新しいものづくりがわかるメディア

RSS


3Dスキャナーと3Dプリンターで水中マスクを作ってナマズを獲る

春になりましたね。私の遊び場である川はまだキンキンに冷えておりますが、この時期の川ならではのご馳走があります。ナマズですね。冬のナマズはとても静かに、皮下脂肪をたっぷり蓄えて川底でおとなしくしています。そのナマズたちが動き出す季節が今です。食べたい。ナマズが食べたい。3Dスキャナーと3Dプリンターを駆使してオーダーメイド水中マスクを作って、ナマズを獲りに行ってみましょう。

こんにちは。YapFabの安岡です。私の愛読書に、遠藤ケイ著『男の民俗学大全』(ヤマケイ文庫)があります。1980年代に著者が日本全国のものづくり職人を取材し、こだわりと共に受け継がれる、あるいは需要と共に失われる技術を、血の通った文章と精緻なイラストで記した名著です。

photo

久しぶりに手に取って読んでいますと、同著内の「海女眼鏡職人伝」にて、とても興味深い内容が語られていました。
いわく、職人が作る海女眼鏡(水中マスク)は、

  • 枠が金属製で、全て海女さんの顔に合わせて手作りする。
  • ゴム製と違い、深く潜っても水圧でマスクが食い込まず痛くない。
  • 顔に当てて軽く押すだけで吸い付いて落ちないほど、わずかな隙間もゆがみもない逸品

とのこと。
……。
めちゃめちゃ欲しー!!! 作ってみたい!!!!

でもまあ当たり前ですが、職人レベルの技術も知識もありませんし、今は海女さんもほとんどがゴム製の磯眼鏡を使っているようで、現物を探すのも難しそうです。確かにゴム製の枠であれば同じ型で万人向けに大量生産できるのは分かりますが、オーダーメイドの硬い枠で作られた水中マスクかぁ。需要とともにほぼ失われた技術。もったいないなぁ。
いや、待て待て。
もしかしたら3Dスキャナーと3Dプリンターがあれば、できるんじゃないの?
ということで、現代の技術を過信して、早速作っていきましょー!!!

STEP1  自分の顔の3Dデータを作る。

要するに、自分の顔の形状にピッタリと沿った枠を作れば良いのですから、まずは3Dスキャナーで自分の顔の3Dデータを作ってみましょう。使ったのはiPhone12 miniと3Dスキャンアプリ「STL Maker」です。iPhoneのTrueDepthセンサーを活用した3Dスキャナーで、フロントカメラを使ってデータを収集します。
いろいろ試してみたのですが、おでこのデータが重要なのでしっかりと髪をかき上げ、鼻の穴にティッシュを詰め込むことでデータに穴を作らないようにスキャンしました。

鏡を使って視線を固定しながら満遍なくスキャンしていきます。 鏡を使って視線を固定しながら満遍なくスキャンしていきます。

このSTL Maker。App Storeで2022年4月現在2940円します。解像度が最高設定0.5mmということなのですが、この出費に見合う3Dスキャンができるのでしょうか?

スキャンできました。ここからこの顔を嫌ほど見ることになります。 スキャンできました。ここからこの顔を嫌ほど見ることになります。

すっご。Blenderに取り込んでみたのですが、自分の顔を画面上でぐるぐる回転できます。ティッシュを詰めた鼻の穴の中までバッチリ見えます。気持ち悪いですねぇ。驚くべきことに、実際の寸法とも合致しているので縮尺を調整する必要もありません。この生データのまま使いたいところですが、スキャンくずや不要な箇所が多数、それにデータが精細過ぎてポリゴンの頂点数が49万1683個になってしまい、データをいじくるには情報が多過ぎます。残念ですが、要らない箇所を切り取った上でデシメートして、頂点数を1万5372個に減らして作業することにしました。

これだけ減らしても問題なし。 これだけ減らしても問題なし。

STEP2  マスクデータを作る。

ここからはソフトウェアをBlenderからFusion 360に変え、サーフェスデータからソリッドデータに変換した上で作業を進めていきます。
普段愛用している水中マスクを参考に作っていきたいので、

