moff 高萩昭範インタビュー
スマートトイからヘルスケアに挑むMoff——世の中が求めるスタートアップに向けた戦略
腕に装着したデバイスとスマートフォンアプリが連動して、さまざまな遊びができる腕時計型ウェアラブルデバイス「Moff Band」。2014年3月にクラウドファンディングサイトKickstarterで7万ドル以上の資金調達に成功、その後大手おもちゃメーカーや量販店と提携し、国内外で大きく注目を浴びたスマートトイとして知られている。
その後、Moffバンドを利用して、装着者の歩行/バランス/関節可動域などの各種身体機能を計測できる「モフ測」や、高齢者の運動データをリアルタイムに計測し、体力維持やトレーニングに役立てる高齢者の自立支援サービス「モフトレ」の販売を開始するなど、プロダクトの用途を玩具からヘルスケアへと拡大する。そして2017年3月に、環境エネルギー投資、三菱総合研究所、ツネイシキャピタルパートナーズから総額3億円の資金調達を行い、ヘルスケア/介護事業者向けプラットフォームの事業展開の強化を前面に打ち出し、今に至っている。
スマートトイとしてブレークしたMoff Bandの開発から、同製品をコアとして介護やヘルスケア事業へと軸足を移していった過程、今後の展開などについて、Moff代表取締役の高萩昭範氏にお話を伺った。(取材:越智岳人、後藤銀河 撮影:加藤甫)
——クラウドファンディングに成功してMoff Bandの製品化に取り組まれている2014年10月にインタビューを掲載しました。その後の動きを簡単にご紹介いただけますか?
NY Toy Fairをきっかけにアメリカでブレーク
高萩氏:2014年11月にアメリカで一般販売を開始しました。2015年2月の「NY Toy Fair」に出展したことが大きな契機となり、その後現地法人を設立、アメリカでの売り上げを大きく伸ばしました。このころはトイ事業が中心で、B2Cの開拓を少しずつ始めていました。日本ではアメリカで先行する形で2017年10月に一般販売を開始しました。
——その後、Moff Bandを使ったヘルスケア関連サービスを発表されています。製品がトイとしてブレークしている2015年の時点に、方針変更を考えられたのですか?
高萩氏:いえ、方針変更というか、最初の投資を受けるときに、ヘルスケアもやりたいということは鎌田さん(注:エンジェル投資家TomyK Ltd.の鎌田富久氏)にも言っていました。Moffの「人を元気にする」というコンセプトから、高齢者向けと子ども向けは両方やるつもりでしたが、ただ同時にはできないので、まず子どもからやろう、という計画でした。
高萩氏:実はKickstarterでプロジェクトを実行しているときに、アメリカからも日本からも、「これはヘルスケア向けに使えるのでは」という声がとても多く寄せられました。2015年にニューヨークのToy Fairに出展したときに、アメリカのドクターがわざわざ僕に会いに来てくれて、「なぜヘルスケアをやらないのか!」と、熱く訴えられたこともあります(笑)。
ヘルスケア事業への可能性を感じとる
そうしたこともあって、トイとしての提携先を探すだけでなく、Moff Bandをヘルスケアに使ってデータ活用することにしようと考え、知り合いの大学の先生とモデルを作り、介護施設の経営者をご紹介いただいて原型を作りました。そして2016年頃に、日本でヘルスケアの実証実験を始めました。
——どのような実証実験をされたのですか?
高萩氏:最初は、65歳くらいのまだまだ元気なご老人向けに大学が開催している健康体操や健康測定会に参加させてもらい、データ取りから始めました。やってみると、角度情報や加速度情報などさまざまなデータが取れ、健康な方の歩行データや手の可動域、身体のバランスなど、いろいろなセンサーを取り付けてデータを取得し、どんな違いがあるのか、それを年齢ごとに見たらどうなるのかとか。
たまたま、僕の親族に大学の先生がいて、その紹介で関西の大学でスポーツ健康科学をやっている方を紹介してもらいました。個人的なつながりから、実験先を広げていきました。
現場の声を聞き、実証実験を重ねながらビジネスモデルを構築する
——Moff Bandが高齢者向けにも使えるという手ごたえはありましたか?
