作ることは学ぶこと——タミヤの歴史と「楽しい工作シリーズ」の細く長い関係
赤と青で縁取られた、白い星が二つ並ぶロゴ。ホビーショップなどで見かけるそのマークは、世界的なホビーメーカー/タミヤの象徴だ。1946年、前身となる田宮商事の創業以来、木製模型からプラモデル、RCカーにミニ四駆とヒット商品を世に送り出し続けている。
その傍ら、模型を動かすための核となる「素材」のエッセンスを詰め込んだ「楽しい工作シリーズ」の人気も根強い。初めて工作に触れる子どもや、実験に利用する学生、あるいはものづくりに打ち込むメイカーたちの好奇心をくすぐり、表現力を発揮するために欠かせない存在だ。
近年のSTEAM教育やプログラミング教育のニーズにも呼応し、ロボットスクールも手がけているタミヤだが、その歴史を振り返ると、ものを作って学び、好奇心の探求を支援する姿勢は通底している。静岡県静岡市のタミヤ本社にて、会社が歩んだ歴史と楽しい工作シリーズの足取りについて伺った。
木材産業からプラモデルの聖地となった静岡で
静岡県静岡市。今や日本のプラモデル出荷額の92%を占める(※)と言われるこの街で、1946年にタミヤは産声を上げた。良質な国産材の採れる土地柄を生かし、材木商としてスタートした会社は、その端材を用いて模型制作に取り組み始める。そこからの躍進ぶり、社会現象とも呼べるようなミニ四駆のブームなどは、読者の知る通りだ。
ミニ四駆やスケールモデルといった花形製品の一方で、「自分たちの手で何かを作り制御したい」と思うホビーイストやメイカーたちにとっては、タミヤの楽しい工作シリーズも印象的な存在だ。電池を入れれば歩き出す簡易なキット、マイコンと組み合わせて制御可能なプログラミングロボットから、プラバンやユニバーサルアーム、ギヤボックスといった要素部品まで、そのラインアップは幅広く、あらゆる工作の心強い味方となっている。
私たちの心をくすぐる数々のアイテムは、どのように生み出され、発展してきたのだろう。楽しい工作シリーズの企画運営に携わる石崎隆行氏に話を伺うと、その中身を振り返るためには、タミヤという会社の歴史からひもとく必要があることがわかってきた。
憧れを実現するタミヤの模型
まずはこちらを、と案内してもらったのは本社1階にあるミュージアム「タミヤ歴史館」。タミヤの創業時から現在に至るまでの製品群や、海外の模型コンテストでの入賞作、ファンからの貴重な寄贈品などが並ぶ。ファンにはたまらない、いやファンならずとも心躍る空間だ。平日には一般開放されており、ツーリングの目的地として訪れる客もいるという。
タミヤの前身である田宮商事の創業は1946年。木曽材の集散地であった土地柄を生かし、建築材の加工販売を行っていた。そして製材時に出る端材を模型メーカーに卸すうち、自社でも工作用の模型を製造するようになったのである。本立てや貯金箱などから始まったラインアップは、戦後間もない時代背景もあり戦車などへと展開していく。
当時の木製模型は、箱を開けると大まかに削られた部品や木片が入っているようなもの。子どもたちは見本のイラストや大雑把な組み立て書を見ながら、ノミや小刀、やすりや接着剤を使って一つずつ組み立て、最後は色を塗って各々のこだわりを発揮していた。船首のディテールにもこだわったタミヤの戦艦模型は、大きな好評を博したという。
そんな木製模型の風向きはしかし、海外からプラモデルが入ってくることで一変。金型を利用した、精度の高い海外製品の前に経営難を強いられる。そこで現会長兼社長の田宮俊作氏が一念発起し、ゼロから不慣れなプラスチック成形や金型製作へと舵を切った。社内での職人養成や人気イラストレーターによる魅力的なパッケージデザインなどを通じて、徐々に高品質なタミヤのプラモデルが世の中に知られていった。
主力となったスケールモデル(対象物を一定の比率で縮小した模型)は戦車や軍艦などのミリタリーシリーズはもちろん、戦後に憧れの対象となったスーパーカーも展開。「子どもの憧れ」は時代の流れと共に変わるが、自身の手で組み立て、想像力を働かせることの魅力は変わらない。
