプロダクトとしては発展途上な、よちよち歩きの段階。住宅や衣服のように個人の暮らしや社会に深く根ざしたものは、使う人自身の愛着心が芽生えますし、古くなってもビンテージとして、むしろ価値が上がることもあります。そんな存在になるためにはスペックだけでは語れない価値が必要で、muiはそこに取り組んでいます」(佐藤氏)

開発当初は佐藤氏が述べたようなコンセプトまでは考えていなかったと、控えめに笑いながら大木氏は答えたが、メーカーとしての強いこだわりがあったという。

「部品メーカーとしての仕事は、顧客の要望に沿って開発するもので、自分たちで決められることがほとんどありません。でも、全て自分たちで決められるのであれば、世の中にないものを作るべきだと思ったんです。スマートフォンやタブレットが世にあふれているなかで、同じようなものを作るよりも、せっかくの機会なのでチャレンジしたいと思いました」(大木氏)

開発に対する妥協は一切しないと語る大木氏。インタビューでも頻繁に「やりきる」という言葉が出た。 開発に対する妥協は一切しないと語る大木氏。インタビューでも頻繁に「やりきる」という言葉が出た。

NISSHAでの経験から「ものづくりはロジック。変数があっても成立する目論見はあった」と大木氏は考え、現に理想は形になった。今に至るまで、どのような経緯があったのだろうか。

自分たちで全部決められるからこそ、世の中にないものを

mui Labを生んだNISSHAは1929年創業の老舗メーカーだ。印刷事業から領域を拡大し、電子部品やタッチセンサー、医療機器などを手掛ける。NISSHAは新規事業として、自社の技術を活用した新しいプロダクトの開発に、国内拠点でデザイナーをしていた廣部延安氏と当時米国拠点で事業開発や営業を担当していた大木和典氏をアサインした。この2人が後にmui Labの創業メンバーになる。

大木氏は生え抜きの社員で電子部品製造のプロジェクトリーダーとしてキャリアを積んだ。金型の仕様決めからデザインレビュー、品質保証、サプライチェーンとのやりとりに至るまで、ものづくりの上流から下流までを経験した後、ボストンに異動し事業開発や現地でのサプライチェーン構築を任されていた。

そのころ、デザイナーとして新たな製品を担当していた廣部氏が、壁面に情報を表示できるタイル状のタッチパネルのアイデアを大木氏に持ち込む。その後、2人で北米の展示会や商業施設を回ってリサーチした。家庭でも公共空間でも使用でき、通知する情報が無いときはインテリアとして周りと調和するデザインというコンセプトが固まり、試作開発を重ねた。

その頃、大木氏はmuiの開発をNISSHA本体の事業ではなく、子会社で実施することを提案する。難易度の高い挑戦をやりきるには、スタートアップのように小さな組織で意思決定から実行までを迅速に進める必要があったと大木氏は振り返る。

「大きい組織の中で進めると、関係者が不必要に増えたり、決済や稟議に時間を取られたりして開発が進まなくなることは目に見えていました。役員がシリコンバレーに来るタイミングで、子会社にする事業計画書を持ち込んでプレゼンしました」

最初の提案は却下されたが、大木氏はその日の晩に役員に向けて長いメールを送り、再度提案の機会を得る。

「起業家になるつもりなんて全く無かったけど、muiをやりきるとなるとフルコミットしないと形にできないと思っていました。当時のメンバー同士で『最悪、100万円ずつ貯金を出し合って会社を作ろうか』という話をしたこともありました」

大木氏らによる粘りのかいあって、mui Labは2017年10月にNISSHAの子会社として正式に発足。1年後にKickstarterでmuiを発表した。プロトタイプが世に出ると、周りからの目も変わり、社外の開発メンバーの採用もしやすくなったという。

最初から考えていた独立

MBOもやりたいことをやりきるための選択だったという。

「mui Labは当初からハードウェアを売り続けるのではなく、muiが届ける体験を裏側で支えるUI/UXデザイン、ソフトウェアやクラウドサーバー、ハードの設計や仕様をライセンス販売するビジネスモデルを考えていました。メーカーではなかなか受け入れられない考え方だったので、独立したほうがいいだろうと思っていました。子会社としてスタートして助走期間があったのは良かったが、本格的にやりたいことを進める段階に来たタイミングでMBOを検討するようになりました」(大木氏)

大木氏は尊敬するスタートアップとして、ユカイ工学の創業者青木俊介氏を挙げる。

「青木さんはどこに行っても自社製品のPRを欠かさなくて、自分とブランドとプロダクトを切り離していない。自分も青木さんのようにありたいと思いました」

それを実現するには勤め先の仕事としてではなく、自分が責任を負う仕事として、muiに向き合うべきだと自覚した。

「子会社のままで続けていたら製品化まで行けず、中途半端に『オープンイノベーションごっこ』のまま終わるかもしれない危機感がありました」

言われた仕様の通りに作るのではなく、自分たちならできると信じたものを最後までやり通したい。当初は起業や独立に全く関心を示さなかった大木氏らは、自分たちのアイデアが形になるに従って、運命めいたものを感じずにはいられなかったのかもしれない。それこそがスタートアップが全速力で駆け抜けようとする原動力の1つだろう。

