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好奇心とエラーが生んだ極彩色の3Dプリント——「積彩」が求める未知の驚き

「3Dプリンターでは、おもちゃのようなものしか作れない」。そんな批判の声は、もはや時代遅れなものだと断言したい。実用にかなう品質を実現するエンジニアリングと、微に入り細をうがつ美意識の徹底。その両軸を武器に、自らを “デザインファブリケーションスタジオ”と称す「積彩」は、3Dプリンターで極彩色の造形物を生み出し続けている。

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花瓶や器、壁画から大型のベンチまで、積彩の作品は主にFFF(Fused Filament Fabrication=熱融解積層)方式の3Dプリンターで、複数のフィラメント(3Dプリンター用樹脂材料)やペレットを巧みに扱うことで制作されている。学会などの場で発表された作品は、SNSを通じて多くの人の目に触れ、旧来の「単色でチープなもの」という3Dプリント品へのイメージを塗り替えていく。

積彩の代表を務めるのは、デザイナーの大日方伸(おびなた・しん)氏。大学でデジタルファブリケーションと出合い、コロナ禍の2年と重なる大学院の修了に合わせて2021年に積彩を結成。2022年6月には初めてのギャラリー個展を開催し、近々の法人化も控えている 、いわば「ファブネイティブ」とでも呼ぶべき経歴の持ち主だ。

大日方氏。取材はメンバーの住居も兼ねる積彩のアトリエで行った。 大日方氏。取材はメンバーの住居も兼ねる積彩のアトリエで行った。

「何よりも、自分たちが驚くものを作りたい」と語る大日方氏。積彩がこれまで歩んできた道のりを伺うと、常に未知なるものを追いかける姿勢と、データと物質を滑らかに行き交う軽やかな世界の捉え方が見えてきた。
(クレジットのない写真の撮影:宮本 七生)

3Dプリンターに感じたもったいなさと、偶然見つけた色彩の可能性

大日方氏はグラフィックやプロダクトのデザインを志し、慶應義塾大学で表現の世界に足を踏み入れた。身の回りのものを全て自分で作ることへの興味から、デジタルファブリケーションを専攻する研究室に所属。機材の使い方を学びながら、メイカーズムーブメントやFabの文化を体感するうちに感じたのは、もったいなさだったという。

「当時の3Dプリンターは、あくまでプロトタイピングのためのツールとして使われていました。すぐに試作できる環境は面白いけれど、色や形状とその組み合わせを突き詰めていくデザイナー的な姿勢とは距離がある。そのせいで最終製品までたどり着かなかったり、完成してもチープなものに見えてしまったりする状況が、とてももったいないと感じました」(大日方氏)

3Dプリンターが試作手段に留まっていることへの違和感を抱きながらも、技術としての面白さには引かれ続けていく。特に強い興味を持ったのは、複雑な内部構造を設計できる点。内側から作り方を考えていくプロセスに、生命の構造との近しさを見出したという。そんな興味が高じ、内部構造に着彩した3Dモデルをフルカラー石膏で造形してTwitterにアップロードしたところ、その後の道を決定づけるほどの大きな反響があった。

ユニットの各面に異なる色を配置することで、見る角度によって色が変わる不思議な物体。実物とCGの合間にあるような存在感が、人々の興味を引きつけた。遊びのような感覚で出力したものだったが、想像を超える大きな反応やコメントを受け、これを機に色彩が自身のテーマや作家性につながっていったと大日方氏は振り返る。

後続作品のためのスケッチ。シュワルツP曲面と呼ばれる構造を応用し、外から内部がよく見える、表面積の少ないモジュールを考案した。(写真提供:積彩) 後続作品のためのスケッチ。シュワルツP曲面と呼ばれる構造を応用し、外から内部がよく見える、表面積の少ないモジュールを考案した。(写真提供:積彩)

