同人ハードウェアを残していくために —— ビット・トレード・ワンの「マイプロダクトサービス」
個人や小規模なサークルで製造するハードウェアは、企業が扱うものと比較して「同人ハードウェア」と呼ばれる。イベントや通販サイト、あるいは実店舗での委託販売などを通じて、自分のアイデアから生まれた商品が多くの人の手に渡ることには、大きな喜びが伴う。
設計から製造、検品まですべてを行うことは同人ハードウェアの醍醐味でもあるが、一方でそれらを担い続ける敷居の高さもある。最初は楽しくても、販売数が増えるにつれて負担が大きくなり、結果として再生産されることのない商品も少なくないという。
ビット・トレード・ワンの「マイプロダクトサービス」は、そんな同人ハードウェアの課題をくみ、長期的に安定した供給を実現するためのサービスだ。基板設計や自社製品を開発する企業としてのノウハウを活用し、設計者のアイデアを尊重し、経済的な利益も確保しつつ、より多くのユーザーの手に届くようにする取り組みについて伺った。
同人ハードウェアの魅力と課題
同人ハードウェアという言葉に明確な定義はないが、本記事では「企業としてではなく、個人や小規模なサークルとして制作し、何らかの形で販売しているハードウェア」を指すこととする。自作キーボードやガジェットなど種類は多様で、一般的な商品にはない尖った個性やニッチなニーズを満たすものが多い。
同人ハードウェアはコミックマーケットやMaker Faireといったイベント、BOOTHなどのネットショップのほか、「遊舎工房」や「家電のKENちゃん」といった実店舗でも購入できる。歴史を振り返ると、2017年1月に閉店した秋葉原の「三月兎」という店が、同人ハードウェアの発信地になっていた。レトロな音源チップを再現する「GIMIC」や、PC-98x1シリーズの起動音を再現する「PiPo」など、ユニークな同人ハードウェアが集まっていたという。
さて、そんな同人ハードウェアの聖地秋葉原から徒歩数分、神田川を越えた先にビット・トレード・ワンの東京デザイン室がある。業務用の基板設計や独自ハードウェアの開発を行う企業として2010年に創業したビット・トレード・ワン。代表取締役社長を務める阿部行成(あべゆきまさ)氏も、同人ハードウェアには興味を寄せていた。
思いのままに設計する楽しさと、コツコツと製造しなければならない大変さを兼ね備える同人ハードウェア。阿部氏いわく、その負担ゆえに、せっかく魅力ある商品でも、長くは残らない状況があるという。設計と製造のノウハウ、検品やサポート体制まで持つビット・トレード・ワンとして、何か貢献できることはないだろうか。そんな思いから始まったのが、同人ハードウェア製作者の負担を減らし、安定した流通を実現するマイプロダクトサービスだ。
マイプロダクトサービスから生まれた製品たち
マイプロダクトサービスに持ち込まれた同人ハードウェアは、発案者とビット・トレード・ワンが共同で開発や改善をおこなった上で、ビット・トレード・ワンから「マイプロダクト製品」として販売される。マイプロダクト製品の製造と販売、アフターサポートはビット・トレード・ワンが担当し、月に一度、販売量に応じたロイヤリティが開発者に支払われるという仕組みだ。作家と出版社、あるいは歌手とレコード会社のような関係と近いかもしれない。
一般的な委託販売と異なり、品切れ時の補充もビット・トレード・ワンが対応するため、長期的に安定した供給が可能になる。ビット・トレード・ワンが培ったノウハウを活かし、製品化に向けた改善のサポートが手厚く行われることも大きな特徴だ。
これまでに販売された、代表的なマイプロダクト製品を紹介しよう。
USB CABLE CHECKER 2
「USB CABLECHECKER 2」は、USBケーブルの抵抗値や対応規格など、通常では確認できない情報を検証できるツールとして、6000台ほど出荷されている。前身となる「USB CABLE CHECKER」は、作者のあろえ氏が同人ハードウェアとして自作していたものだ。家電のケンちゃんの店頭でコンスタントに売れ続けるヒット商品だったが、売り上げが1000台を超え、個人での製造や在庫管理が負担になり始めたという。そこでビット・トレード・ワンに声がかかり、「2」へのモデルチェンジを共に行い、マイプロダクト製品としての販売に至った。
USB2BT
大手エレクトロニクス企業に勤める個人Makerのそーたメイ氏は、市販のUSBキーボードやマウスなどをBluetooth変換できる「USB2BT」をマイプロダクトサービスで商品化し、2014年からおよそ8年で8000台ほどを売り上げた(アップデート版を含む)。
三月兎の店頭に出された「求む!電子工作Kit!(商業さんでも同人さんでもOKッス!)」というポップを見て、ブレッドボードに刺さった状態のプロトタイプを持ち込んだそーたメイ氏。作品を見た三月兎の担当者からビット・トレード・ワンを紹介され、マイプロダクト製品として制作することが決まったという。基板設計や仕様の精緻化、イメージキャラクターの制作まで広いサポートを受けながら、持ち込みからおよそ半年で製品化された。
Rev-O-mate
