委託、クラファン、サブスク——「個人がものを作って売る」の今
ものづくりに取り組むうちに、ひとつの選択肢として立ち上がってくるのが「ものを売る」こと。いきなり製品化するハードルは高い一方で、即売会のようなイベントに出品したり、クラウドファンディングを利用したりと、個人や小さな組織でものを売る方法の選択肢は増えつつあります。
とはいえ実際のところ、ものを作って売る行為はどのように行われているのでしょうか? 資金繰りや品質管理など、ただ趣味でものを作るのとは違う考え方が必要になりそうです。そんなリアルに迫るため、自分で作ったものを販売しているfabcrossライター陣によるオンライン座談会を開催しました。それぞれスタイルの異なる、多様な「売る」のあり方をお届けします。
登場人物
むらさき:会社員として働きながら、自作のキーボードやキーキャップなどを販売。自宅をゆるやかなファブスペースとして開いている。
安岡裕介:アウトドアメーカーから個人事業主として独立。自身で開発したプロダクトを世に出すべく、クラウドファンディングを積極的に活用中。
大江戸テクニカ:美大出身の独立系エンジニア。カセットテープDJ文化を広げるためのコミュニティを運営し、支援者に自作のDJ装置を有料で貸し出している。
淺野義弘:fabcrossライター。本座談会では司会を担当。
企画職出身、ものづくりを学んで自作キーボード専門店へ
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淺野
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「本日はよろしくお願いします! まずはむらさきさんから、簡単な自己紹介をお願いします」
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むらさき
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「文系の大学を出た後、地図情報サービスの会社で商品や事業の企画を担当していました。新商品を提案するときにモックがあると話が早いので、FabCafeなどで工作機械を利用するようになり、退職後にはファブラボに通ってものづくりを本格的に学びました。
自分たちで作ったものだけで暮らすことに興味があったので、知人とFARMTORY-LAB というグループ活動を始め、小さなラボを開いて衣食住とテクノロジーにまつわることに挑戦していきました。その活動を書籍にまとめて技術書典*で頒布したことが、初めて何かを売った経験だと思います」
技術書典*:ITや科学などの技術について書かれた自主制作本を頒布/購入できるイベント。
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むらさき
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「個人でペーパークラフトのデータを企業に納品したりもしていましたが、次第にひとりで家で働くのがツラくなってきたので、自作キーボード専門店の遊舎工房で働き始めたというのが私の経歴です」
趣味で作って趣味で売る。同人的な優しい世界
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淺野
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「むらさきさんは遊舎工房で、個人としてキーボードやキーキャップの委託販売をしていますよね。オンラインショップだけでなく、店頭に委託販売専用のショーケースもありますが、自作キーボード界隈ではこういう販売のあり方は一般的なのでしょうか?」
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むらさき
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「そうですね、『売ることが普通』くらいに捉えられているように感じます。自作キーボードの作り方はWebや書籍で発信されているし、販売するためのプラットフォームとして遊舎工房のような場所もあるので、個人でハードウェアを作って売ることのハードルは他の分野より低いと思います」
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むらさき
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「私も自分で開発したキーボードの委託販売をしています。普通は実物を預けて、売れたときに売価から委託料が引かれた金額が支払われる形式ですが、売れ行きが良いと「ライセンス契約」に移行するケースがあります。考案者の設計に基づいて遊舎工房が製作し、売れた数に応じた「ライセンス料」が考案者に入ってくる仕組みです」
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淺野
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「夢のキーボード印税生活もあり得るということ……!? でも、むらさきさんの話を聞いていると、お金を稼ごうというよりは、趣味や生活の延長で作ったものを販売しているような印象を受けました」
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むらさき
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「ものを売って生計を立てることは考えていません。作りたいと思ったものを作っているけれど、それだけではお金がなくなってしまうので、その分くらいは補填しようというノリですね。
いま販売しているキーボードも、最初は友人に使わせるために開発したものでした。でも、基板などを発注すると、ひとつ頼むのも複数頼むのもそれほど変わらないので、余った分を売りに出すようにしたんです。良いものができたので、ある程度の需要はあるだろうと思っていましたが、実際に一瞬で売り切れてしまいました(笑)」
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大江戸テクニカ
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「在庫の管理はどうしていますか? 僕は前にステッカーを作ったのですが、一枚も捌けずに大量に残ってしまったことがあって……」
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むらさき
