温度振動を利用して低温側から高温側へ熱が移動する実験に成功
2019/05/20 09:00
コップに入れたお湯は時間と共に冷めていく。そしてその温度は、まわりの温度より低くはならない。これは孤立系のエントロピーは時間と共に増大し、逆は起こらないためで、熱力学第二法則として知られている。ところが、チューリッヒ大学の研究チームは、外部からのエネルギー供給がなくても低温から高温への熱の移動が可能だという実験結果を発表した。この現象は一見、物理学の法則に反しているように思われるが、そうではないという。研究成果は、2019年4月19日付けの『Science Advances』に掲載された。
研究チームは、市販のペルチェ素子と超電導コイル、高温の小さな銅(9g)と室温の巨大な銅の塊(3.65kg)を利用して、電気的な発振回路が規則的に電圧の向きを変えるのと同じ様に、熱の流れが絶え間なく向きを変える「サーマル発振回路」を作り出した。ペルチェ素子とコイルは「サーマルインダクタ」として働く。外部からのエネルギー供給がなくても、一時的に低温側から高温側への熱の流れが発生し、冷たい物体はさらに冷たくなる。
「この実験に使ったデバイスは理論上、沸騰した水をエネルギーを使うことなく氷にすることができる」と、研究チームを率いるAndreas Schilling教授は語る。
研究チームは以前からサーマル発振回路に取り組んでいるが、今回、初めて「受動的」つまり、外部電源を使わないで動作するサーマル発振回路を発表した。温度振動により、約104℃に加熱した小さな銅は、実験開始から410秒付近で室温を約2℃下回ったことを確認した。途中で別のエネルギーに変換されることはなかったという。
熱が一時的に低温から高温へ流れたという現象は、熱力学の第二法則に照らし合わせると議論が必要だ。「一見すると、この実験は熱力学を使ったマジックのように」思える。しかし、その証明は驚くほど簡単だという。全体の系のエントロピーを理論的に見積もったところ、時間と共に増大していることが分かった。つまり、熱力学の第二法則には違反していないのだ。
実験ではわずか2℃の差しか記録できなかったが、研究チームはこれを主に市販のペルチェ素子の性能限界のためだとしている。また、実験系には超伝導コイルを必要としているため、量産化に至るには、まだ課題があるという。
仮に“理想的な”ペルチェ素子が開発されれば、理論上は同じ条件下で-47℃までの冷却が可能だ。「この非常にシンプルな技術を利用すれば、高温の固体、液体、気体が大量にあっても、エネルギーを使うことなく室温以下まで冷やすことができるだろう」と、Schilling教授は期待を込めている。
(fabcross for エンジニアより転載)