4~1400Kにわたって熱膨張ゼロの新物質を発見
2021/09/01 07:00
オーストラリア原子力科学技術機構(ANSTO)とニューサウスウェールズ大学(UNSW)の共同研究チームが、極めて広範囲の温度において膨張も収縮もしない、熱的に極めて安定な材料を発見した。スカンジウムとアルミニウム、タングステン、酸素から構成される直方晶系Sc1.5Al 0.5W3O12結晶であり、4~1400K(-269~1126℃)にわたって殆んど熱膨張せず体積変化もしない。基礎科学的に極めて興味深い物理現象として注目されるだけでなく、精密機器や制御機構、航空機や宇宙往還機、高精度電子部品、医療インプラントなど、高い熱的安定性が求められる用途に応用できると期待される。研究成果が、2021年5月6日の『Chemistry of Materials』誌に論文公開されている。
鉄道用レールや送電線、電子基板や半導体製造装置から航空宇宙分野まで、機械設計や構造設計においては材料の熱膨張の影響を考慮する必要がある。例えば宇宙往還機や超音速航空機では、打ち上げや大気圏再突入の際は超高熱に、また宇宙空間では超低温に曝されるので熱膨張の制御は必須だ。
常温領域では鉄やニッケルの1/10以下の低熱膨張率1×10-6/Kを示す、アンバー合金Fe-36%Niが知られており、ブラウン管テレビ時代にはシャドウマスクとして大量に用いられた。現在では精密光学や集積回路のサポート構造に用いられている。最近では、ビスマスニッケル鉄酸化物やタングステン酸ジルコニウムなど、温度上昇に伴って原子間結合が強まることを利用した、負の熱膨張率を有する物質も発見されて、応用が検討され始めている。
研究チームはバッテリー材料に関する研究を実施している過程で、偶然に熱膨張がゼロという特異な特性を持つ材料組成を発見した。直方晶系Sc1.5Al0.5W3O12結晶は、これまで報告された中で最も広範な温度範囲4~1400K(-269~1126℃)にわたり、一軸方向にも体積的にも殆んど熱膨張が見られず、体積熱膨張率は6×10-8/Kと極めて小さい。また、合成方法は比較的単純であり、アルミニウムとタングステンの酸化物は入手容易であることから大量生産が可能だという。「スカンジウムは稀少であり高価であるが、安定性を維持したままスカンジウムに代替できる他の元素についても検討している」と研究チームは説明する。
ANSTOにおける中性子およびX線回折実験によって、広範な温度範囲における材料構造を解析した結果、原子間結合や酸素原子の位置、原子配置の回転については小さな変化しか示さず、構造的安定性を持つことが確認された。現時点で、熱膨張がゼロに抑えられるメカニズムについては明らかになってないが、複雑な結晶学的特性、または動的挙動など、他の要因の協調的な作用が働いているかもしれないと、研究チームは語る。現在、この結晶について、加速器科学センターにおける非弾性中性子散乱測定を行っている。
(fabcross for エンジニアより転載)