毛管力で水を吸い上げ「色」で水やりのタイミングを知らせる「SUSTEE」ができるまで
「水やり3年」という言葉がある。植物を枯らさないよう正しく水をあげられるようになるには少なくとも3年の月日がかかる、それくらい水やりは難しいという意味だ。園芸農家や生花店の人でさえ、見た目だけでは植物の“空腹度”の見極めは難しい。個人が趣味で始めた園芸を諦めてしまう要因となるケースも多い。水やりチェッカー「SUSTEE」を使えば、どんな人でも、3年待たずに適切なタイミングで植物に水をあげられるようになる。飛行機のパイロットを辞めて起業した、キャビノチェ代表取締役 折原龍(おりはら りょう)氏に、SUSTEEの仕組みや製品開発の経緯を伺った。(撮影:加藤タケトシ)
電池不要、土に挿すだけの「水やりチェッカー」
植物を育てたことがある人なら、水やりのタイミングを間違えて根腐れを起こしたり枯らしたりしてしまったことが一度はあるのではないだろうか。そうならないためのツールとして土壌水分計というものがあり、土の中の水分量を表示したり、根が土中の水分を吸う力「pF値」を示したりしてくれる。ただ、いずれの指標にしても、どの値の時に水をあげるべきかを知らなければ、適切に水やりができない。
それに対して、キャビノチェが開発した「SUSTEE(サスティー)」は、植物の近くの土に挿しておくだけで、水やりをするタイミングになったら「色の変化」で示してくれる。インジケーターの色が青い時は水をやらなくて大丈夫。白くなったら水をあげる。たったそれだけのシンプルなツールだ。
このような機能を、どのように実現しているのだろうか。
SUSTEEも、指標としてはpF値を使っている。pF値とは、本来土が毛管力によって水を引きつける力を表す値だ。植物側から見ると、根が土に含まれている水を奪おうとする力ともいえる。土の中に水が十分含まれている時はpF値が0に近くなり、植物が力をあまり使わずとも水を吸うことができる状態を表す。しかし土中の水分が少なくなってくると、pF値は高くなる。これは、植物がより強い吸水力を発揮しなければならない状態であることを意味する。
「pF値が1.7〜2.3の範囲は『有効水分域』と呼ばれていて、植物が植わっている土中の水分がこの有効水分域の状態にあれば、“どの植物も”根腐れしたり水が足りなくて枯れたりすることはありません」と折原氏は話す。
植物がしおれかけてから水をやるのでは遅い
SUSTEEは、土から水を吸い上げる「芯材」と「外装」の大きく2つの部分からなる。芯材は、自然由来の繊維をより合わせた不織布と、インジケーター部分に当たる色の変わるシート、それを保護するストロー状のカバー、3つのパーツで構成される。外装はポリカーボネート製で、土に挿す一番長いパーツと、その先端にあるキャップ、インジケーター部分の透明なパーツ、上部のキャップ、4つのパーツからできている。
外装の下部、土に埋まる部分に穴(吸水口)が開いており、ここから水を吸収する。植物に水をあげると、吸い上げられた水がインジケーター部分にまで達し、そこに巻かれている特殊なインクを使ったシートが水分に反応して色が青く変わる。時間が経ち、土中の水分がなくなってくるとシートの色が白くなり、水やりのタイミングであることを教えてくれる。使い方はとてもシンプルだ。
「SUSTEEの構造は、植物と同じなんです。植物は根から水を吸い、毛細管現象によって水を吸い上げる力(毛管力)を使って茎や葉へ水を行き渡らせ、葉から水を蒸散します。SUSTEEは根の代わりに吸水口から水を吸収して、芯材の毛管力で上部まで水を吸い上げます。そして葉の代わりに上部にある2つの穴(蒸散口)から蒸散します」
ただ、ここで1つ疑問が湧く。「どの植物にも使える」という点だ。植物によって必要な水分量が違ったり、乾きに耐えられる期間が違ったりして、水やりのタイミングも違うのではないだろうか。
「よく言われますが、それは誤解です。生花店の方でもそう思っている人が多いのですが、水をあげるべきタイミングが植物によって違うという認識そのものが“勘違い”なのです」
なぜそのような“勘違い”が生まれるのか。折原氏は、「多くの人は、葉がしおれ始めたら水をあげるものと思っているから」だと話す。その状態は、人間にたとえるとすでに脱水症状が起こった状態で、有効水分域の範囲外に当たる。専門的には「初期しおれ点」と呼ばれ、この状態で水をやり続けると植物にダメージが蓄積されてしまうのだという。
有効水分域とは、人間でいうと少しお腹が減った程度の、空腹でも満腹でもない状態だ。このタイミングで水をあげ続ければ植物にダメージはなく、健康が保たれる。つまり、「空腹でもう耐えられない」という状態になる初期しおれ点は確かに植物によって異なるが、水をあげるのに適切な状態は、pF値が1.7〜2.3の範囲に“どの植物も”収まっており、それが有効水分域と定義されているということなのだ。
デジタルデバイスの構想を捨て、アナログな製品へ舵を切る
