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この1カ月で深センはどう変わったか

深センの製造業における新型コロナウイルス肺炎の影響度

中国の湖北省武漢から世界中に広がろうとしている新型コロナウイルス肺炎は、製造業にも大きな影響を及ぼしています。世界中の製造/量産を担う広東省深センも例外ではなく、大企業からスタートアップに至るまで、規模を問わず影響が出ています。

今、深センで何が起きているのか——深セン在住の荒木大地さんが現在の様子をレポートします(編集部)

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中国の武漢で発生し世界で猛威を奮っている新型コロナウイルス肺炎。中国政府はトップダウンで次々と施策を打ち出し感染の抑え込みを図っていった。

通常は最も人で賑わうエリアの一つ、深セン海岸城も静まり返っている。2020年2月3日撮影 通常は最も人で賑わうエリアの一つ、深セン海岸城も静まり返っている。2020年2月3日撮影

広東省では、国務院による春節の連休延長のアナウンスが行われた翌日の2020年1月28日に、急を要さない企業は2020年2月9日の24時までは仕事を開始しないようにとする春節の連休再延長通知を行なった。その後、2020年2月3日に、仕事始めの5日前までに出勤社員の書類提出を義務化する「企業業務再開申請制度」が施行された。このため、多くの企業が一斉に書類を提出することになり、衛生局審査待ちの状態が続いた。その結果、多くの企業の業務再開日が予想以上に延びてしまう事態となった。

深センを代表する日本人経営EMSのジェネシスも「企業業務再開申請制度」が施行された2月3日に書類を提出したにもかかわらず、操業再開の許可が下りたのは10日後の2月13日だった。

従業員が深センに戻れない

ジェネシスはなんとか操業再開に漕ぎ着けたが、13日の出勤者は全体でおよそ200人のところわずか17人。それから数日間は通常人員の1割で業務を回していくこととなった。これはジェネシスだけでなく、深センに拠点を置いている多くのサプライヤーもそろって同じ状況である。

原因はどこに?

ジェネシスで業務再開ができた従業員は2月24日の時点でようやく半数を超えたが、生産部門は3分の1以下だ。現在は深センに戻って14日以内の従業員にはコロナウイルス検出のPCR検査を実施し、メディカルチェックに余念がない。しかし、この状況はしばらく続くと藤岡社長は見ている。

原因は、製造業を取り巻く従業員の構成だ。まず、ホワイトカラーの占める割合の多い会社はあまり影響が出ない。農村の出身者が非常に少ないためである。

一方で、ブルーカラーは大半が出稼ぎ労働者で、非常に辺ぴな農村部出身者が多いため、今回の「封城」と呼ばれる都市封鎖対象エリアに含まれる場合が多い。封鎖措置が取られているエリアは、テレビなどでよく取り上げられている湖北省だけでなく、浙江省や河南省をはじめとした小さな農村でも独自に自由な出入りを禁止しているところがあるという。加えて公共交通機関も止まっている。文字通り出るに出られない状態なのである。

出稼ぎ労働者が多いのは深センの宿命である。深センは湖北省、雲南省、河南省をはじめ地方から来た労働人口に支えられている。特に清掃員やタクシー運転手、マッサージ師などに従事する労働者は湖北省出身が多い。このような構造のため、正常化にはもう少し時間がかかるのである。

今回、深センの複数企業に取材を申し込んだが、日本人の担当者がまだ深センに戻れない、香港と深センの行き来が困難になったため余裕がなくなってしまった、オフィスビルへの立ち入り制限が厳しい、などの理由で回答を得られたのは数社のみ。しかしそれでもたくさんの情報を提供してもらい、それぞれの会社で現在置かれている状況を理解することができた。

深センでイヤフォンなどのモバイルフォンアクセサリーを製造し、BtoBで欧米に輸出をしている「金五星电子」社も、竜崗区にある自社工場が停止中のため、現在は顧客と製品の設計/企画など製造以外の業務に注力しているという。

工場は3月に再開の見込みだが、深センのサプライヤーも同じように停止しているため材料不足に陥っている。

物流にも影響

深センと香港は、アジアおよび欧米との貿易に最適な立地であり発展を遂げてきたが、今回の件で影響を受けている。香港は報道の通り2月8日から中国大陸からの訪問者を強制隔離する方針を発表したため、訪問して直に打ち合わせすることができない状態であり、境界をまたいで業務を展開していた企業にとっては大打撃である。

2月8日の強制隔離施行前夜の深セン湾口岸。香港に向かう車の渋滞は口岸閉鎖の深夜にまで及んだ。2020年2月7日撮影 2月8日の強制隔離施行前夜の深セン湾口岸。香港に向かう車の渋滞は口岸閉鎖の深夜にまで及んだ。2020年2月7日撮影

深セン—香港の物流業者は制限の対象外で、深セン側の港も正常稼働しているが、現在は稼働できるトラックがかなり不足しているため、香港から深センへの物流に影響が出ているようである。

IT企業への影響は軽微

一方で、IT企業にとって今回の影響は軽微だったようだ。前述のように、ホワイトカラーは比較的辺ぴな農村出身者の比率が低いため都市封鎖による影響は少なく、2月3日に業務を再開できた企業もある。

多くの会社が政府からの春節連休再延長指示により休業を余儀なくされている中で、HUAWEIは特に仕事再開が早かった企業の一つだ。これには理由がある。HUAWEIは米中貿易戦争の渦中に立たされており、深センにとっても非常に重要な企業のため、新型コロナウイルス肺炎の最中にあっても政府の許可が下りるのが早かったのである。

