研究者に聞いた「折り紙」をものづくりに取り入れるヒント——筑波大 三谷教授
日本で生まれ育った人なら、おそらく誰でも折り紙で遊んだことがあるだろう。ただ1枚の正方形の紙から、平面や立体のさまざまな造形を生み出す折り紙はクリエイティブで奥が深く、海外の人々を魅了している。
3Dプリンターが個人でも所有できるようになり、頭で思い付くどんな形でもそのまま造形できるようになったが、制約の大きい折り紙という手法だからこそ生まれる面白い形や、ものづくりの楽しさがあるのではないか。そう考えて、折り紙を研究している筑波大学の三谷純教授に話を聞きに研究室を訪れた。(撮影:西村法正)
ものづくり好きが3D CGを経て折り紙研究の道へ
私たちが「折り紙」と聞いて思い浮かべるのは、子どもの頃に折り鶴などを折ったカラフルな正方形の紙ではないだろうか。三谷教授が10年以上にわたり研究の対象にしている折り紙は、必ずしも正方形の紙を用いるわけではない。長方形や正八角形の紙から作る場合もある。ただ、1枚の紙から「折り」だけで作ること、「紙を切ってはいけない」ことが折り紙のルールだ。
三谷教授の所属は筑波大学大学院システム情報系情報工学域。専門は3Dのコンピューターグラフィックス(CG)だ。3D CGと折り紙。これだけ見ると、どういう関係があるのか今ひとつ分からない。そこで最初は、三谷教授の学生時代からの研究をひもといていくことにしよう。
「もともと機械やものづくりが好きで、学部生時代は工学部で精密機械を学んでいました。やがて研究室を選ぶタイミングを迎え、私が選んだのはCADを扱う研究室。当時(1996年)はちょうどインターネットが一般に普及し始めた頃で、『これからはコンピューターのほうが面白くなりそうだ』という気持ちもあり、ものづくりとコンピューターの両方に関われる研究室への配属を希望しました。研究室では3次元の形をコンピューターでいかにハンドリングするかを研究しました。それがCGの世界に入ったきっかけです」
CGを専門とする中で、「折り紙」に興味を持って掘り下げていこうと思った背景には、どのような経緯があったのだろうか。
「CADのようなものづくりのソフトウェアで設計するものの素材は鉄の平らな板であることが多く、板金という技術で加工することが多いのです。そうすると、素材があまり伸び縮みしない前提で、『折り』の加工で作れる形を設計することがすごく大事なことなんです……ただ、それは後付けの理由で、昔からペーパークラフトや紙工作がすごく好きだったことが大きな理由です(笑)」
3Dモデルから展開図を自動作成する「ペパクラデザイナー」を開発
そうはいっても、いきなり折り紙を研究し始めたわけではなく、当初の研究対象はペーパークラフトだったという。
「立体を組み上げるためにどのような展開図が必要かを計算するソフトウェアが当時なかったので、『自分で作れるんじゃないか』と思い立ち開発しました。それが博士課程での研究につながりました」
「例えばこのようなウサギを作ろうとしたときに、どのような形の紙を継ぎ合わせると実現できるのかという問題があります。全ての紙片を三角形にして、いわゆるポリゴンに置き換えて角張ったウサギにすることもできますが、紙は曲げられるのでリンゴの皮をむいたときの皮のようにしようと考えました」
そうして三谷教授は、学生時代のうちに3Dモデルデータから平面の展開図を自動生成するソフトウェアを開発し、インターネット上に公開した。それをベースに開発した3D紙工作用ソフト「ペパクラデザイナー」は商品化され現在も市販されている。
ペパクラデザイナーはOBJ/STL/3DSなどの3Dデータ形式の読み込みに対応しているが、3Dモデリングソフトウェアである「Metasequoia」の独自形式ファイルを高い再現性で読み込むことができるため、これが推奨されている。
読み込んだ3Dモデルに対してペパクラデザイナー上で切り込みを入れる位置を指定すると、ボタンひとつで展開図が自動で生成される。展開されたパーツにのりしろを付けることも可能だ。カッティングプロッターと組み合わせれば、ダイレクトに切り抜かれたパーツができ、あとは組み立てるだけという優れものだ。
「意外なのですが、国内よりも海外で英語版がたいへん広く使われているようです。紙工作や建築模型の作成、少し変わった形の箱のデザイン、コスプレ衣装の型紙作りのほか立体物の試作まで、幅広い用途で使っていただいています」
より制約の厳しい「折り紙」の世界に足を踏み入れる
その後、2004年に博士課程を修了。2005年に筑波大学大学院システム情報工学研究科講師に着任して研究者の道を進むことになった。
