ヤドカリとセッションするアート——AKI INOMATAが見つけた生き物とデジタルの親和性
デジタルと生き物は一見、対極の存在だ。0と1で制御するテクノロジーと、そのテクノロジーを持ってしても0.1秒後の動きさえ予測できない生き物が出会う舞台を、われわれは容易に想像できないからだ。だが、AKI INOMATAさんの作品は、それがカンチガイであることを教えてくれる。デジタルファブリケーションを駆使したアート作品で、見る者を生き物とデジタルの新しいセッションの舞台に立ち会わせてくれるからだ。その舞台で、デジタルファブリケーションはどのように役立てられるのか。デジタルネイティブ世代のアーティストINOMATAさんに聞いた(撮影:加藤甫)。
「ヤドカリ」「引っ越し」「国境」がつながった
INOMATAさんは2009年、ヤドカリに3Dプリンターなどのデジタルファブリケーションで作った「やど」をすみかとして提供する作品で注目を浴びた現代アーティストだ。下が、その代表作。ヤドカリが、ニューヨークの摩天楼を載せた貝を「やど」にして闊歩(かっぽ)するさまを捉えた1枚だ。
ヤドカリに街をかたどったやどをわたし、引っ越しを期待する——。街を背負うヤドカリが見る者をクスッとさせると同時に、見る者に「果たして、自分の『殻』は何なのか」と考えさせるインスタレーションだ。
この作品のインスピレーションは、大使館の引っ越しと、友人のエピソードをきっかけに誕生した。2009年、 INOMATAさんはある話に衝撃を受けたという。建て替えに伴って、旧フランス大使館の土地が2009年10月まではフランス領、その後50年は日本領、その後再びフランス領に戻ると聞いたのだ。
時をほぼ同じくして、友人がこんな話をしてくれた。「弟がヤドカリを飼っていて、迷惑している」。アーティストの脳裏で、成長のたびに殻を交換する「ヤドカリ」と「国の引っ越し」「国境」というキーワードがつながった。その時の心中をINOMATAさんはこう語る。「私たちは『殻』にあたる国籍や住まいなどで人を見分けます。でも、人の中身は、ヤドカリのように、殻ではなく、引っ越しを続けている身体です。その共通点が、フランス大使館の引っ越しとヤドカリの引っ越しを結び付けたんです」
“デジタル”で作ったやどにヤドカリが引っ越しするまで
こうして、ヤドカリに引っ越しを期待するという、なんともヤドカリまかせの(INOMATAさんの言葉を借りれば「ヤドカリファーストの」)インスタレーション作りがスタートした。だが、制作は難航した。引っ越すそぶりを見せないヤドカリと、知恵比べの毎日が数カ月も続いたのだ。まず、やどとして、中央を丸くくりぬいた玉をヤドカリのそばに置いてみた。ペットボトルのふたに住むヤドカリの写真を環境保護団体のWebサイトでよく見ていたからだ。だが、ヤドカリはそのやどを毎回、水場に捨ててしまった。技術力も欠けていた。はじめにチャレンジした手作りのやどでは、中のらせん構造をうまく作れず、ヤドカリを振り返らせることもできなかったのだ。こうした試行錯誤の末にたどり着いたのが「CTスキャン→モデリング→3Dプリント」といったデジタルファブリケーションを駆使したやど作りだった。大学ではパソコン制御で動く作品制作を続け「パソコンは面白い相棒」と言い切るデジタルネイティブのINOMATAさんにとって、それはある意味、自然の選択だった。
だが、デジタルがすべてを解決してくれたわけではない。
「最初はCGソフトでやどの中のらせんを設計し、3Dプリンターで出力したやどを置いてみたのですが、ヤドカリはこれにも見向きもしませんでした。そこで、ヤドカリが使う自然の貝殻の形状をスキャンして、その素材やらせんの内面の加工の具合、大きさなどを微妙に変えながら、ヤドカリが気に入りそうなやどを……100以上は試作したでしょうか。こうしてなんとかフランス大使館での展示会の前に、私がわたしたやどに引っ越してそこで暮らすヤドカリの様子をお見せできるようになったのです」
