AI、画像認識、教育がキーターム
スイッチサイエンスで2019年ヒットした電子工作部品にみるMakerのトレンド
令和最初の年となる2019年も12月となり、1年を振り返る季節を迎えた。Makerたちの2019年の動向を探るべく、電子工作関連の部品を扱うスイッチサイエンスを取材。2019年売上ベスト50のランキング表をもとに話を聞いた。2019年はどんな電子部品が売れたのか? そこからどんなトレンドが読み取れるのか?
上位はAI関連の商品
ランキングは、各商品の単価(希望小売価格、税別)に1月初めから11月末時点での出荷数をかけた売上データを基にしている。個人と団体(企業や学校など)は分けていない。団体はまとめ買いが多いので、ランキングに反映されやすい傾向にはある。話を聞いたのは、スイッチサイエンスで仕入れやイベント出展などを担当する安井良允氏とネットショップ店長の牧井佑樹氏。ランキング表を見ながらトレンドを語ってもらった。
——2019年のMakerトレンドを電子工作部品から探ろうという企画です。2019年の売上1位は何だったのでしょうか?
-
安井氏
-
「1位は『Jetson Nano 開発者キット』。AIにフォーカスした開発ボードです。2位は『Intel RealSense Depth Camera D435i』。深度を探るカメラのボードですね。深度から画像認識につなげようということだと思います。1位も2位もAI関連の商品が占めました。2019年のトレンドとしては、最も顕著ですね。
——やはり個人の方というより、企業や学校関係の方が買っていくのでしょうか?
-
安井氏
-
「Jetson Nanoは単価も1万1400円と開発キットとしてはお手頃で、個人の方にもウケたようです。企業や学校関係の方が使う本格的なAI開発キットになってくると11位の『NVIDIA Jetson AGX Xavier開発者キット』でしょうか。8万円と少々高めですが。
-
牧井氏
-
「発売当初は実売が15~6万円だったかな。それが今は8万円ですから、まだまだ伸びる余地はあります。
AI周りのカメラボードは用途で選ぶ
——その他にAI関連の商品で上位に来ているものはありますか?
-
安井氏
-
「9位に『Intel RealSense Depth Camera D435』が、14位には『Intel RealSense Tracking Camera T265』が入っています。これはモーションをトラックするもので、車などに載せて使えます。カメラで対象物を見るわけですが、自分が動いている場合はだんだんと対象物に対して近づいていくので、自分がどう動いているのかを知らなくてはならない。そういうときに使えるカメラボードです。」
-
牧井氏
-
「発売順でいくと、9位のIntel RealSense Depth Camera D435がこの中では一番古くてこれが単純な深度カメラだったんです。それが2位のD435iというモデルになってIMU(慣性ユニット)が付きました。それによって自分が動いているとか、そういうことを検知できるようになったんです。 D435からD435iは単純に上位モデルなんですけど、そこから深度要素を切り離した代わりに、トラッキングに特化したモデルがT265です。T265自体では深度は測れませんが、IMUは付いているので、ロボットカーなど移動体に載せて自己位置推定などに使うことができます。」
-
安井氏
-
「19位にも『Intel RealSense Depth Camera D415』がランクインしてます。これはカメラのシャッターが違う商品です。どっちがいいかは用途によりけりですね。16位の『Neural Compute Stick 2』というのもAIに関係する商品ですね。あらかじめ作成された学習データを使って推論を実行する外部デバイスです。要はグラフィックボードですね。Raspberry Piやパソコンなどに付けて挿して使うタイプです。
AI関連で上位に来ている商品は以上です。上位にくる要因のひとつは単価が高いから。そうはいっても数も出ていないと、上位には来ません。やはり今、求められている商品だと感じます。2018年からの傾向ですが、2019年になってより顕著になってきました。」
-
牧井氏
-
「そうですね。2019年にJetson Nanoが出てきて。この傾向は2020年も続くと思いますね。」
-
安井氏
-
「はやっている商品が、企業のB to B向け展示会でのデモ機とかにだんだん使われるようになってくると、『売れてるんだなあ』と実感します。」
まだまだ強いArduino、さらに伸びそうなmicro:bit。MESHも健闘。
——主力商品のマイコンボード関係はどうでしょうか?
