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目指すは聖地! 東急ハンズ渋谷店が「3Dプリント植木鉢」を売り始めた理由

ものづくりをする人の心強い味方、東急ハンズ。fabcross読者の皆さまも、一度は利用したことがあるのではないでしょうか。工作に使える素材や道具はもちろん、ハンドメイド作家の作品なども取り扱っていますが、最近「あるもの」がSNSをザワつかせています。

噂を聞いて筆者がやってきたのは、東急ハンズ渋谷店の7Aフロア。このエリアでは、観葉植物やその周辺アイテムを取り扱っています。そしてその一角に並んでいるのが……

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そう、3Dプリンターで作られた植木鉢が販売されているんです。

「3Dプリンターワールド」と名付けられた区画には、色も形も異なる、多種多様な3Dプリント植木鉢がずらり。しかもこれ、複数の作家さんが作ったものを、東急ハンズに委託するという形で販売しているんです

DIYショップの代名詞とも呼べる東急ハンズで、3Dプリンターで作ったアイテムが売られているなんて、なんだか個人のものづくりも新たな時代に到達した感じがしますね。

「3Dプリンターワールド」の仕掛け人、東急ハンズ渋谷店の緑川浩一さん。 「3Dプリンターワールド」の仕掛け人、東急ハンズ渋谷店の緑川浩一さん。

そもそもどういう経緯で、こうしたコーナーが始まったのでしょうか。東急ハンズ渋谷店でバイヤーを担当する緑川浩一さんにお話を伺いました。

(取材は2022年1月28日に行いました)

コロナ禍で始めたSNSサーベイ

淺野:このフロアは観葉植物に関する商品を扱っているんですね。

緑川さん:私も観葉植物が趣味なのですが、植物を育てていると、鉢にもこだわりたくなるものです。ここでは、どこでも買えるような一般的な鉢はあまり扱わず、土に埋めて分解できるものや、盆栽屋さんが持ってくる和風のものなど、特色あるアイテムを置くようにしています。

淺野:そういったアイテムはどのように見つけるのでしょうか?

緑川さん:日本各地で開催されるフェスやマルシェに通い、作家さんにお声がけして買い付けていました。でも、コロナ禍でそうしたイベントが軒並み中止になり、直接足を運んで情報を集められなくなってしまったんです。

盆栽屋さんから買い付けた和風の植木鉢 盆栽屋さんから買い付けた和風の植木鉢
茨城のマルシェで見つけた、個人作家によるモルタル製の植木鉢 茨城のマルシェで見つけた、個人作家によるモルタル製の植木鉢

緑川さん:作家さんに会いに行けない中、どうやって情報収集しようかと困っていました。私は個人のInstagramアカウントで私と同じような植物を育てている人をフォローしているのですが、あるときInstagramを眺めていたら、タイムラインに3Dプリント植木鉢の写真が流れてきたんです。

調べてみるとBACHIという作家さんの作品で、素直に面白いなと思いました。すぐに買いはしなかったのですが、気になって何度かWebショップを見返しているうちに、店舗に置いてみたくなってきまして。

BACHIのInstagramには、3Dプリント植木鉢の製作過程や利用例が投稿されている。 BACHIのInstagramには、3Dプリント植木鉢の製作過程や利用例が投稿されている。

緑川さん:そこで思い切って自分のアカウントから「東急ハンズ渋谷店の緑川と申します。当店で委託販売させていただけませんか?」とメッセージを送ったんです。

淺野:東急ハンズの店員さんからメッセージが来るなんて、嬉し過ぎるサプライズ!

緑川さん:お声がけした作家さんの反応は「本当に良いんですか? 東急ハンズ渋谷店さんで売っていただけるんですか?」というものがほとんどです。こちらが頼んでいる立場なので、そんな言い方をしないで下さいと思うのですけれども……(笑)

淺野:それだけ東急ハンズは親しみと憧れがある場所ということですね。

次々現れるクリエイター、3Dプリント鉢のここがすごい

緑川さん:メッセージを送ってからトントン拍子に話が進み、BACHIさんの植木鉢を委託してもらえることになりました。3Dプリンターで植物のフィギュアを作るLOBINDONさんにもお声がけして、まずはこの2人の作家さんのアイテムを店舗で扱い始めました。最初は特に「3Dプリント製」というくくりも設けず、他の商品と一緒にフロアの奥の方にこぢんまりと置いていました。

淺野:ところどころに置いてある植物のフィギュアも、3Dプリンターで作られていたんですね!

