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僕の机が小さな工場になる——FABRICATORが示す未来

工場の生産ラインの自動化といった話題は既に珍しいものではないが、個人の環境でもそれが現実になるかもしれない。そんな研究が日本で進んでいる。

慶應義塾大学の相部範之特任准教授らの研究チームは、卓上でIoTデバイスが製造できる「FABRICATOR」を開発した。
工作機械の複合機とも言えるFABRICATORはMakerにとっては強力なパートナーになるだろう。(撮影:加藤甫)

FABRICATORはIoTデバイスに欠かせない電子回路の複数の製造プロセスと、3Dプリンティングによる外装のパッケージングを一つの装置に統合し、IoTデバイスなどの電子機器を1個から全自動で製造できる機械だ。三角すい状の本体上部に回転式のツールチェンジャーがあり、3Dプリントやはんだづけ、切削などの工程に応じて機能を切り替えられる。加工するデバイスを置く台自体が動く「逆さデルタ式ステージ」を採用し、コンパクトなスペースでも複数工程の生産が可能になるとしている。これらの技術は特許出願済みで、国内の企業と製品化に向けた計画を進めているという。

必要な材料をアクリル製の治具に収めておけば、FABRICATORがプログラム通りに加工する。 必要な材料をアクリル製の治具に収めておけば、FABRICATORがプログラム通りに加工する。

相部氏は1975年生まれで、2005年に筑波大学大学院博士課程システム情報工学研究科修了。同年に経済産業省と情報処理推進機構の「天才プログラマー/スーパークリエータ」に認定された。現在は慶應義塾大学に籍を置く一方で、電子回路設計などの受託開発を行う会社SUSUBOXの代表取締役のほかに、2011年にオープンしたFPGA-CAFE/ファブラボつくばの元ファブマスターというMakerとしての顔を持つ。

FABRICATORの誕生には、そんなユニークなバックグラウンドが影響している。もともとはファブラボのようなスペースで、自分自身の開発を支援してくれるツールが作りたかったという相部氏。企業の研究所にしかなかったようなレーザーカッターや3Dプリンターが一般市民に開放されて、個人のものづくりのレベルは上がったが、基板設計をメインとするMakerから見れば、利用できる範囲は外装など限定的だった。

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任准教授の相部範之氏。 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任准教授の相部範之氏。

電子機器は基板の製造、ハンダの印刷、部品の搭載、リフローなど工程が多い。しかし、電子回路の試作で個人が導入できるものは非常に少ない。
直近の十数年でも安価な基板切削加工機やチップマウンターが少しずつ出てきている程度だった。相部氏は基板の製造を工場のラインのように自動化できれば、試作が加速できると考えた。

「Makerが使うような電子基板のトレンドで言えば、BGAパッケージのように手ではんだ付けできないようなチップがメインになっていたというのも大きな理由です。手作業では難しい範囲が増えてくると試作開発の幅も狭まりかねない。そこを変えたかった」

相部氏と同時期に鎌倉でファブラボを設立した慶應義塾大学の田中浩也教授からの声がけもあり、2015年4月から慶應義塾大学の研究グループの中で本格的に開発を進めることになった。当初は複数の工作機械を並べ、小さなモビリティが機械から機械へ移動するという構想もあったが、作業スペースが広くないメイカースペースには適さないことから、現在のような複合機型の仕組みに落ち着いたという。

自宅やメイカースペースが小さな試作工場になる

FABRICATORが目指しているのは自宅で大量生産できる環境ではない。自宅やメイカースペースでの試作開発を、よりスピーディーにするためのツールという位置づけだ。しかし、この機械の持つ可能性は単純な試作には留まらないという。

「例えば最適な回路を見つけるために電気抵抗が10Ωずつ違う基板を製造するとか、設定が異なるものを5つずつ製造するとか、プロトタイピングでの活用を想定しています。ただ、将来的には工程を行ったり来たりできるという特性を活かして、今まで手作業ではできなかったような三次元の回路や、3Dプリントと基板が複雑に入り組んだようなものが作れるようにしたいという構想もあります」

FABRICATORは横浜市内にある慶應義塾大学のラボで、相部氏を中心に5~6名のメンバーで開発を進めている。 FABRICATORは横浜市内にある慶應義塾大学のラボで、相部氏を中心に5~6名のメンバーで開発を進めている。

複数の工程を一つの機械で加工・生産できることだけが、FABRICATORの特徴ではない。画像認識技術や距離計測などのセンシング技術を活用し、途中で作業が失敗した場合には一つ前の工程に後戻りできる機能を開発中だ。

夜中に3Dのプリンターを動かしていて、朝になって確認すると造形に失敗していてぐちゃぐちゃになっていたという経験をしたことのあるMakerやクリエイターは多いだろう。FABRICATORはそういった失敗をプログラムで判断し、自動的に修正できることをゴールにしている。例えば基板の上にかぶせる外装の3Dプリントに失敗した場合に、切削用の工具を使って造形物を剥がしてデータ修正し、再度3Dプリントするといったことも可能になる。現在も開発中の機能だが、3Dプリンターと異なり複数の加工全てに対応する必要があるため、アプリケーションの開発は容易ではない。さまざまなパターンを想定した処理を実装する必要があるが、3年以内には製品化にこぎつけたいと意気込む。

「今の状態は、オープンソースの3Dプリンターが出始めたころぐらいの精度。まだ実用化には程遠いレベルですが、展示会でも手応えを感じていて、バイオ分野や食品製造に応用できる見込みがあるので、3年以内には製品化までこぎつけたい」

オープンソースハードウェアとして販売する理由

相部氏と共にFABRICATORの開発に携わる慶應義塾大学の田中浩也教授(左)は、FABRICATORの可能性を最大限に引き出すためにはオープンソースによる開発者の参画と、事例の共有が重要だと指摘する。 相部氏と共にFABRICATORの開発に携わる慶應義塾大学の田中浩也教授(左)は、FABRICATORの可能性を最大限に引き出すためにはオープンソースによる開発者の参画と、事例の共有が重要だと指摘する。

FABRICATORは動作保証された完成品と自分で組み立てる必要のあるキット販売の2つの形態を考えている。ハードウェアを特許で保護することで、製品開発と販売に必要なコスト回収が可能な状態を維持しながら、ユーザーがカスタマイズできる余地を残すことで、オープンソースハードウェアの持続可能性を担保したいと相部氏は語る。

「機構や回路の図面はソフトウェアと違って著作権が主張できないので、公開された時点で誰でも使っていいことになると言われている。でも、製造や組み立てなどハードウェアには莫大な費用がかかるので、そこはビジネスとしてやるべきです。ただ、従来のように誰も作れないというのではオープンソース開発が進まないので、完成品の販売は独占するが、個々の部品は誰でも製造・販売可能にするなど、特許とオープンソースを両立させたビジネスモデルを検討しています」

オープンソースハードウェアにすることで、現在の3Dプリンターがプリントや切削、基板製造といった用途だけでなく、昨今メイカースペースでも注目されているバイオ分野の研究・実験や、フード3Dプリントなど、さまざまなニーズに応えることができるようになるという。

FABRICATORはメイカースペースからイノベーションを生み出すために欠かせない機械になることを目指しているが、その実現には世界中の開発者たちの力が必要不可欠だ。

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