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エネルギー社会を変える第一歩——Nature Remoを経て感じたスタートアップになるということ

「これは、ちょっとおかしいんじゃないか」

2011年3月、三井物産で商社マンとして働いていた塩出晴海さんは石炭火力発電所の立ち上げでインドネシアにいた。
カリマンタン島に向かうセスナ機の窓から外を見ると、町の一部をはぎ取るようにして露天掘りの炭鉱があった。広大な炭鉱では巨大な機械が至るところで稼働し、炭鉱を拡張するために原生林は瞬く間に伐採されていく。その光景を目の当たりにして強い違和感を覚えた。実際に現地では炭鉱や発電所の立ち上げる際、自然破壊だけでなく建設中の事故などで多くの人が犠牲になっていた事を知った。ホテルに戻るとテレビでは連日のように日本の原発事故のニュースを流している。

家庭で消費する電力の効率化を目的にスタートアップを立ち上げた塩出さんは、エネルギー開発の現状に対する強い違和感が起業のきっかけだったと語る。

「今まで普通に使っていた電気は大きなひずみの上に成り立っていて、持続可能性が無い。それを変えるためには家庭の電気がグリッド(電力網)から外れ、各家庭で賄えるようになるのが一番理想的だと思いました。そうすれば、大きな発電所から送電する必要が無くなる」

国際エネルギー機関(IEA)によれば、過去10年の世界の電力消費量のうち、家庭での消費は約27%を占める。その27%を削減するためにはソーラーパネルなどを使った発電、蓄電池の導入、そしてエネルギーマネジメントを活用すること、なかでも電力消費量をコントロールするエネルギーマネジメントは自分のこれまでの経験が活かせる領域だと塩出さんは考えた。

Nature Remoのプロモーションムービー

その最初の一歩がエアコン専用のスマートデバイス「Nature Remo」だ。
外出先から自宅のエアコンを操作できるスマートデバイスで、内部にあるセンサーで温度を感知し、スマホのアプリからエアコンを操作できる。
また、スマホが持つGPSによる位置情報を使い、自宅に近づくとエアコンの電源をONにする機能や、室内にいる人やペットの感知をし、無駄を省いて電気代を節約できるなど、これまで使っていたエアコンを簡単にIoT化できる。

Nature Remoを室内に取り付けた様子(出典:Nature Remo) Nature Remoを室内に取り付けた様子(出典:Nature Remo)

3つのクラウドファンディングサイトで2200万円の資金を調達。当初の計画より出荷は遅れたが、現在は支援者への出荷も完了した。
近日中には一般発売を開始するなど、目標に向けて着実に歩んでいるかのようにも見えるが、初のハードウェア製品を世に送り出すにあたって、幾多の壁を乗り越える必要があった。

9カ月口説き続けて、参画したCTO

家庭のオフグリッドを目指すにあたって、塩出さんは家庭で最も電力消費量が大きいエアコンに着目した。既に競合となりうる製品はいくつか出ていたが、寡占するメーカーも存在していない状況だった。塩出さんがプロトタイプに使ったのは先行品ともいえる「IRKit」だった。IRKitは赤外線リモコンに対応した家電をスマートフォンのアプリから操作できるオープンソースのデバイスだ。塩出さんの構想に当てはまる製品だ。

IRkit

自分が作りたいものに近いハードウェアを既に作った人をパートナーに迎えたほうが早いと判断した塩出さんは、IRKitを開発した大塚雅和さんに連絡をとり、エアコンのIoT化からエネルギー事業の新領域を一緒に開拓したいと口説いた。

「大塚さん以外にもいろんな人に会いましたが、彼はハードウェアやソフトウェア、バックエンドのシステムまで全て一人でやっていたし、理念を持って活動していたので、スタートアップとしては理想的な人だった。どうしても大塚さんとやりたいと思いました。ずっと『やりましょう』って口説いて」

最終的にCTOとして参画したのは、最初に知り合ってから9カ月後。大塚さんもIRKitの経験を踏まえ、ビジネスサイドが任せられる人と新しいことがやりたいという思いがあり、塩出さんの熱意が大塚さんの心を動かした。

「2500個全部、自分で検品する!」と中国工場に飛び込む

三井物産を退職し米ハーバード・ビジネス・スクール(以下、HBS)に留学した塩出さんは、自身の会社を立ち上げ、学業と並行してビジネスパートナーや量産パートナー探しに奔走する。

「HBSの2年目から夏休みを使って国内の電力会社を回ったり、冬休み中に製造パートナーを探したりしました。量産パートナーはボストンで知り合ったHWTrekと一緒に中国を回って、最終的には東莞で見つけました。深センは人件費が高騰していて、みんな東莞に流れているようでした」

大塚さんという強力なパートナーを得たとはいえ、IRKitをそのままコピーしているわけではない。塩出さん達がこだわったのは一般の消費者にも馴染みやすいインターフェースと、普及させるためのコスト抑制だった。そのため、大部分はIRKitの流用ではなく、新たに設計開発をしている。

クラウドファンディングに集まるアーリーアダプターだけでなく、一般の方にも受け入れられるようなUIやデザインにこだわり、特にユーザーが普段目にする部分には一切妥協しなかった。

ハードウェアのデザインは使用するモジュールやセンサーの特性や仕様に影響を受けやすい。赤外線の送受信部分は赤外線が透過しやすいよう黒い素材で覆うのが定石だ。また、人感センサーも通常はセンサーの周辺だけ円形に加工した別の素材を露出させることが多いが、塩出さん達はそれらを全て白い筐体の中に収めることを譲らなかった。

Nature Remoの内部構造。センサーやモジュールの上にレンズを被せ、その上に薄さにこだわったカバーをかぶせている。 Nature Remoの内部構造。センサーやモジュールの上にレンズを被せ、その上に薄さにこだわったカバーをかぶせている。

「さりげなく、主張しすぎないデザインにしたいというこだわりがありました。エアコンとの通信と人感センサー、それぞれ赤外線を透過できる素材探しと加工には本当に苦労しました。素材探しだけで3ヶ月かかりました。その後も、一番外側のカバーは赤外線を透過できるよう薄くて柔らかいのですが、何度やっても変形してしまい、4カ月ぐらいパラメーターを調整しながら何度も繰り返し試作しました」

ビジネスパートナーを選ぶ上では信頼できる相手かどうか、しっかり見極めることが大事だと商社時代に学んだ塩出さんだが、スタートアップとしてビジネスを興すケースにおいては信頼感がさらに重要だと感じた。

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