1. マスクをかぶっている横顔の写真
2. マスクをかぶっていない横顔の写真
3. 作成した顔面ソリッドデータ

この3つを重ね合わせ、最適なレンズの角度を探します。

アナログなデジタル作業 アナログなデジタル作業

3つ(写真とデータ)を大まかに重ね合わせることで、さまざまな数値を計測できます。レンズの角度を視線に対して10度傾斜させ、レンズから眼球まで50mmで設計する方針が固まりました。
ではどんどんモデリングを進めます。

photo

顔面に2種の楕円をロフトさせて作ったコーンをぶっ刺し、

photo

先端を10度傾けて切り取り、レンズ枠と中身を切り抜きます。

photo

次に、鼻の穴を完全に覆うように球を配置します。実はこれがこの水中マスク最大の工夫ポイントなのですが、後で説明します。

鼻の辺りの構造がエグい。 鼻の辺りの構造がエグい。

そして、面取りや鼻穴深さの調整、バンド取り付けパーツの設置、おまけにロゴ入れをした後、顔面ソリッドデータとその他不要な部分を切り取ると、私専用のオーダーメイド水中マスクのデータが完成です! 計測してみますとおおよそですが、左右105度、上下125度という、手持ちのどの水中マスクよりも視野角が広いものができそうです。

STEP3  3Dプリントと切削を経て、組み立てる。

データができたら、後は3Dプリンターで出力するだけです。

photo

はい! できました! バッチリですね。水中マスクは光を反射しない暗色が最適なのですが、せっかくですので水中で目立つ色にしてみました。積層は0.12mmに設定しており、非常に滑らかに仕上がっています。サポート材もきれいに剥がせました。

次はレンズですね。本当はガラスで作りたかったのですが、自分でなんとかできる素材ではなかったので、お気に入りの素材である「アクリサンデー MR板」(表面硬度6Hを誇る連続キャストアクリル板。硬いし厚み精度が良い)を大阪のものづくりコワーキングスペース「THE DECK」のCNCで切り出しました。

photo

でき上がった枠に、 相性の良い接着剤「ゴリラグルークリア」を塗布してアクリルレンズをはめ込むと、ぴったりがっちりはまりました!
この時点で顔に当ててみると ……。

バンドなしでも落ちないほどぴったりです。 バンドなしでも落ちないほどぴったりです。

完璧です。やったー! おもしれー!! 本に書いてあった、「顔に当てて軽く押すだけで吸い付いて落ちないほど、わずかな隙間もゆがみもない逸品」というものができている気がしてきました。積層の段差は皮膚の柔軟性で吸収されており、広めに設定した枠の厚みを顔面の骨で受けることで圧力が分散されているのが分かります。

photo

あと、特にこだわったのが、鼻周りの構造です。ダイビングや素潜りでは、深く潜った際に耳の鼓膜が水圧に押されて痛み出すのですが、その際に「耳抜き」が欠かせません。「耳抜き」は、通常の水中マスクでは鼻周りがゴムで覆われており、水中でゴムごと鼻をつまみながら息を押し出すように力を込めることで、鼓膜内の空気圧を高めて圧力を安定させて痛みを解消する方法です。今回設計する水中マスクはゴムを使用しないため、鼻をつまんでの「耳抜き」ができません。ということで、いっそのこと鼻の穴の中まで枠で覆い、水中マスクを手で押さえた際にはぴったりと鼻からの空気漏れを防ぐ「鼻の穴全閉鎖式耳抜きシステム」を考案してみました。

真面目に検証しています。 真面目に検証しています。

この「耳抜きシステム」、どうやら成功していそうです。
最後にバンド部分です。よくある構造のバンドをTPUフィラメントで出力してみたのですが、伸びが足りないのと、よく考えたら完全オーダーメイドマスクなのだからバンド調整機能も要らないしシンプルにいきたいということで、手持ちの中で一番伸びの良いTPUフィラメントを数十cm切って、両端をバーナーで溶かしてくっつけてバンドにしてみました。

ボツ作品。短いし伸びない。 ボツ作品。短いし伸びない。
火力が強すぎて、炎の先っちょだけに当てないと全てが溶け落ちる。 火力が強すぎて、炎の先っちょだけに当てないと全てが溶け落ちる。

ということで、私専用オーダーメイド水中マスク完成です! お風呂でのテストも問題なく水漏れなし。視界も良好です。本当に体験したことのない着け心地です。あとは実践あるのみですね。ではでは、川に参りましょう。

photo

STEP4  オリジナルマスクで潜る。

川に来ました。水温は11℃です。ウエットスーツで持ち堪えていますが、寒くて耳がちぎれそうです。ここは私が見つけた秘密の狩場(手銛漁OK)。川底に大きな岩が沈んでおり、その岩下にナマズやフナが年中集う人気スポットがあるのです。

まずは作った水中マスクを着けて泳いでみましょう!

