在宅ものづくり応援企画
MITメディアラボ研究者が語る、コロナ禍の #家ラボ は「3Dプリント&チャーシュー」
新型コロナウイルスが猛威を振るう2020年。秋学期を迎える多くの大学でも、キャンパスへの入室制限やリモート授業などの措置が続いています。
fabcrossライターや読者の自宅にある工作環境を「#家ラボ」と名付けて紹介してきた本連載(第1回、第2回)。今回は少し視野を広げ、マサチューセッツ工科大学(MIT)で研究に取り組む中垣拳さんにお話を伺いました。
完全にロックアウトされた大学から機材を持ち出し、およそ半年にわたって続けられた在宅研究生活。リモート環境でものづくりを学ぶ可能性から、生活スタイルや研究トピックの変化まで、これからのヒントが詰まった内容をお届けします。
中垣 拳 / Ken Nakagaki
インタラクションデザイナー、HCI研究者
マサチューセッツ工科大学メディアラボ博士課程に在籍、Tangible Media Groupに所属。デジタル情報やコンピューターによる支援をディスプレイの中から解放し、フィジカルな道具や素材にシームレスに融合するインターフェース及び、そのようなインターフェースによる人の身体的知覚・体験のデザインに好奇心を持つ。
「1週間後に大学から退去せよ」
中垣さんはVRやHCI(Human Computer Interaction)、義肢装具やコンピュータービジョンなど多様でとがった20以上の研究グループからなる、MITメディアラボという組織で研究活動を行っています。所属するTangible Media Groupは、触ることのできる(=タンジブルな)物質をコンピューターで制御することにより、アナログの実在感とデジタルの柔軟さを兼ね備えたインターフェースの開発などに取り組んでいます。
フィジカルな物質を扱う Tangible Media Group の研究では、物理的な「もの」を制作することが欠かせません。研究室やメディアラボの工房にある機材を利用していた中垣さんですが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、大学からの退去を命じられます。
やはり火曜深夜からラボへの立ち入り禁止が決まった。
— Ken Nakagaki / 中垣 拳 (@ken0324) March 14, 2020
三日以内にいかに研究に必要なラボ設備を家に移設して家をラボ化するか…。
アメリカ/ボストン/MITのコロナ対応、一週間前からは想像できないほど、毎日のように目まぐるしく状況が変わっているが、研究に集中できる環境さえ構築できれば...😬
中垣さん「通達から1週間後には完全に大学から退去しないといけない状況でした。ラボの同僚がルームメイトだったこともあり、研究室の3Dプリンターや撮影ブースなど一式を車に詰めて自宅まで運び出しました」
中垣さん「リビングを共有のものづくりスペース、個人部屋をオフィスとして棲み分けました。占有面積の大きい撮影ブースも、ソファとテレビを片付けて設置できましたが、日本だとスペース的になかなか難しいかもしれませんね。
3Dプリンターはキッチンに置きました。匂いや揮発するアルコールの影響は好ましくないのですが、できるだけ寝室から遠く、睡眠を妨げない場所としての選択です」
リモート環境での研究/教育はいかに可能か
急きょ完全在宅での研究生活へのシフトを強いられた中垣さん。大学で行っていた作業を自宅で進めるため、安価な3Dプリンターの購入や、機材の代替に取り組みます。
中垣さん「当時僕が取り組んでいたのは、アイデアを形にするタイプの研究で、特にユーザー評価や大掛かりな機材を必要とせず、そこまで大きな影響はありませんでした。新しくそろえた機材は、安価な3Dプリンターと消化器くらいですね」
中垣さん「MITには学部生が大学院生をサポートして、単位や給料を獲得する仕組みがあります。学部生も強制退去させられたのですが、僕の研究アシスタントの学部生は、たまたま自宅に3Dプリンターを持っていました。そのおかげで、『3Dデータをシェアし、互いの家でプリントを行い、確認してからZoomでミーティングをする』という遠隔での共同研究スタイルを自然に実践できました」
指導者と学生が直接会えないため、教育のスタイルも変わらざるを得ません。中垣さんは国内外2つの事例を紹介してくれました。
ワシントン大学のNadya Peekたちは、学生の自宅に3Dプリンターを含む350ドル程度の教材一式を送り、リモート環境で実施したデジタルファブリケーション講義の記録を公開しています。プリンターの動作音が生活のストレスになるなどのデメリットがある一方、トライアンドエラーの回数が増え、メンテナンスの知識も身に付いたこと、生活に根ざした作品が生まれたことなど、ポジティブな変化も多かったようです。
日本では慶應義塾大学の田中浩也教授が「デジタルファブリケーション」という授業のなかで、折り紙のパターンをレクチャーしています。機材やデータの扱い方ではなく、形や構造を作る原理の学びにシフトした事例です。
一方、キャンパスで過ごす時間は授業だけにとどまりません。中垣さんは、授業外でのコミュニケーションを再現するための工夫にも取り組みました。
中垣さん「プロトタイピングのプロセスでは、作ったものを人に見せながらアップデートすることを大切にしています。小さなことでもSlackにどんどんシェアして、研究室で気軽に見せ合うような雰囲気を再現しようとしました。逆に、あまり表に出てこない人は何をやっているか分からないので、コミュニケーションが一方的になってしまう難しさも感じます」
