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ロックダウン期間中に温めていたメイカーたちのアイデアが花開く

コロナ禍の中国を生き抜く欧米系メイカースペースの新たな試み

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ファブ施設 アクセラレータ

「生き残るための手段を考える必要がありました」

外国人の自由な往来が依然として厳しい今、中国・深圳の現地に残った欧米系メイカースペース「TroubleMaker」CEOのHenk Werner氏はこのように語る。

コロナ禍で中国との距離が遠のいている欧米のハードウェアスタートアップのために、オンライン・ワークショップなどいくつかの取り組みを経て、現在はユニークなハードウェアアクセラレーター「Innovation Drive」をスタートさせたHenk氏に、2020年から現在に至るまでの経緯、そして2022年の展望を伺った。

深圳の欧米系メイカースペース「TroubleMaker」

深圳の欧米系ハードウェアスタートアップコミュニティの中で筆頭に名前が挙がるのが「TroubleMaker」だ。2016年から華強北の国際創客中心(Huaqiangbei International Maker Center)内にメイカースペースを展開し、3Dプリンターをはじめとするさまざまなツールやマシンを完備する。2021年に宝安区へ拠点を移し、24時間利用可能なラボとして格安で提供しているだけでなく、アイデアをどのように製品化すべきかの個別サポートも行っている。

TroubleMakerの利用者は累計で1万5000人を超える。特にメイカースペースバブルの頃は英語圏の団体が頻繁に視察に来ていたが、バブルが落ち着きコロナ禍で世界が分断されてしまった今、彼らにどんな変化が起きているのか? TroubleMaker共同創業者のHenk Werner氏に話を伺った。

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2018年に筆者が撮影した華強北にあった頃のTroubleMaker 2018年に筆者が撮影した華強北にあった頃のTroubleMaker

—TroubleMakerのメンバーは現在何人くらいいるのですか?

約1000人程度で、ほとんどがヨーロッパ出身の外国人ですね。

—2021年に、拠点を華強北から宝安区に移動されたようですが、経緯を教えてください。

入居していたテナントオーナーの経営が立ち行かなくなったため、移転せざるを得なくなりました。
私たちは華強北の中心地にある、とても美しいコワーキングスペースに入居していました。全150席ほどあったスペースのうちTroubleMakerの利用者が借りていた席はそのおよそ半分の70席ほどでした。その後コロナにより国境が閉鎖され、海外との往来ができなくなった結果、最終的に残ったのは15人ほどとなりました。

残りのスペースを利用していた中国企業も同様に、コロナ禍で苦境に立たされました。アメリカ向けのAmazonセラーがたくさんオフィスを持っていたのですが、彼らはアメリカとの貿易戦争のあおりを受けていた中で、コロナ禍の追い討ちに遭いました。その結果、続々とコワーキングスペースを去り、誰も戻って来ることはありませんでした。こうして空きスペースが目立つようになり、母体であるコワーキングスペースの経営自体が立ち行かなくなったため、そこに入居していた私たちも移動せざるを得なかったのです。そこは今でも空きテナントのままで誰もいないようです。

しかし、TroubleMakerにとってこの出来事は良い結果になりました。以前からパートナーシップを組んでいるiMakerbase(大公坊国際加速器)という深圳のハードウェアアクセラレーターが、一緒のスペースで仕事をしようと提案してくれたからです。

iMakerbaseは国内外に数カ所の拠点があり、外国人と中国人によるコミュニティが活発に活動しています。TroubleMakerに相談に来る人をiMakerbaseに紹介するといった交流が5年前からあり、無錫にも2つ目の拠点を持つことになりました。

TroubleMaker共同創業者のHenk Werner氏 TroubleMaker共同創業者のHenk Werner氏

—それは知りませんでした!

無錫はiMakerbaseの新しい拠点ということもあり、ほとんどの方に知られていません。中国政府との関係は非常に良好で支援も手厚いため、深圳のTroubleMakerのコピーを作って海外企業向けのサービスを提供するのではなく、(新しい拠点の)ビジネスパーク内にある企業のニーズをヒアリングし、彼らにとって必要なソリューションを提供する予定です。

—2020〜2021年のコロナ禍において、深圳にいるヨーロッパのハードウェアスタートアップはどんな影響を受けたのでしょうか?

コロナ禍は、一部の企業やスタートアップにとってチャンスであると同時に非常に困難な時期でもありました。場合によってはスタートアップの経営自体を不可能にしてしまうこともありました。特に予算がない中で活動したスタートアップにとっては厳しかったと思います。

私たち(TroubleMaker)は低予算で運営している、いわゆる伝統的なメイカースペースで、企業向けではありません。スタートアップが利用する理由としては、低コストでハードウェア開発に必要な情報が得られるからです。専門家に外注するなどの余分な投資をすることなく、自分たちで製品開発をすることができます。

自ら深圳の工場に訪問して製品を調達していた海外スタートアップは、コロナ禍で特に苦労しているのではないでしょうか。今はコロナ禍で深圳に行くことすらできません。もしチームに多少でも資金があれば、深圳に残っている誰かをチームの一員として雇い、海外との間を取り持つことができたでしょう。実はそういった相談を多数受けたこともあり、最適な人を紹介するなどのサポートも行っています。

欧米人がこない深圳で、生き残るための取り組み

宝安区へ移転後のTroubleMaker 宝安区へ移転後のTroubleMaker

—2020年のコロナ禍1年目にお話しした時、ヨーロッパのエンジニアの多くはビザの関係で深圳に戻れないとおっしゃっていましたね。その時点でHenkさんは「オンライン・ワークショップ」を始めていました。これはどのようなものでしょうか?