いけますね。水漏れもなく視界良好です。視野が広いので川底の様子や魚影がよく見えます。水圧による食い込みで顔が痛くなることもありません。そして喜ばしいことに「鼻の穴全閉鎖式耳抜きシステム」は無事機能し、耳抜きし放題です。あとはナマズを見つけて獲るだけですね。

ウヨウヨいますね。ほとんどフナですが、ナマズは岩の下に10尾ほどいました。

獲れました。とてもおいしそうですね。オリジナルの水中マスクで潜り、ちゃんとナマズを獲ることができました。手銛も自作です。こういった方向に実用的なものづくりは本当に面白いですね。

STEP5  食べる。

獲ったからには全部食べましょう。捌いてみると皮下脂肪がのっていて非常に旨そうです。これを調理するととてつもなく甘く、コクがあって旨いのです。

黄色いのは冬だけの脂。 黄色いのは冬だけの脂。

今回は2尾獲れたので、初挑戦の「フィッシュ&チップス」と定番の「ナマズの水炊き」にしました。フィッシュ&チップスは衣がふわふわなのが特徴ですが、特に新鮮なナマズの肉は衣に負けないぐらいふわふわと口の中でほぐれて最高に美味です。1尾分がビールと共にあっという間に消えていきました。

キャットフィッシュ&チップス。 キャットフィッシュ&チップス。

ナマズの水炊きは、白身の肉と頭から溶け出した旨味が鍋全体に行き渡り、ポン酢と非常によく合う上品な味を楽しむことができました。よく動く頬肉は旨味がギチギチに詰まっており、奥歯を押し返してくるような食感がたまりませんでした。

以上、最後は食レポになってしまいましたが、無事3Dスキャナーと3Dプリンターで水中マスクを作ることができました。

  • ゴム製では成し得ない、顔の骨で支えて水圧に耐える構造
  • 完璧な位置で被った時の、体験したことのない快適な装着感
  • 視界を自由に設定し、手軽にオーダーメイドできる面白さ
  • カメラマウントやスノーケルの一体化などオプションの広がり

など、可能性を感じるものづくりでした。顔面スキャンは3Dプリンターでのものづくりと相性が良いですね。作業用ゴーグルや花粉症対策メガネなんかも作れそうです。
しかしながら、

  • 少しでも正位置からズレると痛い。
  • 正直、フィラメントバンドはいつちぎれるか分からないから怖かった。
  • しっかりとマスクを押さえないと耳抜きできない。
  • やっぱりガラスじゃないと曇りやすい。

などの反省点もありました。次に生かしましょう。快適な川遊びとナマズ漁を両立できる水中マスクを目指して、改良していこうと思います。

おすすめ記事

 

コメント

今人気の記事はこちら

  1. 8mmフィルムカメラをRaspberry Piで復活——デジタルカートリッジ「Super 8 Camera Digital Conversion」
  2. まるで車輪付きの2階建てビル——世界最大の「Hummer H1」がUAEの博物館に収蔵
  3. 目を閉じても見える——網膜にARを投影するスマートコンタクトレンズを開発
  4. リニア式電源、ラズパイ対応の高音質ミュージックサーバー「MS-100」を発売
  5. タイピングした文字を手書きしてくれるロボット「PlottyBot」——Raspberry Piで製作
  6. ラズパイとの違いは? 初心者向けArduinoの使い方とオススメキット
  7. ラズパイで放射線量を記録——ソーラーパネル搭載のガイガーカウンターDIYキット「RadSense」
  8. Raspberry PiによるPCデータレコーダーのエミュレータ「Raspberry Pi用ピーガーMODEM 【初回版】」発売
  9. 理科の授業に必要な計測/制御などを1台で——USBを挿すだけで使える道具箱「AkaDako STEAM BOX プロトタイプ」
  10. フィルムカメラをデジタル化——Raspberry Piを使った「Digital Film Cartridge for Analog Cameras」

ニュース

編集部のおすすめ

連載・シリーズ

注目のキーワード

もっと見る