大学から始まるものづくりの今
研究成果を共有するORF——開かれた大学を目指すSFCの取り組み
2014年の振り返りとデジタルファブリケーションの未来
田中氏に、今回のORFの様子や2014年のデジタルファブリケーション分野の動きなどの振り返ってもらいながら、2015年以降の展望などについてインタビューした。
——今年1年間はどうでしたか?
今年は「それぞれの現場に合った、専用の3Dプリンタを作る」が研究室全体の大きな方向性でした。いまのパーソナル3Dプリンタでできることは、やはり素材も大きさも限られています。そのなかでできることを考えるより、むしろ、自分たちで3Dプリンタそのものを拡張していこう、と。今回の展示やワークショップにあるように、建築、食、医療、教育など、各分野の企業と共同で作業しながら、現場のニーズにあったさまざまなプリンタの機構を考えてきました。
一方、すでに低価格化したパーソナル3Dプリンタを多くの人が知る機会は増えましたが、いまだどう使っていいか分からない、という声もあります。さまざまな場面やニーズに対応した使い方を、私たちだけではなく多くの人たちと一緒に考えながら、生活に密着した「使いこなし方」も作っていけたらと思っています。
——今回のORFでは、参加者の声を聞きながら新しい活用方法を見出そうとする意識で、ワークショップを企画されていたのですか?
私は学外のファブラボの活動を通じて、「技術」と「社会」の両面からアプローチすることの有効性を骨身に染みて感じてきました。作る側(メイカー)と、つかう側(ユーザー)はもっともっと意志疎通をし、お互いの願望を高い次元でWin-Winに昇華する方法を編み出すべきだと考えています。
私たち「作る側」は、「使う側」の視点を獲得して次のステップに向かい、逆に「使う側」は、「作る側」の視点を獲得して帰ることが第一の目的です。しかし、本当に目指しているのはもっと先にあるんです。こういう場を通じて、そもそも「作る側」と「使う側」という立場の前提を超えて、「ツールを作る側」と「使い方を作る側」になる、つまり立場は違えど「作る側だよね」という共通意識を醸成することができたら、と思っているんです。
私は、「メイカーズ革命」というのは「全員モノを作れ!」というような脅迫的なことではなくて、「使い方を作る」のだって「作る」だよね、そもそもその場にいるだけだって、空気を作ることに参加しているよね、というように、ひとりひとりの存在や立場を尊重することだと思っているんです。
私以外にも、今回のORFでは、発表やプレゼンではなく対話型と呼べるような企画が数多くあります。ここ数年、ORFを見に来る人も「見るだけじゃつまらない」という雰囲気があり、鑑賞だけでなく新しい経験をしたい、参加したい、と思っている人が多くいらっしゃいました。それを、「ウィンドウショッピング型からワークショッピング型へ」と私は呼んでいるのですが、ORFもそうした形態に移行しつつあるのだと思います。
地方に広がりを見せるファブラボ
——ファブラボ太宰府では、ファブラボで作ったものをホームセンターで流通させるなどの独自の循環モデルも考えているそうです。2015年以降、デジタルファブリケーションの分野はどうなっていくとお考えですか?