はい。オンライン・ワークショップの試みはコロナ前の2019年8月に始まりました。2016年以来、多くの外国人が中国を訪れてTroubleMaker内で製品開発に取り組んでいましたが、メンバー契約を終了して中国を離れた後も自分たちのプロジェクトを進めるために私たちやコミュニティーのメンバーに相談し続けるケースが非常に多くなり、私たちにとって大きな負荷になっていたのです。そこで始めたのが会員制のオンライン・ワークショップです。

例えば、業界のエキスパートを呼んでZoomでディスカッションするコーチングセッションや、Facebook上にプライベートグループのコミュニティを作成して行う5日間のワークショップを開催しました。参加者は自分たちが開発している試作品の写真や情報を共有したり、アドバイスやサポートを受けました。他にも、ハードウェア開発にありがちな問題を見抜く方法や製造業の仕組みを教えるトレーニングプログラムも実施しました。

また、遠隔地からでも安全にものづくりを始められるような仕組みを立ち上げようとしましたが、これは実現できませんでした。自分がやりたいと思うようなプログラムを立ち上げるのは非常に大変です。

というのも、私たちの場合、エンジニアが中国に戻れないというだけでなく、中国に訪問する人を前提にしたビジネスモデルが問題だったからです。メイカースペースがあっても人が来なければ意味がありません。私たちのクライアントの多くは欧米人で、中国に数カ月滞在している間に会員になります。しかし、帰国後に再度中国を訪れることはめったにありません。

ですから、生き残るための手段として、会員制モデルやオンライン・トレーニング・プログラムでもない施策を考える必要がありました。

アイデアにフォーカスしたアクセラレーター「Innovaton Drive」

—それが「Innovation Drive」ですね? 2021年から始められたようですが、どういうものなのでしょうか?

Innovation Driveはアイデア段階の欧米系スタートアップにフォーカスしている、ユニークなハードウェアアクセラレーターです。

アイデアを持っている人たちというのはトラックの運転手であれ、普通のフルタイムの仕事をしている人であれ、無職の人であれ、長年温めてきたアイデアを実現しようとしている人を対象としています。彼らに14週間のプログラムに参加してもらい、100人の顧客か、機能する試作品を手にするまでの道のりをレクチャーし、支援します。

100人の顧客を獲得するためには、コミュニティの構築、会社のブランディング、プロトタイプ開発や量産に必要な認証手続き、製品そのものが受け入れられるかという検証、さらにはピッチを磨き続ける必要があります。ここでは、異なるバックグラウンドを持つ40人以上のメンターがあらゆる面で指導をします。

アクセラレーター は、株と引き換えに資金を提供する形式のものや、政府がスポンサーになっているものが一般的です。Innovation Driveはその2つとは異なるモデルです。私たちのプログラムは基本的に無料で、最初に保証金を預かります。14週目に100人の顧客を獲得するか、機能する試作品の完成に挑戦してもらいます。もし14週以内にいずれかの目標を達成したら、保証金に10%を上乗せしてお返ししています。こうすることでモチベーションの向上に一役買っているわけです。

目標を達成したスタートアップは、ピッチ資料の準備に着手できます。同時に私たちが彼らをサポートするパートナーとして機能します。彼らのために投資家を探したり、製造をサポートし、ビジネスパートナーとして彼らのアイデアをマネタイズする方法を考え、彼らの会社を大きくしていくサポートができます。

私たちの側のマネタイズ手段も、彼らが海外販売の道筋を付けるなどスケールアップしていく過程で生じていきます。

—対象者の中で最年少は?

学生ですね。原則としては18歳以上を対象としていて、未成年の場合には保護者も参加必須になります。加えて、保証金を払えば誰でもいいというわけではなく選考もあります。このプログラムに参加する資格がないと私たちが判断した場合は他のプログラムを紹介することもあります。

—当プログラムによって今までにどのくらい製品を完成させましたか?

昨年は14社のスタートアップが挑戦し、4社が製品を市場に出しているか、出そうとしています。中国市場についてはまだ始まったばかりでデータがありませんが、今年3月に開催される中国の展示会でお披露目する予定です。

—彼らの多くはヨーロッパの市場にフォーカスしているのですか?