高萩氏:まだビジネスモデルは見えていませんでしたが、技術的にはできそうだと考えていました。実証実験からも、思っていた以上に面白いデータが取れましたし、2016年の前半頃には、ある程度は確からしいデータが担保できそうだというめどが立ってきました。
高萩氏:介護施設の経営者や病院の関係者など、実際に運営に携わっている人達のお話を聞き、現状の課題とか、リハビリテーションのトレンドなど、困りごとのヒアリングをしたり、実際現場をみさせていただいたり、実証実験をさせていただいたり、を繰り返しました。医療やヘルスケアについてはまったく知らなかったので、介護保険制度や医療保険制度など、お金の流れも含めて勉強しながら、徐々にビジネスモデルを作ってきました。
——業界に明るい人を採用されたのですか? それともご自分で調べられたのですか?
高萩氏: Kickstarterの頃と変わらず、全部自分でやっていましたよ(笑)。今では理学療法士の先生や病院の関係者に参加してもらっていますが、立ち上げの段階では自分でやらないと何も分からない。ビジネスモデルの型が決まれば、他の人に移管もできますが、最初に型を決めるまでは自分でやらないとダメです。
三菱総合研究所との出会い
——2016年12月に三菱総合研究所(MRI)と、ウェルネス新サービスの事業展開を目的とする業務/資本提携の締結を発表されました。
高萩氏:きっかけは投資家の鎌田さんの紹介です。「MRIがスタートアップと組んでオープンイノベーションをやっているらしいから、一度会いますか?」と言われて。MRIは、エネルギー、防衛、教育など、国に関わるレベルの社会的課題を考えていて、その中で医療介護も重要なパートです。そこで、まず意見交換から始めました。ゼロから始めたわけではなく、こちらが考えているビジネスモデルをもとにある程度の企画を考え、それまでのデータや事業者との実証の実績が説得材料になったと思います。
——投資を受けることで関わる人も増えると思いますが、良い点と乗り越えなければいけない点は何でしょうか。
高萩氏:良い面ですが、お互い持っていないものを補完できることが、非常に大きなメリットですね。取り組むテーマが大きいと、いろいろなプレーヤーと仕事をする必要がありますから。単独でやっていた頃より手がかかるようになったのは、やはり利害調整や意見調整の必要が出てくるところでしょうか。スタートアップに比べると、どうしても利害関係先のスピード感は遅いので、時間軸の意識合わせは大変でした。ただいったん回り始めた後は、ほとんどストレスはありません。
——大企業と組もうとするハードウェアベンチャーから、最初の意識合わせに苦労しているという話は良く聞きます。
高萩氏:まずは、先方のトップにご理解いただくというのが何より重要です。それさえクリアしていれば、後は同じ説明をするだけですから。もちろん、ただ説明するのではなく、投資家に対するピッチと同じで、製品の良さを伝え続ける必要があります。どうしてもこれがやりたいという、本気の気持ちを伝えることですね。この2つを忘れずに実行すれば、自然に回っていくのかなと思います。
VAIOのEMS事業を利用した量産立ち上げ
——Moff Bandの量産では、委託生産先としてVAIOを利用されたことでも話題になりました。
高萩氏:当時(VAIOが)EMS事業を立ち上げるという話を聞き、ちょうど良いタイミングでした。決め手はコミュニケーションコストです。確かに中国などのEMSのほうが製造は安いかもしれませんが、結局コミュニケーションに時間やお金がかかってしまい、トータルの原価としては高くなると考えています。VAIOの場合、コミュニケーションも問題ありませんし、これまでのノウハウもあります。基板や組み立てなど主要部分を、中国に頼むという発想はありません。
Moff Bandの場合、主要モジュールはこちらで直接部品メーカーや商社と話をつけてからVAIOに引き継いでいます。主要な部品の選定と調達までは自社でコミットしてやらないと、なかなかコストも下がりませんから。僕は、ある程度の性能、価格を確保するという意味で、ハードウェアスタートアップが主導権を持って進めるべきだと思っています。もちろん、細かい部品などは、EMS事業者とつながりのある部品メーカーに大量発注してもらったほうが安くなると思います。
プロダクトのローンチ計画を必達するために
高萩氏:中国を選ばなかった理由のひとつに、ローンチのタイミングを守るということがあります。ハードウェアスタートアップにとって、プロダクトが計画通りに出ないのは致命的なことですが、海外主導で進めると変動要素が多すぎます。
——確かにプロトタイプは作ったが、製品化に苦労しているスタートアップは少なくはないです。Moffではどのようなところに注力されていますか?
