新しいものづくりがわかるメディア

RSS


ワイヤレス給電で世界一を目指すB&PLUS

モビリティ、工場、医療、海洋など幅広いシーンで活用が広がる「ワイヤレス給電」の現在と未来

遠出する際にはかばんにPC用、スマートフォン用、カメラ用それぞれの充電アダプタとケーブルを入れて出かける。そしてその度に、私たちの暮らしが電気に強く依存していることを再認識する。しかし近年、無線で電気を供給する「ワイヤレス給電」がさまざまな場面で用いられるようになった。ケーブルなしで充電できるスマートフォンが増え、ワイヤレス給電が身近になった人も多いのではないだろうか。

このワイヤレス給電に40年近く前から取り組んでいるビー・アンド・プラスの亀田篤志社長に、ワイヤレス給電を実現する仕組みや、私たちの暮らしや社会をどのように変え、価値をもたらすのかを聞いた。(撮影:加藤タケトシ)

ワイヤレス給電は私たちの暮らしをどう変える?

ビー・アンド・プラスは、埼玉県比企郡小川町に本社を置く従業員数90名ほどの会社だ。今回の取材では、大宮にある同社のWPT(Wireless Power Technology)応用技術センターを訪ねた。通された部屋の壁際にはさまざまなワイヤレス給電の製品や試作品が並べられており、さながらワイヤレス給電のショールームだ。

photo

この記事の一番上にある写真、テーブルの上にあるグラスや円錐型のライトなどが光っているのが分かるだろうか。実はこのテーブルの天板部分には送電のためのコイルが仕込まれていて、テーブルに載せたものへワイヤレスで給電しているのだ。

他にも、ビー・アンド・プラスのYouTubeでは家庭でのワイヤレス給電のさまざまな活用例を紹介している。

「ちょっと未来のワイヤレス給電のある生活」を提案
心つながるワイヤレス(魔法のステッキ篇)

モビリティ領域への活用が広がる

現在、ビー・アンド・プラスは「ワイヤレス給電で世界一」という目標を掲げている。ワイヤレス給電をどうやって社会に生かすかを独自に企画するほか、幅広い業界の企業/団体から寄せられる「ワイヤレス給電でこんなことができないか?」といった引き合いに対して技術/製品開発で応えており、それら数々の導入事例は、同社のWebサイトで公開されている。

中でもいま実用化が進んでいるのが、電動アシスト自転車や電動キックボードなどのモビリティの領域だ。これらのモビリティは個人所有も広がっているが、シェアサービスとしても世界中で導入が進んでいる。自転車やキックボードを駐車してあるポートが街中に数多く設置され、好きなポートで借りて行き先に近いポートへ返却できる手軽さが人気で注目されているサービスだ。

ただ、シェアサービスの電動モビリティは、常に使えるようにバッテリーに充電しておかなければならない。そのため従来は、バッテリーの交換業者が車でポートを巡回してバッテリーを交換したり、自転車やキックボードを回収してまとめて充電した後ポートに再配置したりする手間とコストが生じていた。

ビー・アンド・プラスが開発した電動モビリティ向けのワイヤレス給電システムでは、自転車やキックボードをポートの所定のラックに置くだけで、備え付けられた送電部から乗り物側の受電部へワイヤレスでの充電が可能になる。屋外にあるポートは雨で濡れることもあるが、ビー・アンド・プラスのシステムは非接触なので漏電などの心配もない。

さらに、太陽光パネルと蓄電池をポートに併設することで、電源に自然エネルギーを活用する方法を採用するケースも増えてきている。バッテリー回収/交換が不要になることと合わせて、CO2削減にも貢献する取り組みだ。

こうしたことが可能になれば、電気自動車(EV)の充電にもワイヤレス給電を適用することも考えられる。すでに車庫や駐車場の地面にコイルを埋め込んで、ワイヤレスで充電を可能にするシステムの開発を進めている企業もある。

研究分野では、大学と企業が連携して走行中ワイヤレス充電の研究/実証実験を進めているケースも見受けられる。道路に送電設備を埋め込んで、走りながらどこでも給電できるようにしようという構想だ。

ただ、「特区」的に地域を限定して走行中ワイヤレス充電のための設備を敷設することは可能かもしれないが、そのための工事にかかるコストは膨大で環境負荷も大きい。企業が投資の一環として未来都市のようなものをつくるのは自由でも、国費を使って行うことについて亀田氏は否定的だ。

