長谷川学インタビュー
紙で銃を作るアーティスト長谷川学——金属の質感を紙で表現する超絶技法から生まれた世界観
銃の専門ショップでアルバイト
銃を紙で作ろうと思った長谷川氏。しかし、それまで銃のことなどまったく知らなかったそうだ。
「最初はネットで調べて型紙を切り抜いて作ったりしてみました。でもそのまんま作ったのでは単なるコピーにすぎず、作品としてのオリジナリティーがない。そこで、自分自身が本物の銃を知る必要性を痛感したんです」
銃を知るといっても日本ではモデルガンが限界。そう思っていたところ「無可動実銃」というものが存在することを知る。本物ではあるが実際に撃つためのパーツは機能しないように厳重な加工が施された銃だ。
日本には、芸術品、歴史記念品としてこれを蒐集するコレクターもいる。海外で加工して、警察官立ち合いの下に税関を通し、これを輸入する専門ショップもある。銃の知識を得るため、長谷川氏はこのショップで3年間アルバイトをした。
「仕事の中には銃を分解して掃除をすることも含まれていましたから、じっくりパーツを観察することができました。ただ3年ぐらいで知識のすべてを習得することはできません。むしろ専門知識を持つスタッフやマニアと知り合えたことが、その後の創作活動には大きかったですね。また、アルバイトを始める前は、怖い人が買いに来るというイメージでしたが、実際は違っていました。むしろ戦争は嫌いという人ばかりですね。本物の銃や弾を見ているので、その威力が想像できるからだと思います」
長谷川氏の作り込まれた銃のリアル感はこうした苦労の末に生まれた。
銃で賞を取り、海外へも進出。
2009年ごろからフロッタージュによる紙製の銃を作り始め、2010年に第13回岡本太郎現代芸術賞特別賞を受賞。これをきっかけに、その後個展を開いたり、世界各地のアートフェアに出品したりするようになった。今では海外から注文を受けることもある。
「賞を取ってから少しずつ認められるようになってきました。特に海外に進出できたのは大きかったですね。海外は銃になじみがありますから。また、海外はアーティストに対して理解があるという話もよく聞いていました。実際海外で賞をもらったり、作品を購入してもらったり……。『ああ、これなのか』と思いました。私の作品はまだ評価が定まっているわけでもないので、購入してもらってもどうなるかわかりません。海外の方がそれでも買ってくれるのは、新しいものを生み出す人を応援しよう、いっしょに夢をみよう、という文化が背景にあるからだと思います」
オーダーを受けてもパッと作れるわけではない。ひたすら黒い紙の上で鉛筆の先をすべらせ、ディテールをこすり出す世界なのだ。マシンガンのような大きなものになると1体作るのに1年以上かかることもある。
「資料をそろえたり、分からないところは築いた人脈を生かして人に聞いたりしてます。そういった作業を積み重ねないとフロッタージュ作業には入れません。作っても形や質感が違うと思えば、壊して作り直すこともあります。特に海外で展示する作品を作るときは、普段から銃を手にする警官や軍人さんに見られることもあり得ます。彼らに『違う』と言われるのは悔しいですから」
最後にアーティストとして生きていくためには何が必要か聞いてみた。
「最初フロッタージュで壁や岩を作ったりしていた頃は、ただ楽しいだけで、作りたいから作っていたという感じでした。自分でもなんでやっているのかよく分かりませんでした。でも今は、両極端のものが混在する面白さを表現するという明確なモチーフの下に作っています。今後、変化していくことはあると思いますが、『これでやっていくんだ』という決意みたいなものは固まりました。アーティストとして生きていくにはそれがないと難しいんじゃないでしょうか?」
悩み苦しみ、袋小路の時代を経て、自分の中に確固としたものをつかんだ長谷川氏。さらなるステージへと進むことを期待したい。