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豊橋技術科学大学ICD-LAB「弱いロボット」に学ぶものづくりのアイデアのヒント

2021年2月、パナソニックが“弱いロボット”「NICOBO(ニコボ)」の開発を発表、クラウドファンディングでプロジェクトを展開した。NICOBOの見た目は丸いぬいぐるみで、目と鼻、尻尾のようなものが付いている。「なでると、よろこんで尻尾を振る」「寝言やオナラをしたりする」「たまに言葉を覚えてカタコトで話す」「自分では移動できない」といった特徴があるようだ。この、何かの役に立ちそうもないロボットが、約7時間でプロジェクトの目標金額を達成した。

NICOBOは、「“弱いロボット”の研究を通して、人とモノ、人と人の関係や社会のあり方を探求している豊橋技術科学大学の岡田美智男研究室(ICD-LAB)」とパナソニックとの共同開発によるものだそうだ。ロボットに多機能/高性能が求められる時代に、なぜロボットの「弱さ」に着目し、研究しているのか。そんな疑問を抱き、岡田美智男教授に話を聞きに行った。(撮影:中神慶亮[cove1])

ICD-LABで生み出された「弱いロボット」たち

取材に訪れた先は大学の研究室ではなく、豊橋市の「こども未来館」という公共の施設。ICD-LABでは年に1〜2回の頻度で「弱いロボット」たちをここで展示しているのだという。ロボットを子どもたちと触れ合わせて、その反応を見ることも研究の一環なのだそうだ。

なぜ「弱いロボット」をつくるのかを聞く前に、そもそもどんなロボットたちがいて、それぞれ何をするのか、どのように「弱い」のかを見ていこう。

●iBones(アイ・ボーンズ)

まず紹介するのは、展示会場の入り口で出迎えてくれた「iBones」。実はこのiBonesの動画がSNSで話題になったことがある。ポケットティッシュを通行人に渡そうとするロボットだ。人がティッシュ配りをするとき、例えば一歩踏み出して通行人の目の前にスッとティッシュを差し出すようなやり方であれば、受け取ってもらえる確率は高まるだろう。

iBonesは一カ所に止まって、おずおずとティッシュを差し出したり引っ込めたりするばかり。なかなか渡せない。でも、そうやっているうちに、iBonesのおずおず、もじもじした動きと、なかなか受け取ってもらえない様子を見て不憫に思ったであろう人が自ら寄ってきて、ティッシュを受け取ってくれた。

このように、「ロボット単体では何もできないが、周りの人に助けを求めることで『何か』を成し遂げてしまう」ことが、“弱いロボット”の特徴だ。

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今回の展示では、新型コロナ禍ということもあり、ティッシュの代わりに消毒用アルコールをiBonesは提供してくれていた。来場者が手を差し出すと、下のタンクからポンプでアルコールを吸い上げて吹きかけてくれる仕組みだ。

●Pocketable-Bones(ポケボー)

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ポケボーは、スマートフォンにクリップで取り付け、それを胸ポケットに入れて一緒に街歩きをするロボットだ。動くのは頭の部分だけ。自律的に左右上下をキョロキョロと周りを見回したり、人が見ているのと同じ方向や物を見たりする。

そうすると、ロボットとつながっているような感覚や、関心を共有しているような感覚があって楽しい。あるいは、見知らぬ場所を歩くときも相棒と一緒のような気がして心強い。ポケボーはそういうロボットだ。

ただ、人間だったら一緒にいる人が何を見て注意を向けているかは顔や目の向きを見て察知できるが、ロボットがそれをしようとするとなかなか容易ではない。

そこでこのポケボーでは、人がメガネを取り付けた帽子をかぶることで、それを実現する。このメガネは、JINSが開発したウェアラブルデバイス「JINS MEME」。これに搭載されているジャイロセンサーで人の顔の向きを検知している。同時にスマートフォンのカメラで外界や特定の物体を認識して画像処理を行い、人の視線と調整しながらポケボーの挙動をコントロールしている。