その後、ミマキエンジニアリングのUV硬化インクジェット方式フルカラー3Dプリンター「3DUJ-553」を利用した共同研究に参加。フルカラー3Dプリンターの表現力に対し、出力データがチープであったことを問題視し、新たな用途を広げるための探索を始める。石膏の試作品をさらに昇華すべく、同じ研究室の高盛竜馬(たかもり・りょうま)氏にエンジニアとしての協力を依頼し、グループとして本格的な制作に取り組んでいった。

モジュールを球状に配置した『TransColor Sphere』。「赤・青・黄・緑」の4色しか用いていないが、並置混色という技法によって実際よりも多くのカラーバリエーションを知覚させる(出力協力:ミマキエンジニアリング)。(写真提供:積彩) モジュールを球状に配置した『TransColor Sphere』。「赤・青・黄・緑」の4色しか用いていないが、並置混色という技法によって実際よりも多くのカラーバリエーションを知覚させる(出力協力:ミマキエンジニアリング)。(写真提供:積彩)
『iridescent furoshiki』では、3Dプリンターの特性を活かした鎖状の一体成形により、布のような振る舞いを実現。一つのユニットはパラボラアンテナのような表面構造を持ち、見る角度によって色が変わる(出力協力:ミマキエンジニアリング)。(写真提供:積彩) 『iridescent furoshiki』では、3Dプリンターの特性を活かした鎖状の一体成形により、布のような振る舞いを実現。一つのユニットはパラボラアンテナのような表面構造を持ち、見る角度によって色が変わる(出力協力:ミマキエンジニアリング)。(写真提供:積彩)

内部構造に端を発した興味が、色というテーマと調和。高性能なマシンに追いつくべく、データの精度を上げ続けた結果、既存の機材や工法では生み出し得ない表現にまでたどり着いた。大学内外での展覧会や学会発表などで公開すると、周囲からの反応も上々。順調に思えた色彩の探索だが、疫病が影を落とす。

新型コロナによる強制リセット。エラーが生んだ継続への活路

2020年4月。新型コロナウイルスの影響によって、研究室はおろか大学のキャンパスへのアクセスさえ困難になった。フルカラーの3Dプリントは一度の出力コストが高いため、密なコミュニケーションが取れない状態での試行錯誤は難しく、チームとしての活動も共同研究からの変化を余儀なくされる。かろうじて利用できたのは、自宅に導入できるサイズのFFF方式3Dプリンター。複雑な内部構造の造形には向かず、色彩の表現という観点でも適していない(と思われていた)機材だ。

方向性に悩む中で手をつけたのが、M3D社の3Dプリンター用プリントヘッド「QuadFusion」。材質や色の異なる最大4種のフィラメントを混ぜながら出力し、フルカラーやグラデーショナルな表現を可能にする装置だ。実験のつもりで使うと、メーカー推奨のフィラメントよりも融点が高いものを用いたせいで、素材が溶け合わず、3色ストライプの歯磨き粉のように色が共存している状態になったという。

QuadFusionによる造形原理の図解。十分に熱されなかったフィラメントは溶け合わず、それぞれの色を保ったまま出力される。(写真提供:積彩) QuadFusionによる造形原理の図解。十分に熱されなかったフィラメントは溶け合わず、それぞれの色を保ったまま出力される。(写真提供:積彩)

「メーカーが想定した用途からすれば単なるエラーなのですが、その結果が面白いものに思えました。急いでメンバーに写真を共有すると、高盛から色の変化を強調するためのプリーツ(ひだ、折り目)がついたモデルの3Dデータが送られてきました。それを印刷したときの、『とんでもないものができた!』という衝撃は今でもはっきりと覚えています」(大日方氏)

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後に『遊色瓶』と名付けられたシリーズは、そんなエラーと試行から生まれたものだ。3Dプリンターのノズル径、すなわち1mmないしそれ以下の太さの中に、複数の色を共存させながら積層していく。表面に張り巡らされた細かな突起の両側に、それぞれ異なる色を配置したことで、眺める向きによって見える色が変化する。

プリーツの長さや幅、瓶の形状や突起の角度を調整し、時にはノイズのようなエフェクトもデータに加え、より多彩なパターンの検討を重ねる。無限にも思えるデータのバリエーションに対し、じっくりと仮説を構築するよりも、とにかくラピッドに出力して結果を検討するスタイルが、低コストな機材やコロナ禍での制作環境ともマッチした。