自宅のラボ化がもたらした、ワークライフバランスの変化
研究活動が自宅での生活に入り込む過程で、中垣さんはワークライフバランスの変化を感じ始めます。
中垣さん「僕は昔から大学にみっちり通い詰める、『研究に生活が入り込む』スタイルでしたが、大学の立ち入り禁止は『生活に研究が入り込む』スタイルへの移行をもたらしました。Work is Life(ラボの家化)からLife is Work(家のラボ化)に、強制的にフリップ(くるっと交換)されたんです」
「仕事と生活をきっちり分ける人や、家族と暮らす人にとっては苦しさもある」と感じる一方で、自身は新たな生活スタイルを発見し、Twitterやnoteに記録していきました。
>> ある日曜日の午後にトータル4時間かけてチャーシュー作りに挑戦したのですが、それと同時に研究のための3Dプリントの作業もしていたんです。
>> 3Dプリントとチャーシュー作り、全く違う作業の内容ではありますが、面白いのは両方とも、何かしら待ち時間と作業時間が交互にあること。それぞれ短長さまざまな時間配分の作業や待ち時間があるのですが、これってワークとライフを細かく行ったり来たりしているのでは? と、考えたのでした。
>> この図では、3Dプリント作業とチャーシュー作りを例に、ワークとライフのバランス/時間配分を'マイクロ'に細かく区切って反復することを示しています。こういう細かいワークとライフの往来って、容易に家でできる可能性があるのではないかと、、、いや、というかむしろ、これは家でしかできない!
>> Lifeの無駄な待ち時間を Workの作業時間で、あるいはWorkの無駄な待ち時間を Lifeの作業時間で埋めれたら、かなり日々の時間を効率化できるのでは?
3Dプリントとチャーシュー作りを同時にしたら新しい'マイクロ'なワークライフバランスになってた(気がする)話 #homelab より
興奮たっぷりにつづられた文書からは、厳しい状況だからこそポジティブに、新しい生活や時間とその価値を模索していた姿が伝わってきます。
中垣さん「今思えば、自宅のラボ化に必要な機材より、調理器具にお金を使っていた気がします(笑)。僕はこの環境を結構楽しんでいたので、研究機材もこのまま家に置いておきたいくらいですが、ラボの共有物なのでそうもいかなくて……」
そして、新型コロナ前提の研究活動へ
取材した9月時点で、MITは段階的に機能復帰を進めています。学部4年生を優先的に戻そうとしていますが、規定回数以上の入構は新型コロナの検査が必要。健康状態や正しい知識のチェックも兼ねた入室管理システム「MIT COVID-PASS」も実装され、日々アップデートしながら運用されています。
完全在宅から大学への復帰が進みつつある現状を、中垣さんはどのように見ているのでしょうか。
中垣さん「今はウォータージェットカッターなどの大型機材や、広いスペースが必要なタイミングで大学を利用しています。段階的な復帰は進んでいますが、第2波、第3波の可能性もある中で、家にある機材をどのタイミングで戻すかの判断が難しい。むしろ完全在宅の方が、予定は立てやすいかもしれません」
中垣さん「多くの学会が中止やオンライン開催になりましたが、発表の機会がなくなった研究者同士が集まり、自主的に発表の場を設けるような動きは面白かったですね。映像から触感を伝える技術や、印刷した紙から実体を作り出せる切り紙の研究など、リモート発表でも工夫次第で触り心地を伝えるアイデアもありそうです。
これからは、大学で取り組む研究トピックも変わらざるを得ません。僕の場合はある意味“家でできるラッキーな状態”だっただけ。新型コロナの制約を前提として、論文の主張やアイデアの調整も含め、多くの研究者の工夫が見えてくると思います」
「自国へ退去し、いつ戻れるか分からない学生もたくさんいる。みんなが試行錯誤している状況で、僕だけが特別なことをしているわけではない」とシビアな現状を俯瞰したうえで、半年にわたる生活の変化を語ってくれた中垣さん。最後に自身の研究グループの展望のひとつを教えてくれました。
中垣さん「ハグの代わりに肘を付け合うような、人と人とが直接触れ合いづらい世界になりました。姿は見えているけれど触れ合えず、物理的/心理的なバリアが広がっています。僕たちのラボでは、通信や物流におけるラストワンマイルを参照し、コロナがもたらした人と人との距離を“Last 6 Feet”(約2メートル、いわゆるソーシャルディスタンシングの距離)と名付けました。
Tangible Media Groupでは遠隔コミュニケーションを円滑にする手段について長く研究を行ってきましたが、新しいマテリアルや触感を提示するインターフェースを用いて、Last 6 Feet の近距離におけるバリアを解決できないかというアイデアの模索も始めています」
生活のあり方も、大学のあり方も変えた新型コロナウイルス。変化に対応しながらポジティブに研究へ取り組む中垣さんの姿からは、先行きの見えない状況でも希望を失わない、未来を切り開く研究者の矜持が感じられました。
※ fabcrossでは、皆さんからの「#家ラボ」にまつわる投稿を募集しています。
応募方法
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