岡田教授は「これが実用的かは分からない」といって笑うが、将来的には地図アプリと連動させてポケボーをナビゲーターにすることで、旅先でのガイドロボットや高齢者の外出支援などへの利用も視野に入れている。

●Talking-Bones(トーキング・ボーンズ)

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トーキング・ボーンズは、子どもたちに昔話を話すロボット。でも、ただ勝手に物語を読み上げるだけではない。台座部分に備えられたカメラで子どもの顔を認識して追尾しながら、たどたどしく語りかける。「いまからね、桃太郎を話すよ」「昔々ね、あるところにね、おじいさんとね、おばあさんが住んでいたんだよ」と、こんな具合だ。

そして、「どんぶらこ、どんぶらこと、大きな、えーと……」といった具合に、たまに大事な言葉を忘れてしまう。すると、それを聞いている子どもは「わたし知ってるよ」と言わんばかりに「桃!」と補足する。トーキング・ボーンズは「あ、それそれ」などととぼけた返事をしながら話の先を続ける。そんなことを繰り返して、ストーリーの一部を子どもたちに補ってもらいながら、一緒になって物語を最後まで完成させてしまうのだ。

発話の内容に関しては、ディープラーニングで言語生成しており、リカレントニューラルネットワークで言語をつくろうとするが、古い記憶がだんだん薄れてきて情報の再入力が必要になる──そんな状態を理想としているそうだが、現時点ではまだ作り込みの途中だという。もの忘れをするのもトーキング・ボーンズの「弱さ」の1つであり、それが子どもたちの手伝おうとする気持ちを引き出すことにつながっている。

一方、ハードウェアの観点では、ロボットの体が頭の動きに合わせて生じる“よたよた”した感じのゆれが、そこに物体ではなく「相手」がいることを子どもたちに思わせるのに一役買っている。

「この“よたよた感”がとても重要。動きが硬いと誰も寄ってこないんです。体の間にいくつかスプリングを入れて実現しています。生き物って、完全に静止しているように見えて実は絶えず細かく動いています。最初につくった学生のプロトタイプでは全体の動きに硬さが残っていたのですが、 “よたよた”させたほうがいいよと言って、ばねを入れたらいい感じになった」と岡田教授は説明してくれた。

●Whimbo (ウィムボー)

写真提供:ICD-LAB 写真提供:ICD-LAB

見ての通り、マイクである。ただし普通のマイクと違うのは、モーターが2軸取り付けられており、左右に首を振ったり、うなずくような動きをすること。台座部にカメラが付いていて、人の顔を認識している。

例えば、オンライン会議ツールで話していると相手の表情が読み取りにくかったり、相づちにもタイムラグがあったりして、微妙に話しづらいと思ったことはないだろうか。そういう状況で、もしマイクが「うんうん」とうなずいてくれたらちょっと面白いし、話すタイミングを計りやすくなるのではないか──そんな発想から生まれたのがこのロボットだ。ただし、人の話をよく聞いて常に正確に反応してうなずくのではなく、たまにそっぽを向いてしまうこともあるという気まぐれな面もある。

「“気まぐれ”って大事なんですね。こちらの振る舞いに対して従順すぎると、命令を聞くだけの機械に思えてきてしまって面白くない」と岡田教授は話す。人が命令する、それにロボットが従うという一方通行な関係でなく、「主体性を持つ人間」と「主体性を持った“ように見える”ロボット」の間にソーシャルな関係が生まれることを面白がるのが、岡田教授はじめICD-LABの基本的な考え方のようだ。

ちなみにWhimboはまったく動かなくてもマイクとして使える。「コミュニケーションロボットって飽きられちゃうことが多いのですが、飽きられてもマイクとして生き残ることができる。こういうものを、ロボットとオブジェクトの間という意味で『ロブジェクト』と呼んでいます」と岡田教授は教えてくれた。