日本のファブラボは11カ所になりました。12番目の広島の準備も着々と進んでいるそうです。不思議なことですが、「1年で2倍」という増加の割合は初期から変わっていません。
特に、地方にファブラボが増えてきて、地方から新しい動きが起きつつあるのは大変すばらしいことだと思っています。都市と地方を比較すると、技術は都市部に集まっていますがニーズが飽和しており、技術を何に役立てていいのか分からないことが頻繁にあります。逆に、地方などでは目に見える問題はたくさん抱えているけれども、そこに技術をどう組み合わせて解決していくか、ということが分からないで困っているケースが多いと思います。ファブラボが単なる「地域のラボ」ではなく、「地域のラボのネットワーク」であることは、こういう状況に貢献できるのだと思っています。お互いに行き来をして、需要と供給、問題と解決、シーズとニーズを複数のエリアを連携させて、組み合わせていくのです。ある地域と別の地域がつながって創造的な解決を生み出していくのが、「トランスローカル」とか「インターローカル」な社会ではないかなと思っています。そのためのネットワークがファブラボなのです。
ORF内で行った6つのワークショップのひとつにもあげたテーマですが、デジタルファブリケーションは遠隔での3Dデータのやりとりもできますし、工作機械自体もネットワークでFAXのように通信できるようになっています。この技術は今、ローランド・ディー・ジー社と共同研究で開発していますが、離れた場所同士、たとえば都市と地方がつながることによってより新しいイノベーションや新しいソリューションが生まれることを加速できるのではないかと考えています。「トランスローカル」「インターローカル」は、単なる「グローバル」でも、単なる「ローカル」でもない、第三のカタチなのです。
大学と企業の連携による人材育成
——デジタルファブリケーションの環境は整ってきましたけど、いまだそれを使える人が少ない、ということが今後問題になってくるかもしれません。田中先生はどうお考えですか?
おっしゃる通りだと思います。私の周りでもあらゆる意味で人材が必要とされています。私は、SFCでは「デジタルファブリケーション」という授業も開講していて、これまで使ってきた教材もだいぶ整ってきたのですが、これをもっと開いていかないといけないなと思っていました。
そこで、現在取り組みを始めているのがMOOC(Massive Open Online Courses)です。NTTの「gacco」という無料のオンライン講座で、私の「3Dプリンタとデジタルファブリケーション」という科目が2015年2月からはじまります。これは、SFCで行ってきた授業を4週にコンパクトにまとめて誰でも学べるというものです。ぜひ、受講してみてください。
ただ、今回のgaccoの講義は大学生程度を対象としたものです。他にも、小学生や中学生、高校生を対象としたもの、あるいは英語で講義と演習発表をする「Fab Academy」のような多様なカリキュラムを用意していきたいと思っています。こうした取り組みは、教育に特に注力する「ファブラボ鎌倉」とも連携して行っていく予定です。
——今回、「ArchiFAB」は竹中工務店、医療用プリンタはJSRなど、企業との共同開発も活発化しています。田中先生が取り組まれているような、企業と大学との新しい関係づくりを通じて、研究開発や実践的な場が今後ますます増えてくるかもしれませんね。
大学が企業のサードプレイスとなるような形は、大学の次の形のひとつかもしれないと思っています。企業単独ではリスクが高く二の足を踏んでしまうような実験も、大学と連携することによって、挑戦しやすい流れをつくることができるのではないでしょうか。また、大学は地域ともNPOとも個人ともつながることができます。いま、横浜では「ファブ・シティー・コンソーシアム」という、産・官・学・民が一体となる取り組みを進めているように、大学が受け皿となってできることはまだまだあると思います。こうした取り組み自体が、ひいては学生たちにとってもいい刺激になり、いい教育の実践の場にもなっているんです。そもそも、日本の大学は海外に比べて年齢や国籍の多様性が低いですよね。海外だと、キャンパスに行くと20代から60代まで、あらゆる年齢の人が一緒に学んでいます。講義やMOOCも重要ですが、僕は、多様な人々と出会い、一緒に汗を流すこと自体が学びだと思っています。
企業に話を戻せば、デジタルファブリケーションは、マテリアル(素材)の企業、ソフトウェアの企業、ハードウェアの企業、工作機械の企業、ウェブの企業、デザインの企業まで、異業種がコラボレーションするのに最適な「新領域」なんです。
こうした領域では、大学やコンソーシアムが中心になって、企業間の新たなシナジーやオープンイノベーションが促進されるようになります。どの企業もデジタルファブリケーションを通じて何か新しいことに挑戦したい、と考える人がいるように思います。こうしたさまざまな人たちと協働しながら、地域のファブラボとも連携し、SFCの学風でもある「リスクをとって新しいことに挑戦する」というマインドで社会に貢献していきたいと思っています。
「オープン」とはいっても、オープンはあくまで手段であって、その結果、意味のあるものが生まれなければ何にもならないわけですから。