プログラミング教育の今
小学校での必修化から2年、プログラミングはどう教えられているのか?
2020年度に導入された小学校でのプログラミング教育の必修化。あれから2年、児童一人一台、タブレット端末をもつ時代を迎え、その重要性はますます高まっている。新型コロナで学校現場が大混乱する中、どこまで進んだのだろうか? ある小学校の先生の取り組みを紹介しながら、その実態をレポートしてみたい。
小学校でのプログラミング教育。いざ始めてみると……
2016年の政府の方針を受け、文科省が2020年度に小学校での必修化を決めたプログラミング教育。各小学校は待ったなしで導入に取り組んできたものの、全国的に準備が整ったとはいえない中、元年となる2020年を迎えた。そこへ襲ってきた新型コロナウイルス感染拡大の影響。プログラミング教育どころか通常の授業さえできない異常事態に、学校は対処しなければならなくなった。
あれから2年がたち、現場も少しずつ落ち着きを取り戻す中、プログラミング教育はどうなったのだろうか?
日本型公教育は、まず文科省が指針を出し、各自治体の教育委員会が具体的な方針をまとめ、各学校に通達。現場では現状に沿って、方針に則った授業カリキュラムを組む。上意下達式だが、教育の機会均等と質を担保している。
だが現実には、学校間での差異は避けられない。特にそれが新指導要領の実施時期に重なると、どうしても違いが生まれる。
プログラミング教育必修化についても、それは同じだった。
プログラミングは教科ではない。またプログラミング言語を習得させ、将来のプログラマーを育てるのが目的ではない。あくまで「プログラミング的思考を身につける」が目的になる。すでにある教科の中に、どうカリキュラムに組み込んでいくかは各学校に任されている。
学校の現場には、平均的な教員に比べてデジタルに詳しい、キーマンとなる先生の存在が欠かせず、導入前はさまざまな研修制度を通して、その育成を図った。ただ、どうしても全国一律とはいかない。キーマンとなる先生がいない、またはその技量が伴わない、という事態が起きた。ただでさえ、新型コロナウイルス感染対策のためのオンライン授業の実施などに追われ、意欲があっても新しいカリキュラムに取り組む時間が確保できない。任された多くの先生は、懊悩の日々を過ごした。
教育をめぐる環境の変化
この2年間で、プログラミング教育に関して大きな環境の変化が起きた。
一つは文科省の「GIGAスクール構想」によって小学生に一人一台、タブレット端末が配布されたこと。構想自体は2018年に持ち上がったものだが、2021年度に全国展開された。それに伴って学校でのネット環境も劇的に改善された。児童は学校での授業を通して、いつでもどこでもネットにつなげられるようになった。これまでの教育ICTの歩みを考えれば、劇的な進歩といえる。
もう一つは、高等学校で、デジタルリテラシーを体系的に学ぶ教科「情報Ⅰ」が文系、理系にかかわらず、2022年度に必修化されたこと。当然、この中には、プログラミングが含まれている。そこでは小学校、中学校でプログラミングを体験してきたことが前提となる。
必修化によって2025年度には国公立大学が実施する「大学入学共通テスト」にも教科として加わることが決まっている。
小学校にタブレット端末が配布され、ネット環境が整った。プログラミングは将来大学を受験する児童にとって不可欠な体験となった。これらの要素が確定したことで、現場はさらに本気度を増して、プログラミング教育に取り組む必要に迫られたのである。
保護者の目線
学校現場に突然入ってきたタブレット端末。強力な教育機器であると同時に負の側面もある。チャット機能を使ったいじめや、学習と無関係なネットへのアクセスなどがそれだ。もちろんセキュリティを強化したり、フィルタリングをかけたり、とさまざまな対策はしているが、完璧ではない。
宿題などのため、家に持ち帰ることもありうる。好むと好まざるとにかかわらず、家庭にも入ってきてしまう。「小学生にタブレット端末をいじらせるのは早すぎないか?」心配する保護者は少なくない。学校との軋轢につながるケースも出ている。
完全否定の上にこの流れを無視するわけにもいかない。大学受験の教科になった以上、我が子の将来にも影響する。保護者の側も、本当にプログラミング教育は子どもに必要なのか、改めて本気で悩まざるを得なくなった。関心を抱く保護者は多くなり、注目度はますます高まっている。
先生も保護者も悩む中、プログラミング教育と真剣に向き合っている先生も決して少なくはない。そんな先生の一人を紹介してみたい。
ある先生の取り組み
「プログラミングで音を鳴らせばいいんじゃないの?」
班に分かれた5年生の児童が、タブレットを前に友だちと話している。ここ宮城県富谷市立富谷小学校ではプログラミングを取り入れた授業が行われていた。指導するのは、金洋太(こんようた)先生(現・宮城県登米市立佐沼小学校教諭)。micro:bitを使ったプログラミング教育の実践者として、宮城県教育委員会主催のセミナーに講師として登壇する先生だ。
この日の授業は「総合的な学習の時間」。テーマは福祉。これまでに児童は、車椅子に乗る、目隠しをして盲導犬と歩くなどのキャップハンディ体験をし、障害のある人の不便さを知った。「不便さをプログラミングで少しでも減らせないか」金先生からの指摘に自分たちでできることを班に分かれて考える。教材としては、教育用マイコンボード「micro:bit」が渡されている。
ある班では、車椅子で移動する人のために、段差に近づくと知らせてくれるブザー、別の班では、目に障害のある人がものを落としてしまったときに知らせてくれる装置を作った。
金先生は語る。
「2020年度から始まった現行の学習指導要領では、『情報活用能力をはじめとした学習の基盤となる資質・能力の育成』『主体的・対話的で深い学び』『社会に開かれた教育課程』 といった点が強調されています。実はプログラミングはこれらと非常に相性がいいんです」
「相性がいい」とは、具体的にどういうことだろうか?
