パーソナルファブリケーションの新しいかたち
1DK+fabという新しいスタイルのマンション「カマタ_ブリッヂ」ができるまで
東京は蒲田にある「太平橋コーポ」は、築40年近いどこにでもある古いマンションだった。2015年にリノベーション工事を経て、「カマタ_ブリッヂ」に名称を変更した。最大の特徴はマンションの一階にファブスペースが新たに設けられたことだ。
3Dプリンタやレーザーカッター、比較的大きな木材をカットできるCNCルータが導入され、入居者向けの家具製作ワークショップも開催しているという。おそらく日本では初めての試みとなるファブスペース付きマンションは、なぜ誕生したのか。さっそく蒲田に行ってみた。
「カマタ_ブリッヂ」はJR蒲田駅から歩いて10分、閑静な住宅街の中にある。
1階にはリノベーション前からあった中華料理屋と、新しく設けられたコワーキングスペースとファブスペースがある。
ファブスペースには2種類の3Dプリンタにレーザーカッターと木材用のCNCルータが置かれている。
「カマタ_ブリッヂ」に導入されている大型のCNCルータ「ShopBot」は日本でも10台ほどしかないマシンで、木材加工に使われている。
リノベーションされたマンションの一室。工事完成から間も無く全室申し込みがあり、現在は空室無し。この写真の部屋はカマタ_ブリッヂの打ち合わせ室として使用している。
ファブスペースで作った家具が置かれることをあらかじめ計算して、室内はシンプルかつカスタマイズできる余地を残した作りになっている。
ファブスペースは中の様子が外からもよく見えるようになっていて、近隣の住民から「これ、切れる?」とか「今日は何を作ってるの?」と声をかけられる事も少なくないという。街のファブスペースとして機能する日も遠くなさそうだ。
「オープニングイベントを開いたところ、20人しか入らないスペースに80人ぐらいの人が来て、ものすごい熱気でした。前半にトークセッション、後半にワークショップを行いましたが、地元の区役所の人や区議会委員の方から学生までいろんな人が集まって、とてもいい雰囲気でした」
そう話すのは、このファブスペースの仕掛け人、秋吉浩気さん。マンション自体の設計はリノベーションを数多く手がけているブルースタジオが担当し、秋吉さんはファブスペースのプロデュースと機材選定、機器の組み立て、設置を担当した。
——リノベーションする際にファブスペースを導入することになった経緯は?
秋吉さん(以下秋吉)「僕は慶應義塾大学田中浩也研究室で、この施設にも導入しているShopBotという大型のCNCを使って家具を作る、“FAB SPACE”というプロジェクトを企業と共同研究していました。そのプロジェクトの作品をこのマンションのオーナーが見学に来たのがきっかけです」
「オーナーはちょうどお父さんから受け継いだマンションのリノベーション工事を予定していて、ShopBotでカットして組み立てられた椅子を見て、この仕組みを賃貸住宅の中に取り込んだら面白いんじゃないかという話になって意気投合したんです。一家に一台3Dプリンタという話もありますが、都心になるとそんなスペースも確保できない場合もあるし、持つよりは共有する方が都市部の人たちにはあっていると思います」
——機材をシェアすることで機材を使うハードルを下げて、ものづくりを介したコミュニティーを作るのが目的ですか?
「いえ、狙いは別のところにあります。いま入居者向けに、機材の使い方だけでなく、アイデアの出し方や寸法の測り方、デザインツールの使い方までを教えるワークショップを進めているのですが、消費者側にいる人たちに能動的な生産者になれる能力を身に着けてもらって、作る人と使う人のギャップを埋めていきたいと思っています。
住宅にしても家具にしても壊れたら自分では修理できないというのが当たり前になっていますが、昔は『僕らの街にはこういう問題があって、近隣にはこういう材料があって、ここはこういう風土だから、屋根はこういう形にしてみんなで作りましょう』とかって、そういう事を自分たち自身で実現できる“身体性”と、皆で話し合う“場”がありました。デジタルファブリケーションは、かつてあった生産と消費、さらには暮らしとの関係性の再構築に最適な手法だと思うんです」
——確かにShopBotのような大型の機械が使えるとなると、それをきっかけに使い方やデザインの仕方を勉強したくなりますね。
「自ら積極的にものを作ることができるツールがあるというのは、生活の質を自分で改善できるという面でも良い事だと思っています。一から作らないにしても椅子やテーブルの脚を自分の身長にあわせて少しカットして加工するとか、そういったことができる機械が、自動車を買うのと同じぐらいの値段で導入できるのは、ファブスペースを運営する側としてはとても魅力的です」
——今後ファブスペースはどのように運営していく予定ですか?
「現在はテスト運用中で、細かなルールや契約条件は関係者で詰めているところですが、最終的には使いたいときにいつでも使えるようにしたいですね。ShopBotは騒音の問題があるので日中だけの利用になると思いますが、レーザーカッターは24時間使い放題とか。それとあわせて、近隣の人向けに学校も開きたいと思っています。先ほど話したような、生産者と消費者の間を埋めていくような内容で、近隣の町工場とも繋がるような仕掛けも考えていくつもりです」
——町工場の多い大田区の地の利を生かしたプロジェクトが生まれると面白いですね。
「そうですね。蒲田という地域が持っているポテンシャルは大きいと思います。羽田空港からも近いし、海外からのアクセスが増えるきっかけにもなれば経済的なメリットもある。オーナー自身も地域に対してものづくりをしている風景を、それこそガラス張りのドアの、このスペースから提供していく事で街を豊かにしたいと思っていますし、僕もここでのケースを成功事例として、他の地域にも拡げていきたいと思います。カマタ_ブリッヂのブリッヂには、そういった異なる領域との橋渡しの意味が込められています」
カマタ_ブリッヂではデジタル工作機器を用いた家具・遊具・道具づくりを学ぶ「カマタ・ファブ・スクール」の第2期の受講生を募集している。秋吉さんの言葉にピンと来た人は是非詳細をチェックして欲しい。
秋吉浩気さんのプロフィール
職業: メタアーキテクト。慶應義塾大学SFCにてデジタル・ファブリケーションを専攻。現在、東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。RELLUF代表。カマタ_ブリッヂ工房長。Shopbotを用いた建築生産のインフラストラクチャを構築中。