長谷川学インタビュー
紙で銃を作るアーティスト長谷川学——金属の質感を紙で表現する超絶技法から生まれた世界観
アクリルケースに入ったマシンガン「M60」。鈍く光る銃身を前にすると一瞬ギョッとする。だがよく見れば、光沢に違和感を覚える。金属なのに金属ではない不思議な質感。頭が混乱する。アーティスト、長谷川学が作る世界に引き込まれる瞬間だ。
氏は「フロッタージュ」という版画技法から派生したテクニックを使い、金属の質感を紙と鉛筆だけで表現してみせる。ディテールにこだわり抜いた実物大の銃は本物にしか見えない。独特の作品はどうやって生まれたのか?(撮影:加藤甫)
「こする」ことで表現できる世界
「フロッタージュ」の「フロッター」とはフランス語の「frotter(こする)」に由来する。凹凸のあるものに紙をのせ、鉛筆やクレヨンで模様を写し取る技法。子どもの頃、10円玉の上に紙をのせて鉛筆でこすって表面のデザインをコピーしたことがある人もいるだろう。いわゆる「こすりだし」だ。長谷川氏がこの技法の面白さに気づいたのは美大生の時だった。
「きっかけは多摩美術大学の学生のときのゼミです。紙と鉛筆を渡されて『何でもいいからフロッタージュして』といわれて。校内の壁でやってみたのですが意外に面白くてはまりました。最初は壁のような平面のものだったんですが、だんだん立体物を試すようになりました」
例えば岩石。実物に黒い紙を巻いて鉛筆で丁寧に凹凸をこすり取る。最後にすぽっと紙を抜いて完成。作業はシンプルだが、そのあきれるほどの緻密さは作品を見ればわかる。硬い石が柔らかい紙で表現される矛盾。独特の世界観がここから生まれる。
「卒業後、しばらくこの技法で作品を作っていました。2001年にキリンアートアワードで準優秀賞をいただきました」
順風満帆の船出。その後順調に今の銃のモチーフにたどりついたのかと思いきや、紆余曲折があった。
「賞はいただいたものの、今ひとつしっくりこなかったんです。このままやり続けていいのかどうか。壁や岩とは違う作品が作れないか、ずいぶん試行錯誤しましたが、うまくいきませんでした。悩んだあげく『しばらくフロッタージュとは距離を置こう』と思ったんです」
その後、壁にさまざまな宇宙人を描いた「1万種の異星人」という作品を作ったり、発泡スチロールや折り紙を使った作品を作ったりした。
「なんとかしなければと思い、いろいろチャレンジしました。でもどれもフロッタージュ作品ほどしっくりこなくて。それで戻ることにしたんです」
尺取り虫は伸びんがために縮む。次のステージへと向かう助走の時代だったのかもしれない。
「まずはモチーフとして好きだった髑髏(ドクロ)を500体フロッタージュしてみました。次はキリスト像を1000体。版画に似たような感じで、コピーではないけれど同じ作品が何体もできる面白さをフロッタージュで表現してみました。昔からアンディ・ウォーホルに憧れていたので、その影響もあったと思います。彼も、版画技法をコンセプトに取り入れて作品を大量に作るということをしてましたから」
再びフロッタージュ作品へと戻った長谷川氏。ある古典との邂逅が氏をさらなる高みへと誘う。
平家物語が飛躍のきっかけ
「キリスト像を作った頃から宗教に関心が向い、やがて仏教へ。そして昔から好きだった平家物語へと結びついて行きました。軍記物で戦争がテーマですが、勝者も敗者も魅力的に描かれていて、全体としてさまざまな世界観が詰まっている。しかし最後は『諸行無常』ですべてが消えていく。生と死がひとつに凝縮されている。両極端の2つのものが一緒になっているところが、紙なのに金属に見えるフロッタージュの世界とつながるように思えたんです」
両極端のものが混在する面白さを平家物語に感じた長谷川氏。同時に戦いで使われる武器にも注目した。紙で金属の質感を表せるフロッタージュなら近代兵器をも表現できる。
「最初は大陸間弾道弾を作り、そこからロケットにモチーフを移行しました。ただ、ロケットは着色されていますから、質感より色に目がいってしまう。そこで銃に行き着きました」
銃は人を殺傷する道具ではあるが、各時代の最先端技術の結晶であり、機能を追求した上で生まれた無駄のないフォルムを備えている。それは美しく、力強い、と長谷川氏は語る。
「恐ろしいものでありながら美しさがある。ここにも両極端が混在する。紙で銃を作ればその世界観がより明確になる。モチーフとしてしっくりきました」
日本の古典が銃に結びついたとき、独特の世界観が生まれた。