SUSTEEの「水やりに適したタイミングを色で示してくれる」という極めてシンプルな機能を実現した裏側には、自然物である植物と同じ構造のものを人工的につくるという極めて難しい開発過程があった。
実は当初、折原氏も従来のようなセンサーを用いた水分計をつくるつもりでいた。スマートフォンアプリと連動させて、水やりが必要な時に通知が来るようなものがあれば便利だろう、そんな考えだった。
「でも、リサーチで園芸が好きな人や日常的に植物を育てている人に話を聞くと、『アプリは嫌だ』と。拒絶反応がすごく強かったんです。とにかく『手軽に』『挿したら終わり』くらいのものであれば使いたいという意見がとても多かった」
いわゆるガジェット好きな人やIoTに関心がある人からすると、スマホアプリと連動するのは当然のように行き着くアイデアに思える。でも、園芸を趣味とする60代、70代といった年齢層の人たちにとってはハードルが高いのだ。加えて、電気を使うデジタルデバイスにはデメリットもあった。
「センサーを使うやり方のほうが、すでにモジュールが販売されているので設計はしやすいです。微妙な調整もプログラムでできますし。でも、センサー部分を定期的に拭き取りしないといけないとか、LEDで水やりのタイミングを知らせるものだと直射日光が当たって見えないという弱点もあることが分かってきました。また、電池に水が掛かってショートしたり液漏れしたりする可能性もあります」
そこで折原氏は当初のアイデアをきっぱりと捨てて、現在のSUSTEEに至るアナログな製品へ方向転換した。
水を吸い上げる「芯材」開発に苦心する
そこからの道のりは困難の連続だった。折原氏がある研究機関の人に「こういう機能性のものを作りたいと思っている」と話すと、「変数が多過ぎて何年かかるか分からない」と言われたほどだ。
例えば「土」とひと口に言ってもありとあらゆるタイプの土がある。植物も種類によって一つ一つ特性が異なる。土壌菌と呼ばれる微生物は200万種類以上いて、素材に影響を及ぼす。それら全てに対応する必要はないにしても、計算で答えを出そうとすること自体が難しい。
しかし、どうにかして手がかりをつかもうと、折原氏はまず芯材になりそうな素材をいろいろと集めてみた。たこ糸やガーゼなど綿製品、いろいろな種類の化学繊維、アルパカの毛なども取り寄せた。狙いは、「ちょうどpF値が有効水分域の時にインジケーターの色が白くなるように水を吸い上げる芯材」を探し当てることだ。
また、SUSTEEは繊維の毛細管現象を利用するため、繊維の密度によっても水の吸い上げ方が変わってくる。さらに、土の中には枯草菌など繊維を分解する微生物がいるため防腐処理を施す必要があるが、この防腐処理の度合いによっては適度に水を吸い上げなくなる。また、防腐剤を纏着(てんちゃく)するための結着剤であるバインダーの量によっても結果が変わってしまう。
「素材」とその「密度」「防腐剤の濃度」「バインダーの量」を変数とした無数の組み合わせの中で、どのパターンなら有効水分域で色が変わるようになるのか、かつ枯草菌に分解されずに長持ちするのか。データを取るために、細いチューブ状のABS樹脂を買ってきて中にさまざまな繊維を入れ、土に挿して実験していった。
さらに、外装側でも調整が必要なものがあった。土に挿す部分にある吸水口と、インジケーター付近にある水を蒸散させるための2つの穴の面積だ。この面積が大き過ぎたり小さ過ぎたりすると、ちょうど有効水分域の範囲で色が変わらなくなってしまうのだ。
加えて、製品化に当たって芯材にある程度硬さを持たせる必要もあった。製造過程において細長い外装に芯材を差し込む際、柔らかいと上手く入っていかないからだ。試しに洗濯糊を使って固めてみたものの、吸水性が阻害されることが分かり、最終的には芯材を水だけでより合わせることにした。
「複数の変数が複雑にトレードオフの関係になっていて、一つ調整すると上手くいっていたものがダメになる。機能性、耐久性、生産効率のせめぎ合いの中で開発を進めました」と折原氏は振り返る。
気が遠くなるような実験を年単位で繰り返した末に、SUSTEEの機能を実現するための素材と加工方法、構造を導き出した。これらのノウハウは全て特許を取得している(特許番号:5692826)。芯材はその後も改良を重ねており、いま出荷しているものは第6世代に当たる。開発は第9世代まで進んでいるそうだ。
ポリカーボネートによる長物の一体成形
製品化に向けて、高いハードルがもう一つあった。それは、外装の成型だ。外装は素材にポリカーボネートを用いている。ある程度の硬い土にも挿すことができる強度と、暑さや寒さ、紫外線への耐久性を求めての選択だ。しかし、ポリカーボネートは粘性が高いため、SUSTEEのような細長い棒状のもの、しかも芯材が入るように中空にして一体成形することが非常に難しかったのだ。
折原氏は半年くらいかけて関東中の工場を訪ねて回り、この加工ができるところを探したが、ことごとく「この長さの加工は無理」と断られてしまった。そんな中、たまたま訪れた会社の担当者が植物好きな人で、社長にかけ合ってくれた。
