ファブラボ鎌倉 渡辺ゆうかインタビュー
ファブラボ鎌倉が実践する「必要とされるファブ施設」のあり方とは
fabcrossの調査によれば2018年10月時点で日本には191カ所のファブ施設(メイカースペース)の存在が確認されている。施設数は昨年、一昨年と対前年比約1.5倍ペースで増加していたが、今年は約1.1倍と鈍化している。その背景には採算性が決して高くないことから、閉鎖する施設が一定数あるだけでなく、経営の難しさから新規に立ち上げる事業者も減少傾向にあることが考えられる。ある意味、ブームとしてのファブ施設は終わり、今後は社会にどのようにフィットしていくかを固めていく段階にあるのだろう。
海外では教育の中にプログラミングやSTEMなどのものづくりが組み込まれる流れや、IoT以降のハードウェアスタートアップを支援する行政の後押しもあり、ファブ施設という機能はエンドユーザーの目的に沿う形で増え続けている。もしかしたら50年後にはファブ施設は、どの都市にも当たり前にある都市機能になるかもしれない。しかし、その道筋はいまだぼやけているのも事実だ。
「ファブラボ鎌倉」は2011年5月にオープン、日本のファブ施設の中でも最初期に誕生した。オープン当初はクリエイターの新しい働き方を体現することを目的としていたが、現在では運営母体を株式会社から社団法人に切り替え、STEM教育の普及や人材育成にフォーカスしているという。代表の渡辺ゆうかさんは7年間の運営は決して平坦なものではなかったと語る。先行者の思いとビジョンを伺った。(撮影:香川賢志)
3Dプリンターを普及させたいわけじゃない
現在、ファブラボ鎌倉が注力しているのが、「テクノロジーを活用し、作りながら学ぶ」ことをコンセプトにした教育だ。
湘南学園中学高等学校の1年生を対象に、アイデア創出から試作品制作とドキュメント作成をレクチャーし、課題解決能力を養うプログラムを「情報科」の授業で実施している。経済産業省が推進する新たな学習プログラムの開発・実証事業である「未来の教室 Learning Innovation」に採択されている。教えるのは教師だが、ファブラボ鎌倉がサポートに入っている。
生徒は個々に制作したいものや解決したい身の回りの課題を決め、3Dプリンターやレーザーカッターの使い方やプログラミングを学び、自身でプロトタイプを制作する。
いわゆるSTEM教育の文脈に沿った取り組みだが、教える側にさまざまなスキルが求められるSTEM教育は、人材育成や適切なカリキュラム設計も考慮すると、実際に全国の学校で導入するにはまだ課題が多い。海外ではSTEM教育の導入を進める国が増えつつある中、今回のデジタルファブリケーションやプログラミングなどIoT技術を活用した取り組みは世界水準を見据え、将来を意識したものだという。
教え方にも工夫を凝らす。ファブラボがやっているようなワークショップに自ら来る人は、老若男女問わずもとからモチベーションが高い。一方、モチベーションが千差万別の学校で同じようにレクチャーしても生徒はついてこない。
「湘南学園の前に山口県山口市の小学校でもプログラミングの授業を行いましたが、通常の学校の教室の環境があまりにも制約が多過ぎるのです。アプリ1つダウンロードするのも一苦労。そして、同じくらい教え方そのものを変えないといけないと痛感しました。
さらに必修科目になると、生徒はFABにはじめは興味のないのが前提です。そもそも先生の話は聞かない、紙は読んでくれない状況に直面しました。むしろ、ファブラボ鎌倉で起こっていることより、この状況の方が一般的なのかもと思いました。しかし面白いのはこれからで、今の子どもって動画は見てくれる。学び方が紙ではないんです」
渡辺さんは教員と相談しファブラボでやっていたステップごとに順を沿って教えるやり方ではなく、生徒が自分のペースで学べるように授業の進め方を変えた。
チュートリアルは動画を作り、個別に与えられたiPadでQRコードを読み込ませて、各自動画を見て覚えるといったパートを挟んだ。こうすることで、全く新しい授業でも40名ほどの生徒でも先生がスムーズに教えられる。渡辺さんが「面白いほど、うまくいった」というほど効果はてきめんだった。
「新しいテクノロジーを教えることは内容以上に、教え方そのもののアップデートも必要だと現場では強く感じる日々です。」