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「そもそも私の場合は、それほど大量にものを作りません。在庫の段ボールが積み上がっていくのもツラいので、ちょっと足りないかな? と思うくらいの数だけを作って、毎回売り切るようにしています」
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安岡
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「僕たちのような規模で活動していると、Amazonのような即日対応は難しいですよね。受注販売のような感覚を楽しんでもらえればありがたいのですが、買ってもらう人にはどのように伝えていますか?」
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むらさき
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「私は発送作業が遅いので、売る時点で『のんびり発送するので待っていてください』みたいなことを書いて、人間らしさを出すことを心がけています(笑)。今のところ、そのメッセージを理解した人しか買っていないので、『発送が遅い』とか『クオリティが低い』といったクレームが入ったことはありません。きわめて小規模な、優しい世界の中で売っている感覚ですね」
尖ったものを作るため、アウトドアメーカーから独立
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淺野
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「続いて、安岡さんのお話を伺いたいと思います」
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安岡
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「僕はアウトドア製品メーカーのイベント部門にいて、子供と一緒にキャンプをするような仕事をしていました。平日はイベントの準備をして、土日はキャンプに繰り出す生活でしたね」
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安岡
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「所属はイベント部門でしたが、自分で作ったものを世に出したかったので、社内でのアイデア公募に参加していました。複数人で考える集合知的なやり方は『ぬるい』と思っていたので、個人で試作品を作って持ち込むようになりました。
そこで3Dプリンターが必要になったのですが、完成品を買う前に、自作する文化を知ってしまって(笑)。会社近くのファブ施設を使いながら、1年4カ月かけて自作の3Dプリンターを完成させました。その過程でものづくりの楽しさをつくづく感じて、大阪から東京にあったTechShopまで夜行バスで通ったりしながら、オリジナルの試作品を作っていました。
でも、自分がこだわって作ったものを会社に持ち込んでも、どうしても商品化の過程で角が取れてしまうんです。大事にしていた要素が何気なく省かれたり、意図しない色になってしまったり。それが耐えられなくなって、独立することに決めました」
クラウドファンディングの長所と短所、「早く卒業したい」ワケ
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淺野
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「個人事業主になってすぐ、iPhone用の木製バックプレートのクラウドファンディングに挑戦していますが、これはどういう経緯だったのでしょうか?」
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安岡
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「同じファブ施設を使っていた知人から勧められたのがきっかけです。もともとは自分のために作ったプロダクトでしたが、まずは何事も経験だと思い挑戦することにしました」
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淺野
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「プロジェクトは目標金額を超えて成功しましたが、実際にやってみていかがでしたか?」
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安岡
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「自分を応援してくれる人とのつながりができ、商品販売に必要なノウハウも学べたのは良い経験でした。一方で、クラウドファンディングというのは早く卒業しなくてはいけない媒体だとも感じました。
クラウドファンディング向けの商品は星の数ほど生まれているし、単発のプロジェクトで消えていくブランドもたくさんあるので、それらと同じように振る舞っていたら長続きできません。あくまでマーケティングの試行錯誤段階で使うものだという印象です。
正直なところ、広告や見せ方の影響力がとにかく強いので、商品自体の良し悪しとクラウドファンディングで売れるかどうかは、残念ながら別の話だと思います。だから、自分で作ったものでクラウドファンディングに挑戦して売れなかったとしても、落ち込む必要はないんですよ」
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むらさき
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「落ち込まなくてよい。良い言葉ですね……!」
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安岡
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「数は少なくても『良い』と言ってくれる人がいたり、好意的なフィードバックが来たりするのであれば大切にしてほしいし、それを誇りに思って次の商品を作ることが大事だと思います。
今は独立後に知り合った弁理士さんたちと組んで、特許を申請しながら、パートナー企業さんが主体となったプロジェクトを公開しています。『クラウドファンディングを卒業したい』と言いつつも、僕にはまだまだ知名度がないので、このキャンペーンの反応を見ながら勉強している最中です」