3Dプリントしたものをひとつひとつ着彩したLOBINDONのフィギュア 3Dプリントしたものをひとつひとつ着彩したLOBINDONのフィギュア

緑川さん:LOBINDONさんが店舗に来られた時、別の作家さんが作った3Dプリント製のアイテムをお土産に持ってきてくれました。こんな風に作家さんに紹介してもらったり、引き続き自分で調べたりしているうちに、売り場で扱う点数が増えていったんです。2021年12月にはフロアの入り口に近い場所に特設エリアを設け、「3Dプリンターワールド」と名付けてリスタートしました。

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淺野:口コミやSNSで3Dプリント植木鉢の輪が広がっていったんですね。 3Dプリント製品ならではの特徴やメリットがあれば、詳しく教えてください。

緑川さん:特徴の1つは軽いことです。植木鉢は陶器や厚めのプラスチックで作られていることが多いので、初めて3Dプリント製品を手に取ったお客さんが「軽っ!」と驚く声がよく聞こえてきます(笑)。

The Mesh Potの「The Cylinder Pot Long TE」。全面に立体的で細かな穴が空いているのが特徴。 The Mesh Potの「The Cylinder Pot Long TE」。全面に立体的で細かな穴が空いているのが特徴。

緑川さん:通気性と排水性が良いこともポイントです。いま流行りのアガベのような、根っこが空気を求める植物には、微細な穴の多い3Dプリント植木鉢が向いています。底面に穴やスリットが入った植木鉢はよくありますが、側面にも細かな穴が空いた形状は3Dプリントならではの特徴ですね。

淺野:最近だと3Dプリント用のソフトウェアからジャイロイド(3次元の周期的な繰り返しが可能な多孔質の幾何学構造)の印刷パターンを簡単に設定できるし、サイズ的にも機能的にも、熱溶解積層方式の3Dプリンターと植木鉢は相性が良かったのかも。

R3 LABOの「2Studs-M Saucer」。画像は販売ページより引用。 R3 LABOの「2Studs-M Saucer」。画像は販売ページより引用。

緑川さん:R3 LABOさんは植木鉢を置くための受け皿を作っています。ハニカム構造を生かして通気性と強度を両立したことで、皿に水がたまって根腐れするリスクを減らしながら、安定して鉢を置くことができます。いろいろな鉢の下に置いて使えるので、複数購入される方が多く、個数で見ると圧倒的に売れていますね。

グリッド状のスリットが蒸れと温度上昇を防ぐ「GRIDPOT」は、緑川さんがInstagramで発見。 グリッド状のスリットが蒸れと温度上昇を防ぐ「GRIDPOT」は、緑川さんがInstagramで発見。
表面のパターンが印象的なSSNシリーズは、園芸専門の雑誌で特集されたことも。 表面のパターンが印象的なSSNシリーズは、園芸専門の雑誌で特集されたことも。

緑川さん:他にも流行りのスタッズなどの模様が入った個性的なアイテムが多く、どれも人気が高いです。

淺野:3Dプリント植木鉢、機能も見た目も奥が深い世界ですね……!

売上は超良好、目指すは3Dプリント植木鉢の「聖地」

淺野:より取り見取りの品揃えですが、お客さんの反応はいかがでしょう?

緑川さん:ある程度は売れるだろうと思っていましたが、予想以上に売れています。東急ハンズ渋谷店の全体と比べても、お客さまの単価平均が何倍も高いんですよ。商品1つ当たりの価格が極端に高いわけではないので、何個もまとめて買っていく方が多い結果ですね。

淺野:それだけ売れ行きが良いと、作家さんも喜んでくれそうです。

緑川さん:商品の売上は毎週作家さんに報告しています。売り切れてしまうこともありますが、多くの方は個人で制作しているでしょうから、企業と同じように数の確保をお願いするのは難しくて。生産数や売上でプレッシャーをかけたくないという思いもあるので、今はうまくバランスが取れるように、扱う作家さんの数を増やそうとしています。

淺野:なるほど。……あの、もしもの話ですけど、自分で良い3Dプリント植木鉢が作れたら、東急ハンズさんに売り込んでみても良いのでしょうか?