「社長にお会いしたら、『折原くん、ここの工場はどうだった?』と聞かれたので、『この工場はこういう理由で技術的に難しいと言われてしまいました』と経緯を説明しました。同じ質問をいくつかの工場について聞かれ、一つ一つ断られた経緯を答えると、『君は十分回ったね。いいよ、うちでやってあげる』と言われ、加工を引き受けてもらうことができました」
その会社は創業から50年以上にわたり、ボールペンなどのパーツなどを製造してきた実績のある会社だ。そんな会社ですら、金型を見た現場社員が「どうして引き受けたんですか!」と社長に詰め寄るほど一筋縄で行かなかったそうだが、4カ月ほどかけてポリカーボネートの一体成形に成功する。
完成したSUSTEEは、2014年2月に東京で開催された「世界らん展」で初めて販売され、世界にデビューした。
プロダクトデザイナーの中林鉄太郎氏がデザインしたSUSTEEは、世界的なデザインアワードであるレッド・ドット・デザイン賞を2014年に受賞、続いて2015年にはグッドデザイン賞も受賞している。その審査の過程では、美しいデザインとともにポリカーボネートで一体成形した技術が高く評価された。
起業する前は飛行機のパイロットだった
キャビノチェの創業は2013年年7月。それ以前、折原氏は飛行機のパイロットだった。子どもの頃からパイロットに憧れていた──そんなストーリーを想像してしまいそうだが、折原氏の場合はそうではなく、大学を出て就職のタイミングで「サラリーマンではないものになりたい」という思いから、パイロットとして就職した。
しかし、実際になってみると訓練は非常に厳しいもので、管制塔からの英語での指示、複雑で膨大な手順を1つとして間違えられないことの精神的なプレッシャーも大きかった。
「飛行機が心から好きな人っているんですよね。飛行機を見ているだけでも楽しいし、触っているだけでうれしいという。そういう人にとって訓練は苦ではない。僕も飛行機は好きですけど、そこまでではありませんでした。将来、10年、20年とこの仕事を続けられるだろうかと自問した時、もっと自分に向いていること、楽しめることがあるのではないかと考え、別のキャリアを模索しました」
そうしてたどり着いたのが、「プロダクトデザイン」と「植物」という2つのキーワードだった。
「小さい頃からものづくりが好きで、中学生の頃にはぼんやりと『プロダクトデザイナーになりたい』と思っていました。ただ、どうすればなれるのかは分からなかったし、絶対なるぞという心持ちでもなかった」
そうやって自分の生きる意味や将来に思い悩んでいた折原氏は、ストレスから過呼吸になってしまった。その時にかかった医者に、「気晴らしになるような趣味を見つけなさい」と言われたのだそうだ。
「祖父が梨農家で畑を持っていたので、その一角を借りてハーブを育て始めました。もっと小さい頃は大阪に住んでいたのですが、神戸にある布引ハーブ園でシナモンの表皮を拾ったのが、ハーブに興味を持ったきっかけです」
ハーブの栽培は中学生にしては本格的で、多いときは数十種類、自分1人では使い切れないほどのハーブを育てるようになった。しかし、冬の寒さを逃れるためにハーブを畑から鉢に植え替えて室内で育てていた時に、水をやり過ぎて枯らしてしまうことがあった。その時の「どうして枯らしてしまったんだろう」という思いが、SUSTEEという製品へとつながっている。
世界共通の悩みを解消、植物を育てる楽しさを広げる
SUSTEEは、S/M/Lの3種類、カラーバリエーションはグリーンとホワイトの2種類を用意している。また、芯材は防腐処理をしているとはいえ6〜9カ月ほどで色が変わらなくなってしまうため、交換(リフィル)用に、芯材のみの販売もしている。
海外にも展開しており、販売実績のある国/地域は35以上になる。これまで累計300万本以上を販売し、2021年の1年間では約120万本売れた。2014年の発売当初は、Lサイズを1本1500円で販売していたが、数が出るようになった現在は600円ほどにまで価格を下げて提供している。
SUSTEEはプロの栽培農家にも使われているが、中心となるのは個人ユーザーだ。これまで、一般的に園芸を趣味とする年齢層は40代後半以上が中心だといわれてきた。しかしコロナ禍以降、自宅で過ごす時間が長くなったことにより観葉植物への関心が高まっているそうだ。特に若い人たちの間で人気が広がっており、「今までの園芸の世界とは違うところでムーブメントが起き始めている」と折原氏は話す。
開発を始めた頃はデジタルデバイスを志向していたが、「スマホアプリなんか使いたくない」と言われてアナログな製品に方向転換した。
「その時はやはりショックでしたが、同時に『使う人を選ぶ』製品はよくないなとも思いました。子どもから80歳、90歳の方まで、専門的な知識がなくても使える、国を超えて広く愛される製品のほうがいい」
そんな折原氏の思いがSUSTEEという製品になり、世界中で受け入れられている。