今や日本で「ラジコン」としておなじみの遠隔操縦可能な車両模型も、もともとはガソリン式でエンジン音や排気、油を出しながら進むRC(ラジオコントロール)文化として海外で広まっていたものだ。土地の狭い日本では受け入れられづらいものだったが、タミヤがガソリンではなく電池で動くRCカーの開発に乗り出した。すると、これがF1ブームやテレビ番組「タミヤRCカーグランプリ」とシンクロして、一世を風靡した。
子どもが模型に親しむキットとして、4輪駆動かつスナップ式で製作できる「ミニ四駆」を開発すると、これもまた大きなブームを巻き起こす。小学生でも買える手頃な価格や改造性の高さが関心を呼び、その盛り上がりは「1997年のアルカリ単三乾電池の消費量の15%は、ミニ四駆のものである」とまで言われたほどだ。
RCカーやミニ四駆といった操作や競争を楽しむものの傍らで、より繊細さを求めたスケールモデルの人気も根強い。駆動機構のために多少の誤差を含む動力模型に対し、スケールモデルは静的であるがゆえ、内部まで正確さを追求できている。かつて動く模型に親しんでいた子どもたちが、大人になってから創造力を注ぐ対象として格好の存在だ。一瞬を切り取った情緒あるジオラマ製作などは海外のカルチャーとも親和性が高く、“世界のタミヤ”として広く親しまれるベースになった。
スケールモデル、RCカー、ミニ四駆。これらが今まで続く、タミヤの事業の3本柱だ。自分が幼い頃に触ったラジコンやミニ四駆を、子どもと一緒に楽しむ。あるいは大人になってから、細部までこだわったスケールモデルを堪能する。タミヤは、そんな息の長い付き合いができるメーカーなのだ。
工作のエッセンスが詰まった「楽しい工作シリーズ」
さて、そんな3本柱に比較すると、楽しい工作シリーズは事業の規模も小さく位置付けも特殊だという。工作は市場規模としてくくるには広い概念で、作り手のアプローチもさまざまであることがその主な要因だ。「細く長く続いている分野」と石崎氏が語る、楽しい工作シリーズの歴史をさかのぼってみよう。
ミュージアムの一角には、明確なモチーフのある軍艦や戦車とともに、ショベルカーやクレーン車など汎用的な乗り物も並ぶ。よく見ると、箱には「科学工作教材」の文字が書かれており、こうした模型が教材としての需要を満たしていたことがうかがえる。
「手を動かしてものを作り、その方法や仕組みを知ること」自体が、学びの手段として古くから受け入れられていたのだろう。実際、タミヤの商品は模型専門店だけでなく、学校の前にある文具店のような場所でも販売されていたという。
タミヤが展開する模型の中には、完成品を動かすためのモーターやギヤボックスなども含まれていた。自由に工作をしたい人たちに向け、こうした部品やパーツだけを切り出し、個別に販売するようになったことが楽しい工作シリーズの源流だという。
シリーズの製品として正式に記録されているのは、1971年に発売された「プラバン」で、その後もギヤボックスや電池ボックス、チェーンやプーリーといった工作の「素材」が拡充されていく。何かを模すだけではなく、自分たちのアイデアで新しいものを作りたい、そんな好奇心に応えるためのシリーズなのだ。
木製パーツと駆動部品を組み合わせた「歩くティラノサウルス工作セット」(1993年発売)や「ミニバイク工作セット」(1995年発売)を見てみよう。むき出しのモーターや最低限のディテールからは、模型としての精度よりも、動く仕組みの理解や改造の余地を重視していることが見て取れる。
時代が進み、プラスチック製品が主流になっても、そのスタイルは変わらない。リモコン操作で移動しながらパンチを繰り出す「2チャンネル リモコン・ボクシングファイター対戦セット」(2003年発売)は、クリアボディで中の機構がよく見えるようになっている。ロッドの位置を変えるとパンチの種類が変えられる仕組みも、シンプルなボディと合わせて改造心をくすぐるものだ。