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大江戸テクニカ
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「会社でつくると尖ったものが丸くなってしまうという意見、よく分かります。かといって、丸くなるのが必ずしも悪いわけではなくて、折り合いをつけてもらう仲間がいることで、ちょうど良い塩梅になることもありますよね」
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安岡
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「僕はひたすらものづくりにこだわってしまうタイプなので、完全に一人だと際限なく進めてしまいます。会計を共にする仲間が適切なタイミングでストップをかけてくれるので、そういう別の目線には助けられています」
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むらさき
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「一緒にやろうと言ってくれる人がいるのはうらやましいです」
制作が生活の中心、好きなことを続けるカセットテープDJ
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淺野
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「最後は自分で作った装置でカセットテープDJに取り組む大江戸テクニカさんです」
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大江戸テクニカ
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「美大でカセットテープを使ったアート作品を作っていました。卒業後も会社で働きながら制作活動を続けていて、ある時カセットテープでDJをする機構を思いつきました。学生時代から制作が生活の主体だったので、風呂はないけれど大きい部屋を借りて、そこでカセットテープDJ装置の開発に取り組んでいます」
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大江戸テクニカ
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「fabcrossでカセットテープDJの記事を書いたところ、音楽好きの人たちから反響があり、特にDJをやっている人からの反応が良くて手応えを感じました。もともとカセットテープが好きだったこともあり、そのうち『カセットテープDJだけで暮らせたら面白いな』と思うようになり、なるようになるだろうという根拠のない自信もあって会社を辞めました。
退職後のお金のことはあまり考えてないというか、期待していませんでした。自分が好きなことだけでやっていけたほうがよいので、お金よりはやりたいこと重視で進んで、足りなかったらバイトをすればよいぐらいに思っていました」
低リスクで改善のヒントも。サブスク形式でDJ装置をレンタル
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淺野
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「今はオンラインサロン・ファンクラブ運営サービスのCAMPFIRE Community で『カセットテープDJを作ろう、育てよう、広めよう』というコミュニティを開き、月額制で装置を貸し出していますよね。装置の販売ではなくサブスクリプション形式にしたのはなぜでしょうか」
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大江戸テクニカ
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「基本的に音楽やDJをやっている人はお金がないので、原価でも値が張るカセットテープDJ装置をそのまま売り出したとして、なかなか買い手がつかないだろうと考えたからです」
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大江戸テクニカ
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「装置も継続的に改善していくつもりだったので、不具合やバージョンアップがあった場合でもすぐに交換できる仕組みを探した結果、月額で資金を募れるCAMPFIRE Communityに落ち着きました。今は『月額5000円で装置を貸し出し、6カ月間の継続で装置を贈呈する』プランに30人以上が登録しています」
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安岡
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「定期的な支援をいただけるのであれば、先行の開発費が足りない個人でも、ものづくりのプランを考えやすくなりそうです」
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むらさき
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「いきなり完成品をつくるのは難しいので、支援者からフィードバックをもらいながら改善できるのも良いポイントですね」
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大江戸テクニカ
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「普段ヒップホップ系のDJをやっている支援者の方が、カセットテープDJにもガッツリ挑戦してくれていて。ミニ四駆でカセットテープを高速回転させたりしているので、そういう挑戦は見ていて面白いし、装置が発展する種にもなります。
また、海外にいる支援者に装置を送ったとき、輸送中に3Dプリント製のパーツが壊れてしまったことがありました。それを機に金属製のパーツに切り替えているのですが、もしコミュニティでのやりとりがなければ、大きなトラブルになっていたかもしれません。売り手と買い手の双方にとってリスクが少ないのは、サブスク形式の良いところですね」
