40年、製造業を見つめ続けたベテランエンジニアは語る
日本のものづくり復活の鍵はメーカーとMakerのコラボ
低予算/少ロットでの海外量産のノウハウをまとめた本「メイカーとスタートアップのための量産入門~200万円、1500個からはじめる少量生産のすべて~」(オライリー・ジャパン刊)を2019年に出版した小美濃芳喜氏は、長年、学研(現 学研ホールディングス)で商品開発に携わり、現在はものづくりに関わる企業の技術顧問として活躍している。
2020年2月に東京・品川で、日本カイゼンプロジェクトが主催する「小美濃塾」と題したセミナーが開かれた。小美濃氏は、中小製造業メーカーの役員や社員を前に、Maker文化について紹介しつつ、彼らとコラボすることの意義を説いた。
メーカーであり、Maker
小美濃氏がコラボの重要性を主張するに至った背景には、自身のキャリアと2019年に上梓した本が関係している。
「約40年、エンジニアとしてキャリアを積んできましたが、そのほとんどは企業の開発部門で過ごしました。『メーカー』の一員としてものづくりをしてきたわけです。特に学研では月刊誌のふろくの開発をやってきましたから、毎月新しい製品を生み出さなくてはならず、イノベーションの連続でした。2010年大人の科学マガジンでふろくにArduinoの互換機を付けた関係で『Maker』の人たちとも深く付き合うようになりました」
メーカーの視点からMakerを見るようになった小美濃氏は、彼らとコラボしたり、発想を取り入れたりしながら、数々の製品を開発してきた。2019年にはメーカーとMakerの文化を知る小美濃氏ならではのプロジェクトに挑戦した。それが単行本「メイカーとスタートアップのための量産入門~200万円、1500個からはじめる少量生産のすべて~」だ。題名の通り、Makerの作品を量産して商品とするまでの手順を紹介した本だが、単なるノウハウ本ではない。最もユニークな点は、小美濃氏自身がMakerとして自ら作った作品を実際に商品化して見せたことだった。
「アイデアから試作、量産までのリアルを語るには、自分が手本を見せるのが一番だと思いました。普通は公表できない原価表や部品表も、自分で出資した企画なら問題ないですから。サブタイトルにあるように、少量の量産なら200万円でできることも証明したかったというのもあります。ものづくりにはよくある、途中のトラブルとその解決の模様も恥ずかしながらすべて出しました。読者はリアルなものづくりを疑似体験できたのでは、と思います」
メーカーで培った技術力を持つ小美濃氏がMakerの発想で商品を作った。その過程がMakerだけでなく、中小製造業メーカーの人々の興味関心も引いたようで、さまざまな声を受け取った。小美濃氏はそこから新しい着想を得る。
変わりゆくものづくりの主役
小美濃氏はメーカーとMakerのそれぞれの事情についてセミナーで語った。
「日本には現在約360万の企業があり、実に99%以上にあたる約359万が従業員300人以下の中小企業だといいます(2019年中小企業白書より)。特に製造業においては、1960~70年代の高度成長期、あるいは「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれた1980年代、「技術立国日本」を下支えしたのは紛れもなく中小企業でした。しかし1990年代のバブル崩壊以降、景気は後退し、ここ30年で市場から多くの中小製造業メーカーが消えていきました。その中で嵐をくぐり抜け、現在まで生き残ってきた中小製造業メーカーには他の追随を許さない技術を持つところが少なくありません」
次にMakerムーブメントについても説明した。
「一方、退潮する中小製造業メーカーと入れ替わるようにして現れたのがMakerです。企業にしかできないと思われていたレベルのものづくりを、新しい技術を駆使して個人で楽しむ人たちでした。背景にはパソコンやインターネットの普及、さらにマイクロコントローラーや3Dプリンターなどのデジタルファブリケーション機器の登場があります。以後、彼らは一大ムーブメントを起こし、今に到っています。日本のMakerムーブメントを象徴するMaker Faireは、1997年の初開催時には来場者が約600人だったものが、2019年には約22000人と膨れ上がりました。2010年代に入ると、個人の楽しみを仕事へと変える人々も出てきました。Makerムーブメントも次の段階へと進んだように思います」
Makerとはこんな人
小美濃氏はメーカーの視点からMakerの分析を試みる。
「メーカーは高い技術力を持ち、高品質の製品を組織的に量産し、それなりの資金も投下して利益を上げてきました。ただ大企業からの発注が多く、自社製品が少ないので、イノベーションを起こしにくい体質をもっているのも事実です。対してMakerには次のような特徴があります。
●Makerは電子回路に長けている
●Makerはプログラミングができる
●Makerはデジタルファブリケーション機器に慣れている
●Makerはグローバルな発想をする
●Makerは個人輸入が得意
●Makerは情報収集力がある
総じてイノベーションを起こす力は強いです。なぜならイノベーションこそが彼らの原動力だからです。
ただ、メーカーの視点から見ると次のような問題点も抱えています。
●Makerは発注者ではない
●Makerは最終商品をイメージできていない
●Makerは原価意識が薄い
●Makerは量産知識にとぼしい
● Makerはお金がない
私はこんなふうに感じています」
思いを共有する
最後に小美濃氏は、メーカーとMakerのコラボについて語った。
「技術があっても自社製品を持たない中小製造業メーカーと、アイデアが良くても量産技術や予算がないMaker。コラボできれば、Makerの自由な発想を、メーカーの技術力と資金力で、ユニークな商品へと変えることができるのではないか、というのが今の私の思いです。
コラボにはいろいろな方法があります。ハッカソンのように短期間に集中してアイデアから試作品まで一気に仕上げる方法もあるでしょうし、会社に新規事業部を立ち上げてMakerに参加してもらう方法もあるでしょう。ただお互いの文化の違いは大きいようにも思えます。メーカーとMakerが相互理解のための予備知識を身につけた後に、プロジェクトをスタートするのがベターでしょう。いずれにしろ、いいとこ取りだけを狙ったようなコラボではなく、違いを認めながら新しい文化を築く覚悟がお互いに必要だと思います。
実際の作業ではさまざまな軋轢(あつれき)があるかもしれません。しかし『面白くて、世の中の役に立ち、なおかつ売れる商品を世に出したい』。その思いはメーカーもMakerも同じです。思いを共有していれば乗り越えられると思います。メーカーとMakerのコラボこそが、日本のものづくり復活の鍵だと私は信じています」
小美濃氏は、今後もコラボの重要性を講演等で説いて回りながら、中小製造業メーカー向けにマイクロコントローラーやデジタルファブリケーション機器についての勉強会、あるいはMaker向けに金型を中心にした量産技術の勉強会を企画している。さらに両者のマッチングを図るいわば「お見合いの場」も作っていきたいという。新しいものづくりの胎動が始まっている。