未来の教室での取り組みのデジタルファブリケーションやプログラミングを広めるのではない。むしろ、これからのメディアリテラシーとして作る能力を身につけることで、情報社会を消費するのではなく、貢献したり活用していく人を増やしたいと渡辺さんはプログラムのコンセプトを明かす。
「作って終わりではなく制作過程のドキュメンテーションにも力を入れています。それは、自分の軸を持って社会で暮らしていける人を増やしたいという思いが根底にあります。3Dプリンターやレーザーカッターやプログラミングだけできる技術者を増やしたいとは思っていません。作れなかったものが作れるようになったという体験から得られる自信がFabやMakersの魅力だと思いますが、そういった体験と教え方をセットで広めていかないと普及しません。すごいものができるからと勧めても、誰がそれを教えるのという問題に必ずぶつかるので、再現性の担保は重要です」
学んだ人が教えるという仕組みを意図的に作る
教える人を増やさないことには何も普及しない。渡辺さんは教師が日々の仕事に忙殺されている状況を目の当たりにして、新しい分野の教育には現場の教師を支える人材の育成が不可欠だと考えた。
「学習指導要領に沿って約40人の生徒を50分1コマで教えるだけでなく、さまざまなトラブル対応に部活や保護者にも対応して、会議や書類作成もあるのを見ていると、先生の仕事をこれ以上増やしてはいけないなと思いました。だったらネイティブスピーカーが英語を教えるように、ネイティブMakerがものづくりを支援してもいいんじゃないかと」
そこで一般社団法人 国際STEM学習協会(ファブラボ鎌倉)が取り組んでいるのが、つくる能力も兼ね備えた教える人材の育成だ。
全世界にネットワークを持つファブラボならではの取り組みの一つにFab Academy(ファブアカデミー)という世界各国と連携した教育プログラムがある。ファブラボの提唱者であるマサチューセッツ工科大学(以下、MIT)のニール・ガーシェンフェルド教授によるオンライン講義で、毎年1回開講している。生徒は世界各国からファブラボを通じて参加する。講義は週1回180分で、3Dモデリングから回路設計、プログラミングなど現代のものづくりの技法が学べる。受講費用は5000ドル(約50万円)で、そのうち半分の2500ドルは生徒が受講する現地のファブラボにインストラクターの人件費や機材利用料、材料費として支払われる仕組みだ。2018年現在日本では、このプログラムの卒業生が運営する7つのファブラボから受講可能だ。
受講するのはファブラボの運営に関わる人だけでなく、大手企業の研究員からベンチャー企業や広告代理店に勤める会社員など幅広いが、全て英語かつ深夜に開催するため受講のハードルはかなり高い。ファブラボ鎌倉では、ファブアカデミー開始の3カ月前から日本語によるプレスクールをファブアカデミー受講者対象に実施するなどのサポートも提供している。こういった事前のサポートや、期間中のサポートも含めるとファブアカデミーを受けられるのは1つのラボに付き4-6人程度が限界で、単体ではもうけはほとんどないという。
しかし、この講義を受講した人が、ファブラボの運営やファブラボが受託するプロジェクトをサポートするメンバーとして加わることに大きな意義があると渡辺さんは語る。
「ファブラボのような施設でも人手不足の問題は避けて通れません。それに求人を出しても、条件に合致した人を確保するのは非常に難しい。でも、アカデミーの卒業生であれば半年間一緒にいたことでパーソナリティーやスキルも分かるし信頼関係もできている。何よりも講義を受けるために鎌倉に来るだけのモチベーションのある人達なので最初の意識合わせは非常に楽です。アカデミーは収益にはならないけど、人には恵まれています」
仲間を増やす取り組みはファブアカデミーだけではない。ファブラボでは週に1度ラボを開放する「オープンラボ」と呼ばれる日がある。このオープンラボを継続することで地域との関わりが深まるきっかけになっている。またオープンラボでファブラボ鎌倉を知って、コワーキングスペースとして利用する人もいる。彼らは一般的なコワーキングスペースには無い魅力に引かれて契約することが多いという。
「コワーキングスペースとして月額費用だけ払って割り切って使うというよりは、違うことを求めてここに関わりたいという人が来ています。そういった人たちがきっかけとなってプロジェクトが始まったり、ファブアカデミーを受講して運営に関わるという流れができているおかげで、私が外回りに出られたり経営に専念できたりしています」