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無数の試作を経てブラッシュアップされた『遊色瓶』は、「色を着ける」をテーマとした「富山デザインコンペティション2020」でグランプリを獲得。見た目の美しさもさることながら、造形と彩色を同時に行うプロセスの新しさも評価された。

個人で手の届く価格帯の機材から魅力的なプロダクトが生まれ、社会人デザイナーが活躍するコンペティションでも評価されたことを受け、大日方氏は卒業後も制作活動を続けていくことを決意。積彩というグループ名を掲げ、大学院の修了に合わせて新たな門出を果たした。

コラボレーションと大型造形。広がる3Dプリント×色彩の世界

『遊色瓶』が名刺代わりとなり、モビリティからジュエリーまで、幅広い分野から積彩に声がかかった。大学や企業などとコラボレーションする中でも、新しい表現の開拓へと意識を割き続ける。

食品衛生法に適合したニスを上塗りし、フードイベントで利用された『水色器』。 食品衛生法に適合したニスを上塗りし、フードイベントで利用された『水色器』。

昆虫食などを扱うレストラン「ANTCICADA」とのコラボレーションで制作したのは、『水色器』という名の食器。タマムシやモルフォ蝶などの昆虫が持つきらびやかな構造色を再現するために、マットな素材と細かなプリーツで作る『遊色瓶』シリーズから離れ、光沢のある2色のフィラメントで滑らかな凹凸を描いた。海をイメージした特別なスープのために作られた『水色器』は、月に照らされた水面のように艶っぽい魅力を放つ。

『水色器』と似た質感を持つ作品『TransTone #008』。サイズは30cm四方ほど。(写真提供:積彩) 『水色器』と似た質感を持つ作品『TransTone #008』。サイズは30cm四方ほど。(写真提供:積彩)

コラボレーションで培われた技術は、積彩の自主制作にも反映されていく。東京藝術大学の企画展に出展された『Peacock Ripples』は、『水色器』と同じ技法で制作されたもの。器から立体的な壁面へとスケールが変わったことで、鑑賞者は自らの体を動かしながら色彩の変化を堪能することになる。

波紋を雄孔雀の羽の模様に見立てた『Peacock Ripples』。(写真提供:積彩) 波紋を雄孔雀の羽の模様に見立てた『Peacock Ripples』。(写真提供:積彩)
質量ある色彩が鑑賞者の眼前に迫る。 質量ある色彩が鑑賞者の眼前に迫る。

積彩の副代表である江口壮哉(えぐち・そうや)氏は、慶應義塾大学の学生として、多数の大型3Dプリンティングプロジェクトに関わってきた。積彩でも大型作品のキーを握る江口氏は、サイズに応じた体験の質の変化に可能性を見出している。

「小さな作品は手に持つことで色の移ろいを楽しめますが、スケールが大きくなれば、一歩動くだけでも色がガラッと変わったり、包み込まれるような感覚が味わえたりと、ダイナミックな変化を体験できます。積彩が大型の作品を作ることで、絶対に面白くなるという確信がありました」(江口氏)

積彩がデザインを手掛けた大型のベンチ『芝の螺旋』。ペレット式の3Dプリンターで出力されており、複数のカラーバッジを混入させることで、意図的にまだら模様を生み出している(3Dプリント:エス.ラボ、企画:慶應義塾大学4D Fabrication Lab)。

積彩の作品には、手にとって回したり、体を動かしながら眺めたりと、鑑賞者が能動的に楽しめる「遊びしろ」が残されている。物質や視覚の変化を通じたインタラクションを重視する姿勢を指して、「単なる物ではなく、物理現象や体験自体を3Dプリントしている」と評されることもあるという。

データと物質を行き交い、未知なる驚きを追求していく

一つの発想や技法をさまざまな形状や大きさに展開していく積彩のスタイルには、データの可変性に富む3Dプリントならではの特徴が反映されている。一般的なプロダクトデザインや量産フローを経験する前に、ものづくりを志した当初から3Dプリンターに触れていたが故の身軽さといえるだろう。

