スーパーエンジニアが自分のために作ったハードが世界へ——深セン発スタートアップM5Stack
起業にあたって、東莞から深センに移ったジミーはクラウドファンディング用のプロモーション映像を作る会社に行った際にHAXを紹介される。HAXはアメリカと深センに拠点を置くハードウェアスタートアップに特化したVC(べンチャーキャピタル)だ。
投資したスタートアップを深センの中心地にある専用オフィスに招き、4~5カ月かけて試作開発からビジネス戦略の策定までサポートし、サンフランシスコで投資家や協業先候補の企業、メディアを回るなどしてビジネス化を支援するアクセラレーションプログラムを提供している。
M5StackはHAXの審査を難なく通過し、2016年にアクセラレーションプログラムに参加する。2017年には市販モデルが完成し、中国国内での販売を始めた。
日本進出のきっかけはMaker Faire
日本への本格進出へのきっかけは2017年11月に深センで開催されたMaker Faireだった。日本でも草の根的な盛り上がりを見せていたM5Stackに注目していたスイッチサイエンスの社員が、Maker Faireでジミーにコンタクトを取ったのがきっかけとなり、翌年2018年2月にM5Stack Grayの発売を開始した。
日本での販売にあたって、スイッチサイエンスは日本国内のTELEC認証などのサポートなどWeChat(中国でトップシェアのチャットアプリ)を使って日々やりとりしていたが、ユーザーミーティングが国内で開催される際にはジミーを紹介するなどマーケティング面でもサポートした。
また、売り上げが伸びて生産が追いつかない状況になったときには、キャッシュが潤沢ではないM5Stackに代わってスイッチサイエンスが前金で全額払い、工場の生産ラインを確保したこともあったという。輸入代理店や小売事業者が資金面で比較的信用の低いスタートアップに全額前金で支払うということは稀なケースだ。
ジミーはスイッチサイエンスのサポートに感謝すると共に、エンジニアの国だからこそ日本で受け入れられたと分析する。
「日本は多くのエンジニアやMakerがいる国です。M5Stack自体、エンジニアのために開発したデバイスなので親和性が高かったのだと思います。秋葉原の電気街に行ったときも深センの華強北(ファチャンベイ、中国最大の電気街)との違いに目を見張りました。秋葉原は純粋にハードウェアに関心があって、新しいものを面白がる人が多い印象を受けましたが、華強北だと価格や機能をまず見て値切るかコピーするという文化ですからね(笑)」
M5Stackは日本ユーザーによるミートアップにも参加するなど、日本とのつながりを深めている。将来的には東南アジア市場や欧米にも進出したいと考えているが、他国でも日本のような熱量を巻き起こせるかが鍵だろう。
M5Stackはカップラーメン
現在13人の社員で開発を進めるM5Stack。法人からのカスタマイズ品のオーダーが多く、新しいモデルを毎月2~3つはリリースしているというのだから驚きだ。
「もともと、産業分野向けにスマートメーターとして開発していたので特定の業界にしか使えないということはありません。あらゆる分野のIoT化はもちろん、ロボティクスやSTEM教育などM5Stackが狙う市場は広大にあります。それゆえ今は開発に追われていますが、品質管理は最も重要だと考えています。開発スピードを維持しながら品質を担保し、防水や省電力化といった企業ごとのオーダーに対応していく——自分たちのビジネスチャンスを拡げていくためにも、今は品質管理を最優先にしています」
品質管理を重視する一方で、プロダクト開発のコンセプトはユーザーフレンドリーなUIや操作性の簡便さを損なわないことにあるという。
「僕らが注力しているのは“How to make it more easy.”つまり、なるべく簡単にいろんなことをできるようなプロダクトにしたいんです。」
M5Stackが目指すのはArduinoやRaspberry Piのようなポジションなのか。ジミーに今後のビジョンを尋ねると、彼は母国の新興家電メーカーXiaomi(小米科技)※を例に挙げた。
※小米科技(xiaomi/シャオミ)…中国の新興家電メーカー。スマートフォンでは世界シェア5位以内に入るだけでなく、家電、バッグや楽器なども扱う。
「私を含め中国人の多くが何か買いたいものがあるときにXiaomiの直営店やウェブサイトで探します。Xiaomiは安くて品質が良く、デザインも良い。多くの人のファーストチョイスになっています。M5Stackも開発者にとってXiaomiのような存在になりたいと思います。IoTに関するものを作りたくなったら、まずM5Stackでやってみる。そんなプロダクトになったら嬉しいですね」
当初は産業向けのスマートメーターとして開発したM5Stackだが、中国内外のユーザーとの交流を通じて教育分野やMaker向けのモデルなどコンシューマー市場も視野に入れるようになったという。あらゆる分野で、より早く簡単にというニーズに応えていくとジミーは将来の展望を語った。
「M5Stackはカップラーメンに似ていると思います。ふたを開けてお湯さえ注げば食べられて、時間とお金の節約になる。M5StackもIoT製品の試作開発に必要な機能が大体そろっていて、あとは自分がやりたいことに集中すればいい。もちろん、今のM5Stackにできないことがあったらぜひ教えて欲しい。できる限り多くのニーズに応えたいと思っています」