高萩氏:全体のスケジュール感が見えているかどうかは重要です。僕は、INDIEGOGOが出している「Hardware Handbook」を読み込み、量産試作品を作ることの大切さを学びました。
原理試作や実証実験と、量産試作は全く別物です。そのまま量産できないような試作は量産試作ではないことを理解し、量産を意識しながら進めることです。特に筐体は人が触れるものなので、ユーザビリティも考えて、形状はシンプルにすべきです。複雑なものは量産も難しく、遅れる要因になります。
それに、小型化も大切ですが、ある程度の割り切りも必要です。これくらいの機能で十分だという機能の割り切りがあれば、コストも下げられます。特に、部品点数や金型の数を少なくすることにはこだわりました。最初に原価や機能を決め、逆算して設計するということです。
データを中心としてビジネスへ
——ハードウェアの量産化に成功した後、エンジニアの数は増えましたか?
高萩氏:増えましたが、クラウドやIT側が中心で、主にデータ解析ですね。Moff Band自体はほとんど変更することなく、ヘルスケア向けのデータも取得できますから、ソフトウェアの比重が圧倒的に高くなっています。
データを中心としたビジネスを回していくためには、データが何に使えるのかを理解していることが大切です。データが自分たちのサービスの強化にどうつながるのか、統計的な手法を使って分かることに価値を見出す。実際に稼働して使ってみないと、本当に意味があるデータかどうかは分かりません。
——チャットで個別機能訓練計画書の作成をレクチャーする「モフトレ・アカデミー」など、実際の介護事業者が使うことを意識されたサービスを提供されています。
高萩氏:実証実験では、利用者の身体的データがどのように取れるのかが重要でしたが、ビジネスではデータを買ってくれた人がどう活用してくれるかがポイントです。介護施設のケアマネやご家族がどんなデータが欲しいのか。理学療法士はどんなデータが必要なのか。
高萩氏:現場で得られるデータに詳しくならないと、実際使ってもらえるデータになりません。必要とされるデータを理解したうえで逆算して考えるということです。ヘルスケアの現場でデータがどのように使われるのか、何が困りごとなのか、どうしたら売上げが伸びるのか、そうした構造を理解したうえで、業務に必要なソリューションがすべてパッケージ化されるように、設計しています。
——今後の活動について、教えてください。
高萩氏:高齢者の身体的な健康を中心に考えていますが、今後は生活全般を含めたトータルパッケージとして展開していこうと考えています。少しずつサービスも増やす予定で、高齢者の介護予防(注:要介護状態になることを防いだり、状態の悪化を防止し改善を図ること)という観点から、必要なものがそろうようにしていく予定です。
時代の流れを読むことの大切さ
——これからハードウェアスタートアップを目指す人に、経験者としてメッセージをお願いします。
高萩氏:時代の流れによって、ハードウェアスタートアップに求められるプロダクトは変わってくると思います。僕たちがMoff Bandを作った当時は、ガジェットが求められる時代だったので、あれが正解でした。ガジェットが世の中にあふれている今だったら全然ダメだから(笑)、時代の流れ、トレンドをきちんと把握することです。自分がやりたいことがあっても、世の中が求めているものとマッチしないと、お金も集まりません。世の中が求めているものに合わせて、仕立て上げるという意識が必要なのかなと。
今は、特定の課題に対する特定のソリューション、より特定の課題解決型のプロダクトが求められているのではないでしょうか。例えば、伝統的な医療機器メーカーはハードウェアで完結したものしか作っていませんが、それがアプリケーションやクラウドにつながって、もっと効率的なものにすることができます。難易度はかなり高いですが、高度なテクノロジーや十分な実証実験を必要とするソリューションが求められていると思います。
僕は、ハードウェアスタートアップに逆風が吹いているとは思っていません。ただ、今まで皆が考えていた分野とは、少し違うところでどんどん高度化しているように感じます。求められている特定のソリューションに特化したプロダクトであれば、大きな成功を狙えるのではないでしょうか。