「この授業では障害のある人の困りごとをプログラミングで解決するという課題に取り組んでいます。最初にキャップハンディ体験をすることで、児童は具体的な困りごとを知ります。『プログラミングで解決できないか』という視点を与えると、どんな困りごとをどうプログラミングで解決するのか、といった授業の流れが生まれます。具体的なミッションは、各々が班で協働しながら自ら考えます。プログラミングを使った装置を作って、ミッションのクリアを目指します。授業を通して児童は、『キャップハンディ体験という情報を、活用する能力』を発揮し、自らミッションを作り、クリアするための『主体的・対話的で深い学び』を得ることができます。これらは、いずれも『プログラミング』というキーワードで結びついています」
金先生の言葉は確信に満ちて力強い。
学校では「失敗」もデザインできる
タブレットを活用し、プログラミングを授業で積極的に取り入れる金先生だが、保護者の心配にはどう答えているのだろうか?
「プログラミングを体験させる上で、一人一台のタブレットは非常に有効です。同時にそこから生まれる問題があることも把握しています。それでも児童の将来へ向けて、コンピュータを使った情報活用能力の育成は不可欠ですし、『よりよい学びのために使おう』という風土のようなものが学校で醸成できれば、先生にも児童にもメリットは非常に大きい。保護者の方にもまずそこをご理解いいただけるよう、お話ししています」
さらに金先生は強調する。
「よく、児童には自動車免許に例えて話をするんですが、『インターネットには、免許がいらない。大人も子どもも、いい人も悪い人も誰でも使えてしまう。そこには事故の危険が常にある』と伝えています。その上で、学校という安全な場で小さな事故を体験することも教育だと思っています」
例えばチャット機能を使って児童が協働作業をする。ちょっとした言葉の使い方がデジタル上では誰かを傷つけ、その反動として自分が傷つくこともある。学校であればチャットで何が話されているか先生がチェックしている。決定的な事故になる前に対処ができる。「小さな失敗を体験させる」とはそういうことだろう。
「情報に限らず、モラルは主体的に身につけてこそ生きてきます。いわば子どものときから人間として必要なものをじんわり涵養していく。デジタルの世界でも同じです。家庭でも、常日頃デジタル機器を使わせながら、親が関心を持って見守ってほしいと思います」
家庭は学校より危険が多い。いくらパソコンや携帯電話などの端末にフィルタリングをかけても、やろうと思えば問題のあるサイトにアクセスすることも、SNSを使うことも可能だ。だからこそ、いたずらに禁止にするのではなく、子どもたちのモラルを涵養し、危険な行いを自ら慎むように指導したい。
もっと面白い学び
小学校でのプログラミングを導入した授業といえば、5年生の算数で正多角形を書く、6年生の理科「電気の利用」で回路を作って電流を制御する、といったところが一般的だ。そんな中、福祉とプログラミングを結びつけた金先生の授業はユニークで、各地で注目されている。
「どんな授業でもプログラミングを使えないか、いつも考えています。特にものづくりに結びつけると、さまざまな教科で使えるように感じます。将来はタブレットと同じように児童が1つずつ、micro:bitのようなマイコンボードを持って、日常的な課題をすぐに解決できるような体制が作れたら、もっと面白い学びができるのではないかと思っています」
金先生の挑戦はまだまだ続く。
金先生に限らず、プログラミング教育に熱意を持つ小学校の先生は全国にいる。先生方の日々の努力は大切だが、それを家庭や社会でサポートする体制も重要だ。次世代の人材を育てるプログラミング教育の動向からは今後も目を離せない。