作家から送られてきた3Dプリント植木鉢の品出しをする緑川さん。 作家から送られてきた3Dプリント植木鉢の品出しをする緑川さん。

緑川さん:いや〜、それをされるとちょっとビックリしてしまいますね(笑)。以前まったく別の売り場で、手編みの雑貨をお持ちになったご婦人から「ここで売ってほしい」とお願いされたのですけど、それはなかなか受け取れないじゃないですか。

淺野:た、確かに! いきなりの飛び込み営業をアリにしてしまうと、玉石混交になってしまうのか。

緑川さん:やはり売り場で扱う以上は、ある程度以上のクオリティと販売実績が必要になります。今お預かりしているものは、売るための工夫がしっかりされているんですよ。

BACHIのショップカードには、イメージ写真と共に植木鉢の特性や製作意図が書かれている。 BACHIのショップカードには、イメージ写真と共に植木鉢の特性や製作意図が書かれている。

緑川さん:例えば植木鉢の耐久性について、少なくとも1年間は自分で使って試したという作家さんが多いです。製品の特性が伝わるように、しっかり作り込んだショップカードを置いている方もいます。製品自体のクオリティに加え、こうした売るための工夫や努力があって、初めて一般のユーザーさんの手に届くものになると思うんです。

淺野:すでにネット販売で話題になっているような作品は、そうしたハードルを越えたものである可能性が高いわけですね。良いものをしっかり作れば、おのずと各所で話題になって、それが緑川さんのアンテナにも引っかかっていくのかも。

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緑川さん:最初のハードルこそ高いかもしれませんが、東急ハンズで扱わせていただくメリットも大きいと思っています。例えば、ネット通販では受注のたびに梱包や発送の手間がかかりますが、店頭では私たちが販売してお渡しするので、作家さんの負担が軽くなるのではないかと思います。

また、リアルな場所なので、お客さんが実際に見たり触れたりできることも大きな強みです。「SNSで気になっていたけど、ここで買えると思わなかった」と偶然見つける方もいますし、3Dプリント植木鉢をまったく知らない方が試しに買っていくこともあります。

淺野:渋谷の東急ハンズはたくさんの人が来るでしょうし、そこで直接見てもらえるのは本当に貴重な機会だと思います。

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淺野:特設コーナーができて数カ月経ちましたが、今後やってみたいことはありますか?

緑川さん:「3Dプリント植木鉢を見たいなら、渋谷ハンズの7階に行こう」と言われるような、いわゆる「聖地」にしていきたいです。初めて3Dプリント植木鉢と出会う人がいてもいいし、作家さん同士のコラボレーションのようなことも仕掛けてみたい。今はそのために、作家さんへのお声がけや店頭での配置替えなど、いろいろ工夫している最中です。

淺野:渋谷店限定のコラボ製品なんてできたら最高ですね! 「聖地」での取り扱いを目指して、より多くの作家さんが切磋琢磨し始めたら、より多くの新しくて素敵な作品が生み出されるかもしれません。

緑川さん:とはいえ、まだまだこの試みは始まったばかりです。日本には春夏秋冬があるので、植物関連の商品は1年を通じて売り上げが変化するのが特徴です。まずは植え替えよりも植物自体の手入れが忙しくなる前に準備できたので、今後も様子を見守っていきたいと思います。

淺野:季節ごとにまったく異なる品揃えになるかもしれませんね。今後も「3Dプリンターワールド」の様子を楽しみにしています!

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コロナ禍でのSNS活用を通じて、3Dプリント植木鉢の魅力に気付いた緑川さん。ご自身も植物を育てているだけあって、インタビュー中とても楽しそうに話されていたのが印象的でした。

個人でのものづくりや販売が容易になった昨今。DIYの文化を育んできた東急ハンズは、もはや制作の過程だけでなく、制作した作品の販売でも良きパートナーになってくれるかもしれません。

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