いいえ、Innovation Driveはもともとオーストラリア発のプログラムなので、オーストラリア市場にフォーカスしています。シドニーから始まり、クイーンズランドに支社ができ、ここ深圳は3番目の支社になります。そしてもうすぐコペンハーゲン(デンマーク)にも支社ができる予定です。

挑戦者の持つ製品アイデアが中国市場にフォーカスしていたり、製造・開発の過程で深圳のエコシステムを活用したい場合は、ここの深圳で相談を受けることになります。

—そしてプロジェクトがスタートし、試作品を作るわけですね。そして、工場と交渉して……。

試作品ができた段階で参加者は会社を設立し、リサーチに基づいてピッチ資料を作成します。そして製品のターゲット層やコスト、利益率を正確に把握します。

私たちは14週目に参加者を投資家に紹介します。自前の予算があって資金調達を必要としない場合もありますが、資金が必要であれば投資家とマッチングさせ、量産までに十分な予算を確保するようにします。

—投資家はどこの国が多いですか?

オーストラリア、ヨーロッパ、中国ですね。中国は深圳ではなく無錫や仏山市の政府が、対象のプロジェクトに対して100万元(約1800万円)から1000万元(約1億8000万円)まで出資します。オーストラリアには新しいプロジェクトに出資してくれるエンジェル投資家のグループがいます。他にも、ドイツ、スウェーデン、中国などの投資家から資金を集めることができます。

私たちは適切な製造業者の見つけ方を彼らに教えます。私たちが探してあげるというよりも自分たちで探す方法を教えますが、メンターとして、コーチとして伴走し、質問に答えます。常に人に頼らず自分でやり切る方法を理解させます。そうした過程を経て適切な人脈を得た上で、製造工程に入ることができるのです。また、中国や海外におけるマーケティングや販売も手伝います。

—製品化にあたってはKickstarterなどのクラウドファンディングも利用しますか?

Kickstarterは選択肢のひとつではあります。でもすべてのプロジェクトがクラウドファンディングに適しているわけではありません。

—日本からは、ヨーロッパのハードウェアスタートアップ事情について情報が少なく、なかなか見えてきません。

ヨーロッパのスタートアップエコシステムは非常に活発だと思います。政府も家庭も教育も安定していますし、一般的な生活の質もそれなりに高いと思います。教育機関によるスタートアップ支援プログラムが充実していて、政府や民間によるスタートアップのエコシステムも存在します。

オランダのメイカーズは1000人程度の民間のスタートアップコミュニティですが、オランダ政府の支援するスタートアップ・デルタはそれらのエコシステムをひとつのハブに統合して、スタートアップの成長を促しています。オーストリアにも非常に活発なグローバルアクセラレーターネットワークがあります。このように、さまざまな支援機関が各国にあり、各々が自分のアイデアをマネタイズすることに専念する仕組みがあります。

アメリカでは多くの地域でロックダウンが行われ、失業者も増加しました。Facebookを見ていると、レストランやファストフード店などの仕事はもうやりたくないと感じている人がいます。彼らはもっと面白い方法でお金を稼ぎたいと思っているようです。製品を開発したり、起業したりといった行動を取り始めている人たちがいます。もし彼らの作りたいものがハードウェアに関係しているのであれば、私たちが支援できますし、ハードウェアに関係していなくても、ヨーロッパをはじめ世界中で支援できる組織はたくさんあります。

—欧米のスタートアップが手掛ける製品は、日本のスタートアップとタイプが異なる印象があります。特に欧州は SDGsなどにフォーカスしているイメージがあるのですが。

私が見る限り、非常にスマートなソリューションが多いように感じています。IoT、インターネット関連、ゲーム関連、VR関連、スマートモビリティなどですね。教育関係はかなりうまくいっていると思います。他にも、医療、ヘルスケア、セルフヘルプケアなどです。

特に環境関連では、環境に配慮したアイデアで何かを成し遂げようとしている人たちがいますね。こうしたスタートアップは、アジアではなくヨーロッパで製造されているようです。例えば私たちのコミュニティのメンバーではありませんが、カーボンファイバーで作られたスマートフォンを開発した人がいます。材料や製造工程など環境に配慮していますが、中国で製造するのは難しかったようです。一方でドイツにはカーボン製品を作るメーカーがあり、高い技術力を武器にドイツ国内で製造しています。中国は政府がグリーン目標を立てて企業を後押しすることはあっても、素材の需要が市場にはないようです。2022年は自分のリソースの90%をInnovation Driveに注ぎ込んでいきます。


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オンライン・オフラインの両面で14週間のトレーニングを実施してスタートアップを成長させるInnovation Driveは、2022年に200人以上の起業家・発明家を集めることを目標としている。

アイデアの段階から始まってプロトタイプを作らせ、マーケティングや市場への出し方を教えて製品化までの道筋を付ける方法は、コロナのロックダウン期間中にアイデアを温めていた欧米の意欲あふれる若者たちの背中を押している。

コロナ前から深圳でスタートアップに開発の場所を提供していたHenk氏は、この新しい取り組みによってさらにコミュニティを拡大しようとしている。コロナ禍で文字通り分断されてしまった今、オンラインで欧米と深圳をつなぎ、欧米系メイカーのアイデアを形にできるよう深圳から技術や資金援助を行い成功に導く彼のような存在は貴重であり、われわれ日本人も学べる点は多いのではないだろうか。

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