●ゴミ箱ロボット

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底の部分に車輪が付いており、ゆっくり“よたよた”と動く回るゴミ箱ロボット。しかし腕がないため自分ではゴミを拾えない。できることは、何かものが落ちているのを見つけたときに、体を少し震わせたり言葉にならない声を発したりして周囲に小さくアピールすることだけ。でも、それに気づいた人が「ゴミを捨ててほしいのかな」と察して、拾って入れてあげる。するとゴミ箱ロボットは、少しだけ傾いてお礼のような仕草をする。

自分だけではゴミ拾いを完結できない「弱い」ロボットだけれども、周囲の人の助けを上手に引き出して、しまいにはゴミを全部拾い集めてしまう。このゴミ箱ロボットは、ICD-LABが研究している「弱いロボット」の特徴を非常に端的に表しており、代表作とも言えるものだ。

「床に落ちているものをゴミだと判断し、ゴミ箱に捨てる」という一連の作業をロボットで実現しようとすることは、実はかなり難しい。「何でもいいから拾い集める」ならまだ実現可能かもしれないが、「ゴミなのか、捨ててはいけないものなのか」の価値判断はロボットにとって容易でないことは想像できるだろう。

でも、人間なら、簡単に判断できる。だったら無理にロボットにやらせようとしなくても、その部分は人間が補えばいい。そういう関係性が生じるのを促すのが、ロボットがさまざまな形で見せる「弱さ」なのだ。

人同士のコミュニケーションを解き明かすために「弱いロボット」をつくる

岡田教授は、東北大学大学院で工学研究科博士課程を修めた後、NTT基礎研究所、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)勤務を経て、2006年から豊橋技術科学大学 情報・知能工学系で教えるようになった。前職のATR時代から続けている「弱いロボット」を、現在はICD-LABで学生たちと研究している。

研究室の名前のICDとは、「Interaction and Communication Design」の略だ。実は「弱いロボットをつくる」ことはICD-LABの目的ではなく、あくまで研究の手段である。ロボットだと、例えばポケボーをつくろうとしてみて分かったように、人と同じ物に注意を向けることは容易ではない。なぜ人同士のように上手くいかないのか。これを、ロボットを通じて際立たせることによって、人同士がどのようなメカニズムでコミュニケーションをとっているのかを解き明かすことがICD-LABの主たる研究テーマである。さらにその先には、研究から得た人間科学的な知見を、ソーシャルなロボットや、人とロボットとの関わりに生かしていく目的もある。

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ロボットというと、人は高機能なものを期待する。かつてはホンダの「ASIMO」や、近年ではボストン・ダイナミクスの創り出すロボットに目を見張り、「こんなに人間に近づいたのか!」と感心する。ロボットの研究は、知性や行動を人に近づけ、人らしさを追い求める方向で進んできた。岡田教授はそれを「足し算型のデザイン」と呼ぶ。

それに対し、弱いロボットの研究は「引き算のデザイン」なのだという。「ロボットに機能を追加していくのではなく、逆にコミュニケーションや社会性と関係のない要素をどこまで削ぎ落とせるかを考えてきた」と岡田教授は話す。

その結果としてできたのが、削ぎ落とし切る一歩手前の「ロブジェクト」であり、できることは物足りなくて、でもどこかに生き物らしさを感じられて放っておけない「弱いロボット」たちなのだろう。

あり合わせのものでつくってみる「ブリコラージュ」の考え方

自分でも「弱いロボット」をつくってみようと思ったMakerがアイデアを出す上でのヒントを岡田教授に聞いてみたところ、「僕らは『ブリコラージュ』という言葉をすごく大事にしています」という答えが返ってきた。