戦車やスーパーカーなど実物のリアリティを追求する商品群に対し、楽しい工作シリーズは「動かす楽しさ」というエッセンスをうまく抽出し、素材として私たちの手に届けようとしている。分かりやすい憧れの対象がない分、手に取るきっかけは少ないのかもしれない。しかし、一度触れて工作の楽しさを知った人たちにとっては、欠かせないアイテムになるのだろう。
ヘボコンのために参加したMaker Faireで、ユーザーたちの声を聞く
学校教育においても、楽しい工作シリーズは長きにわたって使われてきた。技術科や機械工作の教材としてはうってつけだったのである。しかし情報科目の登場などによって、その需要に陰りが生まれる。「シリーズの打ち出し方を変えることで、タミヤの4本目の柱にできないだろうか? 」そう思案していた中で、Maker Faireへの出展が一つの契機になったという。
Maker Faireといえば、世界中で開催されているDIYやものづくりの祭典だ。日本国内では、2008年に前身となるイベントが初開催された。ガレージキットや模型、デザイナーのアイテムを中心に扱う他のイベントと比較し、電子工作やプログラム、3Dプリントといったデジタル的要素が強いため、「アナログな工作を扱う我々とは、少し縁遠いものだと思っていた」と石崎氏は振り返る。
そんなタミヤが国内のMaker Faireに初めて参加したのは、2015年夏のこと。Webメディア「デイリーポータルZ」が主催する、技術力の低い人のためのロボットコンテスト「ヘボコン」がきっかけだ。Maker Faire Tokyo 2015内でのヘボコン開催に合わせ、「会場で飛び入り参加できるように、タミヤのキットをその場で買えるようにしたい」と、イベントを主催するオライリー・ジャパンから声がかかったのだ。
組み立てて電池さえ入れれば安定して動くミニ四駆や楽しい工作シリーズは、「技術力はなくてもマシンを動かしたい」というヘボコン参加者のニーズと見事にマッチしていた。試合サポートや物販のために企業として出展した石崎氏たちは、店番の合間に巡ったMaker Faireの会場で、思いもよらない言葉をかけられる。
「この作品に『楽しい工作』のパーツを使っています」「タミヤ製品でものづくりが大好きになって、エンジニアになりました」「安くて丈夫で、いつもお世話になっています! 」。それはタミヤを通じて工作の楽しさを知った、ユーザーたちの生の声だった。
会場に並ぶ幾多の作品の中にも、楽しい工作シリーズが数多く使われていた。それまでSNSなどでしか使用例を見ていなかった石崎氏たちには、嬉しい衝撃だったという。
「いろいろお話をして、褒めていただいて。会場は熱気もあって本当に面白く、製品の使われ方も参考になりました。ソフトウェアを作るエンジニアの方が、手っ取り早いハードの選択肢として使っていたり、ヘボコンでも自由に改造されていたり。私たちには、やはり工作の『素材』や『部品』が求められていることを、改めて認識しましたね」(石崎氏)
改めて楽しい工作シリーズの製品を見てみると、確かに手を加える余白が多く見える。一方で動作には安定性があるため、安心して使える素材や部品として、メイカーたちの好奇心とニーズをしっかりとキャッチしていたのだ。
改造できるプログラムロボットが、STEM教育の流れと合致
Maker Faireで新たな需要を確信した石崎氏たち。楽しい工作シリーズとしては初めて、電子工作やプログラミングの需要を見込んだ製品の開発に取り組んだ。ここでも重視したのは、工作のベースになること。完成して終わりではなく、その後の改造や応用を前提とした製品になるよう試行錯誤を繰り返した。