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淺野
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「コミュニティの運営はどのように行っているのでしょうか?」
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大江戸テクニカ
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「月に一度オンラインのミートアップを開いたり、文書で連絡を取り合ったりしています。以前自分で作ったカセットテープをメンバーに配ったのですが、そういったプラスアルファの価値を提供できれば、もっと支援者に楽しんでもらえるかなと思います」
ものの「値段」はこう考える
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淺野
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「委託販売、クラウドファンディング、そしてサブスク形式。三者三様の『ものを売る』方法を紹介してもらいました。ひとつ気になったのですが、ものを売るときの値段はどのように決めているのでしょうか?」
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むらさき
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「会社で商品企画をしていた経験があるので、材料費以外の原価も計算することが体に染み付いています。販売管理費や人件費、質問や欠品への対応、製品になる前に作ったものの費用を研究開発費として按分して商品価格に乗せることなどもしっかり考えて、マイナスにはならないように気を付けています」
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安岡
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「僕は会社員として『リーズナブルにする』という考えが根付いていたせいで、無意識のうちに安く値付けしそうになっていました。会社と個人では財布の考え方が違うし、もし低すぎる値段設定をしてしまうと、消費者が『この値段で商品を出せるんだ』と認識して、業界内で迷惑をかけてしまうかもしれません」
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むらさき
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「値段は後から変えづらいし、難しいところですよね。私はあくまで趣味として活動していますが、ものを売ることだけで暮らすパターンを想定して、そういうチャレンジをする方々を阻害しないような値付けを意識しています」
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淺野
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「カセットテープDJ装置は売り切りではなくサブスク形式で提供していますが、金銭面での差はありますか?」
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大江戸テクニカ
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「月額分しかお金が入ってこないので、最初の頃はマイナスになってしまいました。最初に作りためておけるものであれば、サブスク形式は金銭的にも優位性が生まれると思います」
本業と個人制作の関係性
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淺野
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「そういえば、みなさん本業の仕事をしながら個人で制作に取り組んでいましたね。会社の方からはどう思われていたのでしょうか」
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大江戸テクニカ
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「僕がいたところは原則副業禁止でした。カセットテープDJとしての活動は会社のエラい人に相談した上で、黙認という形でした」
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安岡
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「僕の会社も完全に副業禁止だったので、いろいろ縛りがありましたね。例えば展示会で交流したくても、会社の名刺しかない状態で動き回るのは難しいし、個人的なものづくりに取り組めるのは夜10時から深夜2時くらいまでで、次の日の仕事に影響することもありました(笑)。一般論として、個人の活動で学んだことを本業に生かせれば、良いサイクルが回ると思うのですが……」
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むらさき
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「私は本業として店頭でお客さんと接していたので、キーボードを組み立てる方法や、つまずきやすいポイントなどがよく分かっていました。その経験は自分で作る商品の設計や説明に生かされています」
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淺野
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「会社での活動と個人での活動は、うまくバランスを取れば双方に良い影響があるように感じました。これを読んだ経営者の皆さんにおかれましては、ものづくり系の副業を大目に見てもらいたいなぁ、というあたりで座談会を締めたいと思います。みなさんありがとうございました!」
ものを作るだけでなく、誰かに届けるために「ものを売る」。そこで得られる経験やノウハウには、制作活動をさらに豊かなものにするヒントが眠っているように思えました。まだまだ始まったばかりの2022年、新たなチャレンジとして「ものを売る」ことにもチャレンジしてみたくなる座談会でした。