-
安井氏
-
「3位に『Arduino Uno R3』そして4位に『micro:bit』が続きます。以下、5位『Arduinoをはじめようキット』、6位『MESHひらめきラボセット』、7位『micro:bitをはじめようキット』とビギナー向けの入門キットが続きますね。」
-
牧井氏
-
「新しいマイコンボードが次々と登場する一方で、Arduino Uno R3がいまだに3位にいるのがすごいと思います。」
-
安井氏
-
「Arduino Uno R3はリリースから6~7年たっているのに、いまだに根強い人気があります。ただ出荷数ではちょっと落ち着いてきています。
4位のmicro:bitが出荷数ではこれに迫る勢いです。7位のmicro:bitをはじめようキットを合わせると、数字上はArduino Uno R3を超えますね。関連会社のスイッチエデュケーションでの出荷数は入っていませんから、仮にそこまで含めると数はダントツです。
micro:bitはBluetoothも載って32ビットのマイコンでセンサーやLEDが付いて、しかもArduinoより安い。開発環境もイージーでビギナーでも扱いやすいとなると売れるのも当然かなと思います。僕も、電子工作をちょっとかじってみたいというビギナーにはmicro:bitを薦めます。電子工作を本格的にやりたい人や大学の工学部の学生さんならArduinoなんですが。」
-
牧井氏
-
「電子工作となると、Arduinoに比して弱いですが、プログラミング教育とかSTEM教育になってくるとmicro:bitが強いですね。」
-
安井氏
-
「教育系の商品だとMESHひらめきラボセットも6位と健闘しています。単価は3万7000円と高めですが、売れてます。実はひらめきラボセット自体はスイッチサイエンスのオリジナル品なんです。MESHには汎用入出力に使えるGPIOのタグがあるんですが、タグに付ける基板と周辺部品をセットにしています。2020年に始まる小学校でのプログラミング教育の流れで、教科書にMESHが載っているという追い風もあり、以前より格段に動くようになりました。MESHのひらめきラボセットの7タグだけを切り離した『MESHアドバンスセット』も28位にランクインしています。」
在庫切れしたRaspberry Pi
——Raspberry Pi関係はどうですか?
-
安井氏
-
「10位に『Raspberry Pi 3B+ スターターキット』、12位に『Raspberry Pi Zero WH』、18位に『Raspberry Pi 3 Model B+』と、Raspberry Pi関係がランクインです。ほんとうはもっと売れるはずだったんですけど、この夏以降の在庫がほぼ切れちゃった。『Raspberry Pi 4』は2019年6月にヨーロッパ地域、米国・カナダで発売、11月に日本でも発売されました。おそらく 4の生産が忙しく、3 や3+の生産にも影響が出ているのでしょう。」
-
牧井氏
-
「Raspberry Pi Zero WHも生産に時間がかかるとアナウンスされています。」
-
安井氏
-
「ただ3とか3B+を作らないという話ではなくて、Raspberry Pi財団からは『今後も一定期間提供していくよ』とアナウンスはされています。」
-
牧井氏
-
「あとはRaspberry Pi関係だと23位に『ラズパイ3Bおよび3B+に最適なACアダプター』がいます。名前は長いですが、要するにRaspberry Pi用のACアダプターです。」
-
安井氏
-
「Raspberry Pi 3になった頃から電流は3.0Aほしいという要望が出てきました。それまでは5V/3.0Aを供給するようなRaspberry Pi用のACアダプターってなかったんです。それでスイッチサイエンスで作ろうと。ACアダプターがこのランキングにいるのもすごいことです。Raspberry Piと同じ数ぐらい出てます。」
話題のM5Stackとお手軽画像認識
——2019年話題の新商品となると「M5Stack」かと思うのですが、ランキングとしてはどうですか?