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ブリコラージュとは、フランスの社会人類学者であるクロード・レヴィ=ストロースが『野生の思考』という本の中で紹介した言葉で、「寄せ集めて自分で作る」といった意味だそうだ。例えば、レシピ通りに料理をつくると予定調和的な味のものしかできない。でも、冷蔵庫の中のあり合わせの食材を利用すると、意外と美味しくオリジナルな味が生まれる。そのように、あり合わせのものを上手く使うこと、その中で工夫することをブリコラージュと言うのだそうだ。

「制約ってありますよね。締め切りが迫っているとか、技術が足りないとか、予算が足りないとか。僕らはそういう制約をうまく味方につけて、その場その場であり合わせのものを上手に組み合わせると、オリジナルで面白いものができるという発想なんです。それはアイデアを生み出すときも全く同じで。『こんな技術が使えればいいのに』なんて言っていては単なる愚痴になっちゃうので、『無い』ことをうまく利用するということをやっています」

アイデアが生まれるのは、研究室のメンバーが雑談している中からということが多いそうだ。例えば今回の展示イベントにおいて、iBonesという元々ティッシュ配りをするロボットをどうしようかという話になった。しかし、ティッシュを一度人に渡してしまうと、人の手で次のティッシュをiBonesに補給してあげなくてはならない。

「何か面白い使い方はないかな……と話しているうちに、たまたま今コロナ禍にあって、手を差し出してアルコール消毒してくれるようなロボットがいたら面白いよねという冗談半分のような話から実現しました」

雑談中にアイデアが浮かぶと、学生たちの誰からともなく「ちょっと消毒液のボトルを買ってきて、ちゃんと動くものを作ってみよう」という空気になり、センサーやマイコン、ポンプ、チューブなどを調達してきて、2〜3日でiBonesにアルコールを噴霧させる仕組みを作り上げたのだそうだ。

弱いロボットは引き算のデザインから生まれる

岡田教授は「引き算のデザインは個人的なファブでも手が届きやすい」と話す。

確かに、ヒューマノイドロボットをつくりたいと思っても、金銭的にも時間的にも莫大なリソースが必要になりパーソナル・ファブリケーションとしては成り立たないかもしれない。でも、「弱いロボット」ならアイデア次第で面白いものがつくれそうだ。

「引き算をするのでも、いろいろな側面があります。例えばコミュニケーションや言葉をどこまで削ぎ落とせるか。僕らはよくロボットに『モコ語』という言葉を話させるのですが、これは『モコー!』とか『モコモン!』というふうに意味をなさない言葉なんですね。言葉は発するけれど、言葉の意味を削ぎ落とす。でも、どこか生き物らしさがあって、それでいて人間からいろんな解釈を引き出します」

例えばゴミ箱ロボットが床に落ちているもののそばで「モコー」と言えば「ゴミを拾って」と言っているように聞こえるし、拾い入れてあげたあとに「モコモン」と言えば「ありがとう」と言っているように聞こえる。

「ロボットの顔や表情をどうするかという時に、一番必要なのは志向性なので、目を残したいとなることが多いです。でも目は2つなくてもいい。あるいは肯定の意味でうなずいたり、否定の意味で首を横に振ったりする社会的な表示機構も必要。そうやって、できるだけシンプルになるように考えていくことです」

引き算をして、生き物らしさが何もなくなる一歩手前の境地で「何だけを残すか」を考えることがポイントになりそうだ。

「僕らとコミュニケーションできる対象であることを考えると、機械とかただのモノというのは考えにくい。だから、生き物らしさ、どこかにソーシャルな性質を残しておけばいいわけですが、それをどこまで残すかという辺りが考えどころです」と岡田教授はアドバイスしてくれた。

ICD-LABのウェブサイトでは、本記事で紹介しきれなかった数々の「弱いロボット」たちが、論文タイトルや動画とともに紹介されている。興味を持った読者はぜひ一度訪れて、自分なりの「弱いロボット」のアイデアを膨らませてみてほしい。

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