小型のFFF方式3Dプリンターが並ぶ、アトリエの制作部屋。大型の作品は協業先である光伸プランニングのオフィスで造形している。 小型のFFF方式3Dプリンターが並ぶ、アトリエの制作部屋。大型の作品は協業先である光伸プランニングのオフィスで造形している。
所狭しと並ぶプロトタイプ。 所狭しと並ぶプロトタイプ。

制作したデータを素早く出力し、その実物を見て現象を理解し、さらにデータを研ぎ澄ませていく––––。そんなサイクルを繰り返す積彩のメンバーたちは、データにしかできない表現や、物質にこそ宿る価値を、改めて発見していく。

デザインエンジニアの江口氏。工学のバックグラウンドを持ち、主に企画やプロトタイピング以降の実装フェーズを担う。 デザインエンジニアの江口氏。工学のバックグラウンドを持ち、主に企画やプロトタイピング以降の実装フェーズを担う。
個展『PLAYFUL COLORS』の告知グラフィック。3Dプリントした作品の接写のようにも見えるが、精巧なシミュレーターで書き出されたCGだ。(写真提供:積彩) 個展『PLAYFUL COLORS』の告知グラフィック。3Dプリントした作品の接写のようにも見えるが、精巧なシミュレーターで書き出されたCGだ。(写真提供:積彩)

「造形結果のシミュレーターを作る中で、CGでしかできない表現にも気がつきました。たとえば個展の告知グラフィックでは、均等な光の当たり方や陰影が出せていますが、これは実物の接写では難しい。3Dプリントするだけではないデータの価値や面白さを改めて感じて、今はデータと実物を組み合わせた作品制作にも取り組んでいます」(江口氏)

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「積彩の作品はよく『CGみたい』と言われますが、単なるCGには見慣れてしまった感覚があって、今では物質の方が珍しいとさえ感じます。CGのように見える表現であっても、その先で触ることができて、匂いを嗅げて、重さもあると理解していれば見え方が変わる。そんな物質のようなCGのような、情報技術が使われた『何か』が立ち上がったときの驚きや、今までの体験や感覚が未知になっていく感覚に、僕はずっと心引かれているのだと思います」(大日方氏)

左から知念司泰氏、大日方氏、江口氏、高盛氏。取材時に不在だった木下里奈氏を加えた5名が積彩のコアメンバーだ。 左から知念司泰氏、大日方氏、江口氏、高盛氏。取材時に不在だった木下里奈氏を加えた5名が積彩のコアメンバーだ。

研究室で実験や議論を重ねた日々の楽しさを、卒業後も継続するために積彩を立ち上げたという大日方氏。取材中も作品を手に取りながら、メンバーと活発に議論する姿が印象的だった。一見するとカオスのようにも見えるアトリエには、何が起こるかわからない、未知を生み出すための空気が漂っている。

3Dプリンターに感じたもったいなさから始まった探索は、マイナスをゼロにするばかりか、構造と色彩の追求、そしてとびきりの好奇心によって、3Dプリント作品のイメージを大きく押し上げた。「3Dプリンターの世界で色やデザインの話ができるようになったことが本当にうれしい」と語る大日方氏の目は、今も変わらず未知なる驚きを見据えている。

お知らせ

積彩として初のギャラリー個展「PLAYFUL COLORS」が開催される。『水色器』や『Peacock Ripples』を含む既存作品のほか、初公開となる新作も展示予定。「3Dプリンターだからこそできる表現を追求していますが、そうした技術は抜きにして、純粋な表現としても見ていただけたらうれしいです」(大日方氏)。

積彩 個展「PLAYFUL COLORS」
会期:2022.06.25(土) - 2022.06.30(木)
会場:YUGEN Gallery
住所:東京都渋谷区渋谷2-12-19 東建インターナショナルビル3F
開館時間ほか、詳細はWebサイトを参照のこと。
https://yugen-gallery.com/ja/exhibition/sekisai-playfulcolors/

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