そして2017年8月に発売されたのが「カムプログラムロボット工作セット」だ。中央の「プログラムバー」に差すカムの位置を調整することで、旋回のタイミングや角度を制御できる。「コンピューターを使わない“プログラミング学習”」というキャッチコピー通りの内容や、タミヤらしい技術の細かさに裏打ちされたギミックが評価され、教材/教育用品として2017年度のグッドデザイン賞も獲得した。
また、改造しやすい工夫も随所に施されている。目のように見える部分は5mm径のLEDが入ることを想定し、腕の穴もサーボモーターなどを取り付けやすくするために空けたもの。「Arduino」や「Raspberry Pi」といった制御ボードとの連携も見越し、中央部に大きな隙間が空いているのもポイントだ。こうした自由度やアイテムとしての面白さに、プログラミング教育の必修化という時代の流れがさらに重なっていく。
「カムプログラムロボットの開発時には想像もしていなかったことですが、2020年度からのプログラミング教育必修化が決まり、グッと注目度が上がりました。ユーザーからの評判も良く、チェーン式のものやマイコンボードを最初から搭載したものなど、派生商品も生まれました」(石崎氏)
保護者からの「このロボットの使い方が習える場所が欲しい」という声を受けて始まった「タミヤロボットスクール」は、2023年4月時点で全国に61教室を展開している。教室運営のパートナーであるNatural Styleは、アプリ開発やプログラミング教室などを手がけている企業。社員にミニ四駆ファンが多く、Maker Faireの会場で石崎氏らと出会ったことから協業が決まったという。
タミヤロボットスクールではカムプログラムロボット工作セットをベース教材として、BASICを扱えるコンピューター基板「IchigoJam」でのプログラミングや、他の楽しい工作シリーズも使ったロボット開発などを2年かけて学んでいく。ただキットを使うだけでなく、工作要素も組み合わせて自由な課題に取り組めることが、タミヤらしい強みだ。
「タミヤがスクールを始めたと聞くと、急な印象があるかもしれません。しかし、木材で模型を販売していた時から、『科学工作教材』としての側面を持っていました。作ることを通じて学ぶという背景は昔から一貫していますから、『世間はSTEAM教育だと言うけれど、タミヤを忘れてくれるな』という思いがありましたね」(石崎氏)
これまでも、これからも。工作の楽しさに寄り添い続けるタミヤ
Maker Faire での出会いをきっかけに、プログラミングを学べるキットや教室を展開してきたこの数年。今後の楽しい工作シリーズの展開を聞くと、開発中の新作を見せてくれた。
こちらはモノレールを模したキット。ユニバーサルアームで作られたレールを伝い、端まで辿り着くと自動でスイッチバックをする。一本道であればいつまでも往復し続けるが、ループ状にしても対応可能。何台も連結したり、ペーパークラフトの外装を変えてみたりと、これまたさまざまな想像力や改造意欲をくすぐるキットだ。
「価格帯が高めなプログラミング工作シリーズに対し、もう少し原点回帰するような、シンプルなアイテムとして開発しているものです。今後すべての製品をプログラミングベースで考えているわけではありませんし、楽しい工作シリーズは、まだまだ手探りで進めている状態なんですよ」と、言葉を選びながら、控えめに語る石崎氏。
長きにわたって愛され、使われ続けるためには、製品単体としてのクオリティやコンセプトの強度も求められる。商品としての品質に真摯に向き合う、タミヤのものづくりへの姿勢が、ふと垣間見える瞬間だった。
動く楽しさ、作る楽しさ、そして作ることでの学びを教えてくれる、タミヤの楽しい工作シリーズ。その規模は小さくとも、ものを作る人たちにとって欠かせない存在だ。創業時から続くタミヤらしさを継承した、魅力あふれる商品として、今後も続いて欲しいと願わずにはいられない。
参考資料:田宮俊作著「田宮模型の仕事」
https://www.tamiya.com/japan/products/63303/index.html