「次はもっと制約を厳しくして、紙を切らずに『折り』だけで立体を作るとすると、どんなインターフェースでデザインして、どんな形がどういう計算によって実現できるのか。そんなことが研究になりそうだと思って折り紙の世界に足を進めました」
2008年ごろには、回転対称な立体であれば比較的簡単に計算によってデザインできることが分かった。「1枚の紙で切らずに形を作る、しかも対称の形で」となると制約が厳しく、作れる形の幅も狭まるが、その半面、比較的簡単な関係式でその形を設計できるのだという。
「ペーパークラフトの場合は、最初に作りたい形のモデルを3D CGでデザインすればいいのですが、折り紙の場合は同じようなアプローチで形を作ることができません。ただ、回転対称性を持った形に限れば、どこをどう折ればよいかを計算で求められることが分かりました」
三谷教授は、その計算を視覚的なインターフェースで行えるソフトウェアを開発し、2011年に公開する。「ORI-REVO」というプログラムだ。
ORI-REVOでデザインする時は、最初に出来上がりの立体を上から見たときに、六角形になるか八角形になるか、正多角形の数字を設定する。そうした後に、今度は立体を横から見たときの断面の形を、マウスクリックで決めていく。すると、計算によって折り線が求められ、展開図と最終形の3Dモデルが出力される。展開図はAdobe Illustratorで読み込めるDXF、またはPNGのファイル形式で保存することが可能だ。
平面から立体を設計する「Origami Simulator」
ORI-REVOにより回転対称の立体は簡単に作れるようになった。その後は、回転対称ではない立体にも挑み始めた。
「ORI-REVOで作れるのは、上から見たときに正多角形になっているものだけです。じゃあもう一段自由度を上げて、例えば上から見ると十字の形になるようにするにはどうしたらよいかを考えていく。自由度をひとつずつ拡張していくような考え方ですね」
こうして新しく設計の技術が開発されるのに伴って、作品の特性が変わっていくのだそうだ。この辺りの設計になってくると、計算に加えて経験に基づく感覚がものを言う世界に入っていくらしい。
3次元の形から逆算して作るのではなく、2次元の折り目を引いて、それを折るとどういう立体になるかをコンピューター上でシミュレートできるソフトウェアもあるのだそうだ。米マサチューセッツ工科大学(MIT)の学生によって開発されたもので、その名も「Origami Simulator」。
規定の仕様に従って山折り/谷折りなどの情報を含んだ画像ファイル(SVG形式またはFOLD形式)をOrigami Simulatorに読み込んで、画面下部にあるスライダーのつまみを「Folded」のほうへ動かすと、1枚の平面が折り線の通りに折られて立体になっていく様子をアニメーションで見ることができる。
Origami SimulatorはWebアプリケーションで、無料で使えるため、アクセスしていろいろ触ってみるとよいだろう。「Examples」には多数のサンプルが用意されており、オーソドックスな「Crane(折り鶴)」や、有名な「Miura-Ori(ミウラ折り)」のモデルもある。「Curved Creases」のカテゴリーには三谷教授デザインによる作品もいくつか収録されている。
いろいろな形の作品を作って経験を積んでいくと、平面の状態でも「ここはこういうカーブを入れたほうがいい」「こういう折り目にすれば破綻なく折れる」といった感覚がノウハウとして身に付くのだそうだ。
「最近は、人間の感性を信じてもう少し自由な発想の造形ができないか模索し始めています」と話す三谷教授の最近の作品がこちら。滑らかな曲線が美しく際立つ。
数学からのアプローチと工学の視点からのアプローチ
一昔前、折り紙研究は学問の領域としてまだ確立していなかった。しかし現在は「日本折り紙学会」「折り紙の科学国際会議」などがあったり、「日本応用数理学会」という学会内に「折紙工学研究部会」のような発表の場ができたり、「折り紙」に関係する研究の場は増えてきている。
ただ、どういう視点から折り紙に興味持ったかは、一様ではない。三谷教授の見立てでは、数学の視点からの人が半分、工学の視点から取り組む人が半分くらいだろうとのこと。
数学の視点で見ると、折り紙は幾何学の分野に当たる。例えば、与えられた折り線のネットワークに沿って折ったときに平らに折ることができるかを、どのようにして判定できるか、という未解決の問題がある。適当に引いた折り線を折ってたまたま平らに折れることは極めてまれで、前もってある条件を満たす折り線を引く必要がある。その条件を満たしているかどうかを判定する、あるいはその計算のオーダーはどういうものか、という問題だ。数学者は、主にそのような視点で折り紙にアプローチしているそうだ。