大木氏らはNISSHAとの交渉の末、2019年7月にMBOを実施。大企業の戦略的子会社ではなく、独立したスタートアップとして新たなスタートを切った。

京都だからこそ、生み出せるプロダクト

インタビューはmui Labが期間限定で開いた展示イベント「夷川サローネ」(2020年7月31日〜10月17日)の会場で行った。会場にはmuiをはじめ、muiの製品コンセプトに賛同した企業の製品やアーティストの作品が展示され、地元住民に開放された。 インタビューはmui Labが期間限定で開いた展示イベント「夷川サローネ」(2020年7月31日〜10月17日)の会場で行った。会場にはmuiをはじめ、muiの製品コンセプトに賛同した企業の製品やアーティストの作品が展示され、地元住民に開放された。

NISSHAからの独立後もmui Labは京都に拠点を置く。合理性だけを考えれば東京に出るという選択肢もあるが、京都でなければmuiは開発できないと断言する。

「muiという名前の由来は老子の『無為自然』*で、テクノロジーと人間の関わり方が作為的ではなく、自然であることを目指しています。そういったものを開発する環境として京都は最適な場所です。通りを歩き、お地蔵さんに供えられた花や、和菓子屋の店先を彩る季節の菓子から季節の変化を実感する。近くの通りにある町家の前を通ると、ショーウインドウのようになっているガラス戸の棚に花が生けられていたりしていて、そのさりげない佇まいから、そこに暮らす人の気持が感じられる。私たちにとっては渋谷の巨大なディスプレイに映る映像よりも、ずっと価値のある佇まいが京都には残っています」(大木氏)

自分たちが開発する情報デバイスと地続きの価値観がある街で開発することは、エンジニアにとっても重要だと佐藤氏も指摘する。

「スペックや機能の先にある価値を創造するためには、京都を拠点にすることは自然な流れだと思い、これまで個人の仕事の場としていた東京やベイエリアから移ってくることはしっくりきました。利便性や数字だけを考えたら東京に会社を置きたくなるでしょう。muiが重きをおいている季節感、佇まいなどに日常的に触れる事で、プロダクトの軸となる価値観を常にチーム全員で共有できます。」

*無為自然:「なんら作為をせず、あるがままの状態」という意味。中国の思想家、老子が自身の著書「老子」で現した言葉。

ペンタブの巨人も惚れ込む技術の先にあるもの

mui Labは現在、自社製品の販売ではなく、自社の技術を活用したハードウェア、ソフトウェア開発に主軸を置いている。

その顧客の1社が、ペンタブレットでは国内外で圧倒的なシェアを持つワコムだ。mui Labはワコムのペンタブレットの技術をインテリアに応用。2019年にコンセプトモデルとして発表した「柱の記憶」は、mui Labのディスプレイ技術が盛り込まれた柱に、子どもの身長をデジタルペンで記録する。柱の傷で子どもの成長を振り返る行為のデジタル版とも言える作品で、2019年のミラノデザインウィークとドイツのIFA(国際コンシューマ・エレクトロニクス展)で披露した。

mui Labとワコムによる「柱の記憶」。デジタルペンで柱に直接情報が書き込める。 mui Labとワコムによる「柱の記憶」。デジタルペンで柱に直接情報が書き込める。

冷淡に個人情報を入力することを求めるのではなく、自然と人間の記憶の中に残る形で情報が書き加えられる情報デバイスは、muiの哲学そのものだ。ワコムにとって自分たちの技術が住宅市場にも生かせるという大きな自信につながったという。

「これまで突き詰めてきた技術に対して、『ここに新しい用途がある』と旗を立てることで気付きが生まれます。今後はmuiで培った技術で得られる体験を提供するプラットフォーマーを目指しています。muiはそれを磨くための土台のような存在です」(大木氏)

「たくさんmuiを売っても、その先にはスマートスピーカーがばらまかれた世界と同じ道しかありません」と佐藤氏が話せば、「これがたくさんあっても、世の中が良くなるかと言えば、それはかなり先のこと。それよりは生活の中でmuiのテクノロジーを体験できる受け皿や、さまざまなものとつながったときの体験価値を高める研究開発に力を注ぎたい」と大木氏も強調する。

1年おきに買い換えるスマートフォンのような存在ではなく、遠い将来、機能しなくなってもユーザーが手放したくない情報デバイスを目指すmuiは、大量生産・大量消費に流されないプロダクトの最適解を導き出そうとしている。

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