-
牧井氏
-
「グループ商品を合計すると上位には間違いなく来ますね。8位の『M5Stack Basic』を筆頭に、13位『M5Stack Gray』、15位『M5StickC』、20位『M5StickV』、22位『M5Stack FIRE』、29位『M5GO IoTスターターキット』、42位『M5Stack Faces』と続きます。」
-
安井氏
-
「8位のM5Stack Basicに関しては、3月、8月と2回価格改定して安くしました。単価4000円と高い時期もありましたが、このランキングでは現在の3250円で計算しています。
15位のM5StickCは1800円と安く、出荷数はBasicより多いですね。M5Stackに限らず、2000~3000円の商品は買いやすいのだと思います。13位のM5Stack Grayは、Basicに対して加速度センサーが載っています。20位のM5StickVはこのシリーズの中では異色ですね。ほかのシリーズは無線モジュールなのですが、M5StickVにはカメラと液晶ディスプレイが付いていて、単体で画像認識ができます。」
-
牧井氏
-
「M5StickVが便利だなと思うのは、画像認識のAIにカメラや液晶ディスプレイが載っているという点。1位のJetson Nanoも別売りの専用カメラがありますが、カメラと液晶ディスプレイがあると、すぐ画像認識ができちゃう。ビギナーにとっては特に助かりますね。」
-
安井氏
-
「そういった商品は、ハイエンド向けの高額商品では何年も前からあったんですけど、低価格帯のものがでてきたというのは2019年の傾向ですね。低価格商品が出てきたので、その中間に位置づけられる商品が割を食っている印象はあります。」
潜在力のあるSPRESENSE
——中間で割を食っている商品というと?
-
安井氏
-
「25位の『SPRESENSE』はもっと伸びてもいい商品だと思います。SPRESENSEは多機能高性能なハイエンド向け製品ですが、低価格帯の商品に数で押されているような情勢です。SPRESENSEは、エッジコンピューティング、つまりネットワークの端っこでセンサーを監視するボードです。センサーからの情報をネットワークにどんどん投げちゃうと、ネットワークがパンクしてしまいます。エッジの方でどれだけ情報を圧縮するか、判別できるかという処理が求められていて、その役割をこなします。今、単価が5500円ですが、それに対してM5StickVは2800円。価格だけを比べると不利ですね。
それでもSPRESENSEを作っているのは、ソニーセミコンダクタソリューションズグループなので一定の信頼があります。ベテランのMakerは、本格的な商品としてはこっちを考えるかもしれません。」
-
牧井氏
-
「SPRESENSEは違う方向で能力がある感じがします。MCUが6つ載っていて、なおかつGPSにハイレゾのオーディオも内蔵している。」
-
安井氏
-
「この間見たデモではマイクを6個ぐらい付けてどっちから声が来てるか、とかを読み取っていました。いろいろ使えそうで、SPRESENSEは夢のある商品だと思います。弱みは、無線を積んでない点ですね。そのため外部に拡張してやらなければならない。ただ公式の拡張ボードもこれから出るはずなので、2020年は事情が変わってくるかな、とも思います。」
下位には今後注目の商品も
——その他、注目の商品とかありますか?
-
安井氏
-
「SPRESENSEより順位が上になっちゃうんですが、24位の『Qwiic - ZED-F9P搭載 GPS-RTK2モジュール』は面白い商品だと思います。単価28512円と、ちょっとお高いですが、GPSの精度がすごくて、センチメートル級です。誤差1m未満で3次元位置を測定できます。企業とか大学では、これを使って研究とか、実験とかしている最中です。ただ普通のGPSとちょっと違う技術を使っているので、特殊なノウハウが必要みたいで、みなさん試行錯誤しながら使っているようです。でも注目の商品のひとつですね。」
-
牧井氏
-
「32位にスイッチサイエンスの自社開発ボードとなる『ESPr Developer』が入っています。Arduino開発環境で開発できるWi-Fi搭載の開発ボードです。ブレッドボード上で組むものなのである程度電子工作に慣れた人向けですね。ただ本やブログ記事等でよく取り上げてもらっているので人気はあろうかと思います。35位の『ESPr Developer 32』も同じような数が出てます。こっちはBluetoothも載っています。」
-
安井氏
-
「38位の『超指向性 超音波スピーカーキット』もユニークですね。5年も売っている商品ですが、根強い人気があります。実は開発者こだわりのアナログ回路が実装されていて、他ではなかなかまねができない商品なんです。」
-
牧井氏
-
「本当に超指向性で、5~10m程度ならピンポイントで音が届きます。静かなところなら、少し拡散しますが、30~50mでも指向性のある音が感じられます」
以上、50位以内の商品を対象におふたりに解説してもらった。全体としては、AI、画像認識、教育といったところがキータームになっているようだ。長年、Makerムーブメントを支えてきたスイッチサイエンスならではのランキングで、電子工作のトレンドがよく見える。2020年の今頃はどんな商品がランクインしてくるか? 興味は尽きない。