「1人1台クルマを持つ世界を実現しようとするよりも、シェアリングサービスの活用をもっと広げたほうがいい。ちょっとした移動はキックボードや自転車を使い、もう少し遠出する場合はシェアサービスのEVを使う。観光スポットなど要所に充電設備を置いておけば、今よりも少ない電池容量で十分だと思います。そうするとEVの電池が小型化できて、充電時間も短くなる」と、亀田氏はシェアリングサービスの可能性を評価している。

水中や人体内部のデバイスへの給電も可能に

ワイヤレス給電の強みが発揮されるのは、給電のための接点を作るのが難しい場所にある機器に電気を伝送する場合だ。

その代表的なケースに、水中での給電がある。従来は、海中や海底にある設備の蓄電池に充電しようとすると非常に高価なケーブルが必要になり、またそれを海中で接続する工事はかなり大掛かりなものにならざるを得なかった。

2020年、海洋研究開発機構(JAMSTEC)が行う次世代海洋資源調査技術開発プロジェクトにおいてビー・アンド・プラスのワイヤレス給電技術が採用された。このプロジェクトは日本の海底に眠る新たな鉱物資源の調査のための技術開発を目指すもので、資源探査のための海中ロボットや環境影響評価のための装置の開発/実証を進めている。

「これらロボットや装置にはバッテリーを搭載していますが、水中で物理的な接点を作って充電することは難しい。そこで、送電するための電池を積んだドローンを海底1600mまで降ろしてワイヤレスで給電を行い、情報をやり取りして海上へ戻って来させる実証実験を行いました」

水中へのワイヤレス給電のサンプル。水槽上部のコイルに通電すると、水中にある金魚のおもちゃにワイヤレスで電気を送る。 水中へのワイヤレス給電のサンプル。水槽上部のコイルに通電すると、水中にある金魚のおもちゃにワイヤレスで電気を送る。

接点を作ることが難しい場所は他にもある。人の体内だ。

がんの治療法の1つに「光免疫療法」という、光でがん細胞を破壊する治療法がある。がん細胞のみに付着する、光に反応する薬剤を投与した後、その薬剤に光(近赤外線)を照射することで、薬剤が光に反応してがん細胞だけを破壊するものだ。アメリカの国立衛生研究所(NIH)の主任研究員として活動し、2022年4月に関西医科大学光免疫医学研究所の所長に就任した小林久隆氏が開発した治療法で、2020年9月に世界で初めて日本で承認され、2021年1月には保険適用対象となっている。

この光免疫療法において、光の照射方法の1つとしてビー・アンド・プラスのワイヤレス給電を用いた実験が北海道大学と共同で行われたという。

体内に入れるため、いかに小さくするかが課題だった。

これ以外にも、体内に埋め込む医療機器はさまざまなものがあるが、従来は電池を使うタイプのものは定期的な電池交換が必要で、その度にリスクがあった。そのような医療機器にも、ワイヤレス給電なら体を傷つけることなく充電できるようになる。

「医療分野でのワイヤレス給電の活用には、特に大きな関心を持っています。私たちの技術で人が健康になる可能性を少しでも高めることや、医療の進歩に貢献することはとても意義深い」と、亀田氏は医療分野への取り組みに意欲的だ。

ワイヤレス給電はどのような仕組みで実現しているのか

こうしたワイヤレス給電は、どのような仕組みで実現しているのか、簡単におさらいしておこう。

「ワイヤレス給電には大きく分けて3つの方式があります。電磁誘導方式、電界結合方式、マイクロ波方式の3つです」

小学校の理科の時間に、電磁石を作る実験をした記憶があるのではないだろうか。エナメル線をぐるぐる巻いてコイルを作り、そこに釘などの鉄心を入れて電流を流すと磁石になる実験だ。あれは、コイルに電流を流すとその周囲に磁界が発生する「右ねじの法則」を利用したものだ。

電磁誘導方式のワイヤレス給電も、この原理を使う。コイルAに電流を流して発生した磁界をもう1つの別のコイルBが通過すると、コイルAの周りに発生した磁界を受けてコイルBに誘導電流が流れる。このとき、コイルBはコイルAに接触することはない。こうして電気を伝送するのが、電磁誘導方式だ。スマートフォンのワイヤレス充電で使われているQi(チー)という規格もこの方式だ。