「アイデンティティーの変遷」を隠しテーマに据えた「やどかりに『やど』をわたしてみる -Border-」は、国籍を超えて人びとの心に語りかけた。フランス大使館の展示会で、パリのアパルトマンや東京の高層ビルをモチーフにしたやどに住むヤドカリの作品を披露すると、多くのフランス人から「殻を交換することに共感する」というコメントを得ることができたのだ。国境を越えて暮らす人びとや、国籍取得の申請に母国の大使館を訪れた人々は、わたされた「やど」に引っ越すヤドカリと自分の生き様を、自然と自分と重ね合わせ、共感していたのだ。
やがて、転機も訪れた。誰が、なぜ掲載したのかはいまもって不明だが、2013年、このインスタレーションが「designboom(デザインブーム)」という海外のWebサイトに掲載された。翌朝、「感動した!」などとつづられた100通以上の外国語のメールが届き、2017年には「Art Insider」というメディアのFacebookに、やはりシェアされた作品動画の再生回数が2400万回以上を記録した。「ここから、流れが変わった」(INOMATAさん)のだ。
デジタルファブリケーションを駆使したアート制作は、INOMATAさんと生き物の関係を変えた。ヤドカリと、もう一歩踏み込んだ新しいコミュニケーションが取れるようになったのだ。
「それまで観察することしかできなかったヤドカリと、デジタルを介してキャッチボールができるようになりました。生き物とセッションする幅が、確実に広がったと思います」
「やどかりに『やど』をわたしてみる」は現在も進行中。ライフワークとして続けている。
“デジタル”でタコ、ビーバー、南部馬とセッション
ヤドカリの次に目を付けたのは、アンモナイトだった。6600万年前に恐竜とともに絶滅したアンモナイトは、イカやタコに近い生き物であることが分かっている。特にタコは、進化の過程で貝殻を捨てたと言われる生き物だ。これに注目したINOMATAさんは、発掘されたアンモナイト(化石)のCTスキャンデータから、その貝殻の形状を復元し、タコと出会わせる実験を試みた。すると、タコはアンモナイトを模した殻をとても気に入り「洗うために殻を取り上げようとすると、水をかけて抵抗したこともありました。タコはとても頭がいい。それが面白い」。予想だにしない、生き物とのセッションの連続だった。
ヤドカリやアンモナイトとのセッションで明らかになったように、デジタルファブリケーションは、新しいアートを作る強力なツールになる。例えば、3Dスキャナーには目視と比べようもない再現性が備わっている。これは、ビーバーがかじった木をまねたオブジェを池のわきに並べる「彫刻のつくりかた」(2018年)の制作時に多いに役立った。
目視で木のような立体物を再現すると、人はどうしても木目のような表面の形に目を奪われてしまう。しかし、3Dスキャナーなら、ビーバーがかじった歯の痕跡や小さな爪痕まで確実に再現できる。この再現性の高さが、ビーバーの歯の痕跡に「彫刻作品」を重ね見たINOMATAさんのインスタレーションの完成度を高める強力な武器になったのだ。
2018年には3Dプリンターを駆使して、絶滅した馬を走らせることにも成功した。十和田市現代美術館(青森県)で開催された個展のために、かつて南部藩(十和田地域を含む)で飼育されていたが明治期に絶滅した南部馬の骨格を、骨格標本を参考にして3Dプリンターで再現し、十和田の雪原を走るアニメーション作品「ギャロップする南部馬」を完成させたのだ。
INOMATAさんは、生き物とのセッションにこだわる理由を、自身のWebサイトでこう説明している。
「『つくる』という行為が人間だけに特権的なものではないことに着目し、生物との共同作業のプロセスを作品化してきた。生物との関わりから生まれるもの、あるいはその関係性を提示している」
見る者を生き物との予期せぬ出会いに立ち会わせてくれるINOMATAさんの「これから」に注目だ。
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作品集の紹介
「AKI INOMATA: Significant Otherness 生きものと私が出会うとき」AKI INOMATA初の作品集。13のプロジェクトを本人の解説と美しいビジュアルで紹介する。美術出版社発行。
取材協力:DMM.make AKIBA
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