一方、工学の視点は、建築や家具などのデザイン・設計への応用を考えている。大きなものを必要なときだけ広げて、必要でないときは折り畳みたいケースはいろいろなものが考えられるだろう。
例えば大きなものだと、ドーム状の構造物の屋根を天気が良いときは取り払いたいケース。小さなものでは机やイス、テントなど、折り畳んで持ち運べるようにしたいニーズはいくらでも考えられる。自動車のエアバッグや、商品パッケージなども折り畳むものだ。
人工衛星に取り付ける巨大な太陽光電池パネルの折り畳みに使われた「ミウラ折り」という折り方は有名だ。対角を持って引っ張るだけで簡単に広げたり、折り畳んだりできるジグザグのパターンだ。非常に優れた性能を持つ「折り」の技術として工学的に応用され、広く知られている。
ただ、三谷教授によると、このように工学的に有用で特徴的な性能を持つ「折り」のパターンは、そう多くあるわけではないそうだ。
「折り方に名前が付くほどのものだと、吉村パターン(ダイアモンド・パターン)があります。あとは、もう少し複雑なロンレッシュ・パターンというものがあります。ほかにもなくはないですが、広く使われているのはミウラ折りくらいでしょう」
役に立つかよりも折り紙の「美しさ」に目を向けてみよう
「私のように、研究と言いながら折り紙作品の発表に力を入れている人は意外と少ないのです。私の作品の場合は、工学的に優れた性能を持った折り方をしているわけでなく、純粋に見た目の美しさや面白さを求めているし、そこを評価していただいていると思っています」
三谷教授は、研究者でありながら、折り紙作家、あるいはデザイナーとして、これまでにさまざまなコラボレーションをしてきた。
2010年には、ISSEY MIYAKEが新しいファッションブランド「132 5.」を立ち上げた際、三谷教授とのコラボレーションがそのコンセプトに影響を与えた。同ブランドのWebサイトを見れば「折り紙」というモチーフがどのように生かされているか、その一端が分かるだろう。
また最近では2019年に開催されたラグビーワールドカップ日本大会において、試合ごとに優れたプレーをした選手(Player of the Match)に授与されたトロフィーのデザインに三谷教授が協力した。日本開催だったことから、「日本らしさ」を折り紙に求めてオファーがあったのだそうだ。
しかし結局のところ、折り畳むニーズはあっても、「1枚の平面から、切らずに折り畳まなければいけない」という折り紙のルールを課す必要があるものは、実はあまり多くないのである。
例えば衣服のデザインなら貼り合わせや縫製があるし、何らかのオブジェクトを作るにしても、わざわざ苦労して素材を折り上げるより、折り紙作品“風”の立体を射出形成でつくってしまったほうが早くて安上がりなケースは多い。
紙を折る「過程」で見えてくる思いがけない形を求めて
折り紙をモチーフとする“風味”が欲しいのではなく本当の折り紙をものづくりに生かすなら、「折る」プロセスは必須だ。したがって大量生産の商品とするのには適していない。逆に言えば、折り紙という手法はハンドメイドの一点物や、パーソナルファブリケーションに向いていると言えるかもしれない。
三谷教授に、折り紙の魅力を尋ねてみた。
「立体的なものを作ることが、私は好きなんです。プラモデルや模型を作るのも大好きですし。1枚の平らな状態から『折る』ことだけで立体が立ち上がってくる折り紙は、長年研究してきた今でもとても面白いと思っています。あとは、数学的に──まあそれほどたいしたことではないのですが──計算で導かれる形がそのまま実際に作れる点も面白いですね」
3Dプリンターが個人で所有できるレベルにまで価格が下がり、サイズもコンパクトになってきた。それが無理な人でも、ファブラボなどで手軽に3Dプリンターを利用できる環境がある。それでいて造形の精度は上がった。
「私が研究を始めたころは3Dプリンターが高くて手が出なかったから、紙を使ったという事情はありますけれども(笑)。3Dプリンターって何もないところに『ポン』とモノが出てきちゃいますが、折り紙は折っている途中の変化がすごく面白いんですよね。
3Dプリンターだと自由過ぎて、逆に何を作ればいいか分からない人はいるかもしれません。そういう人にとって折り紙は、『制約の中で何を作り出すか』を考える上で“ちょうどいい”制約になるのではないでしょうか。私は折り紙の用途は提案しません。折り紙という制約の中でどのような造形ができるかを探求し、作品を通じて提案しています。ものづくりが好きな皆さんが、それを見て何にどう生かせるか、考えてみてほしいと思います」