採算性は低いが仲間を着実に増やせる取り組みを地道に進めながら、行政や企業からのプロジェクトを受託することでファブ施設経営を回すというのが、現在のファブラボ鎌倉の姿だ。両社に共通して言えるのは人を育てることだ。
ホビーで終わらせないために
渡辺さんが描くビジョンは社会課題に寄り添い、解決へ導くため持続的な活動(ビジネス)にできる人材を育成すること、そのためのインフラとなるのがファブラボ鎌倉のミッションだという。現在取り組んでいるプロジェクトは、そういった人材を育成するための起点作りとも言える。
「インターネットのようにファブは誰もが使える状況にはなっていないので、まずはその格差をならしてパイを大きくしたい。作りたいものがあって鎌倉まで来てもらうのはありがたいけど、それぞれの街にファブができる環境がないと持続していきません」
パイを広げるためには、これまで接点のなかった層にアプローチする努力を絶やさないことが不可欠だと渡辺さんは指摘する。
「Maker Faireも知らないような人たちが来るようにするとか、いままで苦手だった人たちのところにも飛び込まないと広がっていきません。元からファブが好きな人、素養のある人だけが集まるような場では良くて現状維持かジリ貧になる。そうならないためには、もっと外に出ていくべきだし、自分たちもアップデートしていく必要があると思います。学校にしても、そもそもモチベーションの低い生徒に教えるのは骨が折れますが、進めていくと目の色が変わるタイミングがあります。できなかったことができるようになる体験と、自分が知らないものに出会ったときに、やっぱり人ってワクワクするんです。そして、未知の世界をどのように調べるかというリテラシーを身につけることは特にこれからの若い年代においては重要です」
そして時代の流れに沿って運営者自身もスキルや知見をアップデートしていくことも重要だ。ファブラボ鎌倉が立ち上がった頃は、今日ほどIoTやAIといったテクノロジーが身近なものでは無かったが、現在ではワークショップや学校向けのプログラムに積極的に導入していくという。
「世の中に合わせて新しいテクノロジーも取り入れていかないと、必要とされるファブ施設にはならないと思います。ファブの定義を自分で狭めないようにしています。そして、今関わっていない人たちが未来のファブのヒントを持っている場合があるので、どんな形でも関われる余白は持つべきですね」
根本的には課題を解決できないとしても、幅広い層の地域住民がテクノロジーを学ぶことで、地域の様々な社会課題に寄り添えるサービスを考えられる人、持続的に発展できる事例を増やしていきたいと渡辺さんは将来を見据えている。
ファブシティに向けた取り組み
2018年7月にパリで開催された「Fab City Summit」において、鎌倉市はファブラボの活動に行政として参加する「Fab City宣言」を行った。バルセロナ、パリ、ボストン、深セン、ソウルなど28の都市がこれまでFab City宣言をしているが、日本の自治体としては初の取り組みだ。
「(ファブラボ鎌倉が)鎌倉市と接点を持ったきっかけは設立当初からだったが、2018年4月にブータン王国の首相(ツェリン・トブゲー・ブータン王国首相)がファブラボ鎌倉を視察したことも良いきっかけになりました。もともと鎌倉市がSDGs未来都市に選定されていたので『地域の課題を行政に任せるのではなく、地域の人が解決していくような文脈を作りませんか』ということでやりとりしていた結果、ファブシティという考え方に賛同頂きました」
とはいえ、ファブシティ宣言はあくまでも行政としての意思表示でしかなく、今後は具体的なアクションをファブラボ鎌倉以外の法人や地域住民も交えて推進していく必要がある。
「今やっている学校での取り組みも『授業でファブに出会いました』で終わりにせず、学術的な効果検証や地域の社会課題にどのように貢献したかという事例を出していかないといけません」
プロジェクトをプロジェクトのままで終わらせず、小さくとも社会実装していくこと。本当の意味でのファブシティになるためには重要だと渡辺さんは強調する。
本当に解決すべき地域の課題は何か、そのために自分たちのファブ施設ができることを模索し、絶えずアクションを関わる人たちが主体的に起こせるか——渡辺さんが説くファブ施設の存在意義は、あらゆる地域のファブ施設にも通じるメッセージだろう。
※記事初出時、文中に誤りがありました。訂正してお詫びいたします。