アストロスケールGM伊藤美樹氏インタビュー
宇宙の掃除は待ったなし——世界初の宇宙ゴミ除去技術衛星でクリーンな宇宙を目指すアストロスケール
気象、通信、GPS……。人工衛星がもたらすデータの恩恵は計り知れない。すでに衛星なくして私たちの生活は成り立たないといっても過言ではない。これからも多くの衛星が打ち上げられ、宇宙からのデータを利用したビジネスが展開されていく。実は宇宙には誰もが知りながら、目を背けてきた大きな問題がある。それがスペースデブリ(宇宙ゴミ)問題だ。スペースデブリ除去サービスを専門とする世界初の民間企業、アストロスケールにその対策を聞いた。
(記事中の写真と動画提供:アストロスケール)
意外に宇宙はゴミだらけ
2020年9月、国際宇宙ステーション(ISS)の関係者に緊張が走った。スペースデブリが衝突する可能性が出てきたのだ。緊急の軌道変更を行い、事故を未然に防いだものの、デブリはISSから約1.4km以内を通過した。このニュースは、あらためてスペースデブリ問題が人類の喫緊の課題であることを認識させた。アストロスケールのゼネラルマネージャー、伊藤美樹氏は語る。
伊藤氏:「スペースデブリは 、故障したり、運用が終了したりした衛星やその部品、ロケットの上段などです。現在地上から確認されている10cm以上のものだけで2万個以上あるといわれています。それ以下のものとなると、数億、数兆ともいわれ、正確に実数をつかむことが難しいほどです。また、デブリ同士がぶつかって、さらなるデブリも生まれています。年を経るごとに個数が増えているのが現状です」
こんな事例もある。2007年1月、中国は運用が終わった気象衛星にミサイルを発射して破壊した。たちまち10cm以上のスペースデブリが3000個も発生したといわれる。また、2009年2月、アメリカの通信衛星とロシアの軍事衛星が衝突。やはり1000個以上のデブリが発生した。意図的な破壊であれ、事故であれ、上空500km以上の軌道上にある衛星がバラバラになれば、たちまちデブリが発生し、秒速7.8kmの弾丸(ピストルの弾の約2倍のスピード)となって宇宙を飛び続ける。
「このまま放置すれば、数十年後には宇宙は使えない環境となるだろう」と予測する研究者もいる。今、スペースデブリを除去していかなければ、運用中の衛星が機能しなくなり、宇宙開発は遅れ、地上にいるわれわれの生活さえ脅かされる事態となる。今あるデブリの除去だけでは足りない。今後デブリを出さないということも同時に進めていく必要がある。
伊藤氏:「現在は約2000機の衛星が活躍していますが、2030年には4万機を超える衛星が軌道を周回しているという予測もあります。特に注目は高度500~1000kmの軌道です。通信衛星コンステレーション*のために、この軌道に小型の衛星が今後ひしめくことになるといわれています」
この通信システムを使うと高速で高品質な通信が地球上のあらゆる地域で可能となる。すでにSpace X、Amazonといった名だたる世界企業が参入を予定している。これからの衛星打ち上げには、デブリを出さないという観点から、運用終了後の除去を同時に考える必要がある。
衛星コンステレーション:多数の衛星を協調して動作させて機能させるシステム。GPSなどの衛星測位システムや、イリジウムなどの通信衛星システムが運用されている。
宇宙で実証実験開始
2013年、世界に先駆け、民間企業としてこの問題に取り組んできたアストロスケールは、2020年度、世界初の除去衛星の実証実験に取り組む。(2020年10月現在)
伊藤氏:「設立以来、スペースデブリ除去技術の研究開発に努めてきましたが、いよいよ宇宙での実証実験の段階に来ました。我々が開発した世界初の宇宙ゴミ除去技術実証衛星『ELSA-d(エルサ ディー)』を模擬デブリとともにロシアの宇宙ロケット・ソユーズで打ち上げます。模擬デブリにはドッキングプレートが組み込まれており、ELSA-dに搭載した磁石で吸着して捕捉します。実験としては、まず模擬デブリをリリースし、次にその位置を確認。状態を診断し、回転を合わせ、捕捉して、軌道変更させます。軌道変更後は、模擬デブリを捕捉したELSA-dごと地球に落下させ、大気との摩擦で燃やします」
デブリの捕捉には、ロボットアームでつかむ、網で囲う、モリでつく、鳥もちのようなもので吸着するなど、世界中でさまざまな研究がなされているが、同社は磁石方式を採用した。他のやり方より確実かつ低コストでデブリ除去が可能だという。ただ、デブリ側にドッキングプレートを組み込む必要がある。
伊藤氏:「運用終了後の除去について我が社と契約していただいたお客様の衛星にドッキングプレートを付けていただく形になります。『これ以上スペースデブリを出さない』という観点での除去サービスです。ビジネスとしてはまずはここから始めて、次に難易度の高い既存デブリの除去サービス、静止軌道上の衛星に対するサービスなどへ進もうと考えています」
既存デブリの除去システムについては、JAXAなどと共同研究を進めていく予定とのことだ。完成すれば日本発のデブリ除去技術として世界に発信することになる。
待たれる国際的な法規制
技術開発は急速に進んでいる。ビジネスモデルもできつつある。しかし、スペースデブリ問題解決は単純ではない。国際的なルールを決め、世界が一致してこの問題に取り組む必要がある。
伊藤氏:「運用が終わった衛星は『余った燃料を空にする』『バッテリーを放電する』など、無害化して軌道を離脱させ、地球に落として燃やす、あるいは海上で回収する必要があります。各宇宙機関には除去に対するガイドラインがあり、100%の達成を求めていますが、現状では30~50%しか達成できていません。国際的なルールづくりについては関係各機関で話し合いが続いていますが、国レベルでの話となると、各国の利害も絡み、なかなか進展していきません。とはいえ、スペースデブリ問題は待ったなしであることは認識されているので、衛星関連ビジネスの進展とともにルールづくりも進むと思います」
法規制が国際的に明確になれば、新しい衛星の打ち上げとその除去はセットになり、スペースデブリ除去ビジネスも活性化されていくはずだ。
伊藤氏:「今後を考えたとき、我々の大きな悩みのひとつは人材ですね。デブリ除去に限らず、宇宙開発に関わる科学技術は総合的で多岐にわたるので、多様な人材が必要です。すでにわれわれの会社にも大企業から転職されたエンジニアの方などが集まっていますが、まだまだ足りません」
伊藤氏:「スペースデブリ除去はこれからの宇宙開発の根幹をなす問題であり、その重要性をもっと広く一般の人々に知ってもらう必要があると考えています。講演やメディア出演などの機会を利用して、啓発活動もしっかり行っていきたいですね」
生活すればゴミが出る。ゴミは誰かが片付けなければならない。宇宙でも事情はまったく同じだ。スペースデブリ除去を通じてこれからの宇宙開発を支えるアストロスケールから目が離せない。