送電コイルに電流を流すと磁界が発生。その磁界を受電側コイルが受けて誘導電流が流れる。基本的にコイルが大きいほど電力は大きく遠くまで飛ばせる。 送電コイルに電流を流すと磁界が発生。その磁界を受電側コイルが受けて誘導電流が流れる。基本的にコイルが大きいほど電力は大きく遠くまで飛ばせる。

電界結合方式は、コンデンサーと同じ原理を使う方式だ。絶縁層(空気)を挟んだ送電側と受電側の電極に高周波の電流を流し、電極同士が近づいた際に電界を介して電力を伝送する。

マイクロ波方式は、電波受電方式とも呼ばれる。電流を電磁波に変換して電力を伝送し、受電側で電磁波から微弱な電力をうまく受け取って使う方式だ。距離が離れていても伝送できるのが特徴だが、取れる電力がmW単位と非常に小さい。伝送効率やアンテナの大きさなどに課題がありまだ実用的ではないが、近年研究が進んでいる分野だ。

「現在、この3つの中では電磁誘導方式が主流です。当社では電磁誘導も電界結合もマイクロ波も全部やっています。大学で複数の研究室がそれぞれ別の方式を研究しているところはありますが、1つの企業で全部の方式にトライしているのは、日本では恐らく当社だけでしょう」と亀田氏は自負を覗かせる。

photo

当初は工業用途向けにワイヤレス給電の開発を始めた

「当社の創業は1980年で、1984年にワイヤレス給電をスタートしましたから、もう40年近くやっています」と亀田氏は話す。

ビー・アンド・プラスはドイツのセンサーメーカーBALLUFFとの共同出資により「日本バルーフ」として創業。近年まで「ファクトリーオートメーションのセンサー会社」という打ち出しだった。

今も昔も、工場は電子機器の発展による自動化/省人化を目指す世界だ。工場の自動化が進むと、同時に機械とセンサーをつなぐコネクターの箇所が増える。コネクターは抜き差しを何万回と繰り返すうちにピンが折れたり、電気的接点に酸化皮膜ができて通電しにくくなったりして、接点でのトラブルが増えてくる。

実際に顧客から「接触式のコネクターだとトラブルが多いので非接触のコネクターのようなものできないか?」という要望を受け、電磁誘導を用いた近接センサーを開発していたことから、同じ電磁誘導の原理を用いるワイヤレス給電の開発をスタートしたのだった。

「特に自動車の工場では、ラインに水や油があるため、むき出しの電極に水や油がかかったり、そこに埃が付着して詰まったりすることが多い。だから、近づけるだけでよいワイヤレス給電は、自動車メーカーさんでは昔からよく使っていただいています」

物理的な接点があることで生じるトラブルにかかるコストと、作業改善、品質の安定、省人化などのメリットを勘案すると、無接点で、近づけるだけで電気を送れるワイヤレス給電のニーズは製造業の現場において非常に高い。

取り組み始めた頃のワイヤレス給電は、センサー1個を動かすためだけの電気を送れれば十分だったため、1Wにも満たない非常に小電力で、センサーからの信号も同時に送っていた。しかし導入が進むと、顧客から「もっと大きい電力が欲しい」「こういう機能が欲しい」という要望が出てきて、それらに対応するうちに送る電力も増大し、ワイヤレス給電の製品の幅も広がっていった。最近では工場内を動き回る無人搬送車(AGV)の導入が増えるのに伴って、AGVへのワイヤレス充電に関する引き合いも多いそうだ。

電気は目に見えないが、AGVなど機械の動きにセリフを付けることで、どこでどのようにワイヤレス給電が行われているのかを分かりやすく説明している。

リーンスタートアップで着実に前へ進める

亀田氏は、北海道大学大学院量子集積エレクトロニクス研究センターで修士課程を修めた後、デンソーへ就職する。2年勤務した後、トヨタ自動車へ出向。そこで2年経った頃、転機を迎えた。

もともと起業志向があった亀田氏だが、ワイヤレス給電自体が「世の中でできなかったことを実現する技術」であり、すでに築かれた土台の上で世界を変えていくことも大きな挑戦だと考え、2007年に父親が創業したビー・アンド・プラスへ入社する。2015年には代表取締役社長に就任した。その頃、ワイヤレス給電は工業用の分野でじわじわ広がっていたが、社長に就任を機に工業以外の分野も含めて広くワイヤレス給電で世界一を打ち出した形だ。