「Rev-O-mate」はイラストレーターのJACO氏が発案した、無限回転ダイアルと10個のボタンが一つになったクリエイター向けのPC操作デバイスだ。もともとはJACO氏が個人的に製作していたアイテムだったが、ビット・トレード・ワン側から商品化を提案した。マイプロダクト製品にする過程では、金型費用を集めるためにKickstarterでのファンディングも実施。目標金額を大幅に上回る830万円を集め、現在も国内外で販売されている。
持ち込まれた漫画を連載にする、あるいは街角でモデルをスカウトするように、多くの同人ハードウェアがマイプロダクトサービスによって製品化されてきた。これまでの合計は90種類を超え、今でもコンスタントに増え続けているという。自分のアイデアが商用レベルにブラッシュアップされ、しっかりとしたパッケージで世の中に出回っていくことには、誰しも大きな喜びを感じられるだろう。
慈善事業か、ロングテールの戦略か
作品の持ち込みから製品としてリリースされるまで、マイプロダクトサービスの利用に料金はかからず、タイトな締め切りや売上目標、最低ロット数を定められることもない。開発者に多くのメリットがあるサービスゆえに、周囲から「慈善事業なのか?」と揶揄されることもあったというが、ビット・トレード・ワンはこの取り組みに企業としてのメリットも見いだしている。
「同人ハードウェアの市場は大きくありませんが、製品の特徴が際立っている分、リリースから時間が経っても需要が大きく変わることはありません。発売から何年かが経って『こういうものが欲しい』と思った人がたどり着いたときに、しっかり在庫を確保しておけば、薄く広く、コンスタントに売り続けていくことができます」(阿部氏)。
ニッチな需要を満たしながら、長い時間をかけて売れていく同人ハードウェア。自由度が高い分、何が売れるかの予想は立てづらい。ロングテールの戦略を実現するため、マイプロダクトサービスの間口は広く構えている。
持ち込み時の審査基準は、①最低限のオリジナリティがあること ②動作するプロトタイプがあること ③他者の知財やライセンスを侵害していないこと、の3つが中心だ。必ずしも新作である必要はなく、今は販売していない過去作の持ち込みも歓迎しているという。
同人ハードウェアを未来に残す
ビット・トレード・ワンでは、マイプロダクトサービスという名前がつく前から、個人が制作したハードウェアを製品化する取り組みをおこなっていた。
現在のマイプロダクト製品の先駆けとなる「空気ガイガーカウンタキット」は、阿部氏とPICマイコンの勉強会を通じて知り合った開発者の考案品。東日本大震災の直後でガイガーカウンタの需要があったため、ビット・トレード・ワンでの製作販売と売上に応じたペイバックの仕組みを提案すると、お互いの得意なところで協力しようと理解を示してくれたという。
その後も知り合いの紹介を通じたり、ハムフェアやMaker Faire、ニコニコ超会議などに足を運んで声をかけたりしながら、同人ハードウェアの製品化に取り組んでいく。事例が増えてきたことを受け、マイプロダクトサービスと銘打ち、2015年1月に正式リリースした。
技術系の雑誌や書籍と連携した企画では、誌面で製作したものをマイプロダクト製品にする取り組みを継続的に実施。読者は別売り付録のような感覚で作品を購入でき、ライターとしては記事の原稿料に加え、マイプロダクトとしての収益も見込めるので喜ばれたそうだ。
ビット・トレード・ワンがマイプロダクトサービスを続ける理由は、先のロングテール戦略のほかに、製作者の負担によって、多くの同人ハードウエアが短命で終わってしまうことにもあるという。
「Webサイトで同人ハードウェアを探してみると、多くのものが売り切れになっています。大体のものが最初にまとめて作って、何度か補充をして、あとはそのまま……というパターンなのではないでしょうか。やはり、新しいものを開発する楽しみと、製造や販売、サポートなど決まりきったことを続けることの間には、大きな差があるのだと思います」(阿部氏)。
開発設計のフェーズが終わると、単純作業の繰り返しが増えていく。楽しさと大変さの分水嶺に立たされたとき、個人では生産を諦めてしまうかもしれないが、マイプロダクトサービスを利用すれば、その負担から解放され、魅力ある同人ハードウェアを後に残していける。企業としての製品化は、アーカイブを残すことにもつながっているのだ。
自分のアイデアが製品になる喜びを
「ものを作って、世の中に出したいという気持ちは誰でも一緒だと思います」と語る阿部氏。
自身が講師を務めるサレジオ工業高等専門学校の学生が開発したロボットキットをビット・トレード・ワンから製品化しているのも、学生のうちからそうした喜びを感じてもらうためだ。
ただ一つのものを作る行為から、少量〜中量の生産への移行をサポートするために、マイプロダクトサービスの利用者には「BTOマイプロダクトサービスのしおり」が提供されている。製品自体に関するデータから、製造のための指示書、説明書や販売ページで必要なドキュメントなどが記され、製品化に至る具体的なイメージが湧くものになっている。
「自分の作ったものを世に出すのは勇気が必要ですが、その分大きな満足感もあると思います。ものづくりが好きな方は、ぜひ相談してください」と語る阿部氏。現在はものづくり系の企業に勤めながらも、思うように製品の開発ができないエンジニアの利用が多いそうだが、誰にでも門戸は開かれている。ともすれば刹那的な存在になってしまう同人ハードウェアの、その先を歩む一つの選択肢として、マイプロダクトサービスの存在は心強いものになりそうだ。