そう話すのは、深センの「ソフトウェア産業基地」(軟件産業基地)と呼ばれるエリアに入居するソフトウェア関連企業 Wondershare のマーケティング担当 黄理華さん。ソフトウェア産業基地は中国がIT関連の創業者を支援するために作られたエリアで、多数のハイテク企業やスタートアップ企業が集結している。中国のナンバーワン企業のアリババと競い合うテンセントもこのエリアに本社を構えており、中国の「IT50強企業」のすべてがソフトウェア産業基地内にあるという。

ソフトウェア産業基地のビル入口にて体温検査と個人認証を行う。その後各オフィスにて再度体温検査を実施する。Wondershare黄氏提供 2020年2月17日撮影 ソフトウェア産業基地のビル入口にて体温検査と個人認証を行う。その後各オフィスにて再度体温検査を実施する。Wondershare黄氏提供 2020年2月17日撮影

Wondershareは、東京やバンクーバーなど世界各地に支店を持ち、現在の社員数は全世界で700人超で現在も業務拡大を続けている。同社は2月3日に業務を再開した。現在はオフィスビルの入り口でQRコードスキャン/実名登録を行い、1日3回体温チェックを実施し、「i深圳」というWeChatミニプログラムを利用して、ビル管理会社に全社員の健康状態を報告している。

Wondershareでは1日2回(早朝/夜間)オフィス内を消毒している。他の企業も同様に定期消毒実施中。Wondershare黄氏提供 2020年2月10日撮影 Wondershareでは1日2回(早朝/夜間)オフィス内を消毒している。他の企業も同様に定期消毒実施中。Wondershare黄氏提供 2020年2月10日撮影

「ソフトウェア産業基地」エリアでは、70~80%の企業がすでに正常稼動中である。テンセントなど多くの社員を抱えている企業は、できるだけ一度に集まらないよう出社を1週間に2回ほどに抑えるシフト制にして、残りはリモートワークの形態を取っているという。

金五星电子の担当者、呉宇鵬氏は深センで作られているさまざまなガジェットを欧米向けに宣伝するために、YouTubeやTikTokのインフルエンサーをつなぐスタートアップを2019年夏に立ち上げた。この事業もインターネットがメインのため、今回の新型コロナウイルス肺炎の影響は皆無だという。

日本企業は自衛を

こうした事態を踏まえ、深センのサプライチェーンに依存していた日本の企業は今後どうすべきだろうか。

企業の自衛策は必要となる。現在春節の連休期間を含めると1カ月半出荷ができない状態となっている。深センのサプライチェーンは発注から生産までの納期が短く、物流も速いというメリットがある。しかし多くの日本からの取引先は、深センのサプライチェーンに強く依存することで、あまり在庫を持たないようにしていたため、この影響をモロに受けてしまった。この現状を教訓として、販売在庫や生産計画を再考することも必要だろう。

中国はパワーアップする

今回の件で「チャイナリスクが露呈した」という言葉を聞くが、今後企業は工場の移転を始めるかもしれない。しかし、中国に限らず東日本大震災やタイの津波など、過去の事例を考えると結局のところどこにいてもリスクはあるのである。できることと言えばリスク分散なので、今後体力のある大企業はリスク分散に動く可能性がある。そこまでの余力がない企業は前述のような自衛策を講じるのがベストなのかもしれない。

「強烈なことがないと、人の習慣は変わらない」とジェネシスの藤岡社長は言う。Facebookなどが利用できない中国では、その制限の中で新しいものが生まれている。ITも育っている。特に今回の一件で衛生に関する人々の考え方も大きく変化している。

「今回の件をきっかけに各工場は自動化に向かってスピードアップしていく」と金五星电子の呉氏は予測する。確かに深センはダメージを受けたがそれもすぐに回復し、今回の教訓を生かして改良を重ねていくのである。そう話す呉氏自身も、現在世界中で品不足の温度計など医療用製品の開発製造に参入する予定であることを教えてくれた。今後も状況に応じて柔軟にシフトチェンジしていきたい、と語る。

ここ1カ月で確かに中国は変わった。新型コロナウイルス肺炎の二次感染を防ぐため、WeChatのミニプログラムを短期間で開発/リリースし、地下鉄など公共交通機関利用時にQRコードスキャンで実名登録をするようにトップダウンで即日実行し(とは言っても100%の利用者がスキャンしているわけではなく、漏れは生じているが)、これまで長らく続いてきた野生動物の取引を1日で禁止に追い込む実行力はやはり目を見張るものがある。

地下鉄乗車時に、係員が各車両に提示されているQRコードをスキャンするように呼びかけてくる。後日感染者が発覚し、同じ車両に乗っていたことが分かるとスキャンしたユーザーに通知が来る仕組みとなっている。2020年2月16日撮影 地下鉄乗車時に、係員が各車両に提示されているQRコードをスキャンするように呼びかけてくる。後日感染者が発覚し、同じ車両に乗っていたことが分かるとスキャンしたユーザーに通知が来る仕組みとなっている。2020年2月16日撮影

そして、最も大きな変化は衛生観念。今まで衛生といえば中国人の弱点とも言える分野だったが、わずか1カ月で多くの人の意識を変え、この弱点を克服しようとしている。

公共エリアやマンションの敷地内でたびたび目にする光景。定期的に係員が消毒作業を実施している。2020年2月17日撮影 公共エリアやマンションの敷地内でたびたび目にする光景。定期的に係員が消毒作業を実施している。2020年2月17日撮影

中国人はたくましい国民である。新型コロナウイルス肺炎が発生する前よりもパワーアップするポテンシャルを秘めているのである。

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