「当社はいま、『リーンスタートアップ』に力を注いでいます」と亀田氏は話す。

リーンスタートアップはソフトウェアやWebサービスなどの開発ではよく使われる手法で、必要最小限の機能に抑えた試作品(MVP=Minimum Viable Product)の開発を短期間で繰り返しながら、よりよいプロダクトを探るものだ。

ビー・アンド・プラスでは、それをハードウェアの開発に取り入れている。ワイヤレス給電のような新しい技術は試行錯誤を積み重ねて構築するものであるためだ。

photo

「ワイヤレス給電は、『理想』と『現実的にすぐできる解』が違うことが多いんです。例えば、お客さんの要望を全て満たすと想定したサイズに収まらないこともよくあります。理想と現実の間の溝を埋めつつ、良い着地点にしていくのが難しいところです。お客さんの要望をそのままは実現できなくても、求めるものに近いメリット、付加価値をどうやって入れるかがポイントです」

このやり方を2015年から続け、累計で300社近く、500件以上の案件を進めてきた。先に紹介した、電動モビリティ向けや海底でのワイヤレス給電などの事例もこの中に含まれる。

「当社は開発やあらゆるレスポンスが、他のメーカーさんよりも早い自信があります。何かを開発検討しようとなったら普通は簡単なものでも数カ月見積もるところを、うちは数週間、早いものでは1〜2週間でやります」

そうすると目に見える進捗が生まれるため、顧客側の担当者も依頼しやすいのだそうだ。

「技術的には、これまでたくさんの製品を開発しているため試作に流用できる開発資源が数多くあること、それから技術者が経験豊富なため対応力が高いことがあると思います。また、組織がコンパクトなので、何かあればすぐ相談してその場で判断できるのも大きいでしょう。仕事って溜めるとどんどん詰まるので、さっさと手放していくほうがよいとみんなが知っている」と、亀田氏はその開発スピードの理由を説明した。

リーンスタートアップの取り組みについて、顧客の声を交えて詳しく紹介している。

工業分野“以外”へワイヤレス給電を広げるために

ビー・アンド・プラスでは、YouTubeでの情報発信も熱心に行っている。一番古いものは2011年にアップされた動画だが、「ワイヤレス給電で世界一」を打ち出した2015年以降は更新が活発化。特にここ1年の動画は、楽しみながらワイヤレス給電について理解を深められる動画が増えてきた。

「以前は技術そのものに関する発信が多かったんです。でもそれは工業向けには通じても、それ以上には広がらない。世界一になろう、工業以外にもワイヤレス給電を広げていこうとしたら、発信の仕方を変えなければと考えました」と亀田氏は話す。

工業以外の人、技術に詳しくない人でも、ワイヤレス給電によって何ができるようになり、何が良くなるのかをイメージしやすい発信にしよう──そう考えて作られた動画の一部が、冒頭で紹介した家庭でのワイヤレス給電を提案する動画だ。

以前は、工業以外の業界の引き合いは断っていたそうだ。しかし、「ワイヤレス給電で世界一」を目指す方針を打ち出してからは、全てのワイヤレス給電に対応することに決めた。対象を広げて新しいテーマで事例を発信していくと、そのテーマの引き合いが増える。それに対応していくと、ビー・アンド・プラスとしてできることが広がっていく。技術開発と発信の両輪が、好循環を生んでいる。

「大学の先生や大企業は壮大な未来のビジョンを掲げますが、私は『未来はみんながつくっていくもの』だと考えています。だから当社は、いろいろなワイヤレス給電に取り組んで、とにかくものを作って、価値を体験してもらって、より良い未来をみんなに共有していくことを大事にしていきたい」と亀田氏は話す。

ワイヤレス給電によって、不便だったものが便利になる、できなかったことができるようになる、世の中に無かったものが新しく生まれる。世界を大きく変え得る技術への注目はますます高まっていくだろう。もしかしたら、あなたのアイデアが未来を形作る1ピースになるかもしれない。

手作り感あふれる動画が魅力。

おすすめ記事

 

コメント

ニュース

編集部のおすすめ

連